第26話 はぐれ
「誰だあんたは!?」俺が大声で叫ぶと声が返ってきた。
「それはこっちのセリフだ。何だお前らは? どこから来た? ここは俺達のシマだ!」
「ああ……すいません。てっきり誰もいないものだと……」
そうか。ここを根城にしている人がいたんだ。暗くてよくは見えないが、声の感じや雰囲気からどうやら結構年配の男性の様だ。
「あの……悪気はなかったんです。ちょっと体を拭きたいなって思って……いや、すいません。すぐに出て行きます。服着るまでちょっと待って貰っていいですか?」
「あん? おめえらよそ者か。全く……命が惜しかったらさっさと出てけ」
よかった。どうやら見逃してもらえそうだ。これ以上、揉める前にさっさと退散しよう……
「あんた。はぐれ?」風花様が闇の中の男に、いきなり声をかけた。
「わっ、風花様。声出さないで!」
「なんだぁ? おめえ……女か?」
しまった! これ以上ややこしくなる前に退散しないと。
「風花様。急いで! 逃げますよ!!」俺は、風花様の手を握り、服を手に抱えてその場から走り出そうとしたのだが、いきなり石が飛んできて目の前をかすめ、俺の足が止まった。
「おっと。動くんじゃねえ。こっちにゃ、あんたら丸見えだからな」
さっきとは違うちょっと若い男の声だ。しまった。もう一人いたのか。
「やれやれ。アベックでこんなところにシケ込むとは……駆け落ちでもして来たんか? だがあんたらも運が悪いよな。ここで俺らに会ったのが運の尽きだ。女を黙って帰す訳ねえだろ」若い男の声だが、あたりが暗くてどこにいるのか全く見えない。
「全く。女だからどうだって言うのよ! あんた達だってはぐれでしょ!? もう所属する荘もない風来坊……困ってるもの同士で助け合おうとか思わないの?」
ああ、風花様。そんな挑発めいた言い方……空気読んでよ。
「ふはははは。助け合いねー。確かにそうだな。仰る通り、俺とあっちのオヤジははぐれでね。清水の荘がお取り潰しで追い出されて、十年程前からここで暮らしているが……まさか女に会えるとはな。なー、ねえちゃん。そんじゃ助け合いだ。あんたは俺達が養ってやるから俺達の子を産め!」
「なに、つまんないセクハラほざいてんのかしら? そんなのOKする訳ないじゃん。だいたい、こっちにゃ旦那もいるのよ。この人どうするつもりよ」
「決まってるだろう。男は生きている価値がねえ」
「ふーん。そんじゃ、あんた達も価値無しね」
「何を抜かしやがるこのクソアマ。自分の立場分かってんのか? もう勘弁ならねえ。その男ぶっ潰してから、ヒーヒー言わせてやる!」
その言葉が終わらないうちに、闇の中から石つぶてがいくつも飛んできたのだが、風花様がいきなり俺の足を払い、俺は思い切りそこですっころび、石つぶてはあらぬ方向に飛んで行った。そして次の瞬間、風花様が石の飛んできた暗闇目掛けて突進した。
相手の男は俺がいきなりすっころんで虚を突かれたところを、風花様に懐に潜り込まれ……彼女の一撃が股間にめり込んだ様だ。
「グギャー!!」ものすごい声をあげて悶絶している様だが、風花様、この闇の中で見えてるのか? 風花様がすぐに俺の所に戻って来て、手を引いて起こしてくれた。
「ごめんね鏡矢。それじゃ、逃げるわよ」
「あっ、はい」
そこへ先に現れていた年輩の男が手斧を振りかざして向かってきた。
「行かせんぞ!!」そういいながら俺に向かって手斧を振り下ろす気配を感じ、俺は本能的に身をかがめそれを躱したところ、年輩の男は、勢い余ってそのまま熱湯の湯舟にはまり込んでしまった。
「うぎゃあっ!!」
「ほら鏡矢。今のうちに……」風花様が俺の手を引くが、年輩の男は、湯舟に沈んだままもがいている。
「風花様……あのままじゃ、あの人やけどで死んじゃいますよ」
「何言ってんのよ。あいつらあんたを殺して、私を犯そうとしたのよ…………ったく。しょうがないなー」
そう言いながら風花様が湯舟の方に戻ったので、俺はその年輩の男を湯舟から引き釣り出した。
「オヤジー!」どうやら金的攻撃された若い方が、ようやく体勢を立て直してきた様だ。
「何よ。あんた達親子なの?」風花様が素知らぬ顔で尋ねる。
「ああっ……だが……どうして助けた?」
「何よ。不服? まあ、別にいいけどさ。なんなら親子揃って熱湯風呂に叩き込もうか?」
「い、いや……あんたが強いのは判った。もう手は出さねえ」
「ふん。最初からそうやってフレンドリーにしてれば、別に痛い思いや熱い思いしなくて済んだのに……そんであんた達。この辺にはあんた達しかいないの?」
「ああ……ここいらは畑もやりづらいしな。他は近くにはいないよ。だが、俺達は……オヤジが腰痛持ちで温泉があった方がいいんで、ここいらで細々暮らしてるんだ」
「そっか。あんた達、清水荘だって言ってたわよね。今、こっから一番近い荘はどこなの?」
「……あんた達、一体どこから来たんだ? ここいらだと西は藤枝。東は厚木。北は……八王子になるのかな?」
「成程。私も厚木から西の事情に精通してる訳じゃなかったけど……藤枝とはずいぶん遠いわね」
「まあ、駿河湾一体は、富士山の噴火で埋まっちまってるしな。それにしてもあんた……まだ子供だよな? そんな貧相な身体なのにやるじゃねえか」
「貧相? ……きゃーっ!! 私、マッパじゃない!! 鏡矢。服っ、服早く!!」
そう言われたので、手に持っていた手ぬぐい替わりの俺のTシャツをそのまま、風花様の頭からかぶせた。
「確かによく見りゃガキじゃないか。これじゃ子造りも出来なかろう」年輩の男がようやく落ち着いた様子で、そうつぶやいた。
◇◇◇
その後、二人のはぐれ親子の元を足早に去り、月明りを頼りに小田原方面へ道を下る。
「追って来てないわよね? はあ……でも、今になって怖くなってきたわ。ああいう、荘を失ったはぐれ連中がどこにいるか分からないから、これからはもっと気をつけましょうね」
「それにしても風花様。すごかったですね。格闘技でもやられてたんですか?」
「まあ領主たるもの多少の心得は……それにね。この身体、なんか普通の人間よりパワーも俊敏性もある見たいなのよ。獣人モデルだからかな? なんか嗅覚も効いて、さっきの若い方の奴の位置も判ったのよ」
そうか……見えてた訳じゃないんだ。それにしても、獣人の能力? イブ・メーカーのモデリングAIはそんな事まで計算して人体を組み上げられるのだろうか?
だが、仮にそれが本当だとしても、それに頼るのは危険だろう。今日はたまたま大した事無い人達だっただけで、もっと強い奴や狡猾な奴だったら、俺は殺されて、風花様は玩具にされる。少なくとも、ぱっと見で女とは判らない様にしないとダメだな。
「はあー。でもそうかー」
「どうしました風花様?」
「いや……さっきの岩風呂での話に戻るけど……私がこの身体だと、ずっと鏡矢とエッチ出来ないのかと思って、ちょっと寂しくなっちゃった……でも、だからって他の男とヤリたい訳じゃないからね!」
「あ、いや……分かってますって。ですがイブはやっぱり俺の可愛い娘で……すんません」
「ううん……仕方ないか。これからも私を大事にしてね。お・と・う・さ・ん!」
そして、完全にあたりに人の気配がない事を確認しつつ、小田原の街はずれの崩れかかった建屋の陰で睡眠をとった。
そして……
まだ明け方にはちょっと早いみたいなのだが、ふと目が覚めて脇を見ると、風花様がいない。俺は慌てて辺りを探したのだが、建屋を出た裏の所でしゃがんでいた。俺は声をかけようとしたのだが……ああっ。風花様、声を殺して自慰してるんだ……。
俺はそのまま元居た場所に戻り眼を閉じた。だけど……眠れる訳がない。
風花様は俺が心の底から愛する女性で、彼女も多分俺の事を好いてくれている。普通の夫婦であれば、お互いを求め会っても何も問題はないだろう。だけど……風花様の肉体はイブであり、れっきとした俺達の娘だ。俺には娘と性行為をする事は出来ない。
そして結果として風花様はものすごく寂しい思いをしているに違いない。
「俺は……どうすればいいんだ……」
そんな結論の出ない悩みでもんもんとしていたら、風花様が戻って来て、俺に寄り添う様に横になった。なんとなく女性の甘い香りがして俺の性欲が刺激される……。
「くそっ。ともかく早く須坂で宗主様に直談判して、ガーデンで孝由さんと合流しないと……そして、風花様の意識を本来の風花様の身体に戻せれば……」
その思いを新にして、俺はようやく寝付く事が出来た。




