第25話 寄り道
「成程……それで、C国に情報が漏洩する事を恐れ、独断でガーデンごと処分したと……」
「事前に相談なく、報告が事後になった事はお詫び申し上げます。ですが事が公になりますと、私共だけではなく貴国にも多大なるご迷惑がかかる事は容易に想像がつきますし、だからといってそのまま放置すれば、ガーデンやイブ・メイカーの処遇を巡って、C国や諸外国とのいさかいは火を見るより明らか。ともすれば戦争になりかねないと判断し、やむを得ず……」
須坂荘において、現在の日本国宗主であるサクヤヒメが、ブロンドの背の高い中年女性と話をしていた。その相手の女性は現在北米大陸全体を統括するトロント荘の執政官の一人、ヴェロニカ・アルマポリ。ガーデンの件は、150年以上前から日本国と旧アメリカ合衆国の間で、災禍に対する切り札として秘匿され続けていたもので、今回ヴェロニカは、それを日本国側が一方的に破壊した事の経緯説明を求め、その責任を追及すべく派遣されてきていた。
「確かにあれはそれほど上品なものではないし、日本国の歴代宗主も実際の運用に嫌悪感を抱いて着手しようとしなかった気持ちも分かる。だが……失ってしまうと取返しのつかないものだとは考えなかったのか! まったく。これでは人類滅亡が確定ではないか。何か他に算段があるとでも言うのですか!?」
高圧的に詰め寄るヴェロニカの前で、サクヤヒメが委縮してしまっていると見たサザレイシが会話に割って入る。
「ですが……あのままC国にしっぽを掴まれては、貴国も長年国際社会を欺いていた裏切り者扱いです。だいだい、いまさらあれを稼働させても、もう世界はどうしようもない様に思いますが?」
「ふんっ。だから……150年前にとっとと稼働して置けばよかったのだ! そうすれば今頃。世界は我々と貴国の支配下だったのに……それを貴国の宗主がかたくなに反対し、当時のうちの大統領も賛同したあげく、その後人口が激減して、USAはカナダやメキシコの荘と連合するしかなくなった……そしてそのあげくに……何もせずに施設を廃棄とは。へそで茶が沸くぞ!」
「それでこれから我々をどの様になさるお考えで?」サクヤヒメの問いに、ヴェロニカが答えた。
「とりあえず残されたもので使える技術などがないか現地でのサルベージを行う。もちろんこれは我が国が行い、貴国は参加させず文句も言わせん。ましてや妨害などもってのほかだぞ。貴国は自らあれを放棄したのだ。異議は認めん! そして当分の間、私は須坂に駐留して、あなた方の動きを監視します。まあ……いよいよ人口が維持出来なくなって、荘の合併・統廃合をお望みであれば、いつでも女性陣は我々が引き受けますよ」
ヴェロニカが退出し、サクヤヒメとサザレイシだけが宗主室に残った。
「宗主様。そう気を落とされますな。私は一人の人間として女として、人類があれに手を染めることなく滅んで行く事をむしろ清々しくさえ思いますよ。人間は家畜や養殖魚ではありません。私は人間に一番必要なのは尊厳だと考えますので」
「ありがとうサザレイシ。ですが……すでにあれに限らず、私達はいろいろと手を汚し過ぎていますけどね。でも仕方ありません。今しばらくは、おとなしく進駐軍の占領下に甘んじましょう」
「ですが宗主様。あそこで北米の連中がサルベージをはじめて、C国がだまっているでしょうか?」
「さあ。どのような外交を北米とC国で行っているのか。私達には知るすべがありません。我々も監視だけは怠らないようにしましょう。膝元でドンパチやられても困りますしね」
「かしこまりました。それとは別に……宗主様。出来るだけ早めに我が国内の荘統廃合計画を練り込まねばなりません。もう……おだやかに衰退していくしかございませんので」
◇◇◇
「それで風花様。伊豆半島ってまだ本土と繋がってるんでしたっけ?」
「多分繋がってると思う。というより、二百年位前の富士山の噴火で、駿河湾丸ごと埋まってなかったっけ? 私もあんまり遠くの方の地理は詳しくなくてさー」
「はは……そんな遠くって訳では……」
だが、そう言っても実際のところ、自分も生まれてこの方町田荘を出た事などほとんどない。何の用事だったかは忘れたが、もっと幼い時に、厚木荘に父と行った記憶はあるが、それより遠方なんて興味もなかったな。
炎天下の下、俺と、中の人が風花様のイブは、下田を出発して海岸線に沿ってとぼとぼと徒歩で北上していた。季節は……夏に間違いないだろう。あまりに暑いので、俺もイブもほとんど下着と見まごうばかりの恰好で歩いている。幸いな事に途中、今まで人に遭遇する事はなかった。ただただ自然の山野と海岸線が続き、稀に残っている人がいた形跡もほとんど風化していて日よけ位にしかならない。
「それで風花様、このまま町田荘に向かうんですか?」
「まあ、それが第一優先よね。このまま二人で歩いて須坂行く度胸も体力も私にはないわー。なんとか皐月姉やあなたの両親とかとコンタクトとって支援してもらわないと……だいたい、こんな格好でうろうろしてて、男にでも遭遇したら私、ただじゃすまないわよね?」
「確かに……少なくとも女の子だっていうのは隠したいし、その耳としっぽも何とかしたいですよね。変装用の服装だけでも早くなんとかしないとですね」
「だとすると……一旦、厚木あたりに寄って、身支度した方がいいかもね。いきなり町田に戻って、なりそこないの妖怪変化の類に間違えられて身柄拘束されても困るし……」
「妖怪とかそんな……でも、何が起きても不思議はないし、用心に越した事はないか。わかりました。それじゃ、丁度途中だし、厚木荘に寄ってから町田を目指しましょう」
そして三日ほど歩いて、ちょっとした町の廃墟にたどり着いた。
「多分ここ……小田原だよね?」風花様が知った風に言う。
「俺には分かりませんけど……何か?」
「いやね。もうだいぶお風呂入ってないなーって……」
「?? ですがあたりはこんな感じで、まともな建屋もないですよ。ましてやお風呂なんて……」
「あー、そっか。鏡矢は知らないかー。あっちの山の方……昔、箱根って言ってね。有名な温泉場だったんだよ。私の前の領主だった人が、厚木や八王子みたいな周辺領主達と会合する時は、箱根の温泉使ってたって聞いた事あるよ」
「温泉? 聞いた事はありますけど、今もあるんですか?」
「どうだろうね。昔はこのあたりにも荘があって管理してたかもだけど、多分もうないだろうしねー」
「それって例のおとり潰しとかいうやつ?」
「そうだね。でも……そんなに昔の話じゃないから、管理する人いなくなっても、施設はまだ生きてたりしないかな? 厚木荘とかに入っちゃうと、のんびりお風呂も入れなさそうな気がするんだよね」
「まったく……急いで須坂に行かなきゃって言う人が……でも……行きましょう! せっかくこうして風花様とまたお話出来る様になったんですから、ちょっとくらいゆっくりお話してもバチは当たりませんよね?」
「そーいう事!」
小田原から箱根の入り口と思われる廃墟の街まで十Km程だろうか、ついたら丁度陽が暮れだした。
「鏡矢。とりあえず温泉と泊まれるとこ探そ」風花様がそう言って、川沿いに上流の方へ歩いていく。確かになにか卵の腐った様な匂いもするが、これが硫黄を含んだ温泉の匂いなのだそうだ。
しばらく行くと、あまり崩れていない建物があった。
「ねえ。これが領主会合用の会場だった宿じゃない?」
確かに、つい最近まで手入れされていた様にも見えるが、あたりに人影はなく、もう誰も管理してはいないのだろうと思われる。
「鏡矢。入ってみよ」そう言いながら風花様が俺の手を引き、どんどん奥に入っていく。
「おおっ! 見て鏡矢『大浴場』って書いてあるじゃん!」
その文字が消えかかった看板の矢印の方に行くと、どんどん硫黄臭が強くなり、ジャージャーと水の流れる音が聞こえてきた。
「ここだー!!」歓声をあげ、風花様が目のまえの戸板を引くと、果たしてそこには、大きな野天の岩風呂があり、もうもうと湯気を立てていた。そしてお湯がザーザーとあふれている。
「うわっ、すごいですね。露天風呂か。でも風花様……いいんですか。俺といっしょで?」
「はっ? 何言ってんの。あんた私の夫でしょ? 夫婦なんだから問題ないわよ。それじゃ……行くわよー」そう言ったかと思ったら、風花様はいきなり着衣も下着も脱ぎ去って、湯舟に飛び込んだ。
「うぎゃぁーーーーーーちちちちちちっ!!!」そう叫んで、全裸の風花様が俺の足元に吹っ飛んできた。
「ああ、風花様。なんて無茶な事を。いきなり飛び込んで……熱湯だったらどうするんですか」
「ううっーーーー。もう手遅れ……」
やけどこそしなかったが、手を入れていられないほど熱いぞこれ。
「いやこれ。水で薄めないと入れませんよ。それに多分これ……底から温泉が湧き出てますよね」
「ううー。せっかくの温泉がー……川の水とか入れられないかな」
「もう陽も暮れかかってますし、直ぐに周りは真っ暗ですよ。危ない事はやめて、ここで冷ましながら身体拭く位にしましょうよ。幸い、屋根はあるからここで夜明かしすればいいいですよ」
やがて陽も落ち、照明などは当然ないためあたりはほぼ真っ暗だ。晴れている様で、空には星が良く見える。月も申し訳程度に三日月なので、多少はあたりの様子が分かる。
俺はそばの草むらで木製の手桶を見つけ、そこで冷ましたお湯で風花様の背中を拭いてあげる。
「あー。気持ちいいよ鏡矢ぁ……湯舟に入れなかったのは残念だけど、星空も綺麗だし、ロマンチックだねー」
「あー。それじゃ、前は自分で拭いて下さいね」
「えー、別にいいのに。イブちゃんが赤ちゃんの時はあんたが全部拭いてたんでしょ? いまさらじゃない?」
「いや……今は、中身が風花様ですから……照れ臭い……」
「ははは。そんじゃ鏡矢。あんたの身体、私が拭いてあげるね」
「いえ、そんな。いいですよ」
「そんな恥ずかしがるな!」
そう言って風花様が手ぬぐい替わりの俺のシャツを手に持って、後ろから俺にしがみついた。そしてそのまま、胸や腹を拭ってくれる。昔は男に触るのも困難だったのに、俺にだけこうしてくれるというのはとっても嬉しい。
「それじゃ……」そして風花様の手が俺の股間に降りてくる。
「ふふん鏡矢。準備OKそうだね……」そして風花様が俺の目の前に後から回り込んで来た。
そしてその身体が月明りに照らされ、彼女のこじんまりした身体が目に入る……
「えっ? あっ! あ……風花様……ごめんなさい……」その瞬間。俺は急速にしぼんだ様な気がした。
「あれ? 鏡矢。どしたの?」
「いえ……今の風花様は……風花様なんですが……俺にとっては娘のイブでもあって……」
「あっ!」そう言って風花様の動きが止まり、次の瞬間、くるっと後ろを向いてしまった。
「……ごめん鏡矢。私、調子に乗ってた。今の私はイブに生かされていると言ってもいいのに、我が子を差し置いてあんたとエッチしたいとか……母親失格だわ」
「いいえ風花様。俺だってものすごくエッチしたいです! ですが……やっぱり気持ちが割り切れなくて……」
「父親だったら、それが普通じゃない?」風花様が鼻にかかった様な声でそう言った。多分泣いているのだろう。そんな風花様がいとおしくて、俺は後ろ向きの彼女をそのままそっと抱きしめた。
その瞬間の事だった。
「二人とも動くな!!」声がしてその方向を見ると、暗くてよく分からないが人間が一人、手斧の様なものを振りかざして立っていた。




