第22話 対立
いよいよ明日。風花様復活をかけて、イブ・メイカーの工程を再稼働させる。その準備と最終確認で忙しいのだろう。大分遅くなったが、孝由さんはまだ戻ってこない。俺は、イブと風呂に入り彼女を寝かしつけてその帰りを待っていた。
イブとの入浴は正直今でもドキドキする。自分の娘で赤ん坊だとは言っても、見てくれは立派な十代女子だ。胸もちょっと膨らんできている様に思える。昔、パソコンのモニタで観ていたCGなどとは全く違う、暖かくて柔らかいものが確かにそこにあるのだ。
とはいえまだ彼女一人では風呂に入れないので、俺が介助する以外にやり様はない。そんな訳でいつも、父親の俺と男の俺が、頭の中で葛藤している様な感じになる。
そうしていたらイブがぐずりだした。おや、めずらしい。普段は、一度寝付いたら夜泣きなどはせず、朝までぐっすりなのだが……ちなみにガーデンの居住区は、昼夜に合わせて内部の照明が自動的に調整されるので、昼夜は感覚的に大体分かる。
さては、おねしょかな? そう思いながら俺はイブの掛布団を剥いで、ビックリした。なんだこれ? 血だらけだ……俺は動揺した。
どうしようこれ。何かの病気か? 薬って何がいいんだ?
「どうしたんだ鏡矢君?」
俺が室内でオロオロしていたら、孝由さんが帰ってきた。
「あっ、孝由さん。なんかイブの様子がおかしくって!」
「何だと!?」孝由さんがあわててイブの様子を見に近寄った。
「ああ、これは……」そう言って孝由さんが、はあっとため息をついた。
「鏡矢君。心配ないよ。これは病気じゃない。月経だ。
イブは初潮を迎えたんだよ」
「えっ? それって……」
そう言えば学校の授業では聞いた事があった様な……女性にはだいたい一ヵ月周期で……って、という事は!?
「あの、孝由さん。それじゃイブは……」
「ああ、子供が産める身体になったんだ」
「そんな、まだ生後二か月ですよ……」
「これが、イブ・メイカーの真骨頂だよ」
「…………」
俺は、背中に冷や汗がしたたり落ちるのを感じずにはいられなかった。
女性を出産の道具として大量生産するイブ・メイカー……俺はその性能を今、眼の前でまざまざと見せつけられたのだ。たしかに妊娠・出産の為だけなら、頭脳が赤ん坊でも……でも、やっぱりだめだろこんな事。
俺はむかむかする吐き気をおさえながら、イブに寄り添って横になった。
翌朝。朝食を取った孝由さんは「じゃあ、行って来る」と言って部屋を出た。地下十階に、イブ・メイカーのスイッチを入れに行ったのだ。そして一か月後、はたして俺は風花様と面会する事が出来るのか……もう、神に祈る位しか出来ない。
イブはすごく辛そうで、ずっとむずかっている。数日で終わるらしいが、赤ん坊で生理とか、どれだけ苦しいのか俺には想像もつかないが、抱っこしなががらゆっくり背中やお腹をさすってやっていた。
お昼すぎ、孝由さんが戻って来た。今度はちゃんと風花様のデータで無事稼働出来たとの事だった。
「風花様。イブを見たら何て言いますかね?」
「ああ、この子は正真正銘、風花と君の子だ。ちゃんと母親してくれると思うよ。でも、この耳としっぽは絶対何か言いそうだな」
「確かに……」
【警告。ガーデン住民は至急、居住区ミーティングルームに集合して下さい】
突然、ガイのアナウンスが流れた。
「何事だ?」孝由さんの問いにガイが答える。
【未確認の敵性勢力が接近中。現在、警戒体制レベル2が自動的に発令されました。詳細はミーティングルームのモニタで説明いたします】
「わかった。すぐ向かう!!」
俺は、むずかるイブを抱っこして、孝由さんといっしょにミーティングルームに向かった。
◇◇◇
「海上レーダに水上艦5。巡洋艦クラスです。昨晩、相模湾ソノブイにも感がありましたので、潜水艦も最低1が展開している模様。アクティブソナー打ちますか?」
「いや、今は水上艦が見ている。迂闊にソナーを打つと敵対行為とみなされる」
第三お台場の指揮所は、ちょっとしたパニックになっていた。
遺骨収集船団が来るとは聞いていたが、まさかこんなに早くC国の戦闘艦がこぞって集合するとは予想だにしていなかったのだ。
「これ、C国海軍総出じゃないのか? だいたい、こちらが安全宣言をしてから来るはずだったんではないのか。須坂は何と言って来ている?」
司令官が問いただす。
「現在、C国に確認中との事です」
「くそっ、これでは先制攻撃は出来んな。とにかく警告を続けろ。そこは危険なので、こちらの掃海がすむまで相模湾沖で待機せよと……まったく、あの海域には一体何があるんだ?」
◇◇◇
【ガーデンから二十海里以内に、戦闘艦の侵入を確認しました。国籍は不明ですが、原子力推進型の潜水艦と思われます。海上にも複数の艦船を確認】
「どこの国かはわからない……か。そりゃそうだよな。ここの外部のデータは少なくとも150年は更新されてないんだろうし。でも僕も軍事方面はまったく門外漢でね。鏡矢君は、少しは詳しかったりするのかな?」
「そんな、俺はミリオタじゃないし。でも原子力潜水艦だとすると、C国位しかないんじゃないですか? アメリカさんは200年以上、本国に引っ込んじゃってますよね」
「そうなのか。だとすると……狙いはここだろうか?」
「どうでしょうか。判断材料が少なすぎます。ですがそう思って対策しないと終わりかもです」
「そうだね。おいガイ。ガーデンの戦闘能力はどれ程のものなんだい?」
【皆無です】
「えっ!? いや、いくらなんでも、こう防衛用のミサイル位は……」
【皆無です。ガーデンは、国連の元、各国が協力して建造されたもので、特定の敵を想定していません。仮に武装したとしてもそれほどの継戦能力は見込めない為、あえて武装せず、有事の場合は国連平和維持軍が防衛にあたる事になっています】
「そんな……だが、そりゃ困ったな。もう国連なんてないし。C国さんが乗り込んで来たら、僕達はアウトか」孝由さんが、半分あきらめたかの様にそう言った。
「ですがこの際ですから、C国でもいいから応援を頼みませんか? 須坂は何か信用出来ないというか……ここの事、知ってて隠していたんでしょうし」
「いやいや鏡矢君。それで言ったら国家なんてどこも信用出来ないよ。ましてやC国なんて、いまやそれなりの力を保持している列強だ。ここを押さえてどんな事を始めるかなんて見当もつかないよ。だいたい、もしそんな事になったら……」
「なったら?」
「須坂が黙っていないでしょう。もしかしたら僕達は味方にミサイル撃ち込まれるかもしれないよ」
「そんな……でも確かにそうかも」
ちょっと前の俺だったら、もうそれで死んでも仕方ない位に考えたかもしれない。だが今はイブが眼の前にいる。自分の子を簡単に死なせてたまるかという思いがふつふつと沸いてくる。
「それに、風花様だって。このままじゃこれで風花様の死亡確定じゃないですか?
せめてあとひと月ここに籠城出来ないかな」俺のその言葉にガイが反応した。
【籠城は可能です】
「何だって!?」孝由さんが、素っ頓狂な声をあげた。
【正確には、ガーデンの今の座標位置をさらに地下百m下に移動します。地殻変動等で水位や海底の上昇・下降が発生しても、ガーデンの機能を維持するため、掘削機付きのギガントエレベータが装備されています】
「何それ。でも意味は何となく分かる……建物ごと地面に潜るの?」
【はい。ですが一度地中に潜ると、浮上するまで相応の年月が必要になり、その間、外部との交流は遮断されます】
「潜るのに必要な時間と、浮上するのに必要な時間を教えてくれ!」
孝由さんが叫ぶ。
【潜航開始までの準備に20時間。その後は地下百m下まで60日程で到達します。浮上の場合、準備に15日。その後百m浮上するのに、180日ほどかかります。ただし浮上時に海中でなかった場合は、浮力が使えませんので、その三倍は必要です】
「行って帰って来て最低で一年は見るべきか。わかった。それで行こう」
「ええっ!? 孝由さん。大丈夫なんですか? だいたい、いまから潜る準備始めて、それまでに攻撃されたりしたら……」
「そうなったらどのみち終わりさ。だが、このまま手をこまねいていたら、ガーデンがC国に蹂躙されるか、須坂に破壊されるか……どっちにしても人類にとってあまりいい結果にはならなそうだし、風花も助からない。バクチも仕方なかろう。そうとなったら善は急げだ。ガイ。ガーデンの潜航準備開始!」
【了解しました。ギガントエレベータ稼働準備に入ります。ガーデン内のエネルギー供給が一部制限されます】
そしてミーティングルームの照明が半分の明るさになった。
「それじゃ次だ。鏡矢君。今から言う事は領主の旦那の命令だ。心して聞いてくれ。君は、今からイブと二人で、カプセルでガーデンを脱出しろ! そして何がなんでもイブを須坂の領主様に会わせて、ガーデンの支援を頼んでくれ。その支援が来るまで、私は、風花と二人で、ここで待っている」
「そ、そんな……そんな事俺に言われても……だいたい、イブ連れて行ったって、こいつ何も出来ないし、足手まといにしか……」
「それに関しては、私に考えがある。明日の朝まで私にイブちゃんを貸してくれないか? ギガントエレベータが動き出すまであと二十時間。何とか間に合うと思う……」
「孝由さん、イブに一体何を」
「心配ないさ。ちょっとしたおまじないってところかな。いつもの事だがとにかく時間が惜しい。君は、例のカプセルの生体認証解除を急いで進めてくれ!」
そう言って孝由さんは、泣いていやがるイブを抱っこして無理やり地下に連れていった。俺は仕方なくインキュベータ室に行き、孝由さんが調整してくれた、生体認証用の女刺客のパーツを手に、かプセルの格納庫に向かった。




