第21話 育メン
結局、イブ・メイカーが生成しているケモミミちゃんの人格データをどうするかが問題となったのだが、システムが標準で最低限生存に必要な人格データのプロトタイプを用意している事がわかった。まあ通常の新生児と同等位のものの様だが、孝由さんと俺で、アップルシステムにかじりついて、もう少し何とかならないか試行錯誤してみたが、やはり人一人分の人格データともなると、そう簡単な話ではなく、俺達がエディタで生成したスクリプトでは却って問題が発生しそうな為、やむなく標準データを使用する事にした。
そしてそのまま、イブ・メイカーの生成工程が完了した。生成過程を終了したカプセルユニットが、地下9階にある新生児室に自動的に排出される。
「それじゃ鏡矢君。開けるよ」そう言って、孝由さんがユニット正面のボタンを押すと、その正面パネルがゆっくりと開き、二人で恐る恐る覗き込む。
どうやら眠っている様だ。
ガラス張りのユニットの床の上に、十代前半と思われる少女が全裸で体を丸めて眠っていた。ああ……ケモミミもしっぽもちゃんとある……よくこんなの再現出来たな。そうも思ったが、とにかく、このままじゃ可哀そうだ。そおっと、ほほをつついて、起こしてみた。
「んは?」そう言って少女は眼を開け、ゆっくりと起き上がり、ユニットのガラスの床にぺたんと座り込んだ形になった。そしてゆっくり首を左右に振りながら周りを観察している様だ。
「はは、大したものだな。生まれてすぐに座れて首が動くんだ。眼も見えている様だね」孝由さんがそう言った。
俺は、彼女をユニットから抱え上げたが「ふぎゃーーーーー」と、とたんに大泣きされた。そうだよね。こんな知らない人怖いよね。
だが、身近には出産で生まれてくる赤ん坊が皆無だったこともあり、知識としては多少知っているつもりだが、正直なところ俺も赤ん坊にはほとんど触れた経験がない。この子は身体こそ中学生くらいなのだろうが、頭の中は生まれたばかりの赤ん坊だ。これからどうやって接していったものか、全くもって不安しかない。だが、それは孝由さんも同じ様なものだそうで、とにかく二人で協力して行こうと言う話にはなった。
「取り合えず、この子は普通の赤ん坊よろしく順に教えていくしかないだろうね。ただ、私は風花の復活に向けイブ・メイカーの調整を急ぎたい。風花が復活して手伝ってくれれば育児も何とかなるかも知れない。なので申し訳ないのだが、この子の面倒は当面、鏡矢君にお願い出来ないだろうか?」
「仕方ないですよね。でも……それが妥当だと思います。俺は、イブ・メイカーそのものには詳しくないですし。それでこの子の名前、どうしましょう?」
「元になったキャラクターの名前じゃダメなのかい?」
「ダメじゃないですけど、そんなふざけた感じでいいのかなって。見た目はケモミミですけど、風花様と俺の子供の遺伝子を正式に受け継いでる子ですし、父親としてちゃんとしてやりたいなって思います」
「そうだった。この子の細胞は全て君の子の遺伝子を引き継いでいる。君が正式な父親なのは間違いない。それでは、エデンの園で最初に生まれた女の子だ。イブって言うのはどうだい?」
「イブ……イブ・メイカーから生まれたイブか……なんか打ち止めフラグみたいでちょっと気になったりして。でも、いいですねイブ。うん、それで行きましょう!」
そう。あの時は泣く泣く自分の子供をあきらめた。でもそれが今、こんな形で目の前にいる。そう思ったら、なんだか少し心が救われた様な気がした。
◇◇◇
イブの知能は生まれたばかりの赤ん坊だが、身体の組織はすでに十代に成長しており、歯も永久歯なのだそうで、最初から俺達と同じものが食べられたのは助かった。困ったのは、大小の下の扱いで、赤ん坊なので当然オシメになる。おしめ交換の際、最初は恥ずかしくてイブの下半身をまともに直視出来なかったのだが「この子は俺の実の子だ!」と自分に言い聞かせ、変な気にならぬ様心掛けた。そうしていたらだんだん、恥ずかしさより愛おしさが勝って来た様に思える。これが父性本能というやつなのだろうか。
そして一番驚いたのが、身体が出来上がっているためか、教えたらだんだん歩ける様になってきた。まだ生まれてひと月だぞ! もしかしたら脳も発達しているんだから、言葉も早く憶えないかと試してみているが、まあすぐには結果は出ないだろう。だが、イブと声をかけると振り向く様にはなった。
孝由さんは、あの後イブ・メーカーのリキャスト処理の後、改めて風花様の復活準備を進めていた。今度こそ3Dデータを間違いない様に、二人で何回も確認した。
夜。イブに添い寝をして彼女が寝付いたところで、孝由さんが戻って来た。
「遅くまでご苦労様です」俺がそう言うと「はは。まるで私達は夫婦みたいだな」と笑った。確かに……俺の両親も昔はこんな感じだったのかな。もう一年近く会ってないや。二人とも元気なんだろうか。ちょっとセンチになっていたら、孝由さんが言った。
「三日後に、風花復活の為に、イブ・メイカーを稼働するよ」
「はい。でも……今回はイブもいますし、僕は立ち合わなくても大丈夫ですよね?」
「ああ問題ない。実質、レバーを右に回すだけだしね。それで鏡矢君。風花が復活した後の話なのだが……」
「はい」
「前に風花が言っていた様に、とにかくここを出て、宗主様と談判するのが一番いいと考えている。どのみちこのままここを僕らだけで維持は出来ないからね。それでその時は、君と風花で須坂荘に行ってくれないか? ここの維持は僕でないと難しい」
「えっ? あっ、そうか。カプセル自体が二人乗りか。まだ動かせないけど……」
「いや、それはちょっとメドを付けたんだ。時間はたっぷりあったからね。あの女刺客の眼球だけだが、生成出来そうなんだよ。だから、一度君にそれでカプセルの稼働テストをしてほしいんだ」
「……眼玉ですか。グロいですね。でもいまさらだし、そんな事は言ってられないか。それじゃ、僕らが須坂に向かった後は、孝由さんとイブでお留守番ですね?」
「ああ、そういう事になる。なーに心配いらんさ。私は女性に興味がないからね。君の娘の純潔は心配いらないよ」
「そんな事心配してませんよ! ただ、こいつ寂しがるだろうなーって」
「そうだな。このひと月でものすごく君になついたものな。やはり実の親子だけの事はある」
「ふひゃん! ぱーぱー」イブが寝言を言っている。
「どうやら言葉も早そうだね」イブのケモミミをそっと撫でながら、孝由さんがそうつぶやいた。
◇◇◇
「C国からホットライン入電です」
須坂荘で、宗主サクヤヒメはその応対にあたった。
今はお互いの国同士での行き来もままならない状況でもあり、国連の様な常設の全世界的組織はなく、主要国間で国の代表同士がホットラインで意思疎通や意見交換をしている。
もちろん他国に攻め込もうなどという物量とメンタルを持った国は今のところ見当たらない。今の所、皆、自分達が生き延びる事で精一杯なのだ。
三十分程のホットライン会談を終えたサクヤヒメのところに、サザレイシがお茶を淹れに来た。
「どのようなお話で?」
「先日の東京湾外での潜水艦遭難の件です。あれが事故というのは了解しているが、遺骨回収をしたいので許可がほしいと……」
「……どこまで気づいているのでしょうか?」
「わかりません。ですがC国はその旨を、欧米や他の諸国に根回ししている様です。遺骨収集を拒む大義名分がこちらにはありません」
「それで何とお答えに?」
「『置き忘れ』も含めた危険海域である事は間違いないので、事前にこちらで掃海作業の上、安全を確認してから作業をしていただく事でご了解いただきました。遭難場所は、湾の外ですし位置もはっきりしていますから、そこから北上しない様にさえ、彼らをコントロール出来ればと思いますが如何でしょう」
「それでよろしいかと存じます。ですが、念のため第三台場にも指示を出しておきましょう」
「そうして下さい。それで……」
「何か?」
サクヤヒメはしばらく眼をつぶって考えていたがやがて口を開いた。
「やはりあれをそのまま残しておくと、次の戦争の火種になりかねないかも知れません。C国にしっぽを掴まれる前に、始末する事も念頭に置かないといけませんね」
「……そうならない様、善処いたしましょう」




