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第19話 万能細胞

 悪夢の様な作業から一夜明け、俺も多少気持ちが落ち着いた様な……訳がない。インキュベータ室で夜を明かしたが、ほとんど眠れなかった。本当に風花様はあの状態から復活出来るのだろうか。疑問は尽きないが、孝由さんは朝早くから黙々と作業を続けていた。

 ああ、例のリュックから書類の束をだして熱心に見入っている。カプセルの重量制限に引っかかった時にもあれは大事なものだからと言って手放さなかったものだが、ここでの作業に関わる資料だったのだと理解した。


「それって、これからの作業に必要なものなんですか?」

 俺は、何気なく聞いてみた。

「ああ、必要なんてもんじゃないさ。ほとんどイブ・メーカーのマニュアルそのものなんだ。最初は疑っていたんだけど、ここに来てからは一致するところばかりでね。多分これからの作業にも役立つよ。これって、君が解析してくれたデータなんだよ」

「え? あ、ああ。あのよくわからない言語って言っていたやつですか?」

「そう。あれ簡単な暗号文になっててね。解読自体はすぐに出来たんだけど、まあ、信ぴょう性の問題もあったし、あんまり情報が他に流れるのもいやだろ?」

「はは……敵を欺くには、ってやつですね」


「それで鏡矢君。君に頼みがあるんだが、ちょっときつい話かも知れない」

「なんですか? 昨日あんな事までさせられてますし……もう並み大抵の事では驚きませんよ」

「そうか。それじゃ……風花の体内にあった君との子供の胚。潰していいかな?」

「はいっ!? え、でも……あの状態で生きているんですか?」

「ああ、やたらな臓器などより原初の胚の方が、培養向きではあってね。ここのインキュベータなら、それなりの期間、生かせてあげられる」

「でも……もう赤ん坊にはなれないですよね?」

「それは何とも……いいや、正直に言おう。ちゃんとした人工子宮が用意出来れば、人間として育成出来る可能性もゼロではないと思うし、ここにはその設備もある。だけどあえてお願いする。潰していいかな?」

「そんな! 人として生育するかもしれないものを潰すって……それって殺人と同じですよね!?」

「ああ。まさに君の言う通りなんだが……イブ・メイカーを稼働させるためには万能細胞が必要で、それを今ここで手っ取り早く入手するには、今はこれを利用するしかないんだ。それで……大変言いにくいのだが、胎児は女の子だ」

 

 俺はあまりの事に、ごくりとつばを飲み込んだ。


「……たしかに、きっつい話ですね。

 でも、それで風花様が復活出来るのですよね?」

「……それも正直に言おう。イブ・メイカーが関与しても、以前の風花と全く同じ人間は復活出来ない。だが、限りなくそれに近いものは出来るだろう。私にもそれがどのくらいの差が出来るものなのか、やってみないと判らないというところなのだが……」

「ちょっと、考えさせてもらっていいですか」

 

 俺は一旦、頭を冷やそうとビオトープに出た。

 確かにここは楽園に見えるが、その実態は神をも恐れぬ狂気の研究機関だ。

 エデンの園で、アダムはどんな気持ちでイブを造ったのだろう。そういえば、イブを造るために、アダムは自分の肋骨を使ったんだっけ。はは、それも十分狂気だよな。

 

 でも今は、狂っていないと生き残れないか……俺も人類も……風花様も。


 インキュベータ室に戻って、俺は孝由さんにYesと答えた。


 ◇◇◇


「万能細胞っていうのはいくつも種類があってね。ES細胞、iPS細胞、スタップ細胞……それぞれ材料になる細胞や組織が違うのと作成方法が異なるし、出来た万能細胞にも、分化の得手不得手が存在するんだ。そして今の状況だと、人の胚からつくるES細胞が一番確実なんだ。後のものは生成手順もより複雑だし、今の手持ちの器材・薬剤では速やかに対応出来ないと思う」

「それで風花様と俺の子の胚を使うんですね。それじゃ、水槽に入れてある他の細胞は? ましてや女刺客の細胞なんかは、何に使うんです?」

「分化済みの細胞は、万能細胞がその細胞に分化する際の先生になってくれるんだ。自分はこんな経緯でこの細胞になりましたよって、ビフォーアフターを示してもらうんだ。イブ・メイカーは、その情報を解析して分化誘導因子を独自に調整してくれる。女刺客の方は……風花の方がひと段落したら、iPSかスタップで試してみようと思っているんだ。時間が立てば薬品類も揃ってくるし……それで女性二名という運用条件もクリア出来る」


「俺には難しくてよくわかりませんが……無駄にならないのであれば、頑張って集めた甲斐があったというものです」

「それじゃ、まあインキュベータに入っているとはいえ細胞たちの寿命も永遠ではないので、どんどん作業を進めるよ。僕は当分ここに籠るから、君は、例のカプセルをなんとかしてくれないかな」

「ああ。僕らが乗って来た奴は壊されちゃいましたものね。刺客が乗ってきた奴は、どうやら生体認証らしいし。なんとかハッキング出来ないかはやってみますが、いよいよになったら、女刺客の瞳とか指紋だけでも先に生成出来ませんかね?」

「ははは。君も大分マッドサイエンティストが板に付いてきた様だね」

 孝由さんが笑えない冗談を言った。


 それから一ヵ月ほどして、孝由さんが、万能細胞の大量培養に取り掛かったと言ってきた。

「すごいですね。それが身体を生成する材料になるんでしょ? もしかしてもうすぐ風花様を復活させられます?」

「いやいや、幾らなんでもそれは……僕の試算ではあと三ヵ月位かな」

「三ヵ月? いや、それ……早すぎません?」

「そうだよね。身体が出来てもまだ他の準備が……いや、何でもない。そのうち君にも手伝ってもらうさ」

「ええ。それはもちろん。ですが、イブ・メイカーが本格稼働始めるのにあたって、エネルギーとか大丈夫なんですか?」

「ああ。それも全く(あき)れた話でね。ビオトープの下にトカマク型の核融合炉がでんっと据え付けられていたんで、それも稼働させた。まわりは海なんでトリチウム取り放題だしね」

「話が大きすぎてついていけません……」


 ◇◇◇


「さて鏡矢君。いよいよ君の力を借りる時が来たよ」朝一で、孝由さんがそう言った。孝由さんについて行ってみると、インキュベータがある階とは違う階に連れて行かれた。

「ここが、デザイン室だ」


「デザイン室? 何をデザインするんですか?」

「何をって……イブ・メイカーで生成する人体の立体設計図さ。例のケモミミだよ」

「ああ、あれ」

「だけど、ここの仕様だけ例の資料になくてね。ガイに聞いても使い方が良くわからないんだよ。こういうの君の方が得意かなって思ってさ」


「確かに嫌いじゃじゃないですけど……パソコンでやる3Dモデリングとは別ですよね?」

【原理は同じです】ガイがいきなり会話に割り込んできた。

【孝由さんには何度も説明しましたが、彼にはその素養が無い様です。鏡矢さんも試してみて下さい】

「そ、それじゃ、やってみようかな。でも3DCGっていきなり素から起こすより、人の作ったデータで練習したほうがいいんだけど……」

「ああ、例のケモミミデータなら持って来ているぞ」そう言って孝由さんが、外付け用の記録媒体を出して来た。


「これ繋がる?」

【モデリング機側の外部インターフェースを表示します】

 すると、3Dモデリングマシンのモニタに、配線レイアウトが表示されたので、それを見て確認する。

「ああ、これならなんとかなるかも」そう言って俺は、久方ぶりにインターフェースの変換用プラグを自作した。


 そして翌日。ガーデンの3Dモデリング機に、三体のケモミミ女子のモデルが表示された。でも、多分海から出て来た媒体からならそのまま読めたんだろうなとは思った。


「それじゃ、これをベースに風花様を形作るとして、どれにしますか?」

「どれも風花より幼い感じだよね。最初は練習だし、君の好みで選んでいいんじゃないか?」

「そうですね。それじゃ、この一番小さい子で……」

「おお。そう言う趣味か」

「違いますっ。小さいほうがころがしやすくて練習になるんです!」


 それからというもの、ガイに教えを乞いながら、俺はその作業に没頭した。もともと好きだった事もあるのだが、なんとしても風花様をよみがえらせたいという執念見たいなものもあった。


 そしてついに風花様モデルが完成した。


「やったな鏡矢君」

「はい。実際にどれだけ似てるかはちょっと怪しいですが……」

「なーに、君の脳内バイアスが働いて、前より美人になったに違いない。あとは、イブ・メイカーのスイッチを入れるだけなんだが……」

「他に何か準備がいるんですか?」

「出来た身体に、風花の人格と記憶を移さないと、ただの肉の塊になってしまう。そこの仕組みが最終調整中だ」

「それじゃ、それが出来れば、いよいよですね」

「ああ、あと数日待ってくれ」 

 

 俺はもう迷わない。ちゃんと風花様をよみがえらせてみせる。そうしなければ俺達の子供も浮かばれない。そう思いながら、孝由さんの最終準備の完成をワクワクしながら待っている俺がいた。



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