第18話 インキュベータ
どのくらい気を失っていたのだろう。女刺客が俺に歩み寄って来て、孝由さんが「離れろー」って言ったと思ったら、目の前で大爆発が起こって……ああっ! そうだ。風花様は!? 俺の前に立ってたはずじゃ。
そう思って腰を抜かしたまま当たりを見渡すが、硝煙と血の匂いが混じったひどい空気があたりによどんでいて、あちこちに血の固まりが……これって、肉片か? そう思ったら途端に胃が引きつって戻しそうになった。
風花様は!? いったいどこだ!? 焦りながらキョロキョロしていたら、ああいた……なんだよ。俺の腹の上にいるじゃん。顔を俺の胸にうずめて、しっかり俺に抱きついている。
「風花様。大丈夫ですか?」声をかけるが返事がない。気を失っているんだろうか。俺は床に座りなおして、ゆっくりと風花様の身体に手をやった。
あれ? 変だな。息してないぞ。えっ、えっ!? 俺に動揺が走る。そして、ゆっくりと足の方を見て愕然とした。風花様……下半身がない……
「あっ……あっ……」全く頭が回らない。言葉も出ない。しかし、体の底の方からものすごい感情の揺れが沸き上がってくる。
「うっ、うわーーーーーーーーーー!!」俺は狂った様に絶叫した。
「しっかりしろ鏡矢君!」
「あ、孝由さん。あの……風花様が……」
「ああ、分かっている。だが、状況は一刻を争うんだ。気を確かに持って手伝ってくれ。風花は……まだ間に合うかもしれん」
「本当ですか!?」
この状況で助かるとは……俺はにわかには信じられなかったが、孝由さんの眼は真剣だった。これはもう信じて賭けてみるしかないだろう。
「は、はい、孝由さん。俺は何をすれば……」
「まずはアドミニストレータキーを探すんだ。あの女刺客が身に付けていたはずだ。爆発で壊れていなければいいんだが……」
「分かりました……」そうは言ったものの、それがどんな形かもわからないし、多分あの女は細かい肉片になっちゃってて、そこから探しだすのも心が折れそうだ。
でも……俺は、冷たくなっていく風花様の身体をそっと床に置き、腹をくくって、血の海に突進していった。
ややもして、血の海の中に、LEDが点滅している腕輪の様なものを発見した。
「孝由さん。これでしょうか?」
「貸してみろ!」
そう言って孝由さんはそれを腕にはめ、上に高く掲げた。
「認証要求!」
【アドミニストレータキーを確認しました。日本国宗主様。ようこそガーデンへ】
「よっし! これでいいぞ鏡矢君。それじゃまずは、インキュベータの使用開始を宣言する」
【了解しました。インキュベータの稼働と通路の解放を確認】
「インキュベータ?」不思議そうな顔の俺に、孝由さんがこう告げた。
「時間がおしい。細かい事は後だ。僕は、インキュベータ室からコンテナを取ってくるから君は……風花とあの刺客女の肉片を集めて寄り分けておいてくれないかな? ああ、男のやつはいらないから」
「えっ!?」驚く俺をそのままに、孝由さんは、爆発で負傷したのであろう足を引きずりながら、どこかへ向かっていった。
一体、何がなにやら……でも、風花様が助かるのなら……。
その思いから俺は、女性達の肉片を集める作業に没頭した。
◇◇◇
最初は気持ちが動揺していて作業がはかどらなかったが、だんだん慣れて……というより感覚がマヒして来たのか、飛び散った肉片を冷静に拾い集めて分類出来る様になってきた。風花様の下半身部分は、かなり飛ばされていて部屋の隅にあったのを発見した。俺の赤ちゃん……もう涙が止まらない。
「いやすまん。遅くなった」そう言って孝由さんが、大きなドラム缶みたいな容器二つを台車にのせて運んできた。
「鏡矢君。もうひと頑張り頼む。このコンテナに、風花と女刺客を分別して入れてくれ。急げ!!」
「は、はいっ!!」
その時点で、身体の仕分けはほぼ終わっていたので、そのままその容器に入れていった。
「それじゃ運ぶぞ。君は動けるかい?」
「はい。風花様がかばってくれて、ほとんど無傷です……」
「それじゃ、こっちだ!」
二人で居住区のエレベータに向かい、台車ごと乗り込んだ。
あれ、エレベータ内のパネルが変わってる。地下なんて……ああ、そうか。孝由さんが、管理者権限で施設を稼働させたんだ。ということはイブ・メイカーを使うつもりなのか?
まさかそれで風花様を作り直すつもりなのか? そうも思ったが、今の自分には何も出来ないし、風花様が助かるのであれば別に何でもいい。そう思って、黙って孝由さんに従う事にした。
インキュベータ室は、それほど天井が高くない全長50mほどの細長い部屋で、壁にそって大きな円筒上の水槽が並んでいて、そのうちの二つに水が入っていた。多分、これに二人を漬けるのだろう。そう考えていたら、孝由さんが俺に指示を出した。
「鏡矢君は、女刺客の身体を右の水槽に入れてくれ。私はちょっと下ごしらえをするから」
風花様の入った容器を大きな作業台の近くに降ろし、俺は女刺客の容器を、インキュベータ室の水槽近くまで持って行って、彼女の身体を移していった。
でも下ごしらえって……そう思って孝由さんの方を見て、俺は腰を抜かした。孝由さんが、風花様の上半身から頭を落としている?
……これは悪夢なのか?
「孝由さん! 気でも狂ったんですか!?」
俺は思わず駆け寄って、大声で怒鳴った。
「ああ……君には見せたくない作業だったんだが……脳の血液循環だけは、明確に確保しないとだめなんだ。とにかく説明はあとだ。作業を続けてくれ。それで、女刺客の分が終わったら、風花の頭以外の部分を隣の水槽に入れてくれ」
なんだってんだよ。これで正気でいろってか?
もう何も考えられない……俺は思考停止状態のまま、孝由さんに言われた作業を終えた。
何も考えられず、インキュベータ室の床にへたり込んでいる俺に、孝由さんが声をかけた。
「すまなかったね。ひどい作業をさせて。でもこっちも無事終わったよ。これでとにかく、風花の命はつなぐ事が出来そうだ」
「本当ですか!?」
「ああ。だが……形になるまで、君は当分見ないほうがいいかな」
「それってもしかして、イブ・メイカーで風花様の身体を作り直すとか?」
「うーん。当たらずと言えども遠からずかな。だがまだその下準備にもなっていないんだ。課題が山積みでね。よければこれからも手伝ってくれると助かるのだが……」
「……分かりました。宜しくお願い致します……」
◇◇◇
「なんですと。ガーデンの管理者権限が奪われた?」
サザレイシが驚いて宗主サクヤヒメに尋ねた。
「はい。ですが千代女が負けるとは思えませんので、あの子が裏切った可能性もあるかも……」
「そんな。それで今のガーデンの状況は判らないのですか?」
「今朝、ガーデン運営にこちらからアクセスしようとしたら、アカウントが書き換えれらていて、今私が持っている権限でアクセス出来ませんでした」
「だから予備とはいえ、キーを他人に渡すなど……私は反対だったのです!!」
「ですがあれが無いと、あそこでは、鞭で人を打つことも出来ないのですよ……まさか私が直々に行く訳にも参りますまい」
サクヤヒメも泣きそうな顔になっている。
「…………いかがいたしましょうか。こうなっては特殊部隊を」サザレイシがそう進言したが、サクヤヒメが拒絶した。
「さすがにそれだと、他国に異変が知られる事になりかねません。千代女が負けたにせよ、裏切ったにせよ、敵はなんらかのアクションを起こすはずです。まずはそこから状況を探るのが良いかと考えますので、周辺の監視を強化して下さい。ガーデンそのものを押さえられたとしても、そこから出なれなければ何も出来ますまい」
「分かりました。それでは、その様に手配いたしましょう」
そう言いながらサザレイシは部屋を出て行った。