第14話 ガーデン
俺は、うたたねしてしまっていたのだろう。ふと気が付いたら、まだカプセルの中だった。風花様も俺の腹の上で寝息を立てている。足の骨折箇所をとりあえず固定するため、俺のTシャツで固めにグルグル巻きにしてあり、多少は効果があったのだろう。そんな事を考えていたら、孝由さんが話掛けてきた。
「鏡矢君、少しは寝られたかい? どうやらもうすぐ到着しそうだよ。カプセルがだんだん減速を始めてるみたいだ」どうやら出発して三時間位立っている様だが、確かに、カプセル動きがゆっくりになっていくのが感じられる。
【まもなく到着します】しばらくしてAIの音声が響いた。
ああ、よかった。出発前に用は足してきたのだが、またトイレに行きたくなっている。このまま漏らしたら、風花様絶対怒るよな。
やがてカクンと振動があり、カプセルが固定されたのが分かった。
【室温。大気組成。放射能レベル。オールクリア。ハッチを解放します。外に出たらガーデンのガイドに従って下さい】
そう言って、カプセル内のインパネのランプが消え、ハッチが開いた。
外は……かろうじて様子が分かるがほぼ真っ暗だ。最初に孝由さんが、懐中電灯を手に慎重にカプセルを出て、周りを偵察する。
「出発した時と同じ様な部屋だね。カプセル置き場なんだろうか……照明はつかないのかな。ラボの時はあったけど……ああ、これかな?」部屋の照明がついたので、俺も風花様をカプセルのシートに座らせて外に出て見た。
「何も無いですね。AIはガーデンの指示に従えって言ってましたけど……」
部屋を見渡すが、扉の様なものもなく、どこから出られるのかも分からない。孝由さんは、壁をトントン叩きながら丁寧に調べている。
「ああ、鏡矢君。念のため、風花もカプセルから降ろしてくれないか? 勝手に発進されたりしたらかなわないからね」
「あ、はい」俺は、孝由さんに言われるまま、風花様を抱っこしてカプセルから外に連れ出した。
【ジェンダー雌雄の存在を確認。ガイドAI起動します……】
うわっ! 突然女性の音声が響いてきた。孝由さんも驚いている。
「ははは。男女揃っていないとダメなのか? もしかしたらここまで乗って来たカプセルも? そうだとしたら運がよかったね」そう言いながら、孝由さんが部屋の中央に進んだ。
「ガイドAI。すまないが僕達はここと君に関する詳細を何も知らないんだ。一から教えてくれると助かるのだが」
【了解しました。まずは住民登録をお願いします。インカム装着後、パネルに掌を乗せ、氏名を申し出て下さい】
床から、認証用と思われるタッチパネルと人数分のインカムが出て来て、俺達三人は順に、氏名を言いながら掌を乗せた。
【木之元孝由様、木之元風花様、佐々木鏡矢様。以上、三名の住民登録を完了しました。ご案内致しますので、しばらくお待ちください】
そして天井から何か降りて来た。どうやらエレベーターみたいだ。
三人でそれに乗って上に向かう。
そしてそこで目にしたのは………………なんだこれは。
そこには、広い青空の下、空には小鳥が舞い、草原に色鮮やかな花が咲き乱れ、緑も鮮やかな木々や茂みに囲まれた泉があり、心地よい風が吹き渡っている空間があった。そして、よく見ると、泉の底からは地下水が湧き出し、木々にはいろいろな果実が実っている。そしてなんだか空気自体がとてもいい香りがする。
「孝由さん……ここって一体?」
「よく見るんだ鏡矢君。ここは室内みたいだ。巨大なドーム状の建物で、壁に映像投影されている様に見えるが……生えている植物は本物の様だね」
呆然としている俺達に向かって、ガイド音声がこう言った。
【ようこそヒューマンリジェネレーションプラント『エデンの園』へ】
◇◇◇
「すごいものだな。ここはいつからこの状態で稼働していたんだ? それにエネルギーはどうしているんだ」孝由さんの問いにガイドAIが答えた。
【このビオトープは、稼働開始から1,504,321時間を経過しました。稼働維持には太陽光、地熱、潮汐力、風力といった周辺の再生可能エネルギーを使用していますが、本稼働用にリアクターも別途用意されています。】
「150万時間って……一年が365日×24時間で……少なくとも150年以上って事? それで孝由さん。ビオトープって?」
「ビオトープっていうのは、ここの場合、特定の生物が生存・繁殖していける
環境が維持されている閉鎖的空間と言った理解でいいよ鏡矢君。いろいろと興味は尽きないが謎はおいおい調べるとして、まずは風花と君の治療をしなくては。
おいガイドAI。負傷者の治療用設備はないのか?」
【後方の居住区に医務室があります】
振り返ってみると、崖の様なところに、人が入れる位の穴が複数開いている。
どうやらそこが居住区の様だ。入ってみるとかなりの部屋がある事が分かった。
「すごいな。一体、どのくらいの人口を想定しているんだ?」
【300人程で遺伝子プールを構成・維持する事を想定しています】
「なるほど……そういう事か」
孝由さんがそう言ったが、俺には何の事だかサッパリ分からない。
やがて医務室と思われる部屋に着いたのだが……備え付けの医薬品は、すでに期限切れというか、みんな砂になっていた。液状のものはすべて乾ききっていて空瓶だった。
「さすがに生ものは150年は持たないか……だが、薬品の生産は可能なのか?」
孝由さんがガイドAIに尋ねた。
【管理者による生産許可が下りれば可能です】
「それでは、まずはエタノールとペニシリン系抗生剤かサルファ剤あたりの生産をお願いしたいのだが……」
【住民要望リストに追加しました】
「あれ? 私は管理者ではないのかな?」
【管理者ではありません】
「ふうっ……やれやれ。それじゃ、それは後回しだ。でもこれは使えそうなんでいただくよ」
孝由さんは、そう言ってそばにあった金属製の松葉杖をばらして、風花様の足に括りつけて副木の替わりにした。そして捻挫した俺の足首も、棚にあった包帯で固定してくれた。
「それじゃ、二人とも。当面はこの医務室を拠点にしよう。どうやら水は使い放題みたいだし、薬品はないが金属製の機材やらは揃っている様だ。私は食べる物を調達してくるから、鏡矢君は風花を頼む」
そう言って孝由さんが、医務室を出ていった。
ベッドに横になりながら、風花様が不思議そうな顔で俺を睨んでいる。
「鏡矢。ここって一体……イブ・メイカーと関係あるのかな?」
「どうでしょうか。孝由さんは何か知っていそうですけど。落ち着いたらちゃんと聞いてみましょう」
【イブ・メイカーは、ガーデンの主要機能のひとつです】
突然、ガイドAIが応答し、俺はびっくりして飛び上がった。
「わっ、急に驚かせるなよガイドAI……呼びづらいからガイでいいかな? それで、ガイ。イブ・メイカーはここにあるのか?」
【ございます。そして条件を満たせば稼働させる事が可能です】
「ほんとに?」風花様が叫んだ。
「それで、それってどうやれば……」
「ほらほら。そんなに慌てない」そう言いながら、孝由さんが、懐に果物を抱えて戻ってきた。
「でも孝由さん。ここに本当にイブ・メイカーがあるなら……」
「だから、まずは君と鏡矢君が回復しないと。何をするにしても自由が効かない。当分、生活に支障はなさそうだし、私も順に調べていくから……まずは腹ごしらえだ!」そう言って、孝由さんが、持って来たバナナをうまそうに頬張った。