第12話 絶対絶命
「風花。おい、しっかりしろ!」
孝由さんが必死に風花さんに語りかけていると、ようやく風花様が目を開けた。
「おお、大丈夫か!?」
「……身体がめちゃくちゃ痛い……私、上から落ちたの?」
「ああ。だが、ブランコの吊り紐が多少の抵抗になっていて、まったくの自由落下ではなかったんだろう。それと地面寸前で鏡矢君がクッションになってくれたんで、ぺしゃんこにならずにすんだのだと思うよ……でも、これは……右足の腓骨が折れてるな。靭帯もやったかな?」
「ふわーっ。道理で痛い訳だ……それで、鏡矢は無事なの?」
「俺は……大丈夫です。早く風花さんの手当を。すぐに上に連絡しないと」
「しかし、シェルター自体が埋まってしまった様だし……って、おい! 水が入って来てるぞ!!」
もともとこのあたりは湿地だったところだ。そこに通した縦管が崩壊した事で、水が入って来ても不思議でも何でもない。このままでは、上から救助が来る前に三人とも溺死だ。
「どこかに、空気が溜まる様な構造の部屋があればいいんですが」
俺の進言に従い、孝由さんがラボの中を急いで走り回って、戻ってきた。
「一階の応接みたいなところが天井が高いし、大きなテーブルもある。とりあえずそこに逃げ込もう」
そして何とか三人でその応接室まで行き、テーブルの上に乗ったのだが、すでに水が床上10cm位まで溜まってきていて、どんどん増えて行きそうな勢いだ。俺は目算で計算する。
「多分、天井から50cm位のところで水は止まります。テーブルの上に立てばなんとか……」
「わかった」そう言いながら、孝由さんは、風花様を抱えてテーブルの上に立った。
「私達はこれでいいとして、君は立てるのか?」孝由さんが心配そうに俺に言う。
「なんとかします。立てなければ終わりですんで……」
俺は、気力でテーブルの上に立ち上がっった。
「痛って!!」
しかし、立ち上がった瞬間、右足首に激痛が走り、そのまま床まで転げ落ちた。
「鏡矢君!」
すでに床の水位は20cm位になっており、俺はそこにもろに顔を沈めてしまい、危うく溺れかかった。
「ふはっ!!」何とか身体を翻して息を継ぎ、座り込んで周りを見渡したその時だった。
「ああ……これは……孝由さん。これ! 水が下に流れています!! この下に空間があるんじゃないでしょうか?」
「何だって?」
孝由さんも風花様をテーブルの上に残し、様子を見に来た。確かに大テーブルの下に水が流れ込んでいる。
「これは……よし、これだ!」孝由さんがなにかレバーの様なものを引っ張ると、いきなりテーブルの下の床が割れた。隠し階段だ!
「孝由さん。これって……」
「もう考えている暇はない。君も下になら這っていけるだろう? 迷わず進むぞ!」
階段を少し降りると、調査用のライトも設置されておらず真っ暗になったが、孝由さんがどこからか懐中電灯を出して照らしてくれた。どうやらあのリュックも背負っている様だ。
「扉だ……これは、水密扉だな。よし!」
そう言って孝由さんが、まあるい扉の取っ手をグルグル回すと、ギギギギと音がして、かんぬきが動き、扉が開いた。そして三人が中に入って再び扉を閉めたところ、水が入ってくる形跡はなかった。
「はあーー。これで一安心かな。だがここは……いや、考えていても仕方ないか。外にはもう水が溜まってしまっているだろうし。一旦休んで治療しよう」
孝由さんが、持って来たリュックから救急用の消毒液などを出してはくれたが、風花様の骨折用の副木みたいなものはなく、俺は多分骨折ではなく捻挫だと思われたが、かなり足首が腫れてしまっていた。
「電波もつながらないか……救助隊が、あの応接の床に気付いてくれるといいのだが……」
二時間ほど休憩しただろうか。外の様子は全く分からないが、多分、上では父や皐月嬢が、懸命に捜索してくれているだろう。とはいえ、あの状況でそう長くは持たないと判断されたら……いや、信じて待つしかないだろこれ。
「いかんな。風花が発熱して来ている。早く手当しないとまずいかも知れん」
「ですが、ここでじっとしているしか出来ないですよ。くそっ、水なら扉の向こうに死ぬ程有るのに……」
今、手持ちにある水は、孝由さんのリュックに入っていた、2Lのペットボトル一本だけだ。救助まで何日かかるか分からない状況で安易には使えない。
「奥へ行って見よう。水位有るかも知れん」そう言って孝由さんが、風花様を抱えて歩きだしたので、俺も這いずってついて行く。
そしてちょっとした集会場程の部屋についた。どうやらここで行き止まりの様だ。孝由さんが、懐中電灯を手に部屋の中を物色している。
ややもして、孝由さんが俺を呼んだので、ゆっくりそっちに向かう。
「鏡矢君。これ何に見える?」
孝由さんが差し示したのは、直径2m位の球体だった。
「何って……こんなの見た事ないですよ。でも……これって、もしかして宇宙船とかの脱出カプセル?」
「私も同じ考えだ。もしかしてラボが襲われた時の避難用かも知れない」
「避難って……どこに?」
「それは判らないよ。でも……ほら、どういうからくりだか判からないが、こいつ、生きている様だ」
確かに、あちこちに緑色のインジケータみたいのが光っていて、動力は生きているのだろう。何百年前からここにあったのか知らないが、余裕があれば調べてみたいとオタク心がつぶやいた。
「鏡矢君。君、これ動かせないかい? ほら、工具ならこの辺は持って来た」
そう言いながら孝由さんが、リュックから工具をいろいろ出し始めた。
「はは……出来るかどうかわかりませんが……やるしかないですよね」
そうして懐中電灯の灯りだけを頼りに、俺はそのカプセルの調査を開始した。
◇◇◇
「ええ、そうです。至急ボーリングが必要です……機材の手配を……ええっ!? 三日かかる!!」地上では、明さんが懸命に捜索手配を進めていたが、あまりに突然の出来事で、何もかもが後手に回ってしまっている。
この湿地内で、縦管が破損すれば、下はすぐに水で埋め尽くされてしまうだろう。ああ、鏡矢……無事でいてくれ……。
「どうですか。救助隊は手配出来そうですか?」皐月嬢も心配そうな顔で言う。
「ああボス。私だけでは何とも埒があきません。緊急事態です。近隣の荘園や国に救助要請を!」
「そうですね……ですが、それは領主様でないと……それに領主様がこんなところで罹災したなんて、そんな報告をしたら町田荘は……」
「ああっ……お取り潰し……」明さんがゴクリとつばを飲み込んだ。
「ですが鏡矢の。息子の命が……いいやすいません。御領主様と旦那様も……人の命の事なのです。なんとかしていただけませんか?」
「ですが……私にその判断は重すぎます。それにもう崩落してから三時間以上……上まですっかり水に浸かってしまっていて……酸素ボンベなどは持ち込んでいなかったのでしょう? であれば、もう腹をくくって、じっくり捜索するしか……」
皐月嬢は言葉を濁しながらも、もうあきらめろと言っている。
「うわぁああ……鏡矢ぁ……」明さんの絶叫が夕方の空に響いた。