第10話 中央
旧長野県にある荘園、須坂荘。ここが今の日本の行政の中心となっている。長い大戦で、東京や大阪と言った主要都市は、核攻撃を含めた激しい戦闘で人が居住するのに適さなくなってしまっており、今だに放射能が危険なレベルにある場所も多い。町田荘などはその危険地域に隣接するいわば最前線とも言うべき立地なのだが、他の荘園は、もう少し田舎に点在している場合が多い。
鏡矢が、妾として風花の元にいってから半年程たった有る寒い朝。須坂荘の領主であり、日本国宗主でもあるサクヤヒメの所に、一通の書簡が届けられた。
「宗主様。手紙には何と?」側近で女官長のサザレイシが尋ねる。
「ふっ。町田の風花が怪しい動きをしているとあります。どうやら旧青葉区のあたりを掘り返している様ですね」
サクヤヒメは、その容姿こそ十代後半に見えるが実際はアラフォーに近く、女官たちが美魔女様と陰口を叩く事もある妖艶な美女だ。
サザレイシは、もう長く須坂荘に女官として勤めているベテランで、もう七十歳は越えているだろう。
「密告文ですか……ですが、旧青葉区となりますと、もしや?」
「……エデンでしょうね。ですが、あそこはすでに百年以上前に国が調査済みです。今更とは思いますが……いきなり荘園の自領発掘に口は挟めません。少し様子を見ましょうか」
「それでは、周辺の荘園にも、監視だけは怠らない様、指示を出しておきます」
「まったく……もはや多少、女児の出生が増えたところで焼石に水です。我々人類は、どの様にその終末を穏やかに過ごすか考えなければならないのに……まあ、あの風花は私好みでもありますし、粗相があれば、すぐにでも町田を取り潰して、あの子を我が手元に置きましょう。それでサザレイシ。今日の予定は?」
「はい。夕方からミネルバのステージ収録を見学いただき、そのあとメンバーと会食の予定となっております」
「ふふっ。風花も、もう少し若かったら、あのアイドルグループに加えてあげてもよかったのですが……そうすれば私のオモチャでしたのに……」
「……宗主様。それでは本日のお仕事を始めさせていただきます。まずは、各地の人口動態の件ですが……」ちょっと遠くを見ている様なサクヤヒメに釘をさす様に、サザレイシが話し始めた。
◇◇◇
「それじゃあ、ラボの建物に入るメドが立ったんですね?」
俺は思わず大きな声をあげた。
「うん。君のお父さんが縦管を通してくれて、八十m下までウィンチで行ける様になったんだ。その降りたところに、今、耐圧構造の部屋を作ってる。そこを拠点に、来月からラボ内の発掘調査にかかる予定だよ」孝由さんがうれしそうにそう言った。
「どうやら、国にも周辺荘園にも動きはないみたいだし、バレてない様ね。くーっ。絶対、うちの荘園でイブ・メイカーを稼働させてやるんだから!」
風花様も気合が入っている様だ。
「それで鏡矢君。風花との子造りの進捗はどうなんだい? そろそろ君が妾に入って八ヵ月だ。ちゃんとやる事はやっているんだろう? ラボに入れる様になったら、君にも一緒に来て手伝ってほしいんだ。だがそうなると、あっちに籠る事も増えて、風花と睦む事も減ってしまうと思うんだよ。出来ればその前に仕込んでほしいのだが……」
「孝由様。そればっかりは……」俺が困った様な顔をしたところ、風花様が俺の肩をポンっと叩いた。
「鏡矢。まあ……がんばりましょ!」
◇◇◇
正直なところ、俺と風花様の関係は当初からは想像も出来ない程進歩している。風花様も、俺に対して他の男性に感じる様な恐怖を感じる事が少なくなって来ていて、お互いに身体のあちこちにちょこっと触れ合ったりしても問題はなくなっている。だが、風花様にとって、やはり最後の一線だけはまだ抵抗がある様なのだ。
俺が上になって重なろうとすると、いまだに軽いパニック障害の様になってしまう。でもそれはまあ、慌てても仕方がない。本来そんな心理状態ですべき事ではないのだ。どうやら、領主自体が子をなせるかどうかも、荘園の存続に関わるファクターらしく、それでなんとかしてという事の様なのだが、それはそれでプレッシャーが半端ないとは思う。
今夜も軽く発作気味の風花様の背中をゆっくりさすってやる。
「ゴホッ。ゴホッ……いつもすまないねぇ……」
「なんですか? その芝居がかった物言いは」
「はは……鏡矢ありがと。大分落ち着いた。だけど、このままじゃ、孝由さんの話じゃないけど、困ったよねー。頭の中では私もあんたと繋がりたいんだけど」
「焦るとうまくいかないですよ。ゆっくり行きましょう。発掘行く様になっても俺、頻繁にパレスに戻ってきますから!」
「ああ、ありがと鏡矢……大好き!」
そう言いながら、風花様が俺の唇にキスしてくれた。
◇◇◇
数日後、前屋敷の俺の部屋に、風花様が皐月嬢を連れてきた。
ああ、手に赤ちゃんを抱いている。生まれたんだ!
「あの、皐月様。ご出産、おめでとうございます!」俺もうれしくなってそう叫んだが、あの時、皐月嬢が風花様に俺を譲らなかったら、この子の父親は俺だったりしてとか、ちょっと思ってしまった。
「それで、男ですか? 女ですか?」その俺の問いに、風花様が答えた。
「男だったら、前屋敷内にいる訳ないでしょ。女の子よ!!」
「えっ? 男は赤ん坊の時から別なんですか?」
「何だ。知らなかったの? まあ、あんたも自分のこんな時分の事は覚えてないか。生まれた子が女の子だったら、一生パレス暮らし。男の子だったら、外の集合育成機関行き。そしてほとんどが物心つく前に、手続きを経て希望する男性カップルに養子縁組されるわ」
「あ、そうなんですね」いや、確かに自分の両親も両方男だし……でも、周りもみんなそうだから、考えた事もなかったな。そう言われればそうか。
「でも皐月姉。女の子でよかったわね。町田荘の評価ポイント上がったわよ。それにあなたも……土木課課長から出世できるわよ」風花様がそう言った。
「はは。でもあんまり出世してもねー。私も若いうちはガンガン現場に出たい口だし」
「でも、皐月姉は、ラボの現場には行ってないんでしょ?」
「そりゃそうよ。トップシークレット案件で課長が動いたら目立っちゃうしね。本当に佐々木さんはよくやってくれてるわ。でも、ラボに入れる様になったら一度行って見ようとは思ってるんだ」
「あ、そうなんだ。それじゃ、その時、私も一緒に行っていい? 領主の現地視察ならそう珍しい事でもないしさ」
「わあ。風花様が来てくれるなら、私が同行してもおかしくないわー」
「ねえ。皐月姉。その子、抱かせて。名前は?」
「この子はね。卯月って付けたんだ。それじゃ…‥‥はい」
「うわー。ちっちゃいね。軽いねー」
風花様が恐々とした手つきで赤ん坊を抱きかかえているのがなんかほほえましかった。
そして皐月嬢と赤ちゃんが帰ったその夜。
「あれ、風花様。今日、一緒に過ごす日でしたっけ?」
そのまま俺の部屋に残っている風花様にそう問いかけた。風花様が俺と夜を過ごす日は予めスケジュールされていて、今日はその日ではなかった。
「いや……違うんだけど……なんかね……ムズムズしてるの」
「はい? それって、もしかして発情したとか?」
「そうかも知れない。赤ちゃん抱いていたら、なんか、ああこれいい! って思って、欲しくなっちゃった……」
「あっ、あー。それじゃ……チャレンジします?」
「うん!」
そうして真っ赤になっている風花様をベッドまで連れて行き、そのままチャレンジしたところ、果たして、パニック障害も起きず無事に二人で結ばれる事が出来た! 赤ちゃんの力は偉大だった様だ。
「あー。いままで合体しなきゃって事だけ考えて余計なプレッシャーを感じてたんだろうな。男と女が愛しあって、あんな愛の結晶が出来るんだよ! もっと早く、そこに気付くべきだったよー」
ようやく結ばれる事が出来てうれしかったのか、今日の風花様は一段と饒舌だ。
俺も何か暖かいもので心が満たされている感じだ。
こうして俺と風花様は、心も身体も結ばれる事が出来たのだった。