第01話 ニューワールド
「鏡矢。誕生日おめでとう。それで……今日こそはっきり言うね。
ずっと前から、君の事が好きでした。正式にお付き合いしてくれませんか?」
十六歳の誕生日。俺は放課後、体育館裏に呼び出され、こう言われた。
「あっ、有難う。俺もお前とそんな関係になるんじゃないかって、かなり前から思ってたんだ。幼稚園に入る前からの幼なじみだし気心も知れてて、いっしょにいても気楽で楽しいし……いいよ。付き合おうぜ!」
「ほんと? ほんとに僕でいいの?」
「ああ。だが拓真。一つだけ了解してほしい事があるんだ。
俺……今度の公募、受けてみようと思ってるんだ。ああ、別にお前が嫌だって訳じゃないぞ! ただ……せっかく十六歳になって……国民の権利というか義務というか、ちょびっと興味があると言うか……すまん。いいよな?」
「……仕方ないなぁ。でもまあ僕も頭では分かってるよ。公募と、恋愛や結婚は切り離して考えないとね。僕は公募に全く興味がないけど、君は普通にオスの本能も備えていると言う事だよね。そういう人もいないと、本当に人類が滅びかねないし……いいよ。行ってきなよ。
でもまあ。聞いたところでは、今回は競争率も高そうだし、どうせ落選して泣いて帰ってくるだろうから、その時は僕が慰めてあげるよ」
「ははっ……そん時はよろしく頼む」
こうして、俺、佐々木鏡矢は、めでたくクラスメートで幼なじみの一条寺拓真と交際する事となった。だが十六歳になったら公募を受けようと言う事は、ずっと以前から考えていた事でもあり、拓真には悪いが事前に了解を取らせてもらった。
公募……俺達の様な庶民の場合、男女の性交の機会はこれ以外にほぼない。
男ばかりになってしまったこの世界では、俺と拓真の様に、男性同士で愛し合い、結婚し、家庭を築いて社会生活を営む事が当たり前なのだが、俺としては、男と生まれたからには一度は女性と……と、本能が騒ぐ事があるのだ。
今回の公募者は、二十八歳の皐月嬢との事だ。以前からネットに簡単なプロフは上がっていて気にはなっていたが、二週間前、公募の件と共に、より詳細なプロフィールが公開されており、その美人で優しそうな印象もあいまって、学校でもその話題で持ち切りなのだ。
それだけに競争率も高そうで、まあ当選する事自体がむずかしいだろうとは思うのだが……何か期待せずにはいられない感じが止まらなかった。
◇◇◇
22世紀初頭。人類は災禍に見舞われた。
当初はほぼ1対1だった男女の出生比率だが、徐々に男性比率が増加しはじめ、世界は男だらけに向けて坂道を転げだした。
最初の百年は、その差を何とかして埋められないかが全世界で研究され、あまたの産み分け手段が検討・テストされたが何をやっても、この比率の悪化は止められなかった。
次の百年は、女性の奪い合いだった。個人間はもちろん、国家レベルでの戦争が世界的規模で始まり、全世界の人口は1/10になった。男女比の差は依然改善せず、女性一人を獲得するのに男性が十人や百人位死んでも、全然OKという事だったのかも知れない。
そして文明が崩壊し、人類はようやく争う事の愚かさに気付き、秩序の再構築に着手した。
時は西暦2616年。地域により多少の差はあるものの、全体的に男女の出生比率は30対1になっていた。これ以上悪化すると、一人の女性が一生のうちに一人も女子を産めない事態となり、女性自体の人口も維持出来ず、人類滅亡が確定する。いやすでに一人の女性が一生のうちに三十人産むと言う前提自体がナンセンスなのだが……
長い大戦の経験から、少数の女性が統治者として男性を支配する体制が確立し、男性同士の恋愛・婚姻関係がごく当たり前の事として社会制度に取り入れられていた。ここ町田荘は、人口5万人程の地方都市で、女性領主が治める荘園の一つだ。今の日本にはこのくらいの規模の荘園が全国に300程あり、それぞれに女性領主が立っていて、その下で女官数百名が行政を担っている。
そして公募というのは、荘園の管理者側である女性が性交を希望する際、その相手を荘園内に居住する16歳以上の男性から募集して選べる制度であり、荘園内の男性は、原則、この公募によってしか女性と交わる機会を得る事は出来ない。
なので鏡矢の様に、たとえ競争率が高くとも、自分の好みの女性をターゲットに公募にチャレンジするのは、一般的にごく当たり前の事だったのだ。
◇◇◇
「おはよう。あれ、明さん。今朝は早いんじゃない?」
明さんは俺の父親に当たる人だ。
「ああ鏡矢君、おはよう。今日はハネダ沖での潜函作業でね。器材も多いんで早めに出るんだよ。帰りもちょっと遅いと思う」
「ハネダ沖なら、そんなに深くはないだろうけど、気を付けてね」
「朝早かったんで、明さんも鏡矢もお弁当はおにぎりで勘弁な」と、脇から進さんが俺達に声をかけた。進さんは、明さんと正式に入籍した同性配偶者で、明さんと進さんは俺の両親だが、どちらも男性の為、お父さんお母さんではなく俺も名前で呼んでいる。もちろん二人とも血はつながっていない。
「鏡矢―。支度出来たー?」
明さんが仕事に出てからしばらくしたら、拓真が迎えに来た。
「ああ、悪い。もう出られるよ」進さんにいってきますを言って、二人で学校に向かった。
俺と拓真が教室に入ると、今日も学校は、皐月嬢の話題で持ちきりだった。
「ああ。やっぱりいいよなこの人。荘園土木課勤務。二十八歳……美人だし、気立ても優しいってネットの口コミにも書いてあるし……」サッカー部の武田がそんな事を言っている。
「でも武田。お前、アイドルグループのミネルバがいいってこないだ言ってたじゃん」ツッコミを入れたのは同じサッカー部の佐藤だ。
「馬鹿野郎! アイドルグループは国家管理だ! 公募もねえし、あの子達と生エッチ出来る可能性は限りなく0%だろ! あれは一人で抜くとき専用だし……やっぱ、生エッチは公募じゃねえと……」
「まあ、選ばれればだけどな」
「だよなー」
そう。TVでは女性アイドルが華やかに活躍しているし、ビデオ配信などもちゃんとあって、正直、女性の映像を見るのは造作もない。だが、実際に本物の女性と触れ会える機会は、自分で何もしなければ皆無だ。なので、クラスのほとんどが、口にはしないが公募に申請するのだろうと思っている。もちろん、人気の女性の場合、最終的な公募の競争率がどうなるのか皆目見当もつかない。
「でもよー。ミネルバはともかく、御領主様とかって相手公募するのかな?」
「あほか。武田知らないのか? 荘園の有力者は滅多に直接公募なんてしないんだよ。女官達が推薦した男性の中から選んで、気に入れば旦那にしたり、妾にして囲いこむんだ。今の御領主様は、十七歳の時にすでに結婚して旦那持ちだぜ」
「へー。そしたらもし旦那や妾になれれば、いつでもエッチし放題ってか?」
「いや。そう簡単な話じゃねえらしいぞ。このご時世。旦那や妾との間にポンポン子供が出来なけりゃ、滅茶苦茶風当たりが強いんじゃないかって、うちのオヤジが言ってたよ」
「なんだよ。佐藤、やけに詳しいじゃん」
へえっ、そうなんだ。でもまあそんな上の方々の事、俺なんかには関係ないよな。その時は、そう思っただけだったのだが……