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銀河皇帝のいない八月  作者: 沙月Q
第一章
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8.  ゴンドロウワ

 会計を済ませた空里たちが外へ出ると同時に、コンビニは再び闇に包まれた。


「早く帰りましょう。やはり、コルベットの中が一番安全だ」

 ネープがドアを閉めると、突然一条の光が一行を照らし出した。

 ネープとシェンガが身構える。

「君たち! そこで何をしてる」

 交差点の反対側から、二人の警察官がフラッシュライトをこちらに向けていた。面倒なことに──

「シェンガ、ニャアって言って」

「な、何?」

「あの人たちに何か聞かれても、ニャアって言うだけにして。そうすれば怪しまれないから」

「そんなことしないで、あいつら片付けちまえばいいだろ?」

「ダメ! ネープもお巡りさんには手を出さないで」

「オマワリサン? この国の官憲ですか」

 交差点を渡って警官たちが近づいて来た。

「何をしてるんだ。今、このコンビニの灯りがついてたようだが」

「はい。今、閉店したところ、みたいです」

「おかしいな、停電しているはずなのに」

 警官の一人は、早くも無線でどこかに報告を始めていた。

「はい、四丁目で子供たちを発見しました。一人は、外国人のようで」

 フラッシュライトが無遠慮にネープとシェンガを照らし出す。

「こいつは、ニュースに出てた人猫じゃないか!」

「ニャア」

 シェンガが世にも不機嫌そうな声で鳴いた。

「あ、あの、この子、近所の子がコスプレしてるんです。うちの高校の文化祭に出てもらう予定で……このまま外に出たら、それが偶然ニュースになっちゃって」

「こっちの子は? やっぱりコスプレか。地元の子?」

「え、ええ。ご両親がギリシャの人で、ね」

 ネープは黙りこくったままだった。

「ほら、お巡りさんにごあいさつしたら?」

「しても通じません。彼らに貸す翻訳環(リーリング)が無い」

「リーリング?」

 ネープは空里の左耳から光るイヤホンのようなものを外して見せると、またすぐ戻した。

 全く気づいていなかった。ネープやシェンガと話が通じるのは、のっけに与えられたこれのおかげだったのか。ということは、二人にも警官の言葉は解っていないのだ。

「ギリシャ語か。この荷物は?」

 警官はコンビニの袋を調べ出した。キャリベックは微動だにせず注意をひかないようにしているようだ。

「今、ここで買ったんです。ちゃんとお金払いました。万引きしてません」

 これだけは本当のことだと力を入れて説明したら、かえってウソくさくなった。

「とにかく今、外出禁止令が出てるの知ってるだろ。この辺はまだ国籍不明軍がどこにいるか分からないから。君たちは移動分署の方で保護するよ」

 国籍不明軍──まだそういう認識なんだ。まあ、宇宙からの侵略だなんて、政府や偉い人たちにはそう簡単には認められないんだろうが。

 

「あの、学校に戻っちゃダメですか? まだ文化祭の練習が……」

「ダメに決まってるだろ。そもそもなんで避難してないんだ。学校にまだ誰かいるのか?」

 警官の詰問口調に、ネープとシェンガがピクッと反応した。今にも暴れ出しそうな雰囲気だ。ああ、まずい。


 その時──


「わっ! なんだこいつは!」

 警官の一人が空里たちの背後を見上げて悲鳴をあげた。

 振り向くと、空里も小さく悲鳴をあげた。

 闇の中に、身の丈三メートル近い巨人が立っていたのだ。

 ロボット? 

 巨人の表面は金属のようにも、鉱物のようにも見えた。全体の形は人間だったが、頭や手足といったそれぞれの部分は人間離れしたバランスでつながっている。

 その頭についた目……と思しき穴が光って、空里と警官たちを見下ろした。

「う、動くな!」

 警官の一人が拳銃を抜いた。

「行きましょう」

 ネープは空里の手を取り、巨人の脇をすり抜けて走り出した。

「お、おい! 待て!」

 警官たちは追いかけようとしてすぐ足を止めた。巨人も動き出して振り向くと、子供らの後を追い始めたからだった。

「本部! 本部! 4丁目の交差点に至急応援を!」


 空里たちの背後からズンズンという重い足音が響いてくる。

「あいつ、追いかけてくるよ?」

「大丈夫です。このまま船まで帰りますよ」

「でも……」

 ネープが急に足を止めた。

 行く手にあのメダマクラゲ、ドロメックが漂い出てきたのだ。

 ネープは振り向くとドロメックを指差し、なぜか追いかけて来る巨人に向かって叫んだ。

「あのドロメックを捕まえろ!」

 驚いたことに、巨人はその命令に従った。

 空里たちを飛び越えるように走り出し、上昇しようとするドロメックの触手をつかんで引きずり下ろしたのだ。

 戻って来た巨人は、あがき続ける目玉の機械をネープに差し出して見せた。

「よし、そのままついてこい。そいつを逃すな」

「そうか!」

 シェンガが巨人に近づき、その足を叩いた。

「こいつがゴンドロウワか。はじめて見た」

「ゴンドロウワって、皇帝が見つけた軍隊っていうあれ? 皇帝の言うことしか聞かないんじゃなかったの?」

「これはチーフ・ゴンドロウワです。命令がなくてもある程度自由に動ける。でも配下のソルジャー・ゴンドロウワたちを指揮して複雑な軍事行動を取らせるには、皇帝の命令が必要なのです。皇帝の生命反応自体が命令のキーだった。それがなくなったので、設定がリセットされたんでしょう」

 ネープが歩き出すと、ゴンドロウワはまるで忠犬のようにその後に従った。

「いま、こいつは機能のレベルが最低の段階です。命令してくれる人間を探して、見つければついてきます。そして言葉さえ通じれば、誰の命令でも聞きます。複雑な仕事はできませんが、さっきくらいのことならさせられます。後であなたの命令も聞くようにしましょう」

「どうしていきなり現れたのかしら?」

「元々が戦闘用の兵士ですから、自動的に戦場を目指すようにできているのです。さっきの我々の戦いを察知して、移動して来たんでしょう」


 やがて一行は、宇宙船の待つ校庭に帰って来た。


 遅い食事をとり──シェンガはマグロ山かけ丼が大層気に入った──空里は休むことになった。


 スター・コルベットのキャビンには皇帝用の快適な寝室も用意されていたが、空里はそこで眠るのを拒んだ。自分が殺した人間のベッドを使いたくなかったのだ。

「部室で寝るわ」

 奇襲に備えて部室棟を離れないよう念を押し、ネープは許してくれた。

 

 シェンガを伴ってテニス部室に戻った空里は、ソファに身を沈めた。

 スマホをチェックしてみたものの、やはり電波はつかめない。さっき送ったメッセージの既読は付いていた。家族は無事のようだが、家はどうなったのだろう。ネープは朝までにわかるようにすると言ってたけど……。


「彼、寝ないで仕事する気かしらね」

「ネープか? 完全人間だって睡眠は取るぜ。ただ、意識の一部を起こしたままにして、何かあったらすぐ動けるらしいけどな」

 そう言うと、シェンガは一人がけのソファに寝そべりながら大きくあくびをした。完全に猫の仕草だ。

「ふうん、すごいのね」

 大変な一日が終わり、疲れに疲れているはずなのに、なぜか空里の目は冴え冴えとしていた。明日が来るのが怖い。今日よりもさらにとてつもなく恐ろしいことが起きるような気がする。そんな不安に駆られて、眠れそうもないのだ。

 

「……ねえ」

 空里はシェンガに声をかけた

「ねえ、こっちへ来て」

「なに?」

「こっちへ来て。一緒に寝て」

 ミン・ガンの戦士は呆れたような顔を見せたが、ソファを降りると少女の前に立った。

「普通、ミン・ガンにそんなこと言ったら、殺されても文句言えないんだぞ……」

 闇の中で目をキラキラさせながら、いつになく真面目な口調で言う。

「じゃあ、殺す?」

「そんなわけにいかねえだろ。あんたには銀河皇帝になってもらわなきゃならんし、命の恩義もある。ミン・ガンは恩人の頼みを断ったりしないんだよ」

 空里がソファの奥に身体をつめると、シェンガは背中を向けてソファに寝そべった。細い腕が毛皮に包まれた身体を抱きしめる。

「ありがとうね」

「暑いなあ、おい」


 波乱の一日が終わり、さらなる波乱の一日が明けようとしていた。

 空里の予感は当たっていたのだ。

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