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銀河皇帝のいない八月  作者: 沙月Q
第一章
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6.  ネープの戦い

「乗って!」

 ネープが叫んだ。

 見ると、少年はすでにキャリベックと再び合体していた。

 腰に繋がった機械の馬を叩き、空里に乗れとうながす。空里はキャリベックに駆け寄ると、一瞬またがるか横すわりするか迷ってから、足を上げてまたがった。安全第一だ。

「待って、シェンガも……」

 空里は、迫る飛行物体を睨め付けて立ち尽くすミン・ガン戦士を指さした。ネープが首を振ると、キャリベックは触手の一本を伸ばして、シェンガの首根っこを引っ掴み、乱暴に空里の前に乗せた。

「何すんだよ!」

「いいからつかまってろ!」

 言うが早いか、ネープは機械の馬と共に高々とジャンプし、校舎の屋上から飛び降りた。

「やだ──!」

 空里の悲鳴と呼応するかのように、閃光が闇を切り裂き屋上を灼いた。

 校舎の崩れる轟音が響く中、三人は二十メートルの落下から難なく校庭に軟着陸した。

「降りて!」

 言われるまま、シェンガの身体を抱えて飛び降りる。

「自分で降りられる!」

 シェンガが空里の手を振りほどいて地面に降り立つと同時に、ネープは再び飛び立った。

 飛行物体の下面サーチライトが、崩れた校舎の瓦礫から巻きあがる粉塵を貫いて空里たちを照らし出す。

 逆光の中、高々とジャンプしたキャリベックは、真上に来ていた飛行物体を飛び越え、その上に降りたように見えた。

「どうする気?」

「まあ、見てな。皇帝のメタトルーパーがどんなものかわかるぜ」

 飛行物体は上空を旋回し続けたが、時折不安定にその機体を傾けたりした。やがて、ガンッという音ともに何かが弾け飛び、中から人影が放り出されて校庭に転落した。

「!」

 サーチライトの光が踊る校庭の上に、一人、また一人と人影が落下し、ついに八人目を数えたところで機体が静止した。

「終わったな」


 飛行物体は金属の脚を伸ばすと、機体をゆっくりと校庭に着陸させた。下面のハッチが開き、明るい内部に続くランプウェイが伸びてくる。

「行こう」

 シェンガに促され、空里は飛行物体に向かった。今日、一度ならず自分の命を脅かした、その恐ろしい乗り物に足を踏み入れる。

 船内の様子にシェンガがシュッと息を吐いた。

「こいつはすげえ。ただの揚陸戦闘艇かと思ったら、皇帝専用のスター・コルベットだぜ!」


 通路をくぐり抜けてデッキに出るとそこにネープがいた。

 そして、その前に見知らぬ人物が立っていた。濃紺の物々しい服に身を包み、やはり濃紺のマントを羽織った恰幅のいい初老の男だった。

 雰囲気だけで空里にもわかった。軍人だ。それもかなり偉そうな。

 その姿の向こうには、船内の設備が透けて見える。立体映像なのだ。

「やってくれたな」

 男が口を開いた。

「〈法典(ガラクオド)〉に対する明確な背信です。皇帝不在の領外における戦闘および破壊行為。〈ガラクオド〉第四百──」

「講釈は不要だ」

 男は不愉快そうにネープの言葉を遮った。

「そこにいる娘が下手人か」

 自分を指す鋭い言葉に、空里は思わず息を呑んだ。

「皇位継承候補者です。領外の出身ではあるが、法典の定めに外れるところはありません」

「暗殺者だ!」

「将軍もご覧になったはずだ。彼女の戦いは法典の定める決闘に該当する。一対一で、定めに禁じられた武器も使わず勝利しています」

「そうか?」

 将軍と呼ばれた男は敵対的な態度もあらわに反論した。

「では尋ねるが、なぜ貴官は止めなかった。たった一本の棒切れが陛下の命を奪うのを、なぜ黙って見過ごした」

「彼は私が共に出るのを拒否しました。待機を命じたのです」

 将軍は傍にある見えない何かを拳でドンと叩いた。

「そんなことを聞いているのではない。シールドも働かず、届くはずのない脆弱な武器が、なぜ重大な結果をもたらしたのかと聞いているのだ!」

 気迫に満ちた年長者の詰問にも、少年は臆することなく答えた。

「シールドは感力場式のものでした。大きなエネルギーに反応して相応の反エネルギーを張るものです。彼女の矢はシールドに触れた時、ほとんど力を失っていた。だから通過出来たのです」

「そして突然、銀河の命運を変える力をどこかから得たと?」

「あの場の大気は、炎と熱気とこの船が巻き起こす気流とで乱れに乱れていました。どこでどんな力が働いても不思議ではない。銀河の命運が変わったとしたら、それは彼女の運のせいでしょう」

「最後の最後にあいまいな推測をしたな、完全人間よ。そこに儂は策謀の匂いを感じる……そこに何が潜んでいるのか、必ずや突き止めて見せようぞ」

「将軍」

 ネープは相手の恫喝を歯牙にもかけなかったが、ここで話の向きを交渉に変えようとした。

「私は、この周辺からドロメックが姿を消していることに気づいています。このやりとりも恐らく、帝国には届いておりますまい。どうか短慮はお控えください。そうすれば、私もこれまでの領外における軍の暴挙は報告しないとお約束します」

「報告?」

 将軍は初めて笑顔を見せた。皮肉と凶暴さを孕んだ恐ろしい笑顔だった。

「生きてこの星から帰って、元老院に報告する気か? できると思っているのかね?」

「彼女次第です」

 ネープは少しだけ振り向き、空里を見た。

「なるほど。では、祈るのだな。その小娘が全宇宙から命を狙われる立場に我が身を放り込むことを受け入れると」

「ネープは祈ることはしません」

 将軍の顔が怒りに歪み、そのまま消えた。


 空里は不思議な思いで話を聞いていた。遠い宇宙の彼方でのことなのに、銀河帝国の文化があまり地球のそれと変わるところがない気がしたのだ。何より、法典という規範が話の中心になっている点が、不思議だった。

 浮世というものは、宇宙のどこでも同じようなものなのかもしれない。

 ネープは空里に語りかけた。

「危険な状況です。あなたが皇位を継承すると言わなければ、帝国軍はあなたを再び狙うでしょう。そして私には、候補者の一人に過ぎないあなたを護ることはできない」

「え? じゃさっき、護ってくれたのはどうしてなの?」

「最初の攻撃を避けることが出来たからです。領外での戦闘行為は法典に反する。そうなれば、私には彼らを成敗できます。しかし……」

 シェンガが引き継いだ。

「逃げられないような手で来られたら、それを防ぐために何も出来ないんだろう」

「法典の定めに従えばそうなる。実はさっき二人を乗せて屋上から飛び降りたことですら、許されるギリギリの判断だったのだ」

「法典、法典てそればっかりね。一体誰がそんなもの決めたの」

 空里の問いに、ネープとシェンガは顔を見合わせた。

「遠い昔に誰かさんが作ったのさ」

「記録はありません。しかし、帝国は数万年に渡って〈法典(ガラクオド)〉の定めに従って支配されて来たのです。何人たりとも……皇帝ですら、それを変えることは出来ないのです」

「大変ね」

 空里はため息をつくと、通路を引き返して船から出ようとした。

 

「こっちも大変よ。お腹がペコペコなの。何か食べないと、ぶっ倒れそうだわ…」

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