5. 銀河皇帝の後継者
空里がそのあまりに現実感のない言葉の意味を大体において正しく理解するまで、ネープは根気強く同じ説明を繰り返しながら話し続けた。
彼の話はこうだった。
突然現れた謎の機械軍団、シェンガら人猫、そして目の前の美少年は、遥か宇宙の彼方の国、銀河帝国から来たのだった。
この銀河系には、数万の文明惑星からなる銀河帝国が存在し、地球は辺境の領外に位置している。
その支配体制の頂点に立つのが、銀河皇帝。
空里が倒した男、ゼン=ゼン・ラ二〇四世だったというのだ。
銀河皇帝がこの地球に降臨したのは、シェンガたちミン・ガンを追ってのことだった。ミン・ガンは、帝国でも最も恐るべき戦闘種族と言われる猫型人類の一族だった。そのミン・ガンが帝国における自分たちの権利を拡張するために、皇帝の所有物である、ある物を強奪し逃走したのだ。
それだけなら皇帝が自ら出陣する必要はなかったのだが、彼には盗品奪還の他にもう一つ動機があった。
新しい軍隊の試験運用である。
皇帝はとある惑星で〈ゴンドロウワ〉と呼ばれる軍隊を発見していた。遥か昔に滅亡した伝説の古代文明が残した、強力な人造人間の軍隊である。それを十数年かけて整備、再起動し、自らの手駒とすることに成功していた。皇帝はその戦力を試し、その脅威を帝国中に知らしめるための戦いの機会をうかがっていたのだ。
そんな時に起こったミン・ガンの反乱は、好機と言えた。
唯一の問題は、ゴンドロウワ全軍がその性質上ただ一人の指揮官、すなわち皇帝自身の命令しか受け付けない点だった。だから皇帝は自らミン・ガン征伐に乗り出したのだ。
そして、この地球に降臨し──
現地住民である少女に射殺された。
「銀河帝国法典は、銀河皇帝の後継者は皇帝自らが指名した者か、あるいは帝国元老院が指名した者を優先するとしています。唯一の例外が、皇帝との決闘など直接の戦闘に勝利し、皇帝を敗没させた者なのです。つまり──」
「つまり……私?」
「そうです。あなたは現時点で皇位継承権保有者の第一位にあります」
空里はめまいを感じた。
今朝まで部活をやめるやめないでウジウジ悩んでいた一介の女子高生に、数万の惑星とその住民(恐らく兆を数えるだろう)の頂点に君臨する支配者の座が用意されているというのだ。
なんでこんなことになるのやら。
「シェンガは……ミン・ガンたちは一体何を盗んだの?」
「これさ」
いつの間にかシェンガが空里の背後に立っていた。
ベストのポケットから何かを取り出して、空里に差し出すとその掌にのせた。ネープの目が鋭く細まる。
「星百合の種だよ」
それは、一見ただの鉱物のカケラだった。水晶のように透き通ってはいるが、キレイでもないし特に値打ちのあるものには見えない。
「星百合は宇宙に咲く花だ。もちろん本物の花でも植物でもない。一種の鉱物からできているが、大きいものは小惑星くらいの大きさになる。不思議なのは種子から成長して、ユリの花そっくりの形になることだ。その花が、空間を歪めて星と星の間をつなぐのさ」
ネープが話を引き取った。
「星百合のあるところ、それが銀河帝国なのです。星百合がつなぐ超空間路リリィウェイを使い、星間連絡網が作られていて、帝国に属する惑星国家がそのゲートと星百合を管理している。星百合を手に入れることは、帝国内に新しい領土を手に入れることなのです」
「それを、あなたたちが盗んだの?」
「盗んだんじゃない。この種子はもともと俺たちの星である〈水影〉の軌道上で発見されたんだ。それを帝国が理不尽に接収したんだ。だから奪い返してやったのさ」
「見解の相違ね……」
シェンガは空里の正面に回ると、熱心さを露わにして語りかけてきた。
「なあ、さっきの話だが、もしあんたが皇位を継いで銀河皇帝になってくれたら、この種子の持ち主もあんたの腹ひとつで決まるんだ。これを俺たちに返してくれたら、すべてのミン・ガンは命をかけてあんたに従うぜ。それも末代の子々孫々に至るまでだ」
「そんなこと……」
空里はすがるようにネープを見た。
「あなた次第です。決断は早い方がいい。あなたは今はまだ皇位継承候補者の一人ですが、継承の意思を私に示してくだされば、ただ一人の皇位継承者になる」
「すぐ即位ってわけにいかないのか?」
シェンガがネープに問いかけた。
「〈即位の儀〉を行う必要がある。この状況ではそれもかなりの難題だが……」
「もし断ったら? 地球をこのままにして、あなたたち皆、黙って帰ってもらうわけにいかないの?」
「そうなると、あなたは帝国と公家……皇帝の一族による復讐の対象となるだけです。そして、私もあなたを護ることはできない」
「引き受ければ護ってくれるの? 私を……」
「私には皇帝同様に、皇位継承者を守る義務があります」
「ここは帝国領外だぜ? 原住民への復讐なんて許されるのかよ」
また原住民て言った、この猫は。
「もちろん、領外での武力行使は皇帝の専権事項だ。本来なら何人も彼女に手を出すことはできない。ただ……」
「ただ?」
「公家が……ラ家が法典を度外視して、元老院ともぶつかる覚悟で動き出したら話は別だ」
シェンガが人間臭い腕組みをしてうなった。
「ラ家か。あいつらならやりかねねえなあ」
「その……やりかねない人たちがやるかもしれない見込みって?」
「半々、です」
空里はがっくり肩を落とした。
なんとも微妙なフィフティフィフティの賭けにのせられてしまった。
あたりはすっかり薄暗くなり、空には大きな月が出ていた。
「わかった……とにかく今日はもう、うちに帰る。一晩考えて明日返事するから。またここに来ればいいでしょ? 待っててくれる?」
「いや……」
ネープがにわかに緊張を見せ、後退りした。
と、キャリベックがいきなり立ち上がり、滑り落ちた空里は尻餅をついた。
「もう……遅いようです」
ネープが指し示した薄暮の空から、見覚えのある蛾のような影が近づいてきていた。