11. 重力の橋
ゆっくりと近づいてくる銀河皇帝後継者に、ミン・ガンの戦士ははっきり抵抗の意志を見せた。
「ダメだ……いくらアサトの頼みでも、それは聞けねえ。俺はこいつのために命をかけてきたんだ。こいつのために、仲間が何人も死んでるんだ」
「なんだかわからないけど……ちょっと借りて返すだけじゃダメなの?」
口を挟んだティプトリーには、突然その場を包んだ緊張感が理解できなかった。
「俺は知ってるぞ。一度重力導士の道具として使われた種子は星百合を咲かせることができなくなるんだ。超空間ゲートを開く力もなくなるんだよ」
「その通りだ」
クアンタが言った。
彼は、ミン・ガン相手のごまかしや隠し立てが命取りになるなることをよく知っていた。
「そんなもの、返してもらったところで何にもならねえよ。俺は星に帰れなくなる……帰ったところで生きてはいられねえ」
空里は静かに膝を折ると、しゃがんでシェンガと目の高さを合わせてつぶやいた。
「私……シェンガに生きててほしい」
前にも聞いたことのある言葉だった。
その時から、彼の命は空里に与えられたようなものだった。
そして今、何もしなけれ全員が死ぬ状況で、空里が生きていてほしいと望むシェンガの命は、空里の命無くしてあり得ないものだった。恐らくそれは、これからもずっとそうなのだ。
シェンガは思い出した。
俺の命はもう、故郷ではなく空里あってのものになっているのだ。
「ずるいぜ、アサト」
ミン・ガンの戦士は、耐Gスーツのベルトに差してあった短剣を抜いた。
ティプトリーが息を呑む。
シェンガは自分のスーツを切り裂いた。耐重力液があふれ出し、その奥から小さな石のかけらを取り出して空里に差し出す。
「アサトにもらった命、返すぜ……」
空里は両のたなごころで星百合の種子をそっと包むと、立ち上がってクアンタに差し出した。
「これで、お願いします」
「うむ……しかし……」
重力導士は、まだ空里の真意を測りかねていた。
「その前にスター・サブを墜落させるというのは、なぜだ? 何をしようというのかね?」
「武器を手に入れるんです。追手は一隻。うまくすればそれで撃退して逃げ切ることができます」
「武器などはじめからこの艦に積んでは……」
そこまで言って、ようやくクアンタは気づいた。
「そんなことが……できるか?」
「できなければ、死ぬだけです。このままでも同じことです」
空里はネープの方を振り返った。
「移乗チューブを接続して。みんなをコルベットに移します。それから宇宙服と完断絶シールドジェネレータを用意して。あなたも乗り移る準備を……」
「アサトのやろうとしていることは分かります。しかし、一人では無理です。私も一緒に行きます」
無理かなあ……。
空里は心中で皇冠に尋ねた。返ってきた答えは無理ではないが、二人の方が遥かにうまくいく……だった。それより重要なのは、空里自身が彼に来てほしいと望んでいることだった。
「じゃあ、手伝って。他のみんなはすぐ移乗!」
「アサト!」
シェンガが叫んだ。
「必ず、生き延びろよ!」
空里は久しぶりに微笑むと、ミン・ガンの戦士に親指を立てて見せた。
追われながら追う者は強い。
スター・ガンボートのブリッジで、エンザ=コウ・ラはビュースクリーンに映った標的の後ろ姿をじっと見据えながら心中でつぶやいた。
旗艦を放棄して搭載艦で脱出し、追撃を続行する作戦は功を奏した。足の速いスター・ガンボートは、慣性加速の効果もあってゴンドロウワどもの巡航宇宙艦を引き離しつつあった。あとは、目の前のスター・サブに然るべき一撃をくわえやるだけだ。
「閣下、敵艦に異変が見とめられます」
コルーゴン将軍の報告に目を細めると、ビュースクリーンの中の影が二つに分離しようとしているのが分かった。上甲板に固定されていたスター・コルベットが、切り離されて発進したのだ。
「敵は、スター・サブを放棄して脱出を試みたようです。こちらを追撃しますか?」
エンザは鋭く手を挙げて将軍の進言を制した。
「待て。まだどっちにあの娘が乗っているのかもわからん。それに……」
単に二手に分かれてこちらを混乱させようとしているだけとは思えない。
「見ろ!」
スクリーンに映る船影が三つになった。
「あれは何だ?」
エンザの声に、観測係の士官がデータに照合して、新しい影の正体を報告した。
「玉座機であります。恐らく四号級かと思われます」
「よし!」
エンザはパンと手を叩いて快哉を叫んだ。
「奴はあそこだ。他の人間に玉座機を使うことはできん」
「囮として、投棄したのでは……」
将軍が言った。
「これを見てもそう思うか?」
エンザは手元のコンソールでスクリーンを拡大し、玉座機を大映しにした。
その姿は変形し、人間のような姿を取っていた。明らかに稼働状態だ。
エンザは宇宙を泳ぐ、黒い巨人のような生物機械を指差して命じた。
「あいつを追え。他には目もくれるな」
次の瞬間、スター・サブのエンジンが大きく輝き、衛星に向かって真っしぐらに進み出した。
その後を追うように──
巨大な月に向かって落下してゆく四号玉座機の上で、空里は震えていた。
人型に変形した生物機械の首にあたる部分──玉座の周りは、直径数メートルの完断絶シールドによって完全に守られている。しかし、空気を供給する装置はないので、その中にいる二人の人間は装甲宇宙服に身を包んでいた。
そんな二人をドロメックが、シールドの力場に張り付きながら見つめている。
「大丈夫ですか?」
玉座の背後に立つネープの声が通話装置越しに届いた。
「う……うん。こんな薄着で宇宙にいるのにまだ慣れてないだけ……」
実際、自分で立案した作戦であるにもかかわらず、実行するのは想像以上に大変だった。スター・サブから無重力下を泳いで玉座機に取りつき、玉座に着いてシールドジェネレータを固定し、思い通りに変形させるだけでも一苦労だったのだ。
何より、漆黒の宇宙空間に宇宙服だけで身を置くということが、こんなにも不安感を煽るものだとは思わなかった。目の前の月という目標物がなかったら、深淵に落ちてゆくような錯覚に溺れてしまいそうな気がする……。
皇冠の智慧が力になるとはいえ、その主である自分はまだ一介の女子高生に過ぎないのだ。果たして、その力に見合う銀河皇帝に自分はなれるのか……?
「スター・サブが墜落します」
ネープの言葉と同時に、光が月面を走った。
「壊れ過ぎてないかしら?」
「計算通りにいっていれば、あなたの望む通りの状態のはずです」
「では、あとはこっちがうまく着陸するだけね」
玉座機は月とコルベットの間にかけられた重力の橋の上で、落下する速度をみるみる上げていく。
月面とともに、最後の戦いの時が二人に近づいて来ていた。




