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銀河皇帝のいない八月  作者: 沙月Q
第四章
33/46

1.  ユリイラ=リイ・ラの伝説

 さかまく大海原に展開する大艦隊──


 それは、水面から大きく離れた中空に浮かんでいた。

 一際巨大なゼラノドン級旗艦を中心に、ハイタカ級巡航宇宙艦をはじめとする大小様々な宇宙船が反発(リパルシング)フィールドの上で布陣を組んでいる。


 サロウ城の庭園からその威容を見下ろしながら、エンザ=コウ・ラは旗艦へのシャトル・ボートが待つプラットホームに歩を進めて行った。


 彼の予想通り、プラットホームには一つの影が待っていた。


「帝国宇宙軍第八十七機動艦隊。少し大げさではなくて?」

 ユリイラ=リイ・ラはやって来た従兄弟の方をちらとも見ずに言った。

「万全の態勢を整えたまでです。今度は失敗できませんので」


 完全人間(ネープ)が引き起こした、あの百合紀元節(リレイケイド)の騒乱以来、エンザのユリイラを見る目は変わっていた。

 家長としての彼女に対して感じていた漠然とした畏怖は、今やはっきりとした恐怖に近い感情になっていた。

 ユリイラが〈セバスの門〉を破壊したことで、サロウ城市の下層では相当数の死傷者が出ていた。機動衛兵隊が混乱の極にあったとはいえ、ユリイラがラ家秘蔵のステラソードまで持ち出し、あれほどの強硬策に出るとは、エンザも想像していなかった。

 しかも彼女は、それを「余興」と呼んでいたのだ。

 さらに、ユリイラは何事もなかったかのように晩餐の席に現れ、百合紀元節リレイケイドを祝う夕餉をたいらげたのだった。


 晩餐の席に呼ばれたエンザは薄ら寒い思いを抱えながら、不手際を謝罪し、反逆者たちの討伐については、〈鏡夢(カガム)〉から指揮を執ると伝えるつもりでいた。

 が、ユリイラは食前酒の杯をエンザにかかげて見せると──

「貴方の(ふね)に幸運を」

 という一言で、彼自らの出陣を決定的にしたのだった。


 お前が行け……と言ったのだ。

 飛び去るスター・コルベットを見送りながら立ち尽くす、修羅の如きユリイラの姿を見たエンザには、とてもその命に抗うことなどできなかった。


「失敗できない? 失敗しようがないでしょう。これだけの戦力なら、〈青砂〉を攻略することだって不可能ではありますまい?」

 振り向いたユリイラの親しげな微笑は、エンザにプレッシャーしかもたらさなかった。

「ご冗談を……艦隊は陛下の亡くなった辺境宙域へ向かいます。そこで、皇位継承の儀のために舞い戻ってくるあの娘を待ち伏せます。ネープどもが〈法典(ガラクオド)〉に従うなら、そこへ向かうのに二隻以上の船は出さないはずです。戦力の彼我は明白。やつらはどの惑星にも辿り着けません」


 エンザは言わずもがなの段取りをあえて口にすることで、自分自身を落ち着かせようとした。確かに失敗しようのない作戦だが、問題は「〈法典(ガラクオド)〉に従うなら」という前提が、こちらには当てはまらない点だった。

 〈法典〉は帝国領外の宙域にこんな大艦隊を送ることを認めていないのだ。

 それが許されるのは、銀河皇帝ただ一人だった。

 その事実は当然ユリイラにもわかっている。ユリイラは従兄弟の肩に手を置くと、これ以上ないほど優しい口調で言った。

「あなたの心に、一抹の心配事があるのはわかりますよ。でも、気に病む必要はありません。あとのことは、すべて私にお任せなさい。〈法典(ガラクオド)〉が帝国そのものであるように、ラ家も帝国そのものなのです。この理を覆せるものは銀河にありません。あなたはただ、任務に邁進なさい。そこに勝利はあります」

「はい……」

 気が晴れたとは言えないが、彼女がそういうからには余計なことは考えずに進まざるを得なかった。

 エンザは、シャトル・ボートの昇降口に向かおうとして、もう一つの気になっていた事実を思い出した。今、ユリイラに切り出すことではなかったが、当分機会がないと思えたので、聞いてみる。

「閣下、もしお分かりなら教えていただきたいのですが……反逆者たちが祭りの中に身を隠していた時、正体に気づいた民衆が何かを期待するようにあの娘に群がっているのを見たのです。彼らは、一体何を求めていたのでしょうか」

 ユリイラ=リイ・ラはゆっくり振り返ると、仮面の下で本当に意外そうな顔をしているであろう様子を見せた。

「わからないのですか?」

「え? ええ……恥ずかしながら……」

「決まっています。変化、ですよ」

 

 旗艦のエンジンに火が入り、轟音がその言葉を飲み込んでいった。


 * * *


 疾走するスター・コルベットの周りでは、超空間の景色が美しい変化を繰り返している。

 遠藤空里は前方のドーム窓に入り込み、膝を抱えて座ったまま飽くことなくそれを見つめていた。


 振動波浴槽という、コンパクトだが極めて気持ちのいい浴室で身体を洗い、ネープが用意した複製セーラー服に着替えると、惑星〈鏡夢(カガム)〉での恐ろしい冒険が遥か過去のものに思われた。

 あの星にいたのは大した時間ではなかったはずだが、あまりに多くの者と出会った。緑色の子供たち……三人のエデラ人……ナスーカ教徒たち……サーレオ、トワ、ハル・レガ……そして……

 なぜこの遠回りが起こったのかはわからないが、何か一つの目的が果たされたような気がした。とにかく、それは終わった。次に進まねばならない。本来の目的地、惑星〈青砂〉へ──


「アサト」

 背後に立ったネープが、チューブに入った飲み物を差し出してきた。

「ありがと。ちょうど喉が乾いてたとこ」

「アサト、私は謝らなければなりません。あなたとの約束を破ってしまいました」

「約束?」

「ずっとあなたのそばにいるという約束です」

 空里はくわえていたチューブの吸い口をはなすと、少年の瞳を見返した。

「どうすれば、償えるでしょうか」

 口調こそいつもと変わらぬ冷静さだが、ネープがこれほど思い詰めたような言葉を発するのは初めて聞いた。


 もちろん空里もその約束は覚えていた。

 むしろ、自分の方がその約束を始終思い出し、ネープとの絆が切れないようにと祈っていたようなものだった。だが、ネープの方でそれをどうとらえているかは、不思議と考えたこともなかった。よもや、そんなにも重大事として思っていようとは……。

 だが、それが空里の立場というものなのだ。

 銀河皇帝──皇位後継者との約束は、正に重大事に他ならないのだ。

 空里は改めて、自分がネープや他者に何を強いることになるのか、思い知らされた気がした。

 一方で、それゆえの大事な約束だと思って欲しくなかった。

 地位とか権力とか、そんなもの関係なしで守ってほしい約束だった。だからこそ「命令」ではなく「約束」なのだが。

 これは過ぎた望みなのだろうか……


「約束は、破れてないわ。ネープが自分から離れたわけじゃないでしょう? どうしようもなかったし、それに戻って来てくれたじゃない」

「では、許していただけるのですか?」

「許すも何も……」

「はっきりと言った方がいい。許すのか許さんのかは、な」

 帝国元老ミ=クニ・クアンタが口を挟んだ。

 半ば誘拐されるようにこの船に乗せられていた重力導士(グラビスト)──だが、飲み物を手に話す姿はまるで自分の家にいるような気楽さだった。

「あんたは、これから無数の決断を下さにゃならん。そういう立場なんだ。どんな決断にしろ、はっきりとさせんことには、下の者たちは困るだけじゃよ」

下の者──

ネープをそんな風に見るのは、なんとも抵抗がある。空里は自分が、望まぬ高みに押し上げられて、その上でふらふらしているような気がした。でも、はっきりさせなきゃいけないのなら、はっきりさせよう。

 銀河皇帝の後継者は、自分でもはっきり感じる冷たい声で応えた。

「許します」

 完全人間の少年は、軽く黙礼して(あるじ)の処断を受け容れた。

 その様子を見ていたクアンタは、笑い声をもらした。

「あんたは素直なタチらしいな。あまり、銀河皇帝には向いとらんかもしれんが」

 空里は言い返した。

「向いてなくても、なるんです。もう決まったことですから」

「そうだ。〈法典(ガラクオド)〉に従うなら、その通りだ。ネープたちの判断もそうなのだろう。だが、帝国にはその決まりごとが面白くない連中も少なからずいるのだよ」

「閣下は、〈法典(ガラクオド)〉に逆らって、アサトの即位を妨害するための実力を行使する公家がいるとお考えですか?」

 ネープの問いに、帝国の元老は声を落とした。

「そうだな……ほとんどの公家は様子見しとるじゃろ。ラ家だけは腹を決めたようだがな。あの姫様はこの子の即位を止めるためなら、わしの命も道連れにすることを厭わなんだ。この覚悟には追随する者も多かろう」

「レディ……ユリイラでしたっけ?」

 空里が口にした名前に、浴室から出て来たティプトリーも髪を拭きながら反応した。

「怖い(ひと)だったわね。でも、なんとも言えないカリスマがあったわ。遠目にも、大物だとわかるような」

「怖いのはあのマスクのせいだろ。こけおどしで着けてるわけじゃないんだろうけどな」

 航法士席(ナビシート)からシェンガが話に参加してきた。

 クアンタは言った。

「む……あのお人には色々と伝説的な噂がある。信じられないような話だが、な」

「どんな?」

 空里の問いかけに、一同は耳をすませた。

「彼女は、時空の深淵の彼方から帰って来た(ひと)なのだよ……」


 クアンタの話によると、ラ家は先代皇帝の縁戚にあたる高位の公家であり、ユリイラ=リイ・ラは一族の中でも飛び抜けて利発で、美しい少女だったという。

 しかし、彼女が十一歳の時悲劇が起こった。

 保養のため、家族と共にとある惑星に向かう途中、彼らの宇宙船〈終わりなき円舞曲(ロンドノフィネ)〉号が超空間で遭難したのだ。


 ユリイラと両親は完全に行方不明となり、あとには寄宿制教育機関にいたため別居中だった五つ違いの弟ゼン=ゼンだけが遺された。

 帝国軍は銀河中の星百合(スターリリィ)につながる超空間網で、一年に渡る大捜索を行ったものの、船も遺体も発見できないまま捜索を打ち切る。

 ところが、その七年後に驚くべきことが起こった。


 ユリイラたちが出立した惑星〈鏡夢(カガム)〉の軌道上に浮かぶ星百合(スターリリィ)のすぐ近くで、彼らの宇宙船が発見されたのだ。乗っていたのはユリイラ一人。しかも行方不明の間、何の問題もなく船内で生活していたかのように、成長した姿で現れたのだった。

 一体、どうやって七年の年月を宇宙船の中で生き延びたのか。

 彼女の両親や他の乗員はどこへ行ったのか。

 全てが謎のまま家督を継いだユリイラは、ほとんど魔法ともいうべき天才的手腕で帝国の政治に関わるようになる。

 そのころから着けるようになったマスクの陰で、彼女の素顔も謎となった。


 やがてユリイラは、弟のゼン=ゼンを銀河皇帝とするために先代皇帝や元老院に影響力を発揮し始める。果たして、老齢でもあった皇帝はほどなく崩御し、ユリイラは後継者として弟への指名を得たのだ。


「かくして、銀河帝国はラ家のものとなった。事実、レディ・ユリイラのものとなったと言ってもいい。新皇帝の後ろには常に彼女の影があり、弟は姉の傀儡に過ぎぬと見る向きもあった」

「そんな力があるなら……レディ・ユリイラはどうして自分が皇帝にならなかったの?」

 空里が聞くと、クアンタは肩をすくめた。

「さてな。とにかく、現世に帰って来た彼女はあらゆる意味で超越的、かつ底意の知れぬ人物となった。ある迷信深い者は言ったよ。レディ・ユリイラは星百合(スターリリィ)と契約して己の顔と引き換えに超空間を生き延び、絶大な力を手に入れたのだ、とな」

「ナンセンスです。確かに不思議な事故ではあったが、さまざまな巡り合わせが、たまたま劇的な結果に結びついたに過ぎないでしょう」

 ネープの論評はにべもなかった。

「そうかもしれんな。もし、本当にユリイラが星百合(スターリリィ)と何らかの関係を持ち、そのせいで生き延びたとしたら、彼女はすでに人間ではないだろう」

それ以外の者(ダダ)……」

 シェンガが呟いた。

「サーレオやレガさんみたいな?」

「そういえば、〈鏡夢(カガム)〉で重力風を起こしたあの男も、石の手を持っていたな。わしも見るのは初めてだったが、体の一部が石化しているのはそれ以外の者(ダダ)の特徴だ。もしや、ユリイラのマスクの下も……」

 そう言って、クアンタは何かに思い当たったような表情を浮かべて空里に聞いた。

「レガ、と言ったか? ハル・レガか?」

「え? ええ。宇宙海賊だって言ってました」

「やはりあの、ハル・レガでしょうか」

 ネープがクアンタに聞いた。

「まさかな。しかし、それ以外の者(ダダ)ならば……」

「何? ネープは彼、知ってたの?」

「悪名高い宇宙海賊です。冷酷、残忍。目的のためなら手段を選ばず、女でも子供でも動くものなら何でも撃つような荒くれ者と言われています」

 空里は驚きのあまり、あんぐりと口を開けた。紳士のように優しく頼もしかったあのレガが? 

「信じられない。人違いじゃないの?」

「そう思うのが自然だ。なにしろ……」

 クアンタが禿げ上がった頭をかきながら言った。

「宇宙海賊ハル・レガは、五十年も前に帝国軍との戦闘で討ち死しているのだからな」

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