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銀河皇帝のいない八月  作者: 沙月Q
第三章
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8.  銀河皇帝あらわる

 サロウ城内の逃亡者をめぐる騒ぎは、ますます大きなものになっていた。


 ようやくセキュリティ・ドロメックがフロア間の狭いスペースに潜むネープの姿を捉え、機動衛兵(ガードトルーパー)たちがそれを追って包囲網を作ろうとしていた。

 が、肝心の位置がまるでつかめない。


 ドロメックから送られてくる映像には、どれにもネープの姿が映っていたのだ。あり得ないほど、たくさんのネープの姿──

 まるで何人ものネープが、城内の至る所にいるようだった。

 エンザ=コウ・ラは、ネープがドロメックの一体を捕え、そこからドロメック同士のネットワークをハッキングしてニセの映像を送っているのだと推理した。

「ドロメックの映像に頼るな。自分たちの目でヤツを探せ」


 浮上式のコミューターに乗って主回廊を走っていた二人組の機動衛兵は、保安ステーションからの指示に従って肉眼での捜索に切り替えた。

 その途端、天井から襲い掛かってきた何者かによって外に放り出され、あっという間にコミューターを奪われてしまった。


 ネープは頭に焼き付けた城の見取り図に従って、コミューターを武器庫のあるフロアまで降下させた。

 武器庫の入り口を守る衛兵たちに、逃亡者がコミューターを奪取したという報せが届いた時には、すでにそこへ向かってコミューターが突進を開始していた。

 衛兵たちは接近してくるコミューターに上半身裸の少年が乗っていることに気づき、射撃を開始したがすでに手遅れだった。ネープはコミューターの後方に飛び降りて、奪ったパルスライフルで応射しながらその後を追うように走って行った。

 コミューターが武器庫の入り口に激突して中に飛び込むと、ネープもそのまま武器庫に飛び込んだ。後を追おうとした衛兵たちは、効果的な牽制射撃でその場に釘付けされた。

 射撃の合間を突き、コミューターの残骸を回避して、ようやく中に突入した衛兵たちの足元に何かが転がってきた。

「熱核弾だ!」

 轟音とともに閃光と炎が武器庫の入り口を破壊し、衛兵たちは大きく後退せざるを得なくなった。

 やがて、炎の中から裸のままのネープが飛び出して来た。その姿は身軽に見えて、実際には弾帯やユーティリティベルトに、必要な武器を全て収めていた。服よりも装備と迅速な行動を優先させた結果だった。


 完全人間の少年は、衛兵たちが射撃体制を整える前に、恐るべき俊足で主回廊の彼方へ消えていった。


 完全人間(ネープ)に武器庫を破られた──

エンザ=コウ・ラは戦慄した。

 徒手空拳でも危険極まりない完全人間に望むままの武装を与えてしまうとは。もはや状況は捜索とか追跡といった生やさしいものではなくなっていた。

 戦争である。

 宇宙艦隊を率い惑星規模の作戦を指揮する帝国軍星威将軍(スティラル)でありながら、我が家ともいうべき城の治安を守れず、たった一人の軍隊を相手に戦争を始めることになったのだ。


「現在ネープは、レベル一四の駐機ブロックにいるようであります。三個分隊が戦闘状態にあり、広範囲に火災が……」

 部下の報告を裏付けるように、中空に浮かんでいる映像がいくつも炎を映し出していた。さらにその内のいくつかが突然、パッと明るさを増し、次の瞬間には映像自体が消え去った。

「南方ゲート近辺で爆発が発生」

「動力システムに深刻な損傷。消火装置、通信システムがダウンしました」

「レベル一四、状況がつかめません。分隊は応援を求めているようです」


 一つ報告が上がるたびにエンザのいらだちは募り、臨界点を突破しようとしていていた。このままでは、自分も現場に向かわねばなるまい。

 ここで報告を聞き続けていたら、冷静な判断に支障が出そうだ。


 だが次に上がってきた重要報告は、全く異なる方向から思いもよらぬ内容となっていた。

「市街エリア九九三の巡回パトロール・ボートより報告。銀河皇帝を……発見したとのことであります」

 エンザは虚をつかれて一瞬、めまいを覚えた。


 城外にあるもう一つの問題が、時を同じくして急に突きつけられたのだ。


 * * *

 

 やや時を遡り──


 空里たちを乗せたバトロール・ボートはますます過密になる百合紀元節(リレイケイド)祭の空間をじわじわと上昇していた。


 あたりが賑やかになるにつれ、ボートの後部で大人しく囚われたふりをしている少女とミン・ガン戦士は、逆に目立つ浮いた存在となっていった。かといって、急加速してはますます注意をひくことになる。


 ハル・レガはあせらず急ぐように、ボートを飛ばしていった。

 空里も目立たぬようにせよというハルの指示を覚えてはいたが、巨大な都市の間で舞い飛ぶ鮮やかな祭りの情景に目を奪われないわけにはいかなかった。自ずとその顔は上を向く。

 

 気がつくと、羽衣を引きながらかたわらを飛ぶ、真っ赤な顔と緑色の目を持つ一人の少女にじっとその顔を覗き込まれていた。

「銀河皇帝……」

 少女の声が空里の耳に届いた。

 一瞬、なぜそう思われたのか思い当たらなかったが、ドロメックによって銀河中に自分の顔が知れ渡っていることを思い出し、空里はあわてた。

 それがまずかった。

「ち、違うの! まだ、そうはなってないのよ!」

「やっぱり! 銀河皇帝がいるわ!」

 少女はボートを離れ、仲間の元へ飛んで行った。


 騒ぎはあっという間に伝播していった。宙を舞う人々はパトロール・ボートを取り囲むように集まり出し、その進路を阻む形になってしまった。

「皇帝陛下! 皇帝陛下!」

 どうしよう……空里は思わずシェンガに身を寄せ、その手を握った。

「まずいな……バレちまった」

「また、捕まったりするのかしら?」

「そういう様子じゃないけどな。ちょっとおかしいぜ、これは……」

「何が?」

「下にいたような奴らはともかく、どこの星でも、銀河皇帝は恐れられこそすれ、普通の人間が喜んで近寄ってくるような存在じゃないんだ。だけど連中、アサトに何か、求めているというか……言いたいことでもあるような顔してやがるな」

 そんな──

 いったい何を自分に求めていると言うのか。それも、まだ皇帝になってすらいないという自分に。

「隠密行動はもう無理だ。脱出するからしっかりつかまって」

 ハル・レガはそう言うと、パトロール・ボートを大きく上昇させた。


 ついに、異変に気づいた本物の大型パトロール・ボートも接近して来た。

「パトロール七七六、停船せよ。乗員は誰か」

 通信機のスピーカーが鋭く誰何する。

「行くぞ!」

 ハルはダッシュボード部に固定されたパルスライフルを取り出すと、ボートを加速させ、近づいてくる相手に向けて突っ込ませた。

 大型パトロール・ボートはあわてて回避行動を取った。それがハルの狙いだった。ボートの下面がこちらを向き、そこに位置するイオンスラスターがハルのパルスライフルで撃ち抜かれる。

 大型ボートは制御不能に陥り、相手を敵と認識した乗員たちが身を乗り出し、反撃に出た。

 ハルは急加速でそれを避け、パニックに陥った人々やゴンドラの間を縫って逃げ出した。


「危なかったわね!」

 ティプトリーの言葉をハルは否定した。

「本当に危ないのはこれからだ。衛兵隊がどんどん集まってくるぞ」

 そう言っているうちに、どこからともなく飛んでくる火線が空里たちのボートをかすめ出した。

 ハルは持っていたライフルをシェンガに放ってよこした。

「牽制してくれ。群衆に当てるなよ」

「無茶言うな」

 文句をつけながらもシェンガは射撃を開始した。

「どうするの?」

 空里がハルに聞いた。

「とにかく、上に向かう。できるだけ上に昇ってどこかのプラットホームに辿り着ければ、そこから侵入する」

 飛んできたエネルギー弾が空里とレガの間で爆ぜた。

「できれば……だけどね」

「キャッ!」

 ティプトリーのアーマーを火線がかすめた。焦げ臭い匂いと煙がパッと広がる。アーマーのない空里はなるべく身を小さくしようとデッキにうずくまる。

 ハルはさらにボートを加速し、一気に都市上層部を目指した。


 サロウ城市の最上部は大混乱に陥ろうとしていた。

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