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ジオの葛藤


 薄暗い部屋で一人、俺は椅子に腰かけながら、トランプのジョーカーを見つめていた。

 五十三番目のジョーカーは、トランプで使われる場合、最強の札か最悪の札の二択となる。どちらも、ルールそのものを破壊するような力を秘めている。


 俺は子供の時、図らずも同じ番号で呼ばれた。最強にして最悪のジョーカーとして、この手で共に育った数えきれない子供たちを殺した。


「俺が死ぬはずだったのにな……」


 渡されてから数十年、片時も手放さなかったマグナムを引き抜く。生きたいなら殺せと言われ、真っ先に自らの頭に突き付けた事を忘れもしない。

 そして引き金を引く瞬間、俺に語り掛けたあの声も。


 何度も誰なのかと考えた。地を這いながらも生きる日々の中で、絶対に見つけ出し、生かした意味を問いただすと決めていた。

 そうしてゼファーと出会った時、ようやく俺はエリュシオンを支配する、ニオ・フィクナーの声を聞いた。




 忘れもしない、あの中性的ながら底の知れない声。すぐに確証は得られた。だから俺はゼファーに協力する事にした。セラフィを奪還し、エリュシオンを破壊する過程で、必ずフィクナーと相まみえる時は来る。


 そこで俺を生かし、俺を逃がした理由――奴と同じタイプのフィクナー型として認識させ、ジオというニオ・フィクナーの兄弟機にあたる識別名を与えることで、研究施設のセキュリティを突破できるようにした。


 いや、そんな過程はどうでもいい。知りたいのはフィクナーがなぜ生かしたのかという真実だけだ。


 死にたかったのに生き残り、生き続けた生に納得したい。

 先日セラフィを奪還したとき、フィクナーと顔は合わせられた。しかしフィクナーは「エリュシオンまでたどり着けたら教えてあげる」とだけ言い、データを転送してしまった。


 ついさっきまでは、どうせ見つけ出して破壊するのだからいいと思っていた。

 だが今日、フィクナーと共に計画を進めていたアリアの存在を知った。


 もし、フィクナーがアリアの命令で俺を生かしていたら。そう思うと、俺はとてつもなく怖くなる。アイリスのように、フィクナーの中に当時の記憶データが残っていなかったらと思うと、俺が戦いつつけてきた果てに見つけるはずだった答えそのものがなくなってしまうからだ。


 意味のない戦いは、もうたくさんだ。研究施設から逃げ出し、ゼファーの元を訪れるまで、屍を貪る真似をしてまで戦い生きてきた。


 全ては真実を知って納得するため。それが戦いの理由だった。

 理由がなくなってしまえば、俺はただの破壊者だ。どんなAIでもアンドロイドでも、ましてや人間でも止める事のできない化け物になってしまう。


 ウンザリだ。正直、このままマグナムを置いてしまいたい。しかしそれでは、ここまで生きてきた生を否定することになる。奪ってきた命と破壊してきたアンドロイドたちの怨嗟も止む事はない。


 だから、フィクナーにたどり着くまででいい。誰か俺に戦う理由をくれ。戦うことしかできない俺に、脈動する命の意味をくれ。


 誰か……誰か……。


「……セラフィ」


 ふと口を突いて出たのは、今までフィクナーを見つけ出すための通過点くらいにしか考えていなかった娘の名だ。

 出会って数日だが、どうやら俺は彼女に色々な事を教えてあげられている。俺と接する日々で、セラフィは成長している――だとするなら、ただ守っているだけではないのかもしれない。


 導いているのかもしれない。世界も命の価値も知らない無垢な少女を、俺は戦いの中で見つけた生き方により、何かを遺せているのかもしれない。


「もしそうなら……」


 セラフィは永遠を生きられる。選択は彼女がすることだが、生きようと思えば永遠に生きられるのだ。

 しかし、エリュシオンを破壊した後、俺はセラフィにいつまでも付き合っていられない。


 俺はいつか死ぬ。そういう命として生まれた以上、いつか死ぬことは免れない。永遠を破壊する者が、永遠を生きていいはずもない。仮にできたとしても、俺は納得しないだろう。


 もしセラフィに何かを遺すことを戦う意味とするなら、相応の責任も負わなくてはならない。

 永遠を生きるよう選択させてしまった責任だ。だとするなら――俺が死んだ後、永遠を生きるセラフィに寄り添ってくれる存在が必要だ。


 偶然か、今まさに俺の意思を遺せれば、同じ思想の元、セラフィと共に永遠を生きてくれる存在がいるではないか。


 アイリスだ。アリアという、フィクナーと共にあり、セラフィに永遠を与えた張本人の遺志を継ぐであろうアイリスを、俺の生き方で導き、共に永遠を生きてもらう。

 そうすれば責任を果たし、納得して死ねる。真実を知れなくても、戦いの人生に意味はあったのだと納得できる。


 たとえアンドロイドであっても、シンギュラリティにより、心は人間と同等か、それ以上となった。であるなら、エリュシオンを破壊した後の混沌とした地球で、荒廃した外の世界を活動できるアイリスと電子の世界を自由に行き来できるセラフィのタッグは理想的に思えた。


 二人の未来のために戦い、その中で意思を遺す。その過程でフィクナーとの決着をつける。終わり次第、二人の未来のために新しい何かをする。


 散々殺して、散々壊してきた破壊者の俺が抱いていい夢ではないのかもしれない。

 だとしても、それが俺の命を納得させるなら、誰かの許可など求めない。


「……よし」


 まだ夜明けまで時間はある。携帯端末でゼファーに連絡を取ると、これからのために必要な事を話す。


 セラフィとアイリスが二人で生きてもらうため、余計な障害を取っ払う。ゼファーもまた悩んでいたのか、すぐに屋敷の中のネットワークを伝って、携帯端末にタイムレスと表示させた。


「お前の娘のために、大人の俺たちがやれることをやるぞ」


 ゼファーに娘のためだと前置きをすれば、すぐに覚悟を決めたようだ。


「僕はなにをしたらいい?」


 ゼファーの、ほんの少し強い言葉が携帯端末から聞こえた。

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