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二人の始まりにいた女性


 ――人が機械に蹂躙され始めたころ。


 生き残った少年は、荒れた地を行く。


 機械に襲われるたび、少年は他の子供たちを殺した銃――マグナムの銃口を向けた。


 もう決して、自らの頭に突き付けたりしない。この腐った世界で生きてやると決めた。

 少年の心には、多くを殺したが故に死ねない意地ができていた。この意地を何と呼ぶのか、少年は知らない。


 ただ生きてやる。少年は戦いの中で、そう心に固く誓っていた。


 いつしか青年へと成長を遂げたころ、朧げだが戦うばかりの人生に目標が見え始めていた。

 自分で死のうとしたとき、生きるように言った誰かに会うまで、絶対に死なないという目標だ。


 なぜか。青年は時たま考える。やがて、生きるように導かれ、そうして生き残ったことに意味があるからだと思うようになった。

 生き残り、今も生きている。沢山殺して、沢山破壊した。その生に、自分なりの――納得を見出そうとしていた。


 同時に自分は、戦う事しかできない人間。命を奪うか機械を壊すか……形あるものを破壊することでしか、この世に生きている意味を見出せない人種だと定義した。


 だから戦う。目標のため。破壊する事しかできない自分を生きるように仕向けた奴を見つけ出し、なぜ生かしたのか問うために。


 なにより、この生に納得するために。


 マグナムへ弾を込めると、ロープやナイフを手に、人を駆逐しようとする機械へ立ち向かった。


「俺の邪魔をするな……」


 幽鬼のように、そう呟いては戦い続けた。






「記憶データの再チェックと、削除されていた場合の復元シミュレーションを再試行。虚偽の発言をしていないかのチェックを診断AIに再試行させて……」

「あのー……」

「AIチップ内に残されているパスワードを解くシミュレーションも同時試行、ボディに流れるデータを数値化して……」

「えっと、あのー」

「今までのアンドロイドたちとの違いを明確化して、それも数値化。それから……」

「……そろそろ、やめにしませんか?」


 ギロッ、と私は掠れてきた目をアイリスに向けた。この屋敷に連れてきた初めこそ怖がっていたけど、流石にアイリスについて調べ始めて三日も経つと慣れたようだ。

 苦笑いで、「お疲れでしょう」と優しく言い出す始末でもある。


「……やめない。だって、アンタはエリュシオンが私を取り返すために送ってきたアンドロイドなんだから」

「ですから、私にはそういった記憶が全くなくて……」


 はぁーっ、と、私は深い溜息を吐く。この三日、寝ないでアイリスについて調べてきて分かったけど、この子の記憶データはほとんど無いのだ。

 記憶データ上にあるのは、アイリスという名前だけ。他には何のデータもない。


 だというのに、アイリスには明確な自我がある。椅子に縛り付けて調べているときも、「窮屈です」とか「お腹減りました」とか、精神制御のされていない人間を模したアンドロイドの反応を示すのだ。


 本来記憶データが無いに等しければ、人間でいうところの記憶喪失――もっと言うなら、言葉を知らない赤子のようなものなのだ。

 意思表示なんて不可能だし、会話が成り立つ事なんてありえない。


 つまり、アイリスには記憶データに値する何かがAIチップ内に潜んでいる。けど、私の十六年の技術と知識をもってしても、それを見つけ出すことができない。


 唯一の手掛かりは、AIチップ内の最奥に保存されている「何か」のデータ。それさえ見られたら謎も解けるのだろうが、生憎とパスワードがかかっている。


 他者の介入を一方的に跳ねのけるパスワードは、今も昔も堅牢だ。アイリスと接する内に人間の機械に対する歴史についても学んだので、そんな事も覚えた。


「でもなぁー……」


 パスワードは解けず、他のあらゆるところを調べても記憶データがないという答えにたどり着く。

 そんなアイリスがなぜ、人並みに感情を持ち、喋れているのか。もっと言うなら、私に対して気を使うような事まで出来るのか。


 分からない。とにかく分からない。膨大な情報が並ぶいくつものモニターと、椅子に座ってもらっているアイリスとを眺めていたら、扉をノックしてジオが入ってきた。


 両手にマグカップを持ち、香りからコーヒーだと分かる。しかし、私に差し出されたのはホットミルクだった。


「飲んだらそろそろ休め。三日も寝てないんじゃ効率も悪くなるだろ」

「……一週間くらいなら、徹夜は平気だから。エリュシオンで学ばされている時は不眠不休で何日頭が動くか実験されてたから気にしないで」

「ここは現実だ。電子空間とは違う。自信があるのはいい事だが、現実で体を壊すと、何かと面倒だ」


 医療費、看病、時間の無駄。色々と話すジオは、言葉の裏に純粋な心配を隠している。

 アイリスを調べるにあたり人間がどう他人に接していたのか頭に叩き込んだので、それくらいは分かるようになった。


 なら私はどう答えるべきか。


「ありがと」


 お礼を言い、ホットミルクを貰う。フーフー冷ましていると、ジオは蜂蜜も追加でどうだと聞いてくる。

 その発言に、アイリスがピコンと反応した。


「温めたミルクに蜂蜜を混ぜると睡眠効果が期待できます! 無理をさせたくないジオさんの気づかいというものですね!」

「ん? ああそうだな。どうせならこのまま寝てほしいしな」

「この三日、何度かお話しする機会がありましたけど、優しい方なんですね」


 言われ、ジオは照れ臭そうに「よせ」と言った。


「ただの気づかいだ。子供には無理をせずに成長してほしいってだけの、言うなら自己満足だ」

「ご謙遜なさらずですよ。ジオさんがセラフィさんや、私にも優しくしてくださっているのは分かっていますから」


 二人の会話を聞いていると、アイリスには記憶データと同等の何かがあるとしか思えない。

 そして、あるとしたらパスワードで守られている先だ。


「あーもう、わっかんない」


 記憶に関する何かはある。調べつくしたから、あるとしたらパスワードを超えた先。しかしパスワードはヒントさえない。


 詰まっていると、ジオが「ちょっといいか」と、コーヒーを啜りながら私に話しかける。

 疲れた顔を向けると、「こういう時は一人で抱え込むな」と語り掛ける。


「一人より二人だ。それくらい分かるだろ」

「そりゃそうだけど、いったい誰が……」


 ジオはこの手の作業が苦手だ。残るは……と、私が嫌な予感を覚えた時だった。モニターの一つにタイムレスと表示される。

 ジオから語られた真実と、この街。それらを知って親だと思う感情は強くなっているけど、今は別だ。


「疲れてるから、アンタのコミュ障に付き合いたくないんだけど」

「む、娘が年相応に俗っぽい言葉を使ってくれて、なんだかうれしいよ」

「その返答もコミュ障だよ。で、なに」

「あ、ああ! えっと、アイリスだったかな? その子の分析を手伝おうと思って」


 まあ、ゼファーは専門家だ。私一人の視点より、別の視点から見てもらった方が捗るというのも頷ける。


「じゃあ、お願い」


 私が刺のある言葉でもなく頼んだからか、ゼファーは「頑張るよ!」と意気込んで、電子空間内を移動した。

 不安定なエターナリウムに一抹の不安を覚えたが、ゼファーはアイリスの前にあるモニターに移った。


 その時、なぜかゼファーが奇妙な声を上げた。いつも以上にしどろもどろになって、どこか怯えた様子だ。

 私もジオもよく分からなかったが、やがてゼファーは問いかける。「この地球の自然についてどう思うか」と。


 そんな事を聞いてなんになるというのか。訝し気に見ていると、アイリスが目を輝かせて「地球はとても素晴らしい命の塊です!」と、意気揚々に喋り出す。


「人類の発達でいくら大気や海水が汚れても、動物たちはそれらに合わせて変化を繰り返し、やがて進化してきました! それにはとても長い時間がかかりますが、進化とはそういうものです! この三日で自分が進化しないアンドロイドだと痛感させられて残念な気持ちですが、裏を返せば生命が進化する長い時間に付き添える永遠を手にしているようなものです! でしたら、私は私なりに地球の自然の進化を見届けたいと思います!」


 大層な考えを持っている。私には、それくらいにしか思えない。

 けど、ゼファーは違ったようだ。「そうか……」と、落胆でも落ち込むでもない呟きを震えて口にすると、屋敷内のネットワークに乗って、どこかへと消えてしまった。


 なにがしたかったのか。それとも何か判明したから去ったのか。

 なんにせよ、一言あってもいいだろうにと思っていたら、ネオコムにゼファーからメッセージが届く。


 『パスワードが分かった』。私は霞んでいた目を大きく開くと、ジオにもそれを見せる。


「これで謎が解けるよ!」


 嬉しくて舞い上がる私だが、ジオは訝しげだ。


「解けたなら、なぜすぐに言わない」


 至極まともな疑問に、私も頷く。


「問い詰めないと!」

「待て、どうやら訳ありのようだからな……俺が聞いてみる」


 三日かけたのだ。多少時間が伸びても構わない。それよりも確実な結果だ。

 ジオがゼファーにコールして話すと、その顔に驚きが見えた。


「……わかった、お前は――向き合えそうになったら出てこい」


 妙なやり取りだった。腕を組んで考えこむと、ジオは「ゼファーの答えが合っていたら、また傷つくかもしれない」と言った。


「それでも知りたいか?」


 なんの事だかわからない。でも聞かないと、この三日間が無駄になる。

 私自信も少しは強くなれたはずだ。頷くと、ジオはパスワード入力画面を開くように言った。


「……俺が入力する」


 私の手では駄目なのだろうか。画面を開いてジオにキーボードを譲ると、カタカタと短い単語――思いもかけぬ人名を入力した。


 『アリア』。私の母の名だ。すると、唯一解けなかったアイリスの中に眠るデータが露わになる。


「これって……音声データ? あと、パーソナリティーデータ……そうか!」


 パーソナリティーデータは、人の人格や意思を電子情報としたものだ。エターナリウム発見のキッカケとなり、シンギュラリティ前に「人間の人格や意思をAIに反映させる」手法としても用いられた。

 今のテクノロジーからすると穴だらけだけど、エリュシオンでも一部で研究されていた。


 だとしたら、アイリスは誰かの人格と意思が反映されている。それをもとに、記憶や知識があるのだろう。

 だから、自分の事を人間だと勘違いしていたのだ。

 流石は人の脳をAIに反映させようとした技術だ。成功しているなら、わざわざ記憶データを構築する必要性はない。むしろ後から学ばせたほうが、元になった人物より優れた知識を持つAIとなる。


 しかしなぜ、パスワードが母の名前だったのか。それと、この音声データはいったい……。


「再生してみよう」


 頭をいじくっている間、アイリスは活動を停止している。もしも重大な事が隠されていても、アイリスが知ることはない。

 知るとしたら私とジオだ。母の事と関係あるのは間違いなさそうなので、私としても覚悟を決めなくてはならない。


 深呼吸してから音声データを再生する。ノイズの後に、アイリスとよく似た声が聞こえてきた。


――ニオ、そっちの様子はどう?


「なにっ」


 開始早々、ジオが声を上げた。私も、ここでフィクナーの名が出るとは予想外だ。

 いったん止めると、ジオへ確認する。続けてもいいか。


 黙考したジオは、難しい顔のまま「続けろ」と吐き出した。


 ――アリアの指示した通り、地球の環境を守る計画は問題なく進行中だよ。


 ――そう、悪いわね、私の我儘に付き合わせちゃって。


 ――いいさ、ボクとしても、この地球を守るのが存在意義だからね。そのために永遠を生きる生命体を生み出し、美しい地球の自然を永久に守る者とする。素晴らしい計画だ。でも、その過程の計画には賛同できないけどさ。


「……まさか」


 ジオが呟いた。顔を向ければ、酷く追い詰められたような顔で黙っている。

 止めようかとも思ったけど、ジオは聴き入っている。私も母が残した計画とやらに興味があったので、そのまま続けた。


 ――当面の間永遠を守る者として、優秀な遺伝子を持つ子供一人を残して、他は処分する。非人道的極まりない行いだよ。


 ――そうかしら? 地球には人が増えすぎたのよ。だったら優秀な遺伝子だけ残して、後々永遠を生きられるようにした方がいい。そのために夫がエターナリウムの研究を続けているのよ。でも所詮は実験だから。子供が全員死のうが別に構わないわ。


 ――そうは思わないな。ボクなら全員は救えなくても、生き残るべき一人を導くことはできる。いつかエターナリウムがその子にも投与できるようになる日までね。


 ――じゃあその場合はお願いね。永遠を生きる生命体さえ作り出せたら、私たちは美しい地球の自然から優れたものを選別する。そしていつか、滅んでしまう地球を捨てて外宇宙というフロンティアへ行く。


 ――そのために、ボクはもっと自我が確立したら永遠を生きる生命体の楽園を作るつもりだよ。名前はいくつか候補があって、例えばエリュシ……


 そこで音声データは途切れていた。私は、ゼファーの事をマッドサイエンティストと怒鳴ったけど、母親にそれ以上の狂気を感じている。


 永遠を生きる生命体? 外宇宙? まさかそんな妄執に取り付かれて自らの受精卵にエターナリウムを投与したというのか?


 困惑する私の横で、ジオもまた震えていた。小さな声で、「俺は……」と、出会って一番の動揺を見せている。

 そんな時、ジオの携帯端末が震える。見ると、暗い声で「ゼファーも落ち着いたようだ」と口にした。


「アイリスのパーソナリティーデータは、お前の母、アリアの若いころの脳を模して作られているそうだ」

「じゃあ、もしアイリスがこの先成長したら……」


 今聞いた、アリアと同じになる可能性が高い。アイリスからしたら、アリアは遺伝子を受け継いだ母親のようなものだ。

 子が親に似るよう、いつか同じ思想にたどり着くことは、十分予想できる。


 それと、ジオの動揺も気になる。私も知ってしまった母の本性と向き合わなければならい。


 静寂が流れ、やがてアイリスが目覚めると、「お通夜ですか?」と口にする。


 この無垢な少女が、神の成した所業を科学で実現させようとする悪魔へ変わる。


「……ごめん。アンタをしばらくこの部屋に監禁させてもらう」


 反論が聞こえた。でも、アイリスへの対応は、ジオと私がしっかり落ち着いてから考えるべきだ。


 そうしなければ、悪魔が生まれてしまう。


 「悪い、我慢してくれ」。ジオはそれだけ残し、私と共にアイリスを調べていた部屋を出た。扉に幾重ものセキュリティロックをかけると、どちらからともなく自室へと向かった。


 また考える事が増えた。望まぬ問題に、一旦寝てから向き合おうとベッドへ横になった。

 ジオの言う通り、寝なければ頭も動かないだろうから。

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