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マグナム一つあればいい

 ゼファーが私を助けるために造ったテンポラルヘル。昨日着いたときの印象はただのスラムだったけど、視点を変えて見てみると、私を想っての配慮がそこかしこに目に映る。

 奪い返すために集められた機材はもちろん、いざ取り返してから私を守るための工夫が各所に点在するのだ。


 廃墟の寂れた屋上の衛星受信アンテナ。テンポラルヘル内の通信環境を良くするルーター。空に飛ぶ警戒用のドローン。

 全てが最新鋭で、且つスラムの外観を利用してカモフラージュされていた。万が一ここが見つかった時の保険だろう。


 ゼファーは、これをゼロから造った。全ては私のためだ。私を想って、これだけの事をした。この行いと意思に、私は無意識に胸を打たれていた。


 一人で始めた行動力と、私を救おうとする不屈の心への感謝。

 なにより、絶対的な戦力差を前にしても諦めなかった事へ敬意を抱いていた。


 なにもかも、私のためを想っての意思。そう、意思だ。データではなく、人間だから残せる不確定で不安定で、それでも残り続けてきたもの。

 親から子へ。子から孫へ。そうやって受け継がれていく人間の意思。


 だけど、私はゼファーのせいで必要以上の苦しみや孤独を味わってきた。絶望の中、耐える心を自分で作り出した。そこには私だけの意思があり、ゼファーの想いを拒絶している。


 テンポラルヘルを回り、ジオにここへ集められた人々を紹介されながら、私はゼファーの意思と私の意思の間で揺れていた。

 そもそもどんな答えを出せばいいのかも明確には分かっていないというのに。急ぎすぎだろうか。


「それもあるけど……」

「ん?」

「ああ、いや、なんだろ。この街ってさ」


 ふと呟いたのは、ゼファーが集めた人々への違和感だった。

 「荒っぽい連中」とジオは言っていたので、てっきり元軍人だとかを想像していたのだが、ここに居るのは、所謂技術屋だ。


 電子工学に精通する学者や、銃器のメンテナンスや弾丸を生成するガンスミス。他にはハッカーだったり、修理屋だったり、なんというか、


「戦える人いないね」

「だからゼファーは俺を欲した」

「それは分かるけど、なんで最初から戦える人たちを集めなかったの?」

「戦いに生きてきた奴らなら、戦力差が嫌でも分かるからな。負ける戦いに乗っかる酔狂な奴はいないし、いたとしても早死にする。俺を除いてな」

「ジオは酔狂で戦ってるんだ」


 ギロッ、とジオが睨んだ。私はすぐに笑いながら「冗談だよ」と口にする。


「ジオの戦う理由は知らないけど、エリュシオンとの戦力差を知ったうえで戦うことを選んだんでしょ? だったら出会って二日の私が分かるわけないよ」


 まぁ、フィクナーと同じ姓だったり、なぜか親がいないのに一人でアンドロイドと戦っていた日々を考えると、エリュシオンに強く起因する何かなのだろう。

 でも、私が口を出すところではない。ジオの戦う理由に、十六歳の私があれこれ口を出せるわけがないのだから。


 一つ聞きたい事があるとすれば、この街に住む人々への、もう一つの疑問だ。


「ジオと違って、ここにいる人たちはなんだか陰気な感じでさ。活力に満ち溢れていないというか……ジオとは違って、暗い感情で動いているような気がして」


 言うと、ジオは少し驚いた。「よく見抜いたな」と褒めたけど、少し迷ってから、


「そこまで見抜けたなら、俺以外から答えを探せ」

「また、考える事が増えた……えっと、探さなきゃならないのは、ゼファーが集めた人だから?」

「いや、ここに居る連中含め、今エリュシオンと敵対している奴らは基本的に似たような考えを持ってる。今後生きて、そういう奴らと接するときに必要になるからな」

「人を知る経験の一つかなぁ……分かったよ」


 なんて話していたら、ジオは「着いたか」と、薄暗い建物の前で足を止める。

 昔はコンビニエンスストアと呼ばれていた建物は、ガラスは割れ、扉は壊れて空いたままだ。


 こんなところに何の用があるのか。中へ入っていくジオを追いかけると、並ぶ棚には様々な商品が置かれている。

 このご時世に値札までついており、一々高い。

 私はなんとなく、先ほどまでの会話を思い出した。


「ここが、ブラックマーケット支部?」

「そうだ。人間のために古臭い物から新しく作られた物まで売ってる。ここの店主はピンハネするような奴だがな」


 「おい、うるさいぞ」。声が薄暗い店内で聞こえた。そちらを見ると、かつてレジカウンターと呼ばれた先に、椅子に深く腰掛けたジオと同じくらいの年頃の男性がいた。


「俺はいつエリュシオンから見つかって爆撃されてもおかしくないこの街で働く危険手当を貰ってるだけだぜ?」


 浅黒い肌の男性はカウンターの向こうで立ち上がると、ジオへ来るよう促した。

 「正式に貰ってなかったらピンハネだ」と呆れながら、ジオは肩の力を抜いて向かっていく。

 私もついて行くと、「こいつはどーも!」などと、お道化た様子で挨拶された。


「エリュシオンの大事な宝物にして、この街発足のキッカケになったセラフィちゃんじゃないの」

「あれっ、私名乗ったっけ……」


 言えば、指を指されて笑われた。


「引っかけだよお嬢ちゃん。ま、ジオの野郎が連れてきたんだ。どんな馬鹿でも想像がつくだろうがな」


 カマかけにグヌヌと唸っていたら、ジオは気にするなとのことだ。


「物好きで金好きな奴だからな。当然性格も変わり者だ」

「おいおいおい、協力してやってるのに、それはねぇんじゃないの?」

「金のためだろ。それより、セラフィに名乗ってやれ」


 へいへい、そうボヤいて私へ視線を向け、「バンカー・ローリンズ」と名乗った。


「親なんざいねぇから勝手につけた名前だがな! どうだ? どういう意図で付けた名前か分かるか?」

「引っかけてくれたお返しに大真面目に答えてあげるけど、金庫を意味するバンカーと、「お金に囲まれる」って意味の「roll in money」を人名っぽくした。どう?」

「……たまげた。一瞬で分かるもんなのか? そりゃゼファーもジオも奪おうと躍起になるわけだな」


 本気で驚いていた。しかし、今度はこっちが笑ってやる番だ。


「っていう風に、このネオコムに搭載されているAIは導き出したよ?」


 得意げに画面を見せてやると、バンカーは呆けたように口を開けてから、次第にカカカと笑った。


「一本取られたぜぇ! なら次に一点取った方が勝ちといこうぜ」


 乗るよと身を乗り出そうとして、ジオが溜息交じりに「そろそろいいか」と口をはさむ。


「俺のこと呼んでたろ。何か用があるんなら話してくれないか」


 そうだった。バンカーは私との勝負はお預けにして、カウンターの下からケースを取り出す。


 開かれると、一丁のハンドガンがマガジンと一緒に入っていた。


「六十年代に作られたダブルアクション式のオートマチックだ! もちろん生体認証なんていう面倒なのはかかってねぇし、装弾数も十四発とそこそこある。威力こそ微妙なとこだが、その分反動もすくねぇし、なによりリロードがマガジンを入れ替えるだけで済む。アンタのこれからの戦いに必要になるかと思って仕入れたとっておきだ」


 ダブルアクションだとかオートマチックの意味はよく分からなかったけど、装弾数が多いのとリロードがすぐに済むというのは理解できた。

 確かにエリュシオンから私を奪還したので、フィクナーは今まで以上に攻撃的な命令を出すだろう。アンドロイドの数は増え、新型の投入もあり得る。

 マグナムで一々リロードしていては、対処しきれない。


「よく手に入れたね、これ」


 フィクナーもジオについて知っているのなら、こういった銃器を渡さないように処分していたはずだ。だから骨董品中の骨董品であるマグナムは危険対象から逃れていたとかで手に入ったのかもしれないけど、このハンドガンは違う。

 十分にジオの技術を生かし、増長させてしまう。


 バンカーもそこらへんが分かってか、「手に入れるのに死ぬかと思ったぜ」と自慢げだ。


 しかし、


「俺にはマグナムがあれば十分だ」


 バンカーの努力を、ジオは一言で跳ねのけてしまった。私も、せっかくなのにと思ってしまう。

 あれこれ私たちが言う前に、ジオは「どうせボッタクルんだろ」と呆れていた。


「生憎そんな余裕はない。だからいつも通り、マグナム弾をくれ」

「ちょ、ちょっと待ちなっての。コイツは俺からのプレゼントだ」

「なに? お前が?」


 訝しむジオへ、「将来的な戦略」とバンカーは得意げだ。


「アンタに死なれると、この街自体が機能しなくなる。もっと言うならエリュシオンの破壊なんて夢物語でもなくなる。だから生き残ってもらって、その先でもっと沢山の奴らに俺の商品を買ってもらうための、アレだな。先行投資だ」


 なるほど。ジオは呟くとハンドガンを手に取る。「軽いな」とか「威力はどの程度だ」とか聞いていたら、バンカーはカカカと笑う。


「これも先行投資であり、ある意味実験ついでなんだが、ちょっと外に出ててくれ」


 よくわからない様子のジオと出れば、バンカーは店の奥からアンドロイドを列で連れてきた。

 咄嗟に身構える私とジオだけど、バンカーは「ネットワークから切り離してAIチップも抜いたから心配ない」と、両手を広げてお道化ていた。


「今までのアンタはマグナムだけで戦ってきたから試し撃ちなんて必要なかっただろうが、新しいのを使うとなったら別だろ? なぁに、マガジンの在庫ならたっぷりあるから存分に撃ちまくってくれ」


 あまり気乗りしなさそうなジオだったけど、銃を片手で構えて一発撃つ。一応、私は一連の流れをネオコムで撮り、すぐにホロレンズアイに反映させた。


 それを受けてか、ジオは十四発全弾を一体のアンドロイドが立っていられなくなるまで撃ち尽くす。

 リロードの動作も確認し、もう三発ほど撃つ。


 すると、ジオは興味なさげな顔をしていた。


「これだけ撃って一体じゃ、話にならない」


 しかし、バンカーもまた諦めの悪い人間。ジオの事もよく知っているようなので、「試し撃ちなら」と返した。


「本気で活動停止させるつもりで撃ってみると分かるぜ? アンタなら十四発で十分すぎる威力を発揮できるってよ」


 言われ、ジオは仕方ないといった様子でアンドロイドへ三発撃った。

 両足の関節部に二発、そして動けなくなったところへ、本来ならAIチップの詰まる頭部へ一発だ。


 私はバンカーの言う事は最もだと思ったので、補足するようにホロレンズアイ越しに分析したデータを伝える。


「ジオなら高い確率で戦場でも三発あればアンドロイドを仕留められるよ。今みたいに関節部とか、脆い部分のデータを私が分析して送れば確率はもっと上がる。具体的な数値は……」

「いや、いい」

「えっ」

「一発で仕留められないんじゃ意味がない」


 納得から来る事か。聞くけど、ジオは「勝つためだ」と答える。


「確かに三発撃って一体を行動不能にできるなら、十四発入るこの銃ならリロードなしで四体を仕留められる。つまり残った二発は別の事に使えたり、もう一体の動きを止めてリロードの時間を作れる」

「それが分かってるなら……」


 言いかけ、ジオはマグナムを抜いた。瞬時に立っているアンドロイドの胸へ弾丸を放つ。

 ホロレンズアイには、活動不能となったアンドロイドのデータが映る。


「マグナムなら見ての通り一発だ。リロードなしで六体仕留められる」


 反論は難しそうだった。それに対し、バンカーはあれこれと意見する。

 中でも一番マグナムの問題点して上げたのが、リロード時間だった。


「いくらアンタでも、六発撃ち尽くしてから全弾込め直すのに三秒はかかるだろ? そこから正確に狙いをつけて撃つのに一秒として、シリンダーが空だったら一体仕留めるのに四秒だぜ?」


 私もバンカーの用意したハンドガンなら十四発のリロードに一秒もかからないと言い、結果的には仕留められる数も多くなると補足した。

 だがジオは溜息を吐くと、「マグナムのリロードに文句があるなら見せてやる」と引き抜いた。六体のアンドロイドを動かすように言うと、シリンダーから弾を全て抜く。


「弾がなかったら一体仕留めるまでに四秒だったか? なら今からそんな考え覆してやる。マグナムでもやれるって納得させてやるよ」


 ジオが納得を口にした。本気という事だろう。シリンダーが空のマグナムを握るジオは、もう片方の手でポケットに入れた弾丸をつかむ。


「一」


 ジオのカウント一秒目で、なんとポケットの弾丸六発を空中に放り投げた。

 だが見事に円状に整った弾丸を、マグナムのシリンダーへ、まるで吸い込むように空中で装填する。その勢いを利用してシリンダーを戻すと、アンドロイドたちへ向けた。


「二」


 そこからは、とても肉眼では追えなかった。冗談のような早撃ちで六体のアンドロイド全ての眉間を撃ち抜いたのだ。一回転だけガンスピンさせるのだけ見えると、ホルスターへ仕舞った。


「三――ちょっと遅かったか?」


 呆気にとられる、とはまさにこの事だろう。あれこれ言っていた私たちを、ジオは人間離れした射撃スキルで黙らせた。


「……たまげた」


 結果、バンカーが口にできたのはそれくらい。私に至っては、開いた口が塞がらない。

 せっかく人間臭いと思っていたのに、これでは機械のよう……いや、最新鋭の戦闘用に作られたAI搭載型アンドロイドでも、あんな芸当不可能だ。


「せっかく仕入れた代物だが、これじゃ意味ねぇや。どっか別のところで売りさばくか……」

「いや、一応もらっておく」


 ジオはハンドガンを手に、私をチラッと見た。「まだ早いか」と呟き、バンカーからマガジンと一緒に受け取った。


 なんの事かと聞いたけど、もう少しここで過ごしてから教えるそうだ。


 そんな時だった。ジオがポケットからネオコムに似た多機能端末を取り出す。どうやら通話のようで、いくらか頷くと、難しい顔をした。


「わかった、お前はセキュリティの強化と周辺のチェックを頼む」


 通話を切ったジオは、私へ先に帰るよう告げた。だけど、何も聞かずに頷けるはずもない。

 聞けば、ジオは難しい顔のまま「ゼファーからこのエリアへの侵入者の報告が来た」と口にする。


「もしかして、エリュシオンの送りこんで来た刺客……?」

「いや、どういうわけかアンドロイドのようだ」

「え、でも、広範囲にジャミングシールドが貼られてて……」


 もっと言うなら、テンポラルヘルの周りにはエリュシオンの機械を利用して騙すセキュリティ――現実世界に貼られているファイアオールまであるのだ。


 それらを突破してきた……?


「とにかく未知の相手だ。お前は危険だから帰って……」

「ううん、一緒に行く」

「おい、好奇心が強いのはいいことだが、時には猫を殺すことも……」

「好奇心じゃなくて、ジオのためだよ」

「俺の?」


 胸を自信満々に貼って、「ジオが最強の銃なら、私は最強の盾」と言ってのけた。


「あるいは抑止力かな?」

「気取って突然どうした。というかどういう意味だ」

「街を出るまでには納得させてあげるからっ!」


 その調子のまま、私はジオの先を行く。正直、今の人並外れたリロードを見て、私なんかついて行かなくても問題ない事は分かっている。アンノウンの確認に私の必要性がないのは、重々承知のことだ。


 だからこそだ。命の使い方を考えるために、だからこそ、私が役立てることを証明する。


 これも一つの存在証明。現実世界に来ることのできた、私にある多くのやるべき事だ。

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