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父の意思

「ふぅー」


 シャワーを浴びていたジオが出てきたようだ。私も作業が終わったので振り返ると、「キャッ」と、咄嗟に目を覆ってしまう。


「ん? どうした」

「う、上!」

「上……っと、すまない」


 シャワーから出てきたジオは下こそ履いていたが、上半身が露わになったままだった。

 別に恥ずかしがる事じゃないだろうし、データとしてもアンドロイドのボディとしても見てきた。


 でも、現実世界で人間の男性の裸は初めてだ。


 やはり緊張する。初めての事に、どう接したらいいのかわからない。


「接し方……」


 ふと思う事ができた。


 こういう未確定だった事にも、積極的に向き合うべきだろうかと。いつか誰か知らないけど、男の人と裸で向き合う時のために。


「今何か羽織る物を……」

「ま、待って」


 私は勇気を出すと、ジオの体をマジマジと目にする。

 うん、下は無理でも、上半身なら大丈夫だ。


「それにしても……」


 いつの間にか、ジオの体に目を奪われていた。なにせ、その体は、


「凄い筋肉だね、どうやって鍛えたの?」


 アンドロイドの合成皮膚や人工筋肉ではなく、人間の体が生み出したバキバキの体に知的好奇心がくすぐられる。

 あまりジロジロ見るなというジオへ、私は我慢できず、「触っていい?」と問いかけていた。


「触るって、お前いいのか? 汚くないつもりだが、だからって特別綺麗なものじゃないぞ」

「シャワー浴びたんでしょ? 平気だよ。で、いい?」

「そりゃ別にいいが……あまりべたべた触るなよ」

「やった!」


 いつの間にか緊張などなくなり、喜々として近寄って腹筋から胸筋、首周りの筋肉まで手で触れていく。

 ジオはくすぐったそうにしていたし、「べたべた触ってるぞ」と言うが、触れば触るほど好奇心が湧いてくる。


「スッゴイ硬い、鉄みたい。けどバランスが取れているし、無駄な筋肉はないし、傷の跡はあるけど綺麗な肌だし……」


 なんて口にしていると、ジオは「そ、そうか?」と、どこか照れている様子だった。


「戦うために鍛えてきたが、褒められる事はなかったな」

「褒める褒めないは気にしてなかったけど、ゴリラみたいにムキムキっていうよりスマートで、けどあらゆる体勢でも銃が撃てるように形作られてて、まるでそう、一つの芸術品みたいな……」

「そろそろよしてくれ、本当に褒められた事がないから、あれだ。恥ずかしい」


 おそらく出会って初めての、ジオの恥じらいだ。意外に思いながら手を離すと、「そうだ」とやるべきことを思い付き、ネオコムでジオの体を撮影し始めた。


「ま、待て! お前、そういう趣味なのか? フェチとかだったりするのか?」

「ある意味そうかも」

「なんだって!? 考え直せ! もっと真っ当な趣味を探せ!」


 初めての驚いた声だ。でも、ジオの思っている事とは違う。

 私は全身を撮影し終えると、「今度利用する」と言った。


「利用って、まさかお前……」

「ん?」

「俺の裸で……その……」

「作るつもりだよ?」

「……作る?」


 そういえば、まだ見せていなかった。私はポケットからプラスチックの小さなケースを取り出すと、ジオに渡した。

 怪訝な顔をしたジオは、「これはなんだ」と問いかけてくる。開けるように言うと、ジオは「コンタクトレンズか?」と不思議そうに見ていた。


「似たようなものだけど、ちょっと時代遅れだよ、その見方は」

「アナログな男だって言っただろ。しかし、俺の視力は悪くないぞ」

「視力のためだけに使うっていうのも時代遅れだね。口で説明してもいいけど、長くなるから付けてみて」


 訝しがりながらだが、ジオは両目に装着した。「何も変わらないぞ」と言うジオへ、ネオコムを操作して、ジオの世界を変えてあげた。


「おっ、おおっ! なんだこれ!? 色々見えるようになったぞ!?」

「眼球装着型多機能ホログラム映像装置――だと長いから、『ホロレンズアイ』って名付けてみた」


 ジオがホロレンズアイを通して見てる世界は、今のところ自分や私の脈拍とか体温とか、あと気温や湿度くらいだ。

 当然活動に支障が出ないよう配慮して見えるようになっている。


 これだけでもジオは感嘆の声を上げているが、私は「もっと追加できるよ」と自信満々に胸を張った。


「例えば、マグナムのデータもあるから構えた時の弾道とか、対象物への距離とか。風と湿度の抵抗を計算に入れてシミュレートさせたのが瞬時に出せる」

「や、やってみてくれ!」


 興奮気味なジオへ、私はネオコムを操作すると、今言った情報が映るようにする。

 マグナムを構えるように言うと、ジオはホルスターから手に取って目の前に向けた。


 結果は、ジオが言葉を失っていたに尽きる。しばらく固まったままのジオは、あちこちに銃口を向け始め、次第に笑みがこぼれ始めた。

 私にも向け、「ひっ!」と昨日のことがフラッシュバックした時には、「警告表示」が出たはずだ。

 撃ってはならないものへ向けた時に出るようにしておいたが、ジオは気づいていない様子だ。


「凄い、凄いなこれは! 俺にはそれくらいの言葉しか思いつかない」

「ま、まぁ、私なりにジオへの恩返しと存在証明のつもりだったから」

「ん? 存在証明ってどう意味だ」


 マグナムを収めたジオは問うと、私は昨日付けていたゴーグルを引き合いに出した。


「あれにも似たような機能はついてたでしょ? けど重いし蒸れるし、なによりゼファーが作ったものだって分かったから。私としては、ゼファーより優れているって事の存在証明のつもりなの」


 十六年電子空間で培った技術は、とっくにゼファーを超えている。

 ここにある機材と資材で、ランニング中にホロレンズアイを作れるという事で証明したつもりだった。


 だが、ジオは少し難しい顔をした。


「ゼファーを許せないか」


 ジオは、威圧するつもりも説得するつもりもない、抑揚のない口調で話す。

 私も昨日考えた。今朝の事もある。正直に言えば嫌いだ。

 けど、父親なのは間違いない。人間の命を知るうえで、家族という血のつながりは何よりも大事だろう。


 結果、私が出した答えは、


「……まだ、あんまりわからない」


 先延ばしだった。でも、ジオは態度を変えることなく「なら、ゆっくり考えろ」と笑いかけてくれた。


「……うん」


 せっかく笑ってくれたのに、重い空気になってしまった。しかし、ジオは「とはいえ」と変わらない口調で続けた。


「ゴーグルとマスクは顔を隠すための意味合いもあったが、ホロレンズアイだったか? これがあるなら、一々付けなくてもいいな」

「顔、隠さなくていいの?」

「俺の素顔はフィクナーにバレてるしな」

「え……?」

「本名も知られてる。知らないのは、この街くらいだ」


 ならなぜ、顔を隠して……いや、フィクナーはなぜそれを公開していない……ん?


「ジオはエリュシオンから永遠を破壊する者として指名手配されてる……でも、その素性は知られているのに、なにも明かされていない……あれ?」


 疑問がいくつも沸いてきた。今まで考えたこともなかったが、まず顔も名前も知られているのなら、なぜそれらを隠したまま探すようなことをするのか。


 わざわざ隠すのなら、なにから――いや、誰から隠すのか。

 アンドロイドなら、フィクナーの知るデータを転送すれば指名手配などしなくても自動的に排除対象と認識される。つまりアンドロイド以外に、ジオを敵だと知らせる必要がある。


 だが、どこにもジオの顔や名前のデータはない。永遠を破壊する者の異名しかないのだ。


 何が目的だ? ジオの素顔も本名もフィクナーに知られているのに、明かさないで探しているのはなぜだ?


 私のいくつもの疑問に、ジオは「フィクナーの狙い」と前置きをする。


「まず、フィクナーは本気で俺を殺そうとはしていない」

「その理由は……」


 聞くと、ジオは顔に影を落とした。「俺にもよく分からない」とだけ言い、追及を拒んでいるようだった。


「……じゃあ、なんで顔を隠しているの? もっと言うなら、なにから隠しているの?」

「――人間だ」

「人間? でもこの街を歩いている時は……」


 隠していなかった。それどころか会話だってしていた。

 ジオは溜息交じりに、「俺たちとは真逆の人間」と軽蔑を込めた口調で話した。


「エリュシオンに勝てないと諦め、自分の持つ技術や知識をフィクナーに売った犬共だ」


 そんな人々を、エリュシオンで育てられた私は知らなかった。

 ジオは当然だろうと答える。


「いつかはお前を残して処分する奴らだ。お前を効率的に利用するなら、生き残ってる人間はいないくらいに思わせといたほうが、いざって時に心を折って操りやすい。だから、子飼いの犬共の事は教えなかったんだろ」


 ジオは語る。子飼いの犬はフィクナーからエリュシオンでの生活を保証された人々だと。

 それぞれの技術と知識をエリュシオンに捧げると誓い、大勢の科学者や技術屋がいるらしい。


 ジオが顔を隠しているのは、彼らと、その中にいる武力を買われた人々だ。


「AI――アンドロイドなりドローン相手なら、フィクナーは行動制限を設けるだけで俺を殺さないようにできる。流れてきた俺に関する情報をシャットアウトもできるから、疑問も抱かない」


 事実、フィクナーはそういった自我や行動の制御で、世界中の意思の芽生えたAIを統率している。

 同じようにエリュシオンで人間を従えているのなら、方法を変えているという事だろうか。


 まさにその通りだと、人間の操りにくさを口にした。


「人間は「フィクナーなら俺の顔くらい分かるはずだ」とか、「なぜアンドロイドで始末しないのか」とか、面倒な疑問を抱く。それを解消するために、永遠を破壊する者だとか名付けて、ほとんど情報を明かさず指名手配させた。犬共を納得させるためにな」


 納得と口にしたときのジオは、侮蔑を込めた声をしていた。きっと、自分の生き方を見つける事を諦め、エリュシオンに全てを売った人々を蔑んでいるのだろう。


「最後に、俺を殺したらエリュシオンで豊かな暮らしが出来ると対価を設けた」

「だから、顔を隠していたの?」

「ああ。しかしだ、顔が割れても殺されてやる気はさらさらない」


 自信たっぷりに言ってのけた。それから隠しているのは自分のためではなく、ゼファーやこの街の人々のためだとハッキリ述べた。


「全員は守れないからな。しかしだ、生き方を売った犬は敵とすら見てない。夏の蚊みたいなものだ」


 仮にもエリュシオンに腕を買われた人々を、夏の蚊とは。ジオはとことん自信家だけど、そこにはしっかりした裏付けがある。


「とにかく、監視映像に顔が映ると厄介だからゴーグルだなんだと付けてたが、あくまで騙すのは人間だ。だがフィクナーも人間は操り切れないから、俺に関する情報はかなり遮断してる。そんな鼻の利かない犬から顔を隠すなら、『アレ』で十分だ」


 ジオはどこかワクワクとした顔で、「親睦会ついでだ」と、私についてくるように言った。

 行先はジオの部屋のようで、扉を開けると、私の部屋より若干広い。


「ん? あれって……」


 目についたのは、何かが並んでいる戸棚と……


「薄型テレビと……DVDプレイヤー?」


 両方科学の発展で廃れた物だ。触れようとして、ジオが「待て!」と叫んだ。

 ビクつく私に、ジオはもっと恐怖するように「触るな!」と震えている。


「そいつらは、もうブラックマーケットでも手に入らない代物だ! 俺の宝物で、下手に触って壊れでもしたら……」


 初めて見たジオの恐怖だった。ソロリソロリ離れると、ジオは安堵の溜息を漏らす。


 そのままホッとした様子のジオは、私の前を横切ると、机の中から何かを取り出した。

 自慢気に見せてきたそれは、


「眼鏡ケース?」

「中身は違うがな」


 ジオは鼻歌で「デデンデンデデン」と口ずさみながら開けると、中にはサングラスが入っていた。

 綺麗に磨かれたそれを手に取ると、ジオはホロレンズアイを付けた目にかけてみせる。


「どうだ」


 口角を上げ、自慢げに問う。けど正直なところ、サングラス姿のジオを見るに……


「似合わないね」


 と、つい言ってしまった。途端に、ジオはあんぐりと口を開けて崩れ落ちた。


「そんな……嘘だ……」


 初めて見るジオの落胆だけど、私は「いやでも!」と励ますように続けた。


「そういうのが似合うのって、もっと歳取った人だと思うし、四角い顔とかの方がいいと思うし、えっと、ジオはサングラスなんかなくても、なんて言うか、爽やか寄りなカッコいい大人の男性って感じだし……」


 必死の言葉に、ジオは「俺はサングラスの似合う男になりたかったんだ」と呟いた。


「似合わない……本当に、似合わないのか?」

「えっと……」

「本音で、頼む」

「……似合わない、かな」

「……そうか……そうかぁ……」


 とことん落胆している。肩を落とし、深い溜息を吐いている。

 ホロレンズアイから送られてくるジオの生態データには、人が精神的なショックを受けたときに分泌される脳内物質が著しく検知された。


 しかし、さっきからジオの色々な側面を見てきた。


 恥ずかしがり、照れて、驚き、喜び、自慢し、落胆し――なんだかとても、


「人間臭いね、ジオって」


 つい、私は口にしていた。


「……俺をなんだと思ってたんだ」


 まだ落胆しているジオだけど、私はなんだかおかしくなってきて、笑ってしまいながら、これまでジオに抱いていた印象を告げた。


 マグナム一つでアンドロイドの包囲網を突破する超人で、こんな世界で命の使い方を戦いの中に見出している生き方の極致を見つけた戦士で、他人である私の本音をさらけ出せる人格者。


 全部伝えると、ジオもおかしそうに笑った。


「俺はスーパーマンじゃない。これまでも、これからもな」

「うん、それがわかったのが、私はなんだかうれしい」


 ジオは等身大の人間だ。憧れは変わらないけど、これからは変に気負う事もないだろう。

 戦うことを職業に選んだ人間。その中で色々な考えを見つけただけ。


 きっと人間が栄えていたころは、もっとたくさんの人がジオの居るところまでたどり着いていたのだろう。その手の人たちが、社会的に評価されていたのだろう。


 人が減ったこの地球では珍しいのかもしれない。けど、別に超人でも何でもない。


 それがとても嬉しくて、安心できて、私はジオとの心の距離を勝手に縮めていた。


「そういえば歓迎会って言ってたけど、なにするの?」


 気分よく問いかけると、サングラスをしまったジオは「映画鑑賞」と、戸棚を指さした。


「そこの戸棚に、俺がマグナムとか古い銃を使う参考のために見始めてハマった映画が詰まってる」

「ああそう言えば、重火器の取り扱いとかはフィクナーが削除してたからね」


 専門的な動画類は削除されても、フィクションである映画なら別。あまり効果的に思えなかったけど、ジオの強さは映画のおかげでもあるようだ。


「生憎、お前くらいの年頃の女の子が好きそうなのはないが、この街にはブラックマーケットの支部がある。店主は物好きで金好きな奴でな。あれこれ買う俺のために古いDVDをたくさん用意してる。友達でも出来たら一緒に買いに行ってみろ」


 こんな時代で、同年代の友達になるような子がテンポラルヘルにいるのか。

 残念ながらジオ曰くいないそうだが、生き残ってる諦めの悪い人々の中にはいるそうだ。


 それもそうか。人がいれば、子供が生まれる。そうやって新しく生まれた子供が跡を継ぎ、遺志を継ぐ。

 人間が数千年間生きて来られた理由であり、今も続いている事だ。


「じゃあいつか、私も好きなジャンルとか見つけて誰かを誘うよ。だから今は、ジオのお勧めを教えて」


 ニヤッとジオは笑った。そして戸棚を漁る。


「もちろん俺の趣味はアクション映画だが、その中でも特にお勧めは、超人気俳優の演じる未来から来たロボット、いや、ターミネー……」


 なんて楽しげに語りながら探しているジオをおかしく思っていたら、ふと、ジオの机に一枚の……プラスチックだろうか。長方形の、ピエロが書かれたカードが置かれていた。


 ネオコムで調べると、かつて娯楽に使われたトランプに使う一枚だそうだ。普通は五十二枚で遊ぶトランプで、ルールによっては使うこともある五十三枚目にあたるカード。


「ジョーカー……」


 なぜこれだけが置かれているのか。ゼファーと二人で遊んでいたかして、仕舞い忘れたのだろうか。

 考えていると、ジオがDVDケースを持ってきた。


「『2』って書いてあるけど、1からじゃなくていいの?」

「最低限の説明だけで楽しめるからな。なによりこっちの方がはるかに面白い」


 そう言われ、私はテレビの前に置かれていたソファーに腰掛けて待つ事になる。

 ワクワクしながらDVDを読み込ませているジオを見ていると、五十三番目のジョーカーの事なんていつの間にか忘れてしまっていた。






 ボロボロになったロボットが主人公たちに別れを告げて溶鉱炉へ沈んだ後、人間へと語りかけるモノローグが流れてエンドロールへと移行した。

 確かに私の趣味ではなかった。でも、様々な人間ドラマが含まれていたし、なにより私たちが生きる今を防ごうとする内容に思えて、個人的には楽しめたと思う。


 画面からジオへ顔を向けて感想を言おうとして、少し固まってしまった。


「……えっと、泣いてるの?」


 ツーッと、ジオの頬に涙が伝っている。気づいていかなかったのか、ジオは必死に拭うと、「ラストシーンはいつ見てもクルものがある」と涙声だった。


 色々な感情のジオを見てきたけど、涙はもっとドラマチックな展開の時に見ると思っていただけに拍子抜けだ。

 それだけ、ジオが人間臭いという事なのだが。


「で、どうだった」

「内容のこと?」


 頷くジオへ、私はちょっぴりだけ悪戯を思いついてしまう。


「なんでサングラスに憧れるのか分かったかな」

「……バレたか」

「当たり前だよ。あの俳優さん目指してるなら、もっと鍛えないとね」

「そいつは、かなりの無茶ぶりだな」


 二人して笑っていると、エンドロールが終わった。真っ暗になったテレビをジオが消すと、静寂が流れる。


 ジオは、これを親睦会と言った。重大な事を話すために、仲を深めて損はないと。

 けど、私はとっくにジオとの心の距離を詰めていた。だから私から問いかける。何を話したかったのか。


 ジオは意外そうな顔をすると、私の顔を見て大丈夫だと悟ったのか、「ゼファーのことだ」と切り出した。


「最初に言っておくが、ゼファーを父親として見ろとか、無理に関係をこうしろと押し付ける気はない」

「押し付けられても、たぶん嫌だって断るよ」

「昨日言ってたように、地獄に落とした張本人だからか」

「それだけじゃない。もっと父親としてやるべき事も、言うべき事もあるはずなのに何もしないのが嫌なんだよ。この親睦会だって、一緒に観たらよかったのに」

「……アイツは頭はいいが、人付き合いが絶望的に苦手だ。その上、心もたいして強くない。やっと会えた娘に昨日あれだけ言われて、すぐに顔を合わせる勇気はないだろうし、不可能だ」


 不可能という言葉に違和感を覚えたけど、私は残念な気分になってしまう。

 頭がいいだけで、他はまるでダメな人が父親だなんて、きっと誰だって嫌だろう。

 盗撮まがいなこともされたので、更に嫌だ。


「あーあ、ジオが父親だったらよかったのに」

「なんだって?」

「人間臭い事は知ったけど、それでもすごい人だっていう見方は変わらないからね。実の父親だったら、色んなこと教えてくれそうだし」

「父親じゃなくても、ゼファーの代わりにあれこれ教えるつもりだが……これも先に伝えておくか」


 頭をポリポリと掻いてから、ジオは「俺に親はいない」と話した。


「えっ……」

「正確にはいただろうが、物心ついた時に寄り添ってくれる親はいなかった」


 意外だった。てっきりジオは、戦い方も生き方も親から受け継いだものだと思っていたのだから。


「親代わりもいなかったようなものでな。悪いが俺は親の在り方とか、家族の在り方を知らない。だから俺に父親役を求められても応えられないし、ゼファーとの接し方を相談されても的確な助言はできない」

「つまりは自分で考えろ、だよね。うん、ゼファーの事はもともと自分で考えて納得のいく形で向き合うつもりだったから気にしなくていいよ」


 ジオは納得という言葉を自分の前で軽々しく使うなと強調していたが、今の私に異論はないようだ。

 むしろ、どこか嬉しそうにしている。


 しかし、すぐに「話を戻すが」と、真剣な面持ちになった。


「家族の事は分からない。だがゼファーとは長年タッグを組み、エリュシオンの破壊とお前の奪還を企ててきた仲だ。そんなゼファーがどんな思いをして、どんな事をしてきたのか。お前に伝えておきたい」

「私なりの、納得のため?」

「お前たちの関係性がどう転ぶにせよ、俺の戦いに深く関係するだろうからな。勝手で悪いが、聞いてくれるか?」

「……うん、話して」


 十六年間放りっぱなしだったゼファーを父親として見る。簡単にはいかないだろうけど、これは大切な事だし、ゼファー本人が語らない以上、ジオに聞くしかない。


 少し考える素振りを見せたジオは、「昨日も聞いたと思うが」と話し出す。


「ゼファーは自らにエターナリウムを注入した。この意味が分かるか?」

「私と同じなら、電子の世界に自我から何まで全て移すことができる。その中で老いることなく永遠に生きることができる。合ってるかな」

「残念ながら、四割ほどしか正解じゃない」


 半分でもなく、四割。なぜか聞くと、ジオは深いため息を漏らした。


「お前も知っての通り、エターナリウムは先天的に持っていないと正常に作用しない。そしてまだ長い時間をかけて研究しなくちゃならない未知の物質だった」


 そんな物質を、私のお母さんの受精卵に投与した。マッドサイエンティストという、昨日叫んだ言葉が思い出される。


 眉間にしわを寄せる私へ、ジオは落ち着かせると、「危険性はアイツ自身が一番よく知っていた」と語る。


「だったら、もっと実験すればよかったんじゃないの。モルモットとか、猿とか、そういうのに使えばよかったのに」

「エターナリウムはごく少量しか作り出せなかったそうだ。聞いたところによると、それも奇跡の産物だそうだ。アイツ曰く、その奇跡を娘に託した。ハッキリそう言ってたな」

「綺麗な言葉を使っておけば分かってくれるっていう、ゼファーの傲慢だよ」

「かもしれない。だが、母親であるアリアも同意しての事だった。なぜかは知らないがな」


 ゼファーも、なぜエターナリウムを自らのお腹の子供に投与することを許したのか知らないそうだ。

 母さんことアリアは死んでしまったので、知りようもない。


「で、何が言いたいの?」

「……単刀直入に言うなら、エターナリウムを宿したゼファーの体は不安定という事だ」


 「不安定?」と聞き返せば、思いもよらぬ言葉が返ってきた。


「お前と違って永遠を生きられない。それと、アイツはお前のように体へ長い時間戻る事ができない。アンドロイドに移ることも危険だと分析していた。もし肉体に自我を移したら急速に体は死へと向かうそうだ。後天的にエターナリウムを投与された体と脳が蝕まれているからだと聞いた」

「ちょ、ちょっと待って! 急速に死に向かうって、どういうことなの……?」

「永遠を電子の世界で生きられるエターナリウムを、もう生まれ落ちてずいぶん経つ体に投与してまで得ようとした罰。ゼファーはそう、数年間電子空間の中で続けたシミュレーションで結論付けた」


 具体的には元の体に自我を戻すと、体中の細胞が変異し、生命活動を停止させようとするそうだ。

 原因不明で、対処法もない。罰と言ったのは、ここまで科学技術が進歩しても何一つ分からないのは、神の怒りとしか思えないからだと聞く。


 更に私と違ってゼファーは電子空間内でも老いる。いつか電子空間で老衰を迎えると言っているらしいが、果たしてそれはどんな事になるのか。

 ゼファーは恐怖に何年も囚われていたそうだ。


 まさに、限りあるが果てしなく価値のある命を持って生まれた人間が、永遠なんて見果てぬ欲望を求めたが故の罰。

 言葉を失う私に、ジオは「それでも立ち上がった」と、強く発した。


「確かにアイツは弱い。お前を助けようとせず、何年も電子空間内で引きこもっていた。自らに課せられた罰に怯え続けた。それでもお前を助けるために立ち上がり、タイムレスを名乗って活動を始め、テンポラルヘルを造った。世界中からエリュシオンへ抵抗する奴らを集め、反攻を開始した」

「その時、ジオも集められたの?」

「いや、俺は少しばかり事情が違う」


 ジオは「各地を放浪していた」と呟く。


「雑多な武器だけを手に、アンドロイド相手に戦い続ける毎日を送っていた。戦う技術と知識はあったからな。どんな機械でもロープとナイフだけで倒すなんて日常茶飯事だった」


 そんな時、ゼファーがジオを見つけたらしい。テンポラルヘルへ招き入れ、驚異の戦闘技術からエリュシオンの破壊と私の奪還を頼み込んだ。


 ジオはそこで何を思ったのか語らなかったけど、承諾し数年が経って、願いは叶った。


 思えば、タイムレスがエリュシオンで指名手配犯として名を上げたのも、永遠を破壊する者が活動を開始した時期と一致する。


「ゼファーとここにいる連中だけじゃお前の奪還は無理だったんだ。俺が加わって、何年か行動を共にしてようやく叶った事なんだ。だからとは言わないが、時間がかかったことだけは大目に見てやってほしい」


 想像もしない絶望の日々と、立ち上がりテンポラルヘルを設立するまでの時間とお金の確保。エリュシオンに対抗できる勢力との接触を電子空間から行い、信用を得てここへ移って来てもらう期間。

 それでも無理で、それでも諦めず、そうして見つけたジオという突起戦力との出会いと連携が取れるまでの数年。


「十六年で、全部やったんだ……」

「お前のためにな」

「私の、ため……」

「俺は確かに家族の事なんか知らないが、分かる事はある。血の繋がりっていうのは、どんな動物でも大事にする尊いものだ。意思のある人間なら尚更な」

「でも、だからって許すのは……」


 まだ出来ない。助けようとしてくれたことは分かった。私と同じかそれ以上の地獄に落ちたことも知った。

 だけど私も、私なりに苦しんできた。たった一人でフィクナーに苦しめ続けられてきた。


 キッカケを作ったゼファーを、本心で助けようとしていたとしても、そう簡単に許すなど……。


 出来ないし、なんだか人が人を許すなど、おこがましい気もする。

 ましてや、自分の親を……。


「あっ……」 


 ああ、そうだ。私も一つ、迷うことで気づく事ができた。


「私はゼファーのことを、親だって……思うことができてた」


 今朝の嫌悪感だってそう。自分の親じゃなかったら、本当にあれは盗撮だ。

 嫌悪感とか生理的に無理とかじゃなく、これから一緒にいるのは不可能だと思っていただろう。真っ先にジオへ相談していただろう。


 そうしなかったのは、嫌う心の中でも、ほんの少しは親だと思っていたからなんだと気づけた。

 いや、分かっていたのだ。認めたくない心を、ジオの言葉が解してくれたのだ。


 固まっていた十六年間が、ほんの少し解けた。

 胸に手を当ててホッとする私に、ジオはただ微笑みを浮かべている。


 しばらくそのままでいたら、「じゃあ」と、ジオが口にする。


「その親がお前のために造ったこの街と、かき集めた連中を見に行くか」


 私としても、いつ行くのかと待ちわびていた事だ。

 その理由が一つ増えて、コクリと頷く。


「うん、行こう」


 私の目と耳で、ゼファーの意思を感じ取るために。

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