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戦い続ける人生の始まり/戦士の死

 ――まだ人が機械を制御していたころ。


「死にたくなければ殺しなさい」


 今まで十年間、見たことのない女性が沢山の子供たちの前に立っていた。白衣姿に眼鏡をかけた女性は子供たちに銃を渡して、戦いを強要する。


 一人の少年は、無骨で重たい銃を手にすると、周りの子供たちに向けるのではなく、自分の頭に突き付けた。


 この命に生きる意味なんてないと思ったから。死ねば苦しいことも辛いこともない世界に行けると思ったから。


 少年は誰も殺すことなく、自ら死を選ぼうとした。


 ――それでいいの? No.53


 No.53。それは少年が生まれてから呼ばれてきた名前。

 その名を呼ぶ誰かの声が少年にだけ聞こえた。虚ろな目で声のする方を見ると、高い天井にホログラムが映し出されている。

 人の形をしたそれは、少年にだけ見えているようだった。


 ――君なら生きられるよ。ボクが保証する。なにせ君は、この中で一番優秀なんだから。


 知ってる。他より自分が優れていることは、少年自身が誰よりもよく知っていた。

 しかし歳不相応な価値観が、この残酷な世界での生を否定した。


 声なんて知らない。聞こえていない。少年は頭を振り払うと、トリガーに指をかける。


 ――死なれたくないなぁ……君には生きててほしいなぁ……じゃあ、ちょっとだけズルするね。


 頭に衝撃が走ると、死のうと思っていた少年の心に、生きたいという願望が突然湧き出た。瞬間、頭に突き付けていた銃を周りの子供たちに向ける。


「生きなきゃ……!」


 ふと沸いた感情から、少年は生き残った。戦いの人生が、この瞬間に幕を開けた。








 飛行機は遠隔操縦で陸地に着陸すると、ジオはすぐに私を連れて外に出た。

 広がる光景は、荒れ果てた大地だ。


「戦場跡……」


 データ上で見たことはあるが、こうして目の当たりにいると、頬を撫でる砂塵の混じる風と遮る物のない太陽の光に、「ここに私はいる」と実感させられる。


 かつてここにいた人たちも、そう思っていたのだろう。生の実感を得ながら、フィクナーが送り込むアンドロイドたちとの戦いに身を投じていたのだろう。


 しかしながら負けて、この荒れた大地で眠りについた。


 地は穿たれ、多くの軍服姿の人々がそこで死んだまま放置されていた。かつて人間の世界のために戦った戦士たちの命の抜け殻は、それを奪った兵器の生み出した穴に無残にも打ち捨てられているのだ。


 その間を、エリュシオンの戦車の轍が深く刻まれている。


 ありったけの爆薬と最新鋭の重火器で蹂躙された人々は、チラホラと見える倒壊した建物へ逃げ込み、そこを墓標としたのだろうか。


 ジオが歩き出したので黙ってついて行くと、倒壊を免れた廃墟があった。中をのぞくと、壁に背を預けた穴だらけの防弾チョッキを着た遺体があった。壁には砂塵にもみ消されつつある大量の血痕がかすれていた。


 ジオは「見るな」と言ったけど、私は目に焼き付ける。願いのために、「人が死ぬ」という事の結果をこの目で見て知らねばならないからだ。

 

 私の「生きるか死ぬか」という究極の二択に明確な答えを出すため、戦士の死と向き合う。


 自分勝手に死の尊厳を利用させてもらって悪いけど、私は私のために、人が命をどう使ったのか知りたい。


 勝ち目のない戦いに身を投じたのはなぜか。まともな武器もないのに諦めなかったのはなぜか。どうしてそうまでして、生きる世界のために命を懸けたのか。


 つまるところ、人はなぜ生きたいのか。二つに分かれている私の願い。その答えを手にするため、人が生きることの意味を知らなくてはならないのだ。

 知れなければ、答えは先延ばしになり続ける。時間をかければかけるほど、フィクナーに奪い返されるかもしれない。


「……社会見学のつもりのようだが、そろそろ行くぞ」


 ジオもまた多くの遺体を見てから、同じ戦士として思うところがあったのか、トーンを落として私に声をかける。


「行くって、どこに?」


 見渡す限りの戦場跡には、ジオの言っていたような安全な場所は見当たらない。むしろ、今この瞬間が危険でもあるのだ。


 衛星写真や、巡回型ドローンに私たちが見つかったら、一秒と経たずにエリュシオンに位置データが送られ、フィクナーはアンドロイドの軍隊を送ってくるだろう。

 今まで、そのエリュシオンと戦い続けてきたジオなら分からないはずがない。


 心配そうに空を見上げた私に、ジオは安心するよう笑いかけてくれた。


「ここらは確実に安全だ。お前を匿うにあたって、更に安全な場所まで案内するがな」


 ジオは言うと、廃墟の横に止めてあったボロボロの車に乗り込んだ。

 助手席に乗るよう促されたので座ると、ジオはエンジンをかけながら一つ一つ話し出した。


「まず、移動には遠隔操作されない旧式のガソリン車を使う。こう見えて、電子ステルスコーティングと赤外線含むあらゆる監視映像から逃れる塗装がされてるから、最新の衛星だとかドローンには見つからない」


 アクセルを踏み込み走り出すと、ジオは続けた。


「ここら一帯もジャミングフィールドが貼られている。仮にスキャンされても、エリュシオンの使う最新鋭の装置には、誰もいない戦場跡のダミー映像が映る仕組みになってる……らしい」

「らしいって、詳しく知らないの?」


 聞くと、ジオは溜息交じりに答えた。


「気づいてると思うが、俺には後方支援がいてな。電子戦なら百戦錬磨の奴で、ここら一帯を造ったのはそいつだ。俺はそれを利用しているだけの現場担当だからな。勉強はしてるが、所詮マグナムに頼るようなアナログな男だ。とてもじゃないが今のハイテク技術は理解しきれない」

「ふぅん……でもその人凄いね。フィクナーを欺いてるんだから」


 と、フィクナーの名を出してしまい、しまったと口を閉じる。

 ジオはニオ・フィクナーと同じ姓だった。しかしネオコムのスキャン機能でジオを調べたけど、体も脳も人間の物だった。マイクロチップの一つもない。

 一方ニオはAIだ。アンドロイドの体にデータを移さなくては現実世界を歩くこともできない。


 そして現在、アンドロイドに生殖機能はない。今後数百年経っても発明されないだろう見通しだ。


 なら、フィクナーと戦っているジオはなぜ、同じ姓を名乗るのか。

 きっと、とても深い意味がある。出会ったばかりの私が軽々しく口にしていいとは思えなかった。


 恐る恐るジオを見る。けど、変わった様子はない。


「どうした」

「えっ、その……フィクナーの名前を出しちゃったから」

「なんだそんなことか。別に、変に気負うな。奴との関係は、俺の中で納得のいく形で落ち着いているからな。今更どうこう言われても気にしない」


 偶然同じ姓だとか、そういう可能性は今の言葉でなくなった。

 ジオはジオなりに、エリュシオンという巨大組織を支配するニオ・フィクナーと明確な関係があり、彼なりに納得のいく形で戦っているのだ。


 きっと想像もつかない繋がりがある。それがジオの戦う理由。そして生きる理由なのだろう。


「……真似できないな」


 呟いたのは、私にはフィクナーと繋がる何かを持ちながら戦う勇気なんかない弱音だ。戦い、その上生きるなんて、私にはできない。


 少しずつ、私の願いが固まってきた。この車の行き付く先が安全な場所だというのなら、そこを見て、後方支援の人と話して、もっと固めよう。


 その人もまた、エリュシオンと戦う人なのだから。限られた命なのに、戦いなどという危険な事になぜ使えるのか。


 フィクナーの下で、二度成功したら偶然ではないと学んだ。ならば同じ境遇の二人から生を戦いに使う意味を聞ければ、命に対する価値観も固まるだろう。


 私の想いを乗せた車はしばらく、ジャミングフィールドに包まれた戦場跡を走っていった。

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