突入
すでにエリュシオンは目と鼻の先だ。私は電子の世界に自我を移し、生身の体はトラック内に用意されたクッション材で囲まれている。
いつだったかのランニング帰りのデータから作った対衝撃ボディスーツに身を包むジオは、アイリスと共に備えている。
「カタパルト降下! ゲートロック解除!」
バックドアを起動させ、トラックを全速で突っ込ませる。ガタガタと音を立て、一瞬宙を舞ったトラックは、エリュシオンの楽園区画へ突っ込んだ。
電子空間にはいくつものモニターが展開し、トラックの周囲を映し出している。途端に正面と側面のモニターに映るアンドロイドたちが警戒モードへ移行された。私はすぐ火力支援型のAIに、積まれている武装を容赦なく使用するよう命令を出す。
全方位に設置された機関銃がアンドロイドたちの接近を許さない中、別のAIに正面の障壁に向けて、ロケット砲と対戦車ミサイルランチャーを交互に放つようにも支持を出す。
ここまで来たら、火力に任せて突っ込むだけなのだ。策を弄しても、持久戦になればこちらが負けるのは必須なのだから。
「自走式対空砲は監視塔に少しでもダメージを与えて!」
了解。火力支援AIが音声を発すると、白くそびえ立つ監視塔へおぞましいほどの爆音を立てて対空砲弾が放たれた。時に航空機すら落とす砲弾は、弾道上にあるドローンを粉砕しながら監視塔へ炸裂する。
続けてロケット砲と対戦車ミサイルランチャーが障壁の全てを破壊すると、照準を監視塔の真横へと向けさせた。
「突入口の破壊範囲はこのトラックが収まる程度に抑えて!」
了解。また音声がすると、巨大要塞であるエリュシオンの心臓部に穴が開く。そこにトラックが走っていき、走行用AIが車体をスピンさせて後部だけが突っ込んだ。
「今だよ!」
後部の扉を開けると、耳鳴りのする様子のジオがフル武装のアイリスを連れて突入していく。
私は火力支援AIへ、とにかく近づく相手を排除するよう指示を出し、すぐにホロレンズアイの映像が映るモニターと向き合う。
監視塔内部の状況は、自走式対空砲による衝撃からか混沌を極めていた。最深部へと続くルートを守るはずのアンドロイドたちは、破壊された箇所の状況確認と侵入者である私たちへの対処で手一杯だ。
私は混沌する事態に悪戦苦闘するアンドロイドたちへ追撃として、可能な限りの個体をマーカーすると、ハッキングをかける。
二人の進む道の邪魔にならないよう、片っ端から持ち場をバラけさせているのだ。
それでも、二人の道を阻むアンドロイドは数えきれない。まだ人としての肉付けがされていない、骨格だけのアンドロイドたちさえ、持ちうる銃器で二人を狙う。
すぐに銃口を向けるタイミングやリロード時間を分析し、それら全てをホロレンズアイに反映する。
これでアンドロイドの正確な位置から個体別のリロードタイミング、弾道まで、今のジオは壁などの遮蔽物からでも見えている。
ジオなら、これだけの情報を得られればいくらでも対処できる。即座に隙を見つけたのか、アンドロイドたちがリロードへ移った一瞬の隙をつき、アイリスから受け取った無反動砲で集団ごと吹き飛ばした。
一度道が開かれれば、あとは曲がり角や階段を下りてくるアンドロイドたちを壁越しに表示させ、出てくるタイミングを狙いアサルトライフルで正確に撃ち抜いていけばいい。
今までマグナムとロープやナイフだけで戦い続けてきたジオが、私の援護とアイリスから受け取る強力な銃器を使いこなし、自らの納得を阻む最後の敵と奮闘している。
余計な言葉もなく、ただ眼前に迫る敵を破壊していくジオなら、このまま最深部に到達するのも時間の問題だ。アイリスも健在なため、この奥でどんなアンドロイドが待ち構えていようと戦える。
惜しむことなく使える重火器で押し進むだけ。監視塔はあまり広くないので、排除しつつ進めば、もう数分とかからず最深部まで到達できる。十分な武装も残っているだろう。
だがすぐに、フィクナーがこの程度で道を開けるはずがないと痛感する羽目になった。
私の目を掻い潜って、多数のアンドロイドらしき個体が二人の元へ向かっているのだ。すぐに何が迫っているのか調べようとして、
「ハッキングできない……?」
およそ二足歩行のアンドロイドとは思えない高スピードで通路を曲がりくねりながら迫る謎の相手がホロレンズアイに映ると、ジオは怪訝な声を出す。
「おいセラフィ、あれはなんだ」
「今調べてるけど……」
ホロレンズアイから見えるのは、まだAIチップも積まれていないどころか、ろくな骨格も形成されていない無骨な――おそらく、製造途中のアンドロイドだ。
手足が欠けているどころか錆びていたり、両目のパーツがチカチカ点灯している体を、丸出しの歯車やレバーでなんとか形作っている。アンティークなキメラ――アンドロイドの出来損ないの個体群は、最深部まで続く通路に集結してきた。
連中は背中に取り付けられたジェットパックによって浮遊し、次々と二人に突撃してきた。
「チッ!」
私の分析を待つ暇もなく、ジオはアサルトライフルで突撃してきた個体を撃ち抜く。すると、鉄の塊は激しい爆炎を引き起こして粉々に吹き飛んだ。
巻き込まれたら間違いなく死ぬ。息を飲むジオへ、私も困惑しながら分析で判明した事を伝えた。
「アイツ等は、まだ製造途中のアンドロイドだよ!」
「じゃあ今の爆発はなんだ!」
「骨格の中に、搭載できるだけの爆薬を積んでるみたい。ジェットパックで突っ込んでくるあたり、言わば特攻隊みたいな捨て駒だよ!」
そんなこと! アイリスが声を荒げた。同じアンドロイドとして、更に同じエリュシオンで造られた個体として、思うところは多々あるのだろう。
しかし今は、最深部まで迫った状況で、壁であり突撃してくる爆弾でもある出来損ないたちに同情している暇はない。
「セラフィ、奴らをハッキングして無力化できるか」
「ごめん、無理みたい。アイツ等にはハッキングできるデータベース自体がなくて……ただ二人を倒すっていう目的のために射出されたミサイルみたいなものだから」
AIチップによって行動を決定しているならまだしも、そういった指揮系統がないのでは、私からアクセスする手段はない。どうしたらいいのかまごついている間にも、出来損ないたちは突っ込んでくる。
ジオはなんとか骨格の間に弾丸を打ち込んで爆薬へと引火させ迎撃しているけど、あの数が相手では余裕のあった武装も尽きてしまう。
せめて私にできることがあるとしたら……!
「少し相手をしてて! 速度と爆破範囲を分析するから!」
さっきからやってるだろ。ジオは愚痴りながらもアサルトライフルとマシンガンで近づかせまいと弾幕を形成している。
せめて私が正確な速度と爆破範囲を出せれば、一網打尽にできるはずだ。電子空間内で出来損ないたちについて調べていると、ジオの驚く声がした。
「伏せろ!」
爆炎の中から、連鎖的に爆発することなく二人の元へ飛んできた個体があった。ジオが撃ち漏らすはずもないのでログデータから調べると、爆薬を守る骨格が強化されていた。
エリュシオンはアンドロイドの楽園だ。ここで作られたアンドロイドが世界中に送られて人間の相手をしている。
つまり、アンドロイドの製造工場が巨大移動要塞のどこかにあるのだ。フィクナーはジオの対応を見て、製造工場をフル回転し、手持ちの武器では爆薬に引火できない防備を施した。
私の推論は、おそらく当たっているだろう。
だとするなら、分析など意味をなさない。私が狙いどころを教えても、フィクナーは別の場所に防備を固めてくる。いつしか破壊が不可能となり、弾も切れたら本当にお終いだ。
なら、私にできることを改めて考える。浮かぶのは、供給源を絶つ事だけだ。
幸い、最深部への扉は通路を進めばたどり着く。この爆発の嵐さえ乗り切れば、フィクナーと中央コンピューターへたどり着けるのだ。
どこで製造しているのか。シャッターの一つでも閉じられないか。十六年の集大成を見せるときが来た。表示されるエリュシオン全ての内部マップに目を走らせ、監視塔地下にある製造工場を発見する。
すぐさま出来損ないの製造を止め、これ以上の増援を防いだ。
だがそんな私の努力も、暴力的な爆炎にかき消された。
まずいぞ。ジオの言葉から、撃ち漏らしたのではなく、骨格を撃ち抜けなかった個体が二人の元へ突撃していく。
逃げるように叫ぶ私にはどうしようもなく、二人は爆炎に包まれた。途端にホロレンズアイからジオの体に異常値を示す警報が鳴り響く。
爆風によって吹き飛ばされ、壁に打ち付けられた際の火傷と骨への衝撃。爆発した出来損ないの破片がいくつも突き刺さり、爆風によって引き起こされた急激な圧力の変化は、体内の組織や臓器に傷害を引き起こしている。
だが、ジオは生きていた。いくら耐衝撃スーツを着ていても、あれだけの爆発に耐えられるわけがない。
奇跡でも起こったのだろうか。そうとしか思えない私は、煙が晴れていった視界でジオを守るように両手を広げているアイリスを目にする。
「あは、ははは……なんとか、なっちゃいましたね……」
「アイリス……お前……」
「先生にはまだ、教えてほしい事が沢山ありますから……この程度……!」
タングステンで加工されたボディは、あれくらいの爆発なら問題ない。それを踏まえて守ったようだが、ジオが動けないので次々と出来損ないは突っ込んでくる。爆発をその身に受け続けているアイリスは、次第に限界を迎えつつある。ありったけ持ってきた武器にも引火し、アイリスを中心として爆風の嵐が巻き起こっている。
「アイリス!!」
私の叫びが響き、爆風が止むと、アイリスは倒れていた。呻き声を上げながら、どうにか立ち上がろうと体に力を込めている。
しかし、タングステンはタイラントのように分厚く表面を覆っているわけではない。いくらなんでも限界だった。
しかし、アイリスのおかげで出来損ないは数えるほどしか残っていない。すぐに突っ込んでくるが、風穴が空いて爆散した。
「はぁー……はぁー……厄介な相手だ」
体中がアラートを告げているというのに、ジオがマグナムで撃ち抜いたのだ。残っていた出来損ないを片付けると、這う這うの体でアイリスへと近寄る。
「おい……無事か?」
他人の心配をしている場合ではないだろうに、ジオは倒れたアイリスへ手を貸す。なんとか立ち上がらせたが、アイリスはすぐに壁へ背を預けた。
「あはは、ははは……ごめんなさい、さっきの爆発で武器が全部壊れちゃいました」
「……そうか」
ジオの声は、数少ない希望を潰され落胆したものだった。しかしすぐに、アイリス自体は大丈夫なのかと問いかける。
なんとか笑って見せた彼女は、頭をコンコンと叩いた。
「体中の色んな機能がメチャクチャになったので、頭の中で修復プログラムを起動して直します……フィクナーさんとの戦いに、間に合いそうにはありませんけど」
もう最深部への扉を邪魔するものはなにもない。同じく、この先で待ち構えるイレギュラーに対抗するための銃器もない。戦うはずだったアイリスも動けない。ジオだって、よく意識を保っていると思えるほどだ。
だとしても、ジオはマグナムに六発詰めると、立ち上がってフィクナーの待つ最深部への扉を睨みつけた。
「ここから先は任せろ。奴との因縁に決着をつけてくる」
戦う気だ。アイリスもそれを悟ってか、「歪んだ創造主をお願いします」と言い残し、システムを落として修復モードへと移行した。
残されたのは、マグナムとジオの体一つだけ。私も当然アシストするけど、最深部に何が待ち構えているのかまではわからない。
不安に駆られる私へ、ジオは「これが最後のチャンスになる」。そう言った。
「フィクナーと俺との決着と納得。エリュシオンの破壊。ゼファーの願い――一俺一人でやってもいい。敗色濃厚なのは、俺自身よりもお前の方がわかっているだろ」
ジオの体は普通の人間ならとっくに限界を迎えている。武器もマグナム一つだけ。一方フィクナーは何を隠しているのか分からない。
ジオは最後に、私へ選択権をくれたのだ。「ここから先は負ける可能性が高いから俺一人でやる。だからお前は逃げてもいい」。暗にそう告げているのだ。
だけど、ここまで来て引き下がれるものか。武装もジオの体もメチャクチャなら、誰がフィクナーと電子戦で戦うというのか。
「お父さんの成すべきはずだった事を、ここでやる。私に言えるのはそれだけだよ」
「そうか……なら、行くぞ」
通路を進み、最深部へのロックを解除して、ジオはフィクナーの元へ急いだ。