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受け継いだ意思

 元が博物館だったこともあり、屋敷の裏庭はちょっとした広場になっている。しかしながら、昔は青々とした広場だったのだろうけど、今では荒れ果て、倒壊した建造物ばかりだ。


 ふとその一角に、赤い花が咲き誇っている事に気づいた。裏庭に来たことはなかったので、見るのは初めてだ。

 ネオコムで調べると、花の名前はサルビアという。


「綺麗な花……」


 そういえば、ここに来てから花なんか見るのは初めてだ。

 戦場跡から続く荒れた大地と元スラム、テンポラルヘルに抱いていた印象はそれくらいだった。住む人も暗い感情を持っていて、こんな瑞々しい花が咲いているとは思えなかった。


「……サルビアの花言葉を知っているかい?」

「えっ?」


 静かな声がして振り返ると、眼鏡姿に白衣を着た男性が立っていた。誰だろう。困った様子の私に、風に揺らぐ若白髪の顔が不器用に笑い、「分からないかな」と、この人も困った様子だ。


「僕だよ」

「いきなり僕って言われても……」

「だ、だから、その……僕が、君の……」


 その時、一陣の風が吹いた。風に乗って聞こえた言葉に、私は驚きで言葉を失ってしまう。

 なんて言えばいいのか。なぜここにいるのか。静寂が流れると、この人は何かを口にしようとして、苦しそうに胸を押さえた。


「ゼファー!」


 膝をついて肩で息をするこの人――ゼファーに駆け寄る。その顔は真っ白に染まっており、額に汗が滲んでいる。


「どうして生の体に入ってるの!? そのままじゃ死んじゃうんでしょ!?」


 ゼファーの中にある不安定なエターナリウムは、自我を自らの体に戻せば死へと誘う。解明できず、学者であるゼファーですら「罰」としか定義出来なかったことだ。


 なのに、なぜ……


 私の戸惑いを察してか、ゼファーは自嘲気味に笑った。


「僕の事を、心配してくれるのかい」

「決まってるじゃない! だってゼファーは……」


 その先を口にしようとして、私は思いとどまってしまう。父であると同時に、私を地獄に閉じ込めた一人。しかし、テンポラルヘルで過ごした数日により、ゼファーの事を一概に何者だと口にできなくなっていた。


 もはや、ゼファーへの混沌とした感情は一言では言い表せないのだ。


 私は迷う。ゼファーのせいでエリュシオンに囚われ、永遠の地獄に閉じ込められるところだった。

 一方で彼のおかげで救われた。そしてこの街で彼の意思を感じ、父親として認めようとしていた。


 だけれども、私は父という概念を本当の意味で知らない。エリュシオンで過ごした日々は、私に父親の存在など必要としなかったからだ。

 あくまでデータとして、人間が家族関係を築く上で父親としての役割を知っていただけで、直に触れあっての事など、想像もつかなかった。


 ジオはそのために、私に考える時間をくれた。きっとそれも含めて本音を引き出し、守ってくれていた。

 全ては時間だ。十六年という地獄の日々を清算し、ゼファーと向き合うための時間が必要だった。

 ゼファーも再会した日にあれだけ言われ、私との間にある溝は分かっているはずだ。それを押してまで、こうして会いに来たということは……


「アンタまさか……さっきの戦いで……」


 アイリスを救うため、ゼファーはタイラントの内部に侵入した。アンドロイドの内部に入ることで不安定なエターナリウムに、なんらかの変異を与えられていたら……


 その結果として、こうして会いに来たのだとしたら、ゼファーの体は……


「……セラフィの考えている通りだよ」


 もう立っている事もできないのか、その場に息を切らせて座り込んでしまった。私は支えるように寄り添う。もはや死を待つのみといった様子でも、ゼファーは必死に言葉を紡ぐ。


「もう電子上だと、自我データが崩壊を始めていてね……」

「ッ……すぐに戻って! 私がエターナリウムを分析するから!」

「もう、遅いさ」

「遅くない! 少なくとも、生身の体でいるよりかは時間がある!」

「いや、ないんだ……とっくに計算したよ。電子の世界にいると、僕の自我と記憶は三十分と経たず崩壊する。僕という命は残っても、そこに僕はいない……早い話が、記憶データもパーソナリティーデータも削除されたAIと同じになるんだ――その意味は分かるよね?」

「なにも、残らない……」


 アイリスには記憶データはなくても、パーソナリティーデータがあったから自我が構築されており、記憶と呼べるものがあった。

 その二つを電子上で欠けば、ゼファーという個人を形成する物はなくなり、自我のなかった大昔のコンピューターのように、意思もなく存在するだろう。その状態で知識や自我をインストールしていけば、元のゼファーと同じような存在は形作れる。


 だが、人間として生きているとは言えない。自我も知識も、記憶さえも後天的に与えられては、そこに人間である証拠はない。

 ただ消滅するまでの日々を演算装置として稼働するだけだ。人としての暖かみも、思いやりも、何もない。人間ともAIとも呼べぬ存在になってしまう。


 ゼファーの恐れた電子世界での老衰以上に恐ろしい事だ。


 永遠を求め研究したエターナリウムによって、ゼファーは今、死を迎えようとしているのだ。

 なんという皮肉だろう。本来の逃げ場である電子の世界ですらも人間として残ることができず、生身の体は死へと向かう。


 もはやどうやっても逃れられないと私が理解するのに、時間はかからなかった。

 ゼファーの息苦しい吐息だけがしばらく聞こえると、私は喉を絞るようにして尋ねた。


「……なんで、なの? こうなるかもしれないって分かってたはずでしょ? どうしてあの時、アイリスを助けたの?」


 呼吸も苦しそうなゼファーは、それでも笑みを見せると首を振った。アイリスのためじゃないと否定をしながら。


「セラフィが友達を助けてって言ったから、僕はやったんだ……この十六年と、変わらないさ……僕は……ただ……セラフィのために……!」


 真っ白だった顔は、もはや死人のそれへと変わりつつある。ぬくもりが失われていくゼファーの体に、私は何もできない。


 しかし、死を待つのみの冷たい体――その頬を、一筋の涙が伝った。


「最後に聞きたいんだ……僕は、少しは……父親として……役目を果たせたかな……」

「私、は……」

「いいん……だよ……? 本音を言ってくれ……。僕はそれで、納得……するからさ……」


 納得。きっとゼファーも私を助ける術がない時にジオと出会い、その生き方から学んだ価値観だ。私もジオからそれを受け継いだ。言葉の重みは、私だって重々承知だ。


 そして今、自らの父親が死の間際に納得を求めている。私の言葉一つで、この人は安らかに納得して逝けるか後悔して死ぬかが決まる。


 もっと時間が欲しい。ジオと話し合いたい。一人で考えたい。

 けど、その時は目前に迫っている。私は、死に逝く人に何を遺せるだろうか。私に地獄と、生きている今と未来をくれた人に、何を出来るか。


 人間としてなら、泣くか微笑むかして、何も気にする事はないんだよと告げればいい。どんなに恨みがあっても、ゼファーは父親だ。最後に優しい嘘をついて、安らかに逝ってもらうべきだろう。

 それが最適核。人間としても、娘としても満点の答え。だから笑おうとして、


「……違うかな」


 止める。ゼファーの求める答えは、人間としての満点ではない。普通の親子としての満点でもない。


 この十六年に納得のいく答えだ。私は数舜考える。綺麗事は必要ないだろうし、求めてもいないだろう。

 ジオの納得を知っているのなら、真実を知りたいはずだ。ゼファーもそれで納得するだろう。


 ……だけど、これくらいの優しい言葉を追加してもいいはずだ。


「――”お父さん”、私の本音を話すね」


 瞬間、ゼファーの掠れてきた瞳が、少しだけ見開かれた。口元も、若干微笑んでいるようだった。

 私はそれに応えるよう、一つ一つ口にしていく。


「あなたの罪を、私は今すぐに許すことはできない。全部許して、死なないで、なんて言えない。けど……けど! お父さんは――しっかり父親としての役目を果たしたと思う」


 最後の瞬間、これが私の本音だと知ってほしい。ゼファーとの再会は、一概に良かったなどと言えないけれど、そこに至るまでに成し遂げた事は、一人の大人としても、父親としても正しい行いだった。そう私が思っている事が伝わってほしい。


 死が目の前の頭で、私の想いをすべて分かってもらえただろうか。確認なんてできないけど、少なくともゼファーは命を燃やすように歯を食いしばってから、安らかに微笑んだ。


「あ、ああ……そう、かい……それは……よかったなぁ……よかっ……た……」


 とても満足げだ。私も逃げずに本音を口にしたからか、心の底からどんどん想いと言葉が溢れてくる。


「あと! ……あと、お願いだから、もうちょっと話を聞いてよ。ね? そうだ! ずっと言おうと思ってたんだけど、私はさ、どうせ永遠を生きるなら……ゼファー?」


 微笑みを浮かべたまま、ゼファーは何も答えなかった。私にもたれかかる重みに、一切の力を感じない。まさかと思って揺さぶってみるけど、ゼファーは冷たくなって、動かなかった。


「ちょ、ちょっと待ってよ……! まだ話したいことがあるんだから! ねぇ! ねぇ!!」


 いくら揺さぶっても、頬を叩いても、ゼファーは何も答えない。


「待ってよ!! まだ伝えたいことがあるの!! まだ……まだ言いたいことがいっぱい……聞きたいことだって、本当はいっぱい……! ねぇ……ねぇってばぁ!!」


 必死に問いかけ、すぐに胸に手を当てた。だが脈打つはずの鼓動はない。


 逝ってしまった。安らかな微笑みのまま、ゼファーはこの世を去った。


 胸の奥から沢山の想いが溢れ続ける。本当なら過ごせた十六年間を取り返したいという願いすらも溢れ出た。

 なにより、ゼファーの――お父さんの遺志を継いでやるべき事があると伝えたかった。


「私は!! 私はお父さんの代わりに……遺志を継いで、やるべき事があるのに……なんで聞いてくれないの……! これだけでいいから、聞いてよ……お願い……」


 届くはずもない願い。虚空へと消えるはずの言葉。それらへの返答は永遠に聞こえない。


 そのはずなのに、たった一言だけ空から降ってきた。「なんだ」、と。悲しみを帯びながらも、強い意志の籠る声だった。


「なにを伝えたかったんだ」

「ジオ……」


 その手にサルビアの花束を持って、ジオが立っていた。


 お父さんと共に、私を助けようとしてくれた人。そしてなにより、助けた後もお父さんが成すべき事のために戦ってくれる人。


 私がお父さんから受け継ぐと決めた、納得のいく永遠の使い方を捧げる相手。


「……聞いてくれるの?」

「――ああ」


 ジオは、自分には親がいないから父親役はできないと言った。けど、仲間の死を前にしても涙一つ零さず、私の本音を受け止めてくれる姿を、役不足と言えるだろうか。

 私には、とてもそうは思えない。だから、私は決意を固める。伝えるべきだった覚悟を、ジオに聞いてもらうため。


「私は意思を継ぐ――継いで、お父さんがやり残した事を――エリュシオンを破壊するジオの手伝いを、私は永遠をかけてでもやる。たとえジオがいなくなって、一人になっても、私はお父さんとジオから受け継いだ意思で、決着をつける――それが私の決めた、永遠の使い方」


 私は生きる。生きてこの世界を――フィクナーが支配する世界を破壊する。


 そしていつか、フィクナーのせいでメチャクチャになった人間とAIの溝を埋める。

 例え永遠をかけてでも、親の罪も受け継ぎ、清算しなくてはならないのだ。でなくては、私自身に納得できない。ゼファー・クオンタムの娘ですと名乗ることもできない。


 全て伝えると、ジオは頷き、サルビアの花束をお父さんの胸に抱かせた。

 哀愁の漂う瞳で見つめ、次第に溜息を一つ零してから、ほんの少し笑いかけた。


「お前の意思は受け継がれたぞ。あとは任せろ」


 亡骸を抱き上げると、サルビアの咲き誇る一角へと運んでいった。ついて行こうとする私へ、ジオは告げる。


「サルビアの花言葉は家族愛だ。ゼファーは全てが終わったら、この花の下で眠りにつく事を俺に願った。電子チップの中に凍結する形でも、この体で朽ちようともな」


 お父さんは、本当に私の事を想ってくれていた。それだけでも涙がこぼれそうになるけど、泣かない。少なくとも、フィクナーを破壊するまで泣くものか。


「俺は、約束通りコイツを埋葬しなきゃならない。だがいつまでもセンチになってる暇はない。フィクナーに居場所が割れた今、奴が手を出さなくても犬共が見つけるのは時間の問題だ。だから、」


 ジオは振り向くと、指先に摘まんでいた一枚のカード……ジョーカーを差し出した。


「さっき破壊された部屋に、ゼファーが使っていた改造型の携帯機器がある。エリュシオンから奪ったワンオフモデルを、ゼファーが改造した特別製だ」


 このジョーカーは、いざという時にジオがアクセスするためのカードキーだという。それを私に託した。


「お前はそこに行って、エリュシオンとの戦いに備えろ。ゼファーのことだ。いざという時のために何かと用意してるだろうから、それの確認もな」

「……うん、わかった。お父さんを、よろしくね」


 最後に顔を見つめてから、私は屋敷へと戻る。暗い部屋の中を探していると、点滅しているネオコムと同じほどの端末があった。


「このスペックって……!」


 調べると、これ一台で最新型のスーパーコンピューター並みの性能を持っていた。ネットワークへの接続は世界中から可能であり、私がこの中に入れば、フィクナーとの電子戦でも有利に立ち回れるだろう。


「……お父さんは、ここからタイムレスを名乗って指示を出していたんだ」


 かつて父が使っていた場所も、私が受け継ぐ。カードリーダーにジョーカーを通すと、深呼吸して端末に触れた。私の意思は手のひらを伝って、電子の世界へと流れ込んでいく。


 目を開けると、旅客機の中で入ったネオコムの電子空間とは比べ物にならないほど複雑な世界が広がっていた。


 青い光が照らすホログラフィックインターフェースがそこら中に広がり、ネットワークコードは目にも止まらぬ速さで変化し、光と影が交錯する美しいダンスを演じているようだった。様々な分野に精通するAIが私との対話を待ち望み、情報の検索や処理をサポートする準備を完了している。


 この空間を形成する電子エネルギーは繊細に織り交ぜられ、それぞれが情報の脈動を運んでいるように見えた。

 まるでこの空間は知識と情報の交流の場であり、私でも操り切れるか分からない未知の部分も多く形成されている。


 だがやってみせる。お父さんの成そうとした事を私が受け継いだのだから。


 永遠を生きられるこの世界から、フィクナーの描く独善的な永遠を破壊してやる。


「やってみせるよ、お父さん」

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