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異世界大陸軍戦記-鷲と女王-  作者: 長靴熊毛帽子
第五章『草長の国』戦争~玉座と天幕~
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第五十五話 名誉の軍団(前編)

 ネーヴェンらとの会談を終えたボナパルトは続いて、徴募兵軍団を指揮するランポン、ランヌの両将軍と面会していた。今後の改善を図るためだった。


「『川辺の都』で募った兵士たちは当初約一万人いましたが、戦役の途中で脱走者がかなり出たのと、戦闘での消耗したのとを合わせて現在いるのは五千人ほどです」


 軍団を指揮するランポン将軍が渋い表情で告げる。


「言い訳がましいですが、脱走兵を取り締まるのは下士官や士官といった指揮官層です。しかし、昨日まで一般人だった連中にそうした役割を求めるのは不可能でしたし、フランス軍の士官の数も全く足りませんでした」


 ボナパルトは椅子に腰かけ、腕と足を組んで報告を聞く。


「戦いぶりはどうだ?」


「ほとんど烏合の衆です。訓練不足、装備不足、指揮官不足。軽騎兵の攪乱攻撃はともかく、重装備の騎兵の突撃には為す術がありませんでした。先の戦いで丘が崩壊しなかったのは奇跡と言うほかないでしょう」


「貴官ほどの男が指揮を執ってもダメだったか」


 ボナパルトは報告書に目を落としながら呟く。ランポン将軍はボナパルトがイタリアに遠征した頃からの部下であり、冷静な指揮と粘り強い戦いぶりを見せていた。ボナパルトはそうした実績を評価して新兵の寄せ集めともいえる徴募兵たちを彼に委ねている。


 丘側での敗北はボナパルトにとって想定外の事態だった。決して表面には出さないが、ボナパルト自身、有利な地形と槍兵と銃兵を組み合わせた密集陣形で十分突撃を受け止めきれると判断していた。勝利は薄氷の上にあるようなもので、次の戦いもそうした幸運を掴めるとは限らない。


「彼らにはフランス兵と違って、戦場に踏みとどまるだけの愛国心もなければ、団結心もありません。互いに背中を預けるのは『戦友』ではなく『ただ隣に居るだけの人間』に過ぎず、指揮を執るのは『見ず知らずの人間』これでは騎兵の恐怖に対抗できません。フランス兵が騎兵に対抗できるのは武器が良いからではありません。指揮官や隣に居る戦友を信頼しているからです。心の問題です」


「その通り」


 ランヌが同意する。


「だが悪いことだけじゃない。確かに槍歩兵組はアテにできなかったが、銃兵組は良い働きをしていた。騎兵に密集陣形を崩された後も、各々が軍旗に集って抵抗できた。彼らは見どころがある」


「槍兵組と銃兵組の差はなんだと思う?」


「兵の質の差だ。槍兵組は槍が持てる人間ならだれでも入隊させた。だが銃兵組は銃の操作を覚えさせる都合、最低限文字の読み書きができる人間を集めた。文字が読み書きできるレベルには財産も知識も兼ね備えていて、やる気もある。それに、彼らには自分たちが『銃で武装する特別な集団』だという意識も。そこの差だろう」


 ボナパルトは右手を顎に当てる。


「徴募兵たちは使い物に()()。これから戦線が拡大するにつれてより多くの兵力が必要になる。フランス兵の補充が無い以上、この世界の連中を使うしかない」


 ランポンとランヌが頷く。


「連中を戦力にするには何が必要だ?」


「まずは十分な訓練。それに兵を監督する下士官の教育。次に十分な装備。負傷兵の多くは矢によるものです。矢を防ぐための防具が効果的でしょう。あとは銃。現在あるハンド・カノンではなく、マスケット銃を十分な数。そして何より、彼らが戦場に踏みとどまる意義」


 ランポンの主張は正論だった。十分な訓練と教育が行き届いてこそ軍隊は指揮官の命令に反応し、バラバラの個人ではなく、一個の戦う巨人へと変貌を遂げることができる。


 加えて、物質的に充実しているだけでは足りない。いくら武器が揃ってもそれを扱う人間のやる気が伴っていなければ、兵隊は泥人形と変わらないのだから。


「それから、大砲だ。徴募兵たちの武器には敵を殺傷する火力が不足している。それに前線で敵に射撃を浴びせる散兵もだ。味方の射撃音と煙で敵との間に遮蔽を作ってやるのは効果がある」


「大砲か」


 ボナパルトは二人の言葉を脳内で繰り返し、分析する。訓練し、教育し、武装し、目的を与える。自分の属するフランスという国家はいかにそれを成し遂げたのか。その労苦に思いを馳せずにはいられない。


 訓練と教育はこの冬の間にある程度は形にできる。武器や装備はいずれコンテの工房から吐き出されるだろう。肝心なのは兵士たちに目的意識を与えることだ。


 フランス兵たちは自分たちが勝ち取ったフランス共和国という国家への忠誠心があり、長く戦場を往来して兵士同士互いを信頼し合っている。だからこそ強い。


 この世界の兵士たちには「共和国の理想」や「国家への忠誠」などと言うものは期待できないだろう。そうした思想はある日突然降ってくるものではない。何十年という長い歳月をかけてゆっくりと染み渡る地下水のようなものだ。


 家族や、自分の住む故郷を侵略者から守るという郷土愛の類はあるだろう。それは利用できないか? おそらくそれは無理だ。これからやろうとするのは敵国への侵攻と征服だ。クルーミルにしてみればそれは国家の再統一だが、そうした政治主張に共感を求めるのは難しい。


 女王への忠誠は? 「女王陛下のために!」という意識を兵士たちに根付かせることはできるか。人は人のためにこそ死ぬ。そのためにはクルーミルの影響力、カリスマをより高める必要があるし、時間がかかるだろう。


「川辺の都」で兵を募る時には金をばら撒いた。集まったのは一部のエリートと質の悪い雑多な兵士。

 富は短期的には効果を発揮する。しかしその結果は今一つだ。


「兵士たちが命を捧げるに値するものか」


「フランス兵も、この世界の兵も変わらないさ」


 ボナパルトはクルーミルの顔を思い浮かべた。王宮、石像の館に入った時並んでいたのは、伝説の英雄たち。彼女はよく物語の話をしていた。ネズミにすら伝説があるのだ。


 朽ち果てる肉体よりも永遠なるもの。黄金よりも光輝なるもの。


「名声か」


 ボナパルトの不敵な笑みを二人の将軍は見た。

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