第四話 鉄と火 後編
兵種や兵器の説明ってどれぐらい詳しいといいんでしょうかね…
なんとなく雰囲気をお楽しみください。
分からない点などはコメントしていただけるとお答えできます。多分
戦場はマスケット銃と大砲の煙で霧がかかったように見通しが悪くなった。クルーミルは馬上からその様子を見やる。激しい雷鳴のような音が絶えず響き渡り、悲鳴すらかき消している。馬に跨ったボナパルトがやってきて、クルーミルの手をとった。
「騎士を撃退しました。が、戦いはまだ終わりではありません」
「ボナパルト殿、この音は一体?」
「これが銃、そして砲です」
「恐ろしい音です」
「恐ろしいのは音だけではありません」
クルーミルはボナパルトの顔をじっと見つめた。相変わらず、雨に濡れた捨て犬のような黒髪に陰気そうな表情だがその瞳は不釣り合いなほど大きく、そして輝いているように見えた。
クルーミルとボナパルトにとっての敵『斧打ちの国』の指揮官ツォーダフは撃ち減らされた騎士たちと共に歩兵たちの元へ戻った。この軍隊の中で最良の戦士たちが手も足もでずに逃げ戻って来た事に歩兵たちの間には不安の色が見えた。どうやら百騎ほどが失われ、その倍の騎士が傷ついたようだった。
しかし、彼の闘志は未だに折れていない。従者が差し出す水を一息に飲み干し、折れた槍を取り換える。
「閣下! 敵の歩兵が前進してきます!」
騎士の一人がそう報告した。向こうからやってくるのなら望むところであった。
フランス軍は次の騎士の襲撃に備え、密集した方陣のまま前進する。その動きは決して素早くないが、統一された歩調と、鼓笛隊が奏でる行進曲の音色は『斧打ちの国』の歩兵たちを威圧する。
両軍の歩兵がじりじりと距離を詰め、百歩の距離に至った時フランス軍のマスケット銃は一斉に火を噴いた。
『斧打ちの国』の歩兵は横殴りの雨に撃たれたように悲鳴を上げて崩れ落ちる。激しい銃撃の前に『斧打ちの国』の歩兵は前に進めなくなる。
フランス兵は次の射撃を準備する。紙薬包を嚙みちぎり、火皿に火薬を注ぎ火薬と弾丸を熱を持った銃の中へ流し込んで包み紙と共にラムロッドで突き入れる。
激しい戦闘の緊張の元およそ30秒前後でこの動作を完了させるのは日頃の訓練と実践によるところが大きい。熟練した兵士ならさらに早く装填できるだろう。
兵士たちは敵に向けて次から次に弾丸を浴びせかけた。一人ひとりの狙いは不正確で、命中率はよくないが何十人、何百人とが撃ち掛ければ当たるもので敵の戦列に血の穴をあけていった。
すかさず『斧打ちの国』側も反撃に出る。百名ほどのクロスボウと矢を持った兵士たちが躍り出てフランス軍の戦列へ射掛け射撃戦になる。クロスボウの射手は徴募された農民や町人から成る素人の歩兵とは異なりそれ相応の技量を持ち、それを軍を指揮する貴族に売り込んで生業とする傭兵である。
矢がフランス兵の布で出来た服を貫通し、幾人かが倒れる。再びマスケットが火を噴いてそれに報復した。
「あれが見えるか?」
ボナパルトは硝煙で霞みがかる戦場の一角を指差した。
「見えますとも。あの大きな赤い旗は敵の大将のようです。その騎士たちは……」
ミュラが答える。
「敵の騎兵連中はまだ隊列を整え終えていない。敵の歩兵戦列にはヒビが入っている。大砲を集中して大穴を開けてやるから、部下を連れて行ってサーベルを血で洗ってこい」
「承知しました!」
「クルーミル女王、私の騎兵が敵の歩兵を蹴散らします。貴女の騎士たちも出撃を。鎧をまとった敵の騎士とやりあうのは私の騎兵には厳しい。貴女の騎士で私の部下を守っていただきたい」
「わかりました。アビドード、騎士たちに準備を」
「かしこまりました」
クルーミルは従者を呼んで自分の兜を持ってこさせる。
「ボナパルト殿、手をお放しください」
「貴女、自分で突撃する気なの?」
「いけませんか?」
ボナパルトは首を横に振った。
クルーミルに万が一の事があれば『剣造りの市』の街を落としても食料を調達することができなくなる。
「貴女はここにいるべきです」
「……わかりました。アビドードに
ボナパルト殿の騎士たちをお願いします」
「それが良いでしょう」
「いくぞ!」
ミュラがサーベルを抜き放ち、部下たちに叫ぶ。
ミュラが指揮する猟騎兵は偵察と追撃に長けた鎧を身に着けない、本来ならば敵部隊への突撃を行わない兵士たちである。しかし、それを担う重騎兵は馬の状態が悪く今回の戦いには連れてきていなかった。
「敵の真っただ中にまっしぐらだ。怖気ずくなよ!」
「怖いものなどない!」
猟騎兵たちが口々に答える。彼らは騎士たちの輝く甲冑に負けないほど煌びやかな衣装を身に着け戦場を駆け抜ける、ボナパルトの兵隊の中でも一、ニを争う命知らずたちである。
ツォーダフは敵の騎兵が飛び出してくるのを見た。
歩兵たちは既に半壊状態にあり騎兵の一撃を受け止める事はできない。歩兵の戦列が崩壊すればもはや打つ手はない。
「騎士たちよ、集まれ。敵の騎兵を迎え撃つのだ」
砲撃に晒されて騎士たちの隊列は乱れ、万全ではないがこれを迎え撃つほかないのだ。
アビドードと十騎の騎士たちははミュラの猟騎兵たちの全面に立って進む。
歩兵隊との間にツォーダフの騎士たちが割り込んで突撃の妨害を試みる。ミュラの猟騎兵が騎士たちを避けるように機動し、アビドードの騎士がツォーダフの騎士と衝突した。
「そこに見えるは草長のアビドードか!」
「応! ツォーダフ殿と見た」
「お前たちはあのような者たちを国へ入れて何をしようというのか!」
「貴様の知るところではない」
すれ違いざまにアビドードの突き出した馬上槍の一撃がツォーダフの胸鎧を貫き、ツォーダフは音もたてずに馬から転がり落ちた。
『斧打ちの国』の騎士たちは数の上では優っていたが
指揮官が倒れるのを見ると戦意を挫かれて敗走し始めた。
その頃、歩兵隊に踊りこんだミュラの猟騎兵たちは崩れた歩兵隊の人の隙間からねじ込むようにして割って入って戦列を引き裂いていた。僅か二百騎にも満たない騎兵の突撃だったが既に揺らいでいた歩兵の最後の抵抗の意思を破壊するには十分であった。
やがて波紋が広がるように『斧打ちの国』の軍勢は完全に崩壊した。
「総司令官、勝利です」
参謀長のベルティエが報告書を片手にボナパルトの傍に駆け寄った。
「予備の連隊を追撃に出せ。ただし深追いしないように」
ボナパルトの表情は少し暗かった。