第三十四話 戴冠の丘の戦い(中編)
スヌエビラ将軍に率いられた『斧打ちの国』の第一波は弓と投槍を武器とする軽騎兵と雑多な装備の歩兵からなる集団だった。
歩兵の大部分は貴族の領地から集められた農民や町人たちである。百人前後の集団を作り、それを領主である貴族が指揮している。彼らの装備は厚手の毛皮を詰めた服から、革製の胸当て、少し上等になれば金属製の兜や籠手や盾などを身に着けている。武器も鉄製の剣や木製の槍とまばらで、歩調も揃わない。
彼らの役割は軽騎兵たちが矢や槍を射掛けて崩した敵陣に突撃し、その陣形を乱すことにある。
「麦の収穫が近いというに、領主様は無茶な戦をされるものだ」
「従軍すれば減税があるとの事だが、本当だろうか」
集められた農民たちは他愛の無い話をしながら敵へと前進していく。会戦が始まったとはいえ、まだ距離がある。少しでも緊張をほぐして、目前に迫る死の恐怖を忘れたかったのかもしれない。
前方の敵陣が一瞬、光ったように見えた。続いて煙が立ち込める。そして腹の底から揺るがすような轟音が響いた。農民たちの中には落雷でもあったのかと空を見上げた者もいた。
彼らが今まで聞いた事が無いような唸り声のような風切り音が響いて、隣に居た仲間が飛び散った。巨人が筆を振るったように、縦に並んでいた七、八人がまとめてなぎ倒される。上半身と下半身が真っ二つに裂けた者は先ほどまでの笑みを顔に張り付けたまま沈黙した。
彼はまだ幸いな部類に入る。その周辺では飛んできた鉄球に手足を引きちぎられ、喉が張り裂けるような叫び声をあげるものたちが無数にいた。
「うわあッ!」
咄嗟に起きた事に反応できなかった兵士たちが一瞬の間を置いて沸騰したように各所で悲鳴を上げた。
『斧打ちの国』の戦列の随所でそのような悲鳴と恐怖の連鎖反応が起こっている。
「クルーミルめ、悪霊使いめ……! 落ち着け! 落ち着け! 隊列を崩すな! 進まんか!」
部隊を指揮する貴族が怒号を飛ばす。兵士たちは恐怖で足がすくみ、逃げる事すらできないようだった。
兵士たちがようやく落ち着きを取り戻して前進を再開しようという頃、緑の草原をえぐり、飛び跳ねながら再び鉄球が戦列へ飛び込んできた。ボウリングのピンが倒されるように兵士たちが削り取られ、戦場を悲鳴と血で満たしていく。
一方的な破壊と殺戮の犠牲者になるのは歩兵ばかりではなかった。歩兵に先駆けて馬を走らせる軽騎兵たちの集団にも同様に大砲から発射された鉄球が降り注ぐ。逃げ隠れする場所などない。彼らは上質な鎖帷子や鋼で出来た兜を身に着けていたがそんなものは役に立たなかった。
砲弾が馬の脚をへし折り、馬体をえぐり取る。バランスを崩した騎兵が飛び出すように前方に放り投げられた。後続の騎兵たちは止まる事ができず、哀れな騎兵を突き飛ばし、ひづめで蹂躙してしまう。
別の騎兵は敵目掛けて疾走している。しかしその頭は失われている。砲弾が彼の頭を斧で断ち切るように切断したのだ。馬は自分の主人が既に世を去ったことを知らずに走り続けた。
戴冠の丘の戦いの先手を取ったのはフランス軍の砲兵隊だった。彼らは一キロほどの距離を敵がゆっくりと前進する間に存分に草原に一方的な死と破壊をまき散らしてみせたのだ。草原の至る所が砲弾で削れた土と兵士が流した血で赤く染まる。
それでも『斧打ちの国』の軍勢は前進し続け、馬の腹を蹴り、はしらせながら弓を構える。
「騎兵が来るぞ!」
フランス軍が作り上げた巨大な方陣の随所で騎兵に備えろとの声が聞かれた。
最右翼を担うクレベール将軍の師団には特に多くの騎兵が押し寄せる。
「いいぞ。ここが敵陣の端だ。回り込め! 背後に回れ!」
スヌエビラは声を張り上げて合図を送る。敵陣の背後や側面に回り込めば勝利は堅い。見れば敵は歩兵ばかりで騎兵の姿が無い。こうも密集した歩兵では、こちらの騎兵の速度については来られまい!
ところが彼の予想に反して回り込んだ先にあったのは別のフランス軍の正面だった。四方に向けて兵を配置しているのだ。この陣形に背後などはない。
馬は鋭い銃剣を突き出す人間の群れの中へは突っ込んでいかない。騎兵たちは突入することができず、方陣の周囲を駆けまわり、どうにか陣形に乱れが無いか探し回る。
「馬を狙え! 撃て!」
方陣の内側でクレベール将軍はその堂々とした体躯に相応しい大声で命令を下した。方陣の四方が一斉に火を噴き、周囲を駆けまわる騎兵たちが次々と地面に転がり落ちていく。
馬が血を流し馬体を赤黒く染め上げながら狂ったように疾走する。腕を打ち抜かれた騎兵の叫び声が響き渡る。
一斉射撃の後に各個に射撃せよとの号令を受けた兵士たちのまばらな銃声がそれに彩りを加え、爆音と兵士たちの発する様々な叫び声が響き渡って兵士たちの聴覚を痛めつけた。
騎兵たちもただ黙って打ちのめされているわけではない。射程圏内に馬を躍りこませたものたちから矢を射掛け、槍を投げつけていく。馬の速度を乗せたそれはフランス兵の着ている布の服など簡単に貫通する。
そびえたつ城壁のように身を寄せあうフランス兵たちは、騎兵たちにとって格好の射撃の的だ。彼らは幼い頃から馬を走らせ、草原を逃げ回る兎を射抜いてきたのだから。
投げ込まれた槍がフランス兵の胸を串刺しにする。押しつぶされた肺が吐き出した大きな息の塊が彼の遺言となった。
矢が右足に突き刺さった兵士が姿勢を崩して倒れこむ。うつぶせに倒れた兵士の頭目掛けてニの矢が飛んできて頭蓋骨を粉砕する。
銃弾を受けて狂乱した馬が方陣へと飛び込む。数百キロの巨体が兵士たちを突き飛ばし、方陣が乱れる。
すかさず勇敢な騎兵がその隙間に馬を乗りいれて方陣にヒビを入れようと試みる。
しかしフランス兵たちは手早く暴れる馬の頭に銃弾を見舞って沈黙させると、銃剣を突き出して乗り込んできた騎兵を突き刺し、落馬させる。地面に伏した騎兵に容赦なく数人の銃床が叩き込まれていく。
それでも周囲を駆けまわる馬の地響きと騎兵が上げる叫び声はフランス兵たちの心をむしばみ、恐怖に駆り立てていく。恐怖は冷静な判断を失わせる。一人のフランス兵が恐怖に耐えかねて方陣から飛び出す。彼の頭の中にはもはやこの場から離れたいという一心しかない。
たちまち騎兵が追いかけて、首を切り落とす。速度の乗ったサーベルはまるで柔らかいバターを切るように兵士の首骨を断ち切ったのだ。
別の騎兵が手早く馬から降りてその首を拾い上げると、方陣へとそれを投げ入れる。
「ゲス野郎共め。皆殺しにしてやれ!」
クレベール将軍が怒りを露わにして兵士たちの恐怖を怒りへと転化させる。銃弾と矢が方陣の内と外で飛び交う。
ドゼー、ムヌウ、レイニエ。残る三つの方陣も同様に死体と負傷者を量産していた。
フランス軍最左翼、戴冠の丘に陣取る部隊は違った様子を示している。
ゆるやかな丘の上に布陣する彼らは『川辺の都』で徴募された兵士たちを中心に、フランス兵を若干混ぜた混成部隊である。
『斧打ちの国』の騎兵と歩兵が丘を駆けのぼってくるのを彼らは待ち受けていた。
「敵をひきつけて、地獄を見せてやれ!」
部隊を率いるランヌ将軍が兵士たちを激励する。
徴募兵たちが装備しているのはフランス兵が装備するマスケット銃とは異なる。棒の先に小さな鉄でできた壺を取り付けたような形状をしており、引き金はない。代わりに彼らには火縄が与えられている。兵士たちに少しでも多く、早く、火器を支給できるように現地で生産されたハンド・カノンである。
彼らはフランス軍の他の方陣とは違い、銃兵と長槍を装備した二つの兵種が組み合わさっている。ハンド・カノンを装備する銃兵が外側に立ち、射撃を浴びせると素早く後ろに下がり、長槍組が敵を防ぐ。その間に銃兵が装填を済ませて敵を射撃するという戦法を用いる。
城壁の隙間から銃を撃つ様子に近い。この場合、城壁は石ではなく人間で出来ていた。
丘を『斧打ちの国』の騎兵たちが上ってくる。ゆるやかな斜面で、登るのにそれほど苦労はしない。
彼らは一方的な砲撃で戦列を削られ血に濡れていたが、それだけに接近すればそれまで痛めつけられた復讐を存分に果たそうと燃えていた。
「まだだ、まだひきつけろ!」
ランヌはイタリア遠征からボナパルトに従い、いくつもの戦場で手柄を立てて来た勇者だった。彼は正確に迫りくる敵の距離を測り、敵陣に致命的な一撃を放てる距離まで冷静にひきつける。狩りに慣れた狼が獲物を必殺の距離までじっと伏せて待つのに似ている。
騎兵たちの歩調が駆け足になり、大地が無数の馬の立てる地響きに揺れた。
「まだ。まだひきつけろ!」
マスケット銃の威力が最も発揮されるのは最初の斉射である。全ての銃が装填され、視界が開けている。
「まだ――」
その時、誰かが発砲した。
くぐもった銃声が響く。それを合図にしたようにバラバラと雪崩を打ったように銃声が丘に響き渡った。
「クソっ。早すぎるッ!」
一度射撃は始まれば兵士たちの統制は不可能だ。もはやだれもが銃を撃ち放つ。敵を少しでも早く仕留めたい。少しでも遠くにいるうちに……こっちに来るなと。
「わ、わ、わ……!」
ランヌの師団に居る少女、ワフカレールも動揺し、釣られて発砲した一人だった。視界が煙で塞がれて叫び声だけが向こう側から響いている。
「装填!再装填しろ、すぐに来るぞ!」
古参兵のヴィゴが叫ぶ。
「新兵共には早すぎたんだ……!」
戦場でじっと敵を待ち受ける事はそう簡単な事ではない。兵士たちは恐怖から逃れるため少しでも何かしていたい。徴募された兵士から成る射撃組は近づく敵に殆どパニックになって発砲したのだ。
「ヴィゴさん!」
「ジャック、撃ってないな? 距離がありすぎた。敵は殆ど無傷で突っ込んでくるぞ!」
「ど、どうしますか」
「後退だ。槍の後ろに隠れろ!」
銃兵がパニックを起こして長槍部隊の後ろへと後退し、入れ替わるようにして長槍が方陣の外に向けて突き出される。巨大なハリネズミを思わせた。
硝煙の向こう側から『斧打ちの国』の騎兵たちが突き出される長槍を前に、岩に砕ける波のように左右に散って、容赦なく矢の雨を降らせる。
矢が兵士たちを襲う。角度をつけて放たれる矢は空から文字通り雨のように兵士たちの頭上に降り注ぐ。頭に、肩に、腕に、足に矢が刺さる。誰かが倒れると、その人物は方陣の内側のほうへと引きずられ、そのあとを埋めるように別の誰かがその場に立つ。
方陣の内側からも反撃の銃弾とクロスボウの矢が飛ぶ。クロスボウを操るのはクルーミルの兵である。
ワフカレールの隣に居た男が顔に矢を受けて彼女のほうへと倒れ掛かった。
「きゃあっ。おじさん! しっかりして!」
ワフカレールは男の身体を力いっぱいに支えて抱き起す。右目からは赤黒い血がどくどくと溢れ出し、それと対比するように顔は血の気を失って痙攣をおこしている。出血を止めようと両手で右目を抑えてやると、男は聞いたことも無いような叫び声を上げた。
「ワフカレール! そいつはほっておけ!」
それに気づいたヴィゴが叫ぶ。
「でも血が出てる!」
「お前が今やることはそれじゃない! 銃を取れ、撃て!」
「あう……あっ……!」
ワフカレールは血塗れになった両手でハンド・カノンの柄を握り直した。思考はもはや定まらない。その瞬間、その瞬間に起きる事に場当たり的に身体が反応するに任せるほかになかった。
波のように押し寄せる騎兵たちは矢を射掛けるだけ射こむと素早く丘を下っていく。しかし兵士たちに休まる暇はない。すぐに歩兵が丘を駆けのぼってくるのだ。
「歩兵が来るぞ! 隊列を組みなおせ、槍、構え!」
各部隊長が肺一杯に空気を吸い込んで号令をかける。合図の太鼓が心臓の音のように乱打される。
この世界ではありふれた、剣と剣、槍と槍による白兵戦が始まる。長槍が相手の接近を拒否するように突き立てられ、間隙を縫うようにして銃声が轟く。
剣の一撃が兵士たちの手首を切り落とし、はらわたをえぐる。突き出される槍が心臓を貫く。太陽の光を武具の金属が反射してあちらこちらが鈍くキラキラと輝いて見えた。
ボナパルトは血で血を洗う死闘が演じられている数百メートル後方でその様子を望遠鏡を使って観察していた。周囲は選抜した擲弾兵と騎兵たちに固められている。
「……流石に王が率いているだけある」
いかに戦場を設定し、兵士を配置したとしても、そこから先、戦場という混沌を支配することはボナパルトにも不可能だった。対峙しているダーハドにも不可能だろう。
戦場で発生する土煙と、銃と砲から発射される硝煙が戦場で何が起こっているかを把握するのを困難にしている。
そこへ各部隊からの伝令が駆け込んできた。
「クレベール将軍から報告です。敵を撃退、敵の損害は推定千名。こちらの損害は百余りとのことです」
「ドゼー将軍から司令官へ。敵が後退していくとのこと。味方の損害は三百!」
「レイニエ将軍から報告。敵を破ったとのこと。追撃の可否を問うてきています」
「ランポン将軍とランヌ将軍からです。敵を撃退したものの、損害多数。応援を求めています」
戦いはボナパルトの想定を大きく超えてはいないようだった。敵は方陣に激突し、そして消耗している。
「ナポレオン?」
報告を受け取るボナパルトを横にいるクルーミルが覗き込む。戦いが優勢か劣勢か、彼女もボナパルト以上に気をもんでいる様子だった。
「問題ない。順調だ」
ボナパルトは硬質な、他人行儀な声色で答えた。
「ムヌウは? 彼からの報告が来てないぞ」
ボナパルトは参謀長のベルティエに問いかける。
「さて……こちらから伝令を出しますか?」
そこに血相を変えた伝令が現れた。
「閣下! 司令官閣下、ムヌウ将軍が矢に当たり重傷です」
「師団は!」
「ヴィアル大佐が指揮しています」
「ベシエール、護衛を揃えろ。直接見に行く。ベルティエ!私が不在の間はクルーミル女王の指示に従うこと」
ボナパルトは二角帽子を被ると、ウジェーヌが用意した馬に素早く跨り、全軍の中央を視察に飛び出していった。全軍の中心に位置するムヌウ師団が崩れるようなことがあれば、全てが崩壊するのだ。
五千人前後の人間で構成される巨大な方陣の内側は地獄絵図の有様だった。至る所に負傷した兵士が横たわり、血と硝煙の匂いが嗅覚を麻痺させる。それでも兵士たちはボナパルトを見つけると帽子を振って歓声を上げた。
師団長のムヌウは方陣の中心部で手当てを受けている最中だった。軍医長のラレが包帯を巻いている。
ラレは穏やかな紳士というに相応しく、血塗れのエプロンに右手にノコギリといういで立ちでなければ、喫茶店でコーヒーを淹れているのが似合いそうな男である。
「師団長は重傷ですが、幸い助かりそうです」
「司令官閣下」
腹部に包帯を巻いたムヌウがうめくようにボナパルトを呼んだ。
「師団はヴィアルが引き継いでいる。心配するな」
「『草長の国』の貴族から贈られた鎖帷子を着込んでいたおかげです。閣下も贈り物は大事にされると良いでしょう」
ムヌウは血の気の薄い蒼白の顔で笑顔を作ってみせた。ボナパルトも応じて不器用に口角を上げる。
「気を付けよう」
ボナパルトはムヌウを後方へ移送するよう命令を出すと、馬に跨って方陣の端から端を点検して回る。
師団長が負傷して士気が落ちている兵士に、司令官の姿を見せて士気を回復してやらねばならない。
「よくやったお前たち。かの英雄ヘラクレスもスパルタの兵士たちもお前たちには敵うまいな!」
兵士たちは歓呼でそれに応える。方陣の敵の正面の辺に位置する兵士たちはひときわ軍服を血と煤で汚し、ボナパルトの激励に答える顔は赤黒く染まって目と歯だけが浮き出たように白く見えた。
後退する敵兵に容赦なく砲弾を発射し続ける砲兵を激励しようと方陣の隅に近づいたその時だった。
「兵隊!」
声はその千倍の音量と共に掻き消え、大音量と共にボナパルトは強烈な力で身体が熱波と共に宙に浮いたのを感じた。瞬間、天と地がさかさまになるような感覚と同時に強烈な痛みがボナパルトを叩きのめす。
脳が激しく揺さぶられ、全ての音が消え去った。僅かな空白を置いて、全身を引き裂くような痛みが襲う。
「カハッ……!」
胸が押しつぶされて肺の中の空気が全て吐き出されたように感じられた。一体何が起こったのか。ボナパルトといえど瞬時には理解できなかった。何か、得体の知れないことが起きたのか。この世界の訳の分からない精霊の力が働いたというのか?
全身が痛むのはむしろ幸いだった。さもなければボナパルトは意識を失っていただろう。衝撃を受けてコントロールを失う身体で、辛うじて頭を上げる。
先ほどまでそこにあった大砲が引きちぎられたように裂けていた。周囲に砲兵たちが倒れている。彼らはピクリとも動かない。即死だろう。
ボナパルトは自身に起こった事を理解した。大砲が腔発したのだ。
射撃のし過ぎで砲の内部の温度が上がりすぎたのか? 火薬の量を間違えたのか? そうではないだろう。大砲を操作していたのは熟練の兵士だ。原因は砲身の劣化に違いない。この世界に来てから二か月以上。ムヌウ師団は二回の戦闘を経験し、大砲は休みなく使われている。当然劣化する。整備もしているだろうが、ヨーロッパに居た時ほど万全の整備が出来るわけではない。騙しだまし、限界を超えて使った結果がこの有様だ。
わが軍は、私はいつまで戦える? 私はいつまで勝てる?
「……令官! ……司令官!」
遠くで誰かが呼ぶ声がする。違う。すぐ傍だ。耳がおかしくなっている……
その頃、スヌエビラは撃ち減らされた配下と共にダーハド王の元に戻っていた。
「スヌエビラ、その有様は一体どうしたことだ?」
「我が王。敵はよく訓練され、規律、士気ともに高く方陣を崩すことができませんでした。歩兵は敵の大砲で散々に打ちのめされています。我が方の犠牲は三千を超えます」
「そうか。ご苦労だった。お前たちの奮戦はここからもよく見えた。冷えた水を飲み、少し休め」
「ははっ……」
ダーハドは懐から拳銃を取り出した。以前捕虜にしたフランス兵から没収したものである。
「火薬か。南方の連中がこの爆発する粉を使って採掘をやっていると聞いたことがあった。それを武器にすると、こうも威力を見せるのだな」
「我が王。いかがいたしますか」
側近の一人が不安げに問いかけるのに、ダーハドは笑って見せた。
「なに。敵が何を使おうと問題にはならん。スヌエビラが戦うのを見るに、敵は丘側が弱い。あそこだけ明らかに弱体だ。策は決まったぞ。我が騎士たちを集めろ」