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異世界大陸軍戦記-鷲と女王-  作者: 長靴熊毛帽子
第一章 鷲と女王
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第四話 鉄と火 前編

「どうやら、敵はこちらの望んだとおりに出てきてくれたようだ」

 ボナパルトは望遠鏡を覗き込んでいる。

 『剣造りの市』を目指して行軍したフランス軍とクルーミルの兵は二日目に街から前進してくる『斧打ちの国』の軍と遭遇した。


 フランス軍の出現と移動はクルーミルを捜索するために『斧打ちの国』が放った偵察部隊によって発見されていた。また、発見される必要があった。


 会戦をするに適したなだらかな草原で両軍は相対し、戦闘の準備が進められる。




 フランス軍はいくつかの半旅団と呼ばれる大きな集団に分かれ、半旅団はいくつかの大隊と呼ばれる集団に分かれる。大隊はおおよそ六百人前後で、九つの中隊に分かれそのうちの八つが三列横隊を組んで並ぶ。ずらりと並んで銃を構えるその威容が「戦列歩兵」と呼ばれる所以である。


 そのうち一個中隊は大隊の中でも勇敢さと射撃能力に秀でた者たちで構成され、彼らは戦列を組まず、大隊の前にバラバラに進み出る。彼らは散兵と呼ばれ、敵集団に射撃を浴びせ混乱させ、敵の攻撃の衝撃を削ぎ味方を守る役割を果たす。


 青と白を基調とした制服に赤の肩章が映える出で立ちで、黒色火薬の煙の中でも敵と味方の区別がつきやすいようになっている。また、華やかな軍服というのはそれだけで自分たちを鼓舞し、敵を委縮させる効果もあった。


 およそ全員が統一された軍服を着て、指揮官の号令に合わせて同じ動きをするのは巨大な機械を思わせる。集団でありながら、一つの意志で動き、その中の個人個人は取り換え可能な部品である。フランス軍は巨大な戦争の機械だった。




 もし真上からこの様子を眺めるなら数層にも重なって陣形を作るその様は幾何学的な模様をしているように見えるだろう。



 対する『斧打ちの国』の軍勢は歩兵は大雑把に三つの塊に分けられそれぞれが右翼、中央、左翼を形成している。その後方には乗馬した騎士たちが控え、騎士たちは様々な出で立ちで、全身を包み込むような金属鎧に身を固めている者もあれば、茶色の革製の簡素な防具を身に着けるだけのものもある。兵士たちの装備はさらにまちまちで、ボロボロのつぎはぎだらけの服を着ているだけのものも居れば、木製の兜や、胸当てをつけている者もいる。ボナパルトからすれば、暴動を起こした農民の集団のように見える。



 ボナパルトは遠くに見える敵部隊に投石機が数基あるのを見とめると展開を終えた十二ポンド砲に歩み寄り、砲兵たちを脇へどかして自分で照準をつけてみせた。


「導火棹を寄越せ」


 砲兵から発射に使う導火棹を受け取り点火する。



 轟音が響き渡り、大砲が反動で跳ねる。火薬の匂いがあたりにたちこめ、兵士たちの鼻腔を満たした。嗅ぎなれた、戦争の匂いである。


「実にいい匂いだ」


 ボナパルトはこの匂いが好きだった。


 全身が高揚し、脳細胞を興奮が駆け巡る。


 ボナパルトはこの匂いの中で生まれ、育ち、生きてきた。戦場は彼女にとって自分の家のリビングやベッドと変わらない「生きる場所」だった。



 砲弾は数秒の時を置いて狙い通りに投石機を打ち砕いた。あたり一面にバラバラに粉砕された木片と、不幸にも巻き込まれた兵士一人の血が飛び散り、あたりに驚きと恐怖の声が広がった。



 『斧打ちの国』の軍を指揮するツォーダフ将軍は目を見張った。鉄球が飛んできた。こちらの射程外からである。


 追い詰めたはずの『草長の国』の王位を騙るクルーミルはどこからともなく奇妙な恰好をした兵士たちを集めて戻って来た。


 何か勝算あっての事とは疑っていたが、このように射程の長い投石機を隠し持っていたとは。


 続けざまに『草長の国』の陣地から鉄球が飛んできて密集した中央の歩兵を七、八人まとめてなぎ倒す。手足をもぎ取られた兵が絶叫してのたうち回り、集団に衝撃が走った。


「なんだあれは! 落雷か!」


「兵士が引き裂かれているぞ!」


 騎士たちの間に石を投げ込んだ水面のように波が立った。


「慌てるな! 何かはわからんが、投石機の類だろう。狼狽えるでない」


 混乱する騎士たちをツォーダフは鎮める。指揮官が狼狽えては戦いにならない。


 『斧打ちの国』の歩兵の大部分は徴募された農民や町人であり集団で移動して槍を敵に突き出すのがせいぜいの未熟な戦士である。そのような集団が一方的に飛び道具の攻撃を受ければ遠からず恐怖で逃げ出す者が相次ぎ、軍が崩壊してしまう可能性があった。


「進軍の合図を出せ! 騎士は前へ!」


 ツォーダフは騎士たちに命じる。


「応! 偉大なるダーハド王万歳!」


 騎士たちの間で『斧打ちの国』の王への忠誠の言葉が叫ばれ歩兵たちの間で歓声が沸き起こった。


 本来、騎士たちの突撃は十分に敵を弱らせてから行うべきであったが、時間をかけて敵の歩兵隊を倒そうとすればその前に遠くから一方的に撃たれて壊滅する危険があった。それよりは、とツォーダフはタイミングが早すぎると思いつつも突撃を命じたのだった。


 千の騎士たちが草原を疾走してフランス軍へと突き進む。




「来るぞ。騎兵突撃だ。方陣を組ませろ」


 ボナパルトが合図するとフランス兵たちは射撃に適した横隊から密集して騎兵を迎え撃つの適した方陣へと陣形を組み替えた。五、六百人前後から成る大隊が四方を固めて銃剣を突き出す。上空から見たならその様子は巨大なハリネズミを思わせるだろう。


 アビドードはその様子に言葉を失った。


 「大砲」と呼ばれる射程の長い投石機にも驚いたが何よりも驚くべきなのは兵士たちの隊形転換の早さだ。


 彼らはよく訓練されており、指揮官の命令に忠実に従う。果たして『草長の国』いや、この世界にこれほど訓練された「歩兵」がいるのだろうか?ボナパルトが連れて来た兵士たちは一体何者なのか。



 騎士たちが地響きを立てながら眼前に迫る。


「撃て!」


 各大隊長の号令がいたるところで叫ばれ兵士たちの銃口から炎と煙が立ち上る。無数の弾丸が雨となって騎士たちを乱打した。ある者は即死した馬から放り出され、またある者は頭に直撃を受けて気を失う。またある者は鎧に受けた衝撃で馬から転がり落ちる。それでも打ち倒された騎士は数十騎に過ぎず残りは方陣へと殺到した。


 弓を手にした騎士が密集したフランス兵へ矢を射掛け、投げ槍を手にした者が槍を放り込む。その都度フランス兵から苦痛の叫びが上がり、銃弾が返答として撃ちだされた。騎士たちは突破口を求めて方陣の間を駆けまわるが陣形は崩れない。馬は基本的に密集した鋭い刃物のただなかに飛び込もうとはしない。本能がそうさせるのだ。人間は本能的な恐怖をかみ殺して死に向かって飛び込めるが、馬は違う。騎兵が敵を蹂躙するには、側面や背後に回り込む必要があった。あるいは、敵が恐怖で陣形を乱すのを待つか。


 ツォーダフも騎士の一団を率いて戦場を駆けるが付け入る隙を見いだせない。


 連中は何か爆音のする飛び道具を用いている。クロスボウに似ているが、それとは比較にならない。武器がどのようなモノであるかは分からないが何よりも「陣形が崩れない」騎士に対抗するには密集して槍を突き出せばよいがこれは言うほど簡単な事ではない。騎士の突撃がもたらす恐怖に大抵の人間は耐えられない。誰が殺意を持った、自身の十数倍の鉄と肉の突進を受け止めようなどと思う?


 ツォーダフは結局突撃をあきらめるほかなかった。騎士たちは傷つき数を減らして歩兵たちの元へ逃げ出すしかない。



「下がったか」


 ボナパルトは少し面白くなさそうに言う。敵は大砲や銃に全く怯む様子がない。砲撃を浴びせてやればパニックになって逃げだすのではないかと内心期待している節があった。しかし、敵は未だに戦場から敗走することなく踏みとどまっている。


「楽には勝てんらしいな」


 ボナパルトは方陣を組んだまま各部隊に前進を命令した。



半旅団の編制について間違いがあったので訂正。

1798年のエジプト遠征に参加した東方軍は六個中隊編制ではなく九個中隊編制です

(2023.6.28)

参考:Napoleon's Egyptian Campaigns 1798-1801

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― 新着の感想 ―
文字通り大砲が火を吹きましたね! 戦場が「生きる場所」という根っからの戦争上手がカッコいいです。 しかし初めて大砲をくらったのに敵も心が強いですね。 流石というべきでしょうが小憎たらしいです(フンス …
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