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異世界大陸軍戦記-鷲と女王-  作者: 長靴熊毛帽子
第四章『草長の国』戦争~王都戦役~
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第三十二話 秤に賭けて

 クルーミルが『王都』を包囲するフランス軍の陣営に合流して二日目。少しずつ陣営には彼女の後を追いかけて急行してきた側近や侍女たちが到着し始め、女王の宿営する農家はささやかな宮廷の体裁を整えつつある。


 攻城戦は不気味なほど順調に進められている。フランス軍の砲兵隊はクルーミルの助言を受けて『王都』南の青の精霊門に集中して射撃を行い、その城壁と門にひびを入れようとしていた。攻城に用いられるのは、野戦で用いられるよりも大型の二十四ポンド砲である。砲兵たちは敵の矢玉の届かないぎりぎりまで近づいて砲撃し、城壁の守りについている『斧打ちの国』の兵士たちは轟音と衝撃に一方的に叩きのめされることにすっかり怖気づいているようだった。


 騎兵部隊が近づいてくるであろう敵の援軍の位置を探り出すために方々へ散って行くのを、歩兵たちは攻城用の塹壕の中や、野営地のテントの中から見やった。


「穴掘りは退屈です。いっそ撃ち合いのほうがまだマシだ」


 フランス軍の若い兵士ジャックは部隊の仲間とトランプ遊びに興じている。


「じゃ、お前は塹壕抜きで城壁に梯子をかけにいくんだな」


 相手をしているのは口ひげが印象的な古参兵のヴィゴである。


「それは嫌です」


「だったらせいぜい穴掘りするんだ。汗を流した分、血を流さなくて済む」


「ちぇっ。あ、いいカードが入りましたよ。ボクの勝ちだ」


「どうだかね。終わってみるまで分からないものだ」


「二人とも何してるの」


 間に入って来たのは一流の職人が磨き上げたような美しい翡翠色の瞳をした少女、ワフカレールだった。両手に小さな籠と、それいっぱいの赤い木の実を抱えている。彼女はボナパルトが『川辺の都』で徴募した兵士の一員でハンド・カノンを扱う小銃組の兵士であり、ジャックとヴィゴは彼ら小銃組に射撃を教えていた。


「やあ。ワフカレール。君も遊ぶ?」


 ジャックは少し覚えたグルバス語でワフカレールに問いかけた。


「教えて。蜂の実、買ってきたからあげる」


「ありがとう。これ、美味しいやつだ。でもこんなに。高かっただろう?」


「ううん。とっても安いよ。茂みにならどこでも生えてるから。子供のお小遣いでも買える」


「なんだって! クソ、あの従軍商人ぼったくりやがったな……」


「あはは。見た目が良くて、美味しいから他所の国の人間はよく騙されるの」


「いい授業料になったな。ジャック」


「ちぇっ!」


 フランス軍の陣営には兵士のほかに多くの民間人も出入りしていた。数千、数万の男たちが居るのだから当然、そこには多くの需要が生まれる。食べ物や酒は勿論、靴や服の修理をする職人や洗濯する人間、芸人や吟遊詩人、兵士たちの夜の相手する女性。一つの街が丸ごと移動するような活気がそこにはある。『王都』は包囲下にあり、商人たちの出入りも取り締まられるのだが、そのことを知らないでやって来た行商人たちは『王都』で売るはずだった商品をそのままフランス兵相手に売りつけて商売をしている。




「そこのおちびちゃん! この靴を買わないかい! 底が厚くて丈夫で長持ち。背も高く見えるよ!」


 グルバス語でそう売り文句を投げつけた行商人は「おちびちゃん」がグルバス語をよく理解しなかったことを幸運に思うべきだった。もしその人物がその言葉の意味を理解していたら、百戦錬磨の古参兵でさえ震え上がる怒号と罵声で報復されるだろう。


「総司令官閣下。ここにいらっしゃいましたか。陣営を歩く時は護衛を付けてくださいとあれほど……」


 背の高いフランス軍の大佐――ベシエール――が目線を合わせるように腰をかがめて「おちびちゃん」に話しかけた。


「兵士の状態をチェックするのは指揮官の務めよ。……何事?」


「『斧打ちの国』から使者が来ました。……わが軍の捕虜を連れています」


「よし。すぐに行く」


 フランス軍の陣営の中でもひときわ小さい人物……この人こそ、この三万を超す巨大な軍勢を率いる総司令官。ナポレオン・ボナパルトである。




 ボナパルトの司令部が置かれている農家の一室には既に参謀長のベルティエ、副官のウジェーヌをはじめとしたスタッフが集っていた。そして彼らに囲まれて三人の見慣れぬ男がボナパルトを待っていた。

 二人は三十代前後の戦士とよぶにふさわしい風格を備えた人物で、白地に赤い刺繍の入った戦衣装を纏まとい、腰に手首から肘ほどの大きさの手斧を下げている。一人は深紅の、ローブと呼んでよいゆったりとした衣装をまとい、高位の外交官のように思われた。


 ローブをまとった男が部屋に入って来たボナパルトに右手を差し出した。


「なるほど。こいつもクルーミルと同じで通訳抜きで話が出来るやつか……」


 ボナパルトはその手をとった。瞬間、言葉が脳内に流れ込むように伝わった。


「偉大なる我が王、ダーハドの千里を駆ける口、オーセトフクが、王妹クルーミルの友ボナパルト殿に拝謁致します」


「ダーハド王のご用件を伺おう」


「偉大なる我が王のご意思をお伝えします。王は、ツォーダフ公、ドルダフトン公を破ったボナパルト殿の武勇を高く評価なされています。そしてボナパルト殿と戦うことを避けたいと望んでおられます」


「戦いを避けたいと言うのなら結構なことだ。和平の条件はクルーミル女王(・・)と話し合われるがよろしかろう」


「王妹クルーミルにも幾度となく正しい道へ戻り、臣従するよう促されました。既にこたびも使いをだされております。しかし王妹はそれを拒まれておられる。戦乱の原因は王妹にあるのです」


「私の聞いた話ではダーハド王がクルーミル女王が父王より相続した土地を攻めたのが戦乱の始まりと聞いたが?」


「いいえ。いいえ。ボナパルト殿が聞かされたのは偽りにございます。もとより王妹に統一王グルバスの土地を相続する権利などないのです。王妹は統一王の第二妃の子に過ぎません。第一妃の子たる我が偉大なる王こそ、唯一、グルバスの正統な継承者なのでございます。王妹はそれを隠し、偽り、ボナパルト殿を利用しているのです。我が偉大なる王はすべて明察であらせられます。この戦乱、ボナパルト殿は不幸に巻き込まれたにすぎぬとご承知です。ゆえに、捕らえた戦士をお返しするのです。まもなく偉大なる我が王が率いる地を埋め尽くす大軍勢が『王都』に到着します」


「それで? 何が言いたい?」


「鷹と鷲が争えば、両者の翼は傷つき、地に落ちてキツネが喜ぶのみです。我が偉大なる王は寛大であらせられます。もしここで争いをやめるならこれまでの事は全て忘れ、ボナパルト殿を第一の臣下とし『草長の国』における王の代理人として迎え入れると仰せです。『草長の国』全ての貴族たちは偉大なる我が王の威光の下、ボナパルト殿にひれ伏します。その貢物、税、全てボナパルト殿が納めることをお認めになりました。我が偉大なる王の旗を掲げ、共にグルバスの栄光を広げようと仰っております」


「……」


 ボナパルトは全てを天秤にかける。ダーハド王は自分を『草長の国』の王にすると言う。これ以上の危険を冒すことなく、玉座が手に入る。王に臣従して東へ赴けば、帰国する術を知るというクルーミルの姉が治める『盾固き民の国』とやらへも行けるだろう。もし戦うとなれば、ダーハド王の軍勢を相手取ることになる。その数はどれほどか。地を埋め尽くす大軍というのは誇張だろうが、それなりの数はいる。犠牲を覚悟しなければならない。もし敗れれば全てを失うことになる。……今からでも兵を送ればたちどころにクルーミルを捕らえてダーハド王に突き出せる。しかしそれはクルーミルとの約束を破ることになるだろう。あらゆる要素が計算される。


 …………


「使者殿。ダーハド王にお伝え願いたい。私は私以外を(あるじ)とすることができない。と」


 それがボナパルトの回答だった。


「…………ボナパルト殿、はて、その言葉の意味は?」


「はっきり言おうか。(ノン)だ。既に破城槌は城門を叩いている。戦場でお会いしよう」


 使者は目を見開いて自分より小さなボナパルトを見つめた。ボナパルトの瞳は、燃やし尽くした灰のように熱を持ち輝いて見える。


「後悔なさいますぞ。必ず!」


「それも王に伝えていただこうか」


 ボナパルトは使者の手を振りほどき、コルシカ訛りのフランス語で発した。

「話は終わりだ。使者殿にお帰りいただけ!」



















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