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異世界大陸軍戦記-鷲と女王-  作者: 長靴熊毛帽子
第四章『草長の国』戦争~王都戦役~
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第三十一話 情報収集(地図付)

会戦までもうしばらくかかりますが、気長にいただければ幸いです。

今回、拙い出来ですが地図を用意してみました。参考にしてみてください。

 

 ボナパルト率いるフランス軍が『王都』に到着して三日目の朝。ボナパルトの司令部は都から五キロほど離れた位置に拓かれた農家に設けられていた。ここには七、八軒の家があり、半数の住人は戦火を避けて都に逃げ込んだので無人となっているが、もう半数は兵士がこようが、戦争が起きようが知った事ではないといった風で豊かに実った麦の収穫に励んでいる。ボナパルトは兵士たちに農民の邪魔をしないように厳命し彼らが収穫を十分に行えるように計らった。無論、収穫物を買い上げて兵糧にする算段である。


 司令部の設けられた農家に参謀長のベルティエが騎兵指揮官のミュラ、通訳の男ともう一人を伴って入って来た。


「総司令官閣下。捕虜のサオレ殿を連れてまいりました」


「通せ」


「はっ」


 連れてこられたのは、先日の戦闘でミュラに捕らえられたサオレデュラの領主、槍のサオレだった。身代金がまだ支払われていないので、彼女はフランス軍の捕虜として部下ともども陣中にとどまっている。


「さて。槍のサオレ殿だったな。貴殿に尋ねたいことがある。正直に話せば、すぐ済むことだ」


 ボナパルトは後ろに手を回し、うろうろと部屋を歩き回る。ろうそくの灯りに照らされた影が、その姿を何倍も大きく見せた。


「『王都』に現在配置されている兵の数と兵糧の量。それにいくつか教えてほしい。そうすれば身代金もいくらか差し引いて考えてもよい」


 槍のサオレは露骨に嫌悪感を表す表情を作ってみせた。


「私が味方の情報を売り渡すように見えるか。そんな不名誉な事を!たとえ拷問されようと答えるつもりはない」


「……私にはあまり時間がない。金もない。貴殿は拷問しない。ただ、拒否するなら貴殿の領地に私の兵を入れる。戦に慣れ、血に飢えた数千の男たちだ。言っている事がわかるか?」


「……」


「サオレ殿、これは裏切りではない。貴女は本来クルーミル女王の家臣だ。むしろ、ダーハド王に仕える今の貴殿の状態こそ、裏切りであり、不名誉な状態なのだ。そうではないか? 貴女には自分の領地と家臣を守る義務がある。これこそ、領主の最大の責務だ。私に全てを話して、正統な王に従い民を守るか、ちっぽけな偽の忠義を守って、自分の民を全て失うか、どちらかだ。ほかに道はないぞ」


 ボナパルトの声色はあくまで穏やかだったが、それは明らかに脅迫だった。サオレは口の中で目の前にいる小さな悪霊の化身を罵る言葉を唱えた後、(こうべ)を垂れた。


「分かった。話そう。だから領民に手を出すのはやめてくれ」


「約束しよう」


「今『王都』の守りについている兵は三千余りだ。兵糧は、兵士だけなら半年は持つだろうが、城内の市民たちは収穫前で蓄えが乏しい。彼らに分け与えることも考えると、数週間ほどに違いない」


「私の聞いていた話と違うな。五千ないし六千は落ち延びたと聞いた」


「『川辺の都』の戦いに敗れた後、落ち延びた兵は一万はいただろう。だがそのあと、諸侯の多くは軍役の期間が過ぎたとか、領地に戻って装備を整えるとか理由をつけて離れていった。傭兵たちも給金の支払いが滞ったので去って、兵力は激減している」


「ドルダフトンは城内にいるのか?」


「居る」


「籠城しているということは援軍の見込みがあるということだろう。援軍はいつ来る?どの方角から?その数は?」


「それは分からない。ただ、数万の援軍が国境を越えたという噂は聞いた」


「それはいつ」


「十日ほど前だったと思う」


「十日か……国境からここまでの距離は?」


「馬を走らせれば七日」


「それは単騎の話だろう。軍勢ならどれぐらいかかる」


「二十五から三十日だろう。」


「ということは、あと十日かそこらで敵がやってくるというわけか」


「もう良いか?」


「ああ。十分だ。下がってよし」


 ボナパルトはミュラにサオレを連れて戻るように指示し、ベルティエを残した。


「さて……この情報が集まってきたわ」


「捕虜一人を脅迫して得られた情報がどこまで正確か、疑問が残りますが」


「もっと情報源が欲しいわね。クルーミルに聞いてみるわ。あとは……そうね、軍が移動すれば当然物資も動く。物資が動けば商人も動く。行商人たちから情報を収集させて、騎兵隊に警戒させるわ。手配しておきなさい」


「承知しました」


 ボナパルトが命令を出し終わったちょうどその時、司令部に副官のウジェーヌが駆け込んできた。


「義父上! クルーミル殿が到着されました!」







「ナポレオン! お久しぶりです」

 クルーミルは僅かな供回りを連れ、軍主力に先駆けて来たようだった。


 「笑顔」と題された絵画のような、あたたかな表情と手振りで手をとるクルーミルに「不機嫌」とか「不愛想」と題するのが適切な表情でボナパルトは応じた。


「待ってたわクルーミル。軍はあと何日で着く?」


「まだしばらくかかるでしょう」


「相変わらず遅い……」


「貴女が早すぎるのです」


「到着してすぐだけど、早速、王都の守りについて説明してもらいたいわ。行くわよ」


「貴女は相変わらずせわしないですね。いいですよ」


 クルーミルは元気のよい、いたずら好きの子供のような笑顔を浮かべてボナパルトに応じた。きっとアビドードや重臣たちがいたら、女王ともあろうものが身軽に過ぎると諫めただろう。


 ボナパルトは灰色のコートを上から着てクルーミルの手を握ってそのまま家の外に出た。外では既にベシエール大佐指揮する護衛隊が支度を整えて待っている。ボナパルトが普段乗りする小柄な、ポニーと呼んでよい大きさの馬と、クルーミルが乗って来た、白い葦毛の見事な馬体の馬が引かれてくる。


「私が差し上げた馬はどうなさいました?」


「良い馬だったから部下にあげたわ。私には乗りこなせない」


「では、今度はもっと大人しい馬を差し上げましょう」


 二人は馬に跨り『王都』の城壁のほうへと駆けていく。そのあとを追いかけて五十騎ほどの護衛が続いた。


 『王都』の周囲ではフランス兵たちがスコップとつるはしを使って城壁に取りつくための壕を掘る作業を続けていた。溝を掘って、敵の矢や投石が当たらないように城壁や城門まで安全に接近するための方法である。砲兵隊は最適な位置から攻撃するため土塁を築き、城壁目掛けて散発的に砲撃を浴びせかていく。砲弾が発射されるたびに腹の底に響くような轟音が鳴り、数秒の時間を置いて城壁のレンガや石が砕け散る音がこだました。


 敵が大砲を持っていれば当然撃ち返してくるので、こうした攻城戦は血塗れの様相を呈するのが常だが、『斧打ちの国』には、大砲はなく、投石機の射程は大砲に及ばないのでフランスの砲兵隊はまるで訓練でもするかのように砲弾を叩き込み続け、破壊をほしいままにする。


「『王都』私たちが見たところ、サオレ河を挟んで南北に市街があって、南と北にそれぞれ二つずつ大きな門があるわ。北側は攻撃に適さないから、分遣隊を小舟を使って渡して、私たちは南側に主力の陣を張ってる。大砲だって無限に撃てるわけじゃない。どこか弱点を突きたいところよ。秘密の抜け穴とか無いの?」


【王都 地図】

挿絵(By みてみん)



「脱出用の抜け道はダーハドに埋められているでしょう。南の青の精霊門から攻撃するのが良いと思います。あそこは父王が私の誕生を祝って築かせた一番新しい門で、私が生まれた頃には父王は『草長の国』を征服し終えており、門は実戦よりも、見栄えを優先して作られ、他より弱いのです。兄ダーハドと戦った時にもっとも激しく攻撃されました。あれから城壁は一見修理されていますが内側の防御塔や櫓はまだ再建途中のはずです。」


 娘の都市にわざわざ弱点を作った父親は甘かったわね。と喉まで出かかったボナパルトだったが、父親との思い出を破壊されるクルーミルが少し気の毒に思えたのでそれは声にならずに済んだ。


「なるほどね。じゃあ青の精霊門に攻撃を集中させましょう。ところで、城壁にところどころ描かれている白と赤の模様はなに?」


「あれは城壁守の精霊の呪いです。城壁を敵の投石と炎から守護するもので……」


 クルーミルが言い終える前に、ちょうど砲兵隊が放った砲弾が城壁の胸壁の一部を打ち砕いた。


「少なくとも大砲には効果が無いようね」


「……」


「もう一つ。敵の援軍が迫っている。捕虜は国境から来ると言っていたけど、どの方角?」


「国境から来るなら北西の方角からでしょう。緑の精霊門のある街道からです。あの街道は『斧打ちの国』まで続く主要街道ですから」


「なるほど。じゃあそっちのほうに偵察を重点的に出すとするわ」



 ボナパルトとクルーミルの一行はそれからも城壁の周囲を見て回り、攻撃の糸口を掴めそうな場所を探して回り、日が暮れる頃になってようやく司令部へと戻った。地図が置かれている大部屋にはベルティエとウジェーヌが控えている。


「流石に疲れました」


「貴女の寝る場所は確保してあるわ。この辺の民家だから流石に女王様には質素かもしれないけど。屋根と壁があるだけ我慢しなさい」


「貴女はどこで寝るのですか?」


「私? 私はここで寝るわ。ほら、そこにベッドが置いてあるでしょ」


 クルーミルが指差されたほうを見ると、そこには折り畳みできる簡素な骨組みのミニテントとでも呼べるものが置いてあった。申し訳程度にシーツがかぶせられている。


「ここは軍議をする場所ではないのですか」


「すぐに仕事できるでしょ」


「良い毛皮と柔らかい鳥の羽が詰まったクッションを用意させましょう」


「いいわよ、別に……」


「貴女があまりに質素だと、女王の名誉に関わります。貴女には良い毛皮を被って寝てもらいます。すぐ手配させましょう」


「わかった。わかったわよ」


「良い睡眠をとってください。暖かくしていますか?食事はしっかりとっているのですか?赤煮豆をお食べになっていますか、あれを食べると風邪をひかないと伝えられていて……」


「分かった、分かったから……おやすみ! おやすみ!」


 ボナパルトはクルーミルを押し出すようにして部屋から追い出した。


「女王は随分閣下の健康を気にしていらっしゃるようですな」


 ベルティエが苦笑交じりに言う。


「……寝る。何かあればすぐに起こしなさい」


 ボナパルトはふてくされた子供のように自分のベッドにもぐりこむとシーツを頭から被ってそのまま素早く眠りに落ちていった。

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