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異世界大陸軍戦記-鷲と女王-  作者: 長靴熊毛帽子
第三章『草長の国』戦争~いまから始める大陸軍(グラン・ダルメ)~
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第二十二話 いまから始める大陸軍その⑤

 ボナパルトが募兵を開始してから十日ほどが経つ。『川辺の都』の募兵所には連日多くの人間が列をなしている。入隊希望者を審査するのはフランス軍の将校と通訳、クルーミルの家臣たちだった。



「次。名前と出身地、前はなんの仕事をしていた?」


「ホー。この街生まれさ。前は荷物運びをやってたよ」


「字の読み書きは?」


「できるとも」


「よし。ではここになんて書いてある?」


「え? あー……どっかで見た文字だ。知ってるよ、知ってる」


「読めないな。体格は良さそうだ。とりあえず採用だ。右の列へ行け」


「やった。それで金は?」


「いいから列へ並べ。次!」


「サベ。この街で生まれた。前はトルマルタル伯の元で兵士をやっていた。この剣が証拠だ」


「従軍経験者は歓迎する。字は? ここになんて書いてある?」


「女王と書いてある。読めるが書けない」


「よし。採用だ。左の列へ行け。次!」


「兵隊にしてくれよ!」


「お前、歳はいくつだ」


「あー、今年で十八だよ」


「当ててやろうか? どうみてもお前は十三かそこらだ。帰れ!」


「ほんとに十八だって!」


「衛兵、こいつをつまみ出せ。次!」


 入隊希望者は様々で、大抵は字の読み書きができない。兵士たちに求めるのは思考や表現といったものではなく戦場で命令に忠実に動く事だけだったのでそれは問題ない。そもそもフランス兵にも読み書きができる者は少ない。しかし、最前線で命令されるがままに動くだけの兵士だけで軍隊は組織できない。さらに上位の指揮官の命令を理解し、兵士たちを監督できる下士官の育成も欠かせなかった。そうした者には読み書きのスキルが求められる。そのため入隊希望者はまず読み書きができるかどうかで区別された。


 個人個人がやってくるだけでなく、集団で入隊希望者がやってくることもあった。それらはだいたいは人を集めて手数料を取ろうとする仲介業者に率いられてやってくるのだが、中には犯罪者を連れて来る者もいた。


「十人の若者を連れてきました」


「それは良い。従軍経験が?」


「いいえ。強盗や追剥の類で、労働罰に処せられてる連中です」


「残念だが我々は軍隊であって犯罪者のたまり場ではない」


「どこの軍隊にもこの手の連中は数多くいますよ。躊躇いなく殺しができます。武器の扱いにも長けています。役に立ちますよ」


「ムッシュー。我々が求めているのは命令に従順な羊のような人間だ。それを獅子が率いる。この好き勝手してたごろつき共が戦場でなんの役に立つ? 勝手に隊列から抜け出して、戦いが終わった後でひょっこり顔を出し、占領した村や街で略奪をするのがせいぜいだ。こういう具合の連中を受け入れたら、軍隊はごろつきの流れ着く場所になってしまうんだ」


 募兵業務が日が昇ってから沈むまで延々と続き、採用担当の将校は連日大量の人間の顔を見過ぎて、食事に出されたパンの形が人の顔に見えて食欲を失ったほどであった。








 集められた新兵たちは訓練場所に指定された『川辺の都』の都市部から少し離れた草原でフランス軍の教官と通訳たちから連日訓練を施された。百人単位でまとめられた男たちが『草長の国』の国名に相応しい、青々とした草原を右へ左へ、若い馬のように行ったり来たりさせられている。


 ボナパルトはその様子を少し離れた場所から視察していた。


「整列! 並べと言ってるんだ。 お前はそこを動くな! そっちじゃない!」


「列を乱すな。歩調を合わせろ! 槍を構えるんだ。下がるな!」


 ボナパルトは集めてた兵士たちに三メートル前後の長槍を装備させ、槍歩兵隊を整備することを目指した。これに生産される銃兵を組み合わせ、槍兵が巨大な人の壁を築き、そこから銃兵が敵部隊を射撃するという方法を取らせる。ボナパルトからすれば古い時代の戦法であるが、現状考え得る最もよい戦法のように思われた。


 しかし戦闘訓練どころではない。まずは彼らをしっかり整列させて、隊列を整えて移動できるように訓練するところから始めなくてはならなかった。将校や下士官たちが怒鳴りながら新兵をなんとか並べて足並みをそろえて歩けるようにするようにするために四苦八苦している様子を、フランス兵たちは面白そうに眺めていた。


「あいつらがうちの司令官が作ってるっていう軍隊か」


「戦場であんな連中に背中を任せて戦うのか? みろよあの無様な行進を……」


「弾除けぐらいにはなるだろ」


というのが兵士たちの素直なところだった。


様子を見に来ていた『川辺の都』周辺の貴族たちの反応も似たようなものである。


「クルーミル殿とその友人が何かしていると思えば、これは。ははは……こんな農民や町人で戦いになるわけがない」


「その通り。我々の助けなしでまともな戦いになるはずがない」


「あやつら、まともな防具も身に着けておりませんな……槍だけ持たせてどうする気なのやら」


「やれやれ……連中がまともに戦えるようになったとして、騎兵がいないのでは話になりませんな」


 その指摘は正しかった。ボナパルトの集めた兵士たちは全て歩兵である。騎兵にはなれなかった。農民や町人出身の人々に馬に跨る経験を持つものはそう多くない、まして馬上でサーベルや槍を振り回して敵に突っ込んでいける者など皆無と言ってよかった。








 日が沈むまで隊列を組んで移動する訓練を施された後、誰もかれも汗と土にまみれて疲労困憊といってよかった。農民出身の若者たちは、農作業のほうがよっぽど辛いと笑いあっている。どこかの商店の店番をやっていた者などは解散が命じられるとそのまま地面に突っ伏して動けなかった。給与担当の将校が今日の手当を支給すると告げるとあちこちで喜びの叫び声があがった。


 兵士たちは『川辺の都』にある家へと帰っていく。数千人を収容する兵舎の建設にも時間がかかるので当面は各々それぞれの住処で暮らし、訓練の時には集まってくるという方式を取らざるを得なかった。ボナパルトとしては、彼らを兵舎に収容し、寝食を共にすることで同胞意識を育んでもらいたいところだったし、兵士たちを家に帰してしまっては、彼らがまた次の日、訓練場に戻ってくるとも限らなかった。その日の給金を受け取ったらそのまま姿をくらます者。訓練に耐えかねて脱走する者は少なからずいた。少なくない人数が貰った給金を持って酒場に駆け込み、今日の疲れを癒すためのアルコールを求める。そのうちの何人かは二日酔いで次の日動けなくなっているだろう。


 散って行く兵士たちを見ながら、フランス軍の将校たちはあいつらをどうやってまたこの場所に引っ張ってくるか、という話をしていた。







 ボナパルトは訓練場の視察を終えて馬車で屋敷まで戻った。すっかり日が落ち、松明の燃える赤色と、月光が照らす白い輝きにあてられたものだけが輪郭を鮮明にし、残りは全て暗闇に消えている。道中絶えず参謀長のベルティエから報告を聞き、新たな指示を与え続けていた。召使が持つ松明の灯りに照らされたベルティエの顔色は良くない。目の下にはクマが出来てただでさえ神経質そうな彼の顔をより苛立ったものにしていた。


 彼は通常の軍の業務に加えてボナパルトから命令されていた『川辺の都』周辺の情報収集を絶えず行い、次々ともたらされる偵察部隊からの報告や雇った密偵の情報などを照合してボナパルトが必要とする情報を更新し続けていた。その上、兵士の募集と訓練の状態も把握して報告しなければならなかった。過労である。しかしベルティエはそれがさも当然であるかのように業務に励んでいた。


「募集した兵士たちが使い物になるにはまだしばらくかかるでしょう。少なくともさらに三週間」


「遅い。……といっても、しょうがないわね。連中を訓練しながら先に進むとしましょう。敵は?」


「はっ、この都とその周辺に敵軍は確認されていません」


「ここにきていくらか立つけど、敵はまだ新手を繰り出してこないと」


「そのようです。クルーミル殿からは王都を目指して進軍を再開するよう提案が」


「そうね。残りの軍はいつ到着する?」


「予定では明日のはずです」


「よろしい。じゃあ……」


 ボナパルトが新しい命令を出そうとしたとき、物陰から何かが飛び出してきた。

咄嗟にベルティエがサーベルを抜いてボナパルトと飛び出してきた何かの前に立ち塞がった。


「司令官!」


「居た! あんたがボナパルトだろ!」


飛び出してきたのは人間だった。

 背丈はボナパルトと同じか、それより少し高い程度で、低かった。サーベルを突き付けるベルティエに物怖じすることなくボナパルトに喋りかけた。


「あたし、ワフカレール! 兵隊にしてほしい!」


「なんだこいつは。なんて言ってる」


ボナパルトは唐突に現れた人物に不審の目を向けた。ボナパルトの青みがかった灰色の瞳が、ワフカレールと名乗る人物の瞳を捉えた。ワフカレールの瞳は磨かれた翡翠のように美しい緑色をしていた。


「はあ、兵隊にしてほしいそうです」


松明を持った召使がワフカレールと名乗った人物の言葉を訳した。


「兵隊? それなら募兵所へ行け」


「断られた! 背が低いからってさ!」


「……その背丈では当然だな。帰れ」


「あんただってあたしと似たような背丈じゃないか。でも偉いんでしょ」


「私は特別だ」


「そんなのずるい。私にも兵隊をやらせてほしい!」


「なぜ兵隊になりたがる?」


「あたしのお父さんが王様の兵隊だった。 この世界のいろんなところにいったんだって。あたしもそれを見てみたい。世界の果てまで見てみたい!」


「軍隊は冒険ごっこの集団じゃないの。帰って親父さんの思い出話を聞いてなさい」


「お父さんはもういない」


「…………」


 ボナパルトはワフカレールを取り調べるような目つきで見やった。

髪は鳶を思わせる暗い赤で手入れが不十分なのかぼさぼさに伸びている。服はつぎはぎが多く、また洗濯も不十分なようだが元々はそこそこ質の良いものだったのだろう。背丈が小さく痩せてはいるが動きは俊敏だった。物陰から飛び出してくるまで自分やベルティエに存在を気取られなかった気配の消し方はただの貧乏な町娘のそれではない。


「字の読み書きは?」


「できるよ。お父さんに教わった」


「ベルティエ、この子に入隊許可書を出して。銃兵組に入れてやりなさい」


「はっ」


「ワフカレール、あなたを私の軍隊に入れてあげる。後は運命と戦の女神があなたを愛してくれるかどうかよ」




 

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