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異世界大陸軍戦記-鷲と女王-  作者: 長靴熊毛帽子
第三章『草長の国』戦争~いまから始める大陸軍(グラン・ダルメ)~
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第十九話 いまから始める大陸軍その②

「年齢、性別、身分、職歴、その他一切不問。

 必要事項:健康、忠実、勇敢。

 入隊一時金:ミナル金貨四枚 日給:エニ銀貨一枚 装備支給。

 25年の兵役を勤め上げた者には退役時には土地を与える。

 募集人数は一万人。

 入隊志願者は国王の徴募担当官まで申し出る事……」


 『川辺の都』の酒場や集会所、市場、劇場、浴場、その他もろもろの至る所にそのような張り紙が出された。文字の読める人や公示人が高らかにそれを読み上げるのを興味深そうに聞いていた。ミナル金貨四枚といえば、腕の良い職人の親方が半年で稼ぐ金額に相当する。エニ銀貨一枚というのは平均的な労働者が一日に受け取る給金より少し高い程度である。いずれにせよ、いかなる身分であるかも問わず、いかなる職を持つかに関わらず、安定して給金が得られるというのは魅力的である。この世界において手に職をつけるというのはとても難しい。職人の子は職人になるし、農民の子は農民になるのが習わしだが、子供が十人いたなら、そのうち親方や農場主になれるのは一人だけであとの兄弟たちはその下でほとんど無償で働くことになる。そうした境遇に耐えられないなら街に飛び出すしかないが、安定して稼げる仕事というものはどこにもないのである。

 傭兵として剣で身を立てようにもそもそも剣や防具を買う金がない。着の身着のままでそこらの棒を手にした程度の若者など誰も雇いはしない。この世界では装備は自分で用立てるのが基本だった。


 都市にはそうした、上昇志向を持つが行き場のない若者というのが多くいた。彼らにとってこの張り紙は魅力的に見える。装備一式と金を与えてくれるのだ。命を賭ける価値はある。ここでくすぶっているよりはずっとマシだろう……



「一時金と装備代だけでも十万枚のミナル金貨が必要だというのに、一体どこからそんな大金を用意せよというのだ? ボナパルトめ、姫様に、いや女王陛下に何を吹き込んだというのだ!」


オーロー宮の執務室で女王の重臣アビドードが耳まで赤くしてグルバスの言葉で吼える。それを横で聞いているのはボナパルトの腹心にして参謀長のベルティエである。

 彼にはグルバスの言葉は分からなかったが、言いたいことはおおよそ分かった。


「うちの司令官は滅茶苦茶なことを言い、その事務仕事を我々に押し付けたのだ……」






 一方、そうした若者を集める張り紙を出した張本人であるボナパルトは『川辺の都』を離れ、クルーミルと共に『剣造りの市』へと護衛数騎を伴って馬を走らせていた。

 

 『剣造りの市』の街の外れはにわかに活況を呈していた。

浜辺から移動してきたフランス軍二万の天幕と、将校のために作らせたフランス風の簡素な家屋が立ち並びそこは「小さなフランス」とでも呼べるような状態になっている。さらにその兵士たち相手に商売をする『草長の国』の商人たちの露店が連なっている。そんな中でもひときわ巨大な建物がある。

 ボナパルトが連れて来た学者たちが作らせた工房である。




「司令官閣下!」

「小さなフランス」に入って最初にボナパルトたちを出迎えたのは工兵部隊を指揮するカファレリ将軍だった。立派な鷲鼻が見る人間に一目見れば忘れない印象を与える。左足を戦争で失っており、精巧な義足をつけている。


「カファレリ将軍。学者たちの様子はどうだ?」


「報告書の通りです。が、見ていただければ早いでしょう。早速御覧ください」




 工房の扉が開けられると、様々な薬品が発する強烈な刺激臭、鉄が溶ける臭い、人々の汗、その他もろもろのあらゆる嗅覚を刺激する空気と熱気がボナパルトとクルーミルを襲った。ボナパルトは思い切り顔をしかめ、クルーミルは突きあがる吐き気に負けないように必死で服の裾を握りしめた。

 工房の中には所せましとあらゆる工作機械が置かれて雑然としており、まるで嵐がやってきて部屋中をめちゃくちゃに搔きまわしたようだった。


「コンテ殿、司令官がお見えだ!」


カファレリが呼びかけると、その混沌の中から一人の男が顔を出した。右手にはマスケット銃が握られている。ニコラス・コンテ、科学者であり技術者である。


「司令官閣下。お久しぶりです」


コンテはボナパルトに銃を差し出した。


「この世界で製造された最初の銃です。艦隊に積んでいた工作機械を陸揚げし、ここに設え、職人たちに作り方を教えました。銃を作るのはそれはそれは大変なことでした。まず銃身に使う鉄の質からしてこの世界のものは、フランスのモノとは違い、その特性を把握することから始めなけれなりませんでした。それに火薬、調合比率を揃えるのにも苦労が山ほどありました。が、しかしなんとか仕上げることができました……」


ボナパルトはコンテが振るう小銃制作感動秘話を無視して渡された小銃を調べてみた。フランスから持ち込んだ銃との区別は全くつかない。


「素晴らしい。やればできるものだ。で、何丁作れる?」


「いまのところ、一か月に十丁もできれば良いほうでしょう。その上、非常に高価です。職人は数が少ない上にまだまだ未熟で不良品も多いですから。しかし、技術的な問題は解決しています。後は単純に人手と機械の数が問題になります」


「金! 金はない。もっと安く作れ。 それに時間がかかりすぎる。今すぐ百丁は作るんだ」


「そこでこれです」


コンテは雑然とした物置をひっくり返して中から棒のようなものをボナパルトに差し出した。

棒の先端には金属製の筒が取り付けられている。


「なんだこの、筒がついた棒きれは」


「簡素化した銃です。銃というのは要するに、筒の中に火薬と弾丸を入れて、火薬を爆発させてその爆発力で弾丸を飛ばす道具です。筒があれば良い。細々とした部分も省略して直接火縄を使って点火します。いわゆる初期の銃でハンドキャノンと呼ばれてたモノです。中東なんかじゃマドファと呼ばれたりしますが。我々が使っている小銃(シャルル・ヴィル)よりも原始的で、いわば先祖返りしたわけですが、これなら普通の銃よりも安く、大量に作ることができるでしょう。当然ながら威力は落ちるし、命中率は下がりますがね……」



 ボナパルトは酸っぱい者でも食べたように顔をしかめた。このような原始的な銃を使う事になろうとは。しかし背に腹は代えられない。これを使うしかないようだった。


「分かった。じゃあこれで当面しのぎ、徐々にちゃんとした銃に置き換えていくこととしよう」


「了解しました」


「それで、大砲のほうは?」


「ああ、大砲。全然だめです」


コンテはニコニコしながら首を振った。都合の悪い話をするときの彼の癖だった。


「ダメとはなんだ!」


ボナパルトは叫んだ。


「ちょっと考えてみてください。大砲は重たいですよね。それはなぜか、大量の金属でできているからです。とにかく金属が必要です。それはもう何十トンという単位です。この街の近くにはそれだけの金属を産出する鉱山はありません。遠くから運んでこなきゃいけない。何十トンという金属をです。そりゃもう莫大な費用がかかります。作れと言われたら作りますよ。多分作れんことはないでしょう。ドリルは試作しました」


「…………」


「大砲造りに必要な金属を産出する鉱山の近くの街なら、可能でしょう」


「…………クルーミル、クルーミル。この街は『剣造りの市』って名前よね。『剣造り』なんだから剣を作る鉄の産地なんじゃないの」


「この街の由来は剣によって造られた。ですので……」


「……………………」


ボナパルトはがっくりと肩を落とした。


「まあまあ。司令官閣下、そう落ち込まないで。そうだ。新しい望遠鏡があります。印刷機も設えました。軍の広報を印刷できます。あとは……顕微鏡なんかも……」


「うるさい! 望遠鏡は持ってる! 印刷機が何だっていうんだ。銃を作れ、大砲を作れ!」


 ボナパルトは小さな身体を振るわせて怒った。戦場ではこのように感情を発露させて激怒することはないだろう。政治の場であれば即座に冷静な理性が働くだろう。コンテが同じフランス人であり、隣に居るクルーミルには特に気を遣う必要が無いのでボナパルトは自分の感情を素直に表現することができた。


「望遠鏡? あの、ボナパルトが時々見ている変な筒のことですか? 印刷機とは?」


クルーミルが口を挟んだ。

そして、手を触れて会話しなければ、と気づいてコンテに手を伸ばした時、コンテは流暢なグルバス語で答えた。


「御覧になりますか。女王陛下。さあ、どうぞ」


「言葉が分かるのですか?」


「ええ。この数週間で習いました。簡単ですがわかりますよ」


その間もなにか喚き散らすボナパルトを無視してコンテはクルーミルに望遠鏡を差し出した。


「覗いてみてください」


「……まあ! 遠くのものが、近くに見えます!」


「望遠鏡なんだから当たり前でしょ……」


「私はこんなものを見たことがありません!」


クルーミルは興奮しているようだった。


「印刷機というのはどれですか? 何に使うのですか?」


クルーミルはコンテの手を引っ張った。


「活版印刷機とは、文字が彫られた活字と呼ばれる判子みたいなものをいくつか組み合わせて紙に印刷する道具です。これを使えば同じ文章を素早く、大量に印刷することができます。この世界で使われている言葉も少しずつですが活字にしています。製紙技術と合わされば、この世界でも大量に出版物を出すことができるでしょう」


「それはすごいです! 一文字一文字書き写さなくてよいのですね?」


「その通りです」


「ナポレオン! これはすごい事です! これがあれば沢山の文章を多くの人に届けられます!」


「別にすごい技術でもないでしょ……」


ボナパルトはいじけていた。


「貴女の世界ではそうかもしれませんが。この世界にはこんなものありません。誰にも作れないでしょう。

望遠鏡も、印刷機も……ほかにも無いのですか? もっと見せてください。どんな凄いものがあるのでしょうか?」


「ははは。女王陛下は新しいものがお好きですか。たくさんありますとも。中でも、空を飛ぶ道具などはいかがでしょうか」


「空を? 空を飛べるのですか? そんなことができるのですか?」


「できますとも!」


コンテとクルーミルは大盛り上がりだった。


「ナポレオン、この技術を担保にして、商人たちからお金を借りることができるのではないでしょうか?」


「これを?」


 ボナパルトの脳内を電流が駆け抜けた。

いつもお読みいただきありがとうございます。

よければ作品の感想や、ナポレオン関係等のコメント等いただけると嬉しいです。

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