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異世界大陸軍戦記-鷲と女王-  作者: 長靴熊毛帽子
第二章 『草長の国』戦争~川辺の都の戦い~
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第十七話 目指すべき場所

 ボナパルトはクルーミルのオーロー宮を訪ね、クルーミルの個人的な応接間に通された。ちょうど女王は貴族同士の土地の所有をめぐった争いの調停をしている最中で、少しの間お待ちいただきたいと従者が告げた。


 ボナパルトは自分が待たされる事に少し腹が立ったが、事前の予約も無しにいきなり女王に会おうというほうが難しい相談だった。本来であれば門前払いされても仕方のないことであり、応接間で少し待てば女王に会えるというのは十分特別扱いである。


 用意された椅子に座ったボナパルトは、しかし五分も立たずにじっとしていられなくなり、部屋の中をうろうろ歩き回って、花瓶に生けてある花を触ってみたり、壁にかけてある絵画から漂う絵具の匂いを嗅いでみたり、自分の二角帽子をぐにぐにと揉んだりした。


「お待たせしました」


 ボナパルトが部屋の"点検"をあらかた終えていよいよ暇を持て余しだした頃、クルーミルが姿を現した。


 陣中にあっても豊かに輝いているようだった金髪が、宮殿の理容師の手入れを受けてさらに美しく威厳すら感じさせるほど美しく見える。衣装も女王に相応しい落ち着いた赤色を基調としたもので、彼女の整った顔つきや、見栄えのするスタイルの良さ、人を引き付ける魅力のある大きな燃えるように赤い瞳が発する高貴さを十分に引き出していた。


 ボナパルトはというと、手櫛で適当に整えたぼさぼさの黒髪が濡れた捨て犬のような印象を持っている。着ている軍服はフランスの仕立屋が粋を尽くしたものだけあって、クルーミルの衣装に劣らない見事な腕前の代物だったが、サイズを大きめに作らせたせいで合っていない。見た目が良いとは決して言えないが、彼女が持つ燃え尽きた灰のような青みがかった瞳の輝きはただならぬものを感じさせる。

 

 ボナパルトは見た目が人に与える印象の力を決して軽んじてはいない。兵士たちに「労苦を分かち合う司令官」であるという印象を持たせるために意図的に身なりを良くしていない面があった。半分は身だしなみに無頓着な性格の産物であるが。


「クルーミル。貴女に質問と提案があるわ」


ボナパルトはクルーミルを見るなりいきなり要件をぶつけた。


「なんなりと」


 クルーミルは特に動じずに応じる。ボナパルトとクルーミルの間に遠回しな言い回しは必要なかった。


「私たちが『日の住む大河』の向こうから来たってことは知ってるわね。私たちを連れてきた船が、故郷に戻ろうとしたのだけれど、波がそれを阻んで帰れないと知らせが来てる。この世界には私たちの常識の外にある『精霊』の力がある。その仕業じゃないかと思うんだけど、何か心当たりはない?」


 クルーミルは少し意外そうな顔をした。


「そういえば、最初、あなたは「水と食料を求めてきた」と言いましたね。あの時はあなたたちの助けが欲しい一心で、深く考えていなかったのですが、そういえばあなた方はどうしてこの地に来たのでしょうか?」


「それは……」


 ボナパルトは言葉に詰まった。正直に漂流してきたのだと話すべきだろうか。しかし自分たちが帰れなくなった迷子の集団のようなものだとクルーミルや諸侯が知ったらどう思うだろうか。それは自分に不利に働くのではないか。


「……」


 しかし躊躇う時間は長くなかった。


「クルーミル。正直に話すわ。私たちは本当はこの世界に来るはずじゃなかったの。本当はエジプトって場所に行くはずだったんだけど、途中で何か不思議な力が働いて、気づけばこの世界に流れ着いてしまっていたの。私たちは故郷に帰る方法がない」


「まあ……」


 ボナパルトは素直にすべてを話すことを選んだ。味方をすると決めたからには隠し事は少ないほうが良い。

 

 それにボナパルトたちがクルーミルと協力するしか生き延びる方法がないと言う事はクルーミルからしてみれば、ボナパルトたちが自分を裏切る心配が少ないということになる。


「私が貴女に協力するのは善意や好意だけじゃなくて、そうするしか生き延びる道がないからって理由もあったのよ。がっかりした?」


「……いいえ。貴女がただ損得だけで動いているわけではないことを私は知っています。むしろ利害の面でも一致していることをうれしく思います。アビドードは、貴女が協力していることに何か裏があるのではないかと疑っていましたから。これで彼も疑いを解くでしょう。私たちの絆はより深まりました」


「そう言ってもらえるなら助かるわ」


「……帰る方法が見つかったら」


「安心して。貴女が国を統一するまでは協力するから」


「ありがとう。……船が移動できないのは、おそらく『精霊』の力だと思います。波や風を操る『精霊』がいます。しかし、ごめんなさい。私にはどうすることもできません。『草長の国』の外の精霊と交信できる者にもどうにもできないでしょう。この国の民は『日の住む大河』、貴女がたが海と呼ぶ領域にあまり出ないのです」


「……そう」


「でも、心当たりはあります。この世界の東、『斧打ちの国』よりもさらに東にもう一つ国があります。私の姉が支配する国。『盾固き民の国』と言います。そこの民は貴女たちのように『日の住む大河』に船を繰り出していくと聞いたことがあります。それに、私の姉は精霊に特別愛されて、精霊を使う術に長けていました。彼女ならきっと貴女がたの船を動かせるでしょう」


「本当に? それなら話は早いわ!」


 『斧打ちの国』を打倒して東に向かえばよいのだ。兵士たちにこの国の戦争に加わる理由を説明することもできる。帰りたければ、東を目指して進むのだ、と。


「歯車がかみ合うわ」


「ですが『斧打ちの国』は強国です。私たちは勝利しましたが、まだまだかの国の兵は多いでしょう」


「私が貴女の国を強くしてあげるわ。心配いらない」


 『斧打ちの国』を破るためにもクルーミルに強い力を与える。そして国を統一させる。

 統一王クルーミルとその友ボナパルト……偉大な王の誕生に力を貸すのは悪くないように思える。ボナパルトの野心はひとまず満足しているのだった。


「ありがと。聞きたい事はそれだけよ。満足な返事がもらえたわ」


「それはよかった。それで、提案というのは?」


「貴女を強国の女王にするためのステップその一。新しい軍隊についてよ」


 ボナパルトはその燃え尽きた灰のような青みがかった灰色の瞳を燦爛と輝かせて言った。

 



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― 新着の感想 ―
[一言] 軍権や徴税権は有力貴族が持っていて、今のところクルーミルには王族の血統だけしか価値がない ナポレオンは強力な軍団を持っているが、貴族や民衆から支持されるような正当性を持っていない ではそ…
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