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異世界大陸軍戦記-鷲と女王-  作者: 長靴熊毛帽子
第二章 『草長の国』戦争~川辺の都の戦い~
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第十五話 約束

 クルーミルとボナパルトは『川辺の都』にあるオーロー宮の謁見の間へと入る。磨き上げられた白い大理石のタイルが輝く広間には既に貴族たちがひしめいていた。


 クルーミルが最奥にある赤い玉座につき、クルーミルの家臣たちが向かって左側に『川辺の都』の周辺に領地を持つ貴族たちが右側に整列した。

 ボナパルトは後から続いてきた部下たちと共に左側に並ぶ。


 全員が起立していたが、女王ともう一人、貴族の側に並んでいる男だけが着席していた。顔には深い皺と傷があり、他の貴族たちと比べても年長であるようだとボナパルトは思った。


「我が貴い血の友。我が忠勇なる臣。歓迎します」


 クルーミルが最初に発言する。ボナパルトはその言葉を通訳なしに理解することができた。どうやら、以前クルーミルと食事した時に部屋にかかっていた呪いと同じものがこの謁見の間全てにかかっているようだった。


「統一王グルバスの娘クルーミルを、我ら一同は歓迎致します」

 椅子に腰かけた老人がそう応じた。







「アビドード殿。ここは『草長の国』で、彼らは『草長の国』の貴族。クルーミルは『草長の国』の女王。ということは、彼らはクルーミルを君主として、女王と呼ぶべきなのでは?」


ボナパルトは右となりに立つアビドードにそっと囁いた。


「『川辺の都』の貴族たちは女王陛下を主とは認めていないようです」


アビドードはただでさえ深い額の皺をさらにしかめて答えた。


「司令官閣下、あちら側に並んでいる貴族たち。右から四番目の男に見覚えがあります。あの男は先の戦いで我々が捕虜にした者です。捕虜は全てクルーミル殿に引き渡しているはずですが……」


左となりのベルティエがボナパルトに囁いた。


「なに? アビドード殿、なぜ敵がぬけぬけとこの場にいる?」


「身代金を支払ったので解放したのです」


「女王に対して武器を取ったものを解放した?信じられない。ただの兵士ならともかく彼らは貴族だ。反逆者じゃないのか?なぜ女王は彼らを罰しない? 裏切者だぞ」


「無論罰したいのは山々。ですが、あの者はこの地域の有力者。彼を戦場で倒すならともかく、罰すれば彼の一族の協力を得るのが難しくなります。女王陛下はこの国の主といえど、実際に税金を取り立てたり、兵士を募るのは現地の貴族。彼らの支持を得なくてはなりません」


アビドードは苦虫をかみつぶし、毒を吐くように忌々しそうに答えた。


「……」


王の力が弱すぎる!


ボナパルトは心のうちでそう叫んだ。この前の陣中での一件で分かっていたことだが、クルーミルの女王としての力は本当に弱いものなのだとボナパルトは痛感した。


 逆にいままでどうやって国を治めていたのだろう?王を支えるべき家臣たちは何をしていたのだ?クルーミルの父、統一王グルバスは自分の娘に有力な後ろ盾になるような貴族をつけてやらなかったのか? なぜ?


「かつては、女王陛下をお支えする者、古くからお仕えする者が数多くいたのだが。ダーハドとの戦いの中で次々に命を落としていったのだ。彼らが生きていれば。私にもっと力があれば女王陛下はこのような侮りを受けずに済んだものを……」


アビドードはそう呟いた。


「女王は戦いの中で頼れる者たちを失っていった?」


「そうだ。親しい友も、味方になってくれた肉親も、幼い頃から仕えていた家臣たちも。みな、亡くされたのだ」


ボナパルトは雷に打たれたような衝撃に襲われた。


 クルーミルは一人で戦い続けていたのだ。

両親を失い、友を失い、支えとなってくれる人たちを失って故郷から離れ血を分けた兄と戦い続ける。それはどれほど孤独な事だろうか。どれほどの痛みを伴う事だろうか。それでもなお、自らの信じる道を進むことはどれほど偉大なことだろうか!


 ボナパルトは以前、クルーミルに自分が幼い頃から孤立し、故郷を追われたことを嘆いた。泣き言は許さないとも言った。しかし彼女のほうが、自分よりもはるかにつらい境遇に耐えている。泣き言を許さない、など彼女にとっては言われるまでもない事だった。彼女は自分の嘆きを聞いた時、どのような心境であっただろうか?随分無神経なことを言ってしまったのだとボナパルトは己を恥じた。






「テルマルタル伯。私はあなたの王です。お忘れですか」


 『統一王グルバスの娘クルーミル』と呼ばれたことにクルーミルは異を唱えた。


「王とは力ある者に相応しいものです。クルーミル殿。我ら『川辺の都』の諸侯は過去に貴女を王と仰ぎ、王冠に忠誠を誓いました。すなわち、貴女には敵を防ぎ、我らの領地を守る義務がありました。ところが貴女は、ダーハド王との戦いに敗れに敗れ我らの領地を守ってくださらなかった。そのために我々は家を焼かれ、民を殺され、宝を奪われ、ダーハド王に膝を屈して許しを乞うことでようやく生き延びることができたのです」


テルマルタル伯と呼ばれた老人の声は枯れていたが、力強いものだった。


「今回の戦はクルーミル殿の勝利でした。しかし、ダーハド王は必ず大軍を呼び集めて戻ってくるでしょう。もし、我々が再び貴女を王として認め、戻って来たダーハド王に敗れたならダーハド王は我々を裏切り者として許さないでしょう。我々が貴女を王と呼べない理由です」


クルーミルには返す言葉がなかった。


「貴女はダーハド王の妹君、我々は貴女とは戦いません。しかし、お味方することもありません」


 テルマルタル伯は静かにそう言い終えた。

クルーミルには返す言葉がない。各々が着ている服が擦れる音が聞こえるほど場は静まり返った。




「必ず勝つ!」


 唐突にボナパルトのよく通る声が場に響き、その場にいた全員が彼女を見た。ボナパルトはずかずかとクルーミルの玉座の前まで進み出て言う。


「私が保証する。女王は今後、すべての戦いに勝つ!」


「貴女は誰か」


テルマルタル伯が問う。


「私はナポレオン・ボナパルト! 女王の友。ツォーダフ公とドルダフトン公に勝利した者。私の手元にはあなた方の知らない武器と、十万を超える精鋭がいる。この中にはその威力を身をもって知っている者もいるはず。私が女王の勝利を約束する。私が付いている限り女王が負けることは無い!だからあなたたちは安心して女王に臣従なさい!」


ざわざわと貴族たちの間で議論がされた。


「ナポレオン……?」


「クルーミル、出しゃばった事は謝るわ。それと、私、随分貴女に無神経なことを言ったみたいね」


「いえ……謝罪には及びません」


「前に約束したでしょ。力を貸すって。だから私は貴女に力を貸す」


 貴族たちはしばらくの間、林が揺れるようにせわしなく話し合い、結論を出した。


「クルーミル殿、我々は貴女を女王と呼ぶことはできませんが、税を納め、王が持つ特権をクルーミル殿に認めます」


それが『川辺の都』の貴族たちの精一杯の譲歩だった。









 諸侯が解散した後、ボナパルトはクルーミルの部屋に招かれた。


「『川辺の都』の貴族たちの支持を取り付けることができました。ナポレオン、なんとお礼を言ったらいいか」


クルーミルはまるで子供のように無邪気に笑って見せた。


「別に……私は私でこの世界の貴族連中に私の力を見せつけてやりたいだけよ。後、軍隊を食わせていくには、あなたの力が強くなきゃいけないでしょ。それと、私との約束覚えてる? 力を貸したら見返りに私の望むものをくれるって。それに期待してるだけよ。……あと、少しだけ貴女の勇気が報われてほしいと思っただけ」


ボナパルトは早口に自分が協力する理由をまくしたてた。


クルーミルはそれが少し滑稽に見えて、コロコロ鳴るように笑った。


「なによ。何がおかしいのよ」


「いえ。ふふふ。ナポレオン、貴女は心を隠すのが下手なのか上手なのか……」


「笑うな!」


「すみません。ふふ…… ところで、十万の兵がいると諸侯に言いましたね。なぜ私に隠していたのですか?」


「隠してないわ。私の兵力は三万三千よ」


「……?残りの六万七千は?」


「三万三千人に私の名前を足したら十万ちょうどよ」


 クルーミルにはそれが冗談なのか、本気なのか区別がつかなかった。











 

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[良い点] 「俺が10万人分の働きをする」 「それと5万の兵で15万だ」
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