第十四話 パレード
クルーミルとボナパルトの連合軍は『川辺の都』の城門をくぐり都の大通りをパレードした。
明確に『斧打ちの国』に味方する者たちは既に都から逃げ出した後だったので、都に残っていた者たちはクルーミルたちの到着を歓迎するか、あるいは遠巻きに見物していた。
少なくとも積極的に攻撃を加えようという者たちはいなかったので、入城パレードはいたって平和に行われる。
「見なよ、あれがフランス軍というらしい」
「誰も鎧をつけていないぞ」
「炎を吐く筒で戦うらしい」
「一日中歩いても疲れず、目から光を放って夜道を歩き続けるらしい」
フランス兵を珍しがる市民は口々に噂しあって、もっと近くで見てみようと兵士たちの肩に触れるほど近づいたりして、フランス兵のほうが驚くほどだった。
「歓迎されていますね」
行進しながらフランス兵の若者、ジャックが隣を歩く口髭を蓄えた古参兵のヴィゴに話しかけた。
二人は先の戦いで部隊が敗走する中、踏みとどまって戦いボナパルトと大隊から表彰されていた。そのおかげか、入城行進をするにあたって、大隊の前列に立つ名誉を与えられ、ついでに見栄えがよくなるようにと前日に裁縫の出来る仲間たちから行軍と戦闘でボロボロになった軍服を繕ってもらっていた。
「俺たちが物珍しいだけさ。あまり愛想よくするなよ、侮られるからな」
「歓迎してくれてるんですから、そう無下にしなくてもいいでしょう。
連中が何かしてきたらこっちには武器だってあるんですから」
ジャックが胸を張るとヴィゴはほかの兵士に聞こえないようにそっと囁いた。
「随分勇ましいじゃないか。戦場で俺に泣きついたくせに」
「それは言わないでくださいよ! あの時は本当に、どうにかなりそうだったんですから」
「黙っててやるとも。この後配給される酒を俺に寄こしてくれるんならな」
「わかりました。わかりました。酒でも肉でも出しますから……」
クルーミルとボナパルトが騎士たちを従えて現れると歓声はひときわ大きくなった。
異世界の軍隊を引き連れ、『斧打ちの国』の名だたる将を二人も破った人物とは如何なる人か。多くの人々が想像を膨らませていた。
ある者は伸縮自在の剣を振るっているといい、またある者は手から稲妻を出して騎士を打倒していると語り、また別の者は呪いの言葉を使って騎士を殺せると囁いていた。
「ボナパルトは巨石を持ち上げてツォーダフ公と騎士たちを圧し潰し、騎士たちの乗っていた馬百匹を一晩で平らげ、彼の軍隊が運んでいた酒樽五十樽をいっきに飲み干しても飽き足らず捕らえた兵士たちの血をすすって、その皮で寝床を作っていた」
「恐ろしい大男で、その声は雷のように大きく、この世のどの言葉とも似ていない恐ろしい呪文を話し、聞いた人間を失神させたり、魂を乗っ取ることができる」
そういう話が主に酒場で、大勢が冗談交じりに、どれだけ大げさに語れるかを競い合うように話し合われて、人々の話のたねになっていた。
そのため、実際にクルーミル女王の横でやや神経質そうに、不機嫌そうに馬に乗って現れたボナパルトを見て、人々は最初は女王が連れている召使か何かであると勘違いした。
しかし召使が女王の横を馬に乗って進めるはずもなく、出で立ちも召使のものでも貴族のものでもないので、ひょっとしてあれがボナパルトなのか、と人々は若干驚いた。
話していた、騎士を一撃で葬るような恐ろしい大男にはとても見えない。女王や周りの騎士たちよりも二回りも小さく、肩まで伸びている黒髪は手入れがされていないのかぼさぼさで、青みがかった灰色の瞳は大きいが、眼光が鋭く、捨てられた野良犬か、あるいは獲物を探している狼のように見えた。口を開けば鋭い犬歯が見えそうだと思われた。
ボナパルトは民衆に威厳を見せながら、しかし時折花が咲くような笑顔を見せるクルーミルと違い、ずっと無愛想で他人を拒絶するような眼差しを周囲に放っていた。別に民衆を威嚇しているつもりはなく、もともとそういう顔であり、意識して愛想を見せようとしなければ自然とそういう表情になってしまうのだった。
ボナパルトの頭の中にあるのは民衆の歓心を得る事ではなかった。そういう事はクルーミルがやってくれるだろう。
先の戦いの戦利品を諸侯とどう分配するか、その金でどれだけ兵士を養えるか。失われた兵士たちや装備をどうやって埋め合わせるか。敗走した敵はこの後どう動くか、この世界の地理情報をどうやって得るか。クルーミルにこの王国を統一させるためには何が必要か。自分たちはフランスに帰ることができるのだろうか。本国に残しているジョゼフィーヌは今なにをしているだろうか。この都に風呂はあるのか……ボナパルトの脳を占めるのはそういうことだった。
青空に響き渡るようなフランス軍の軍楽隊が奏でる軍歌の勇壮な調べと歌声とその歌の意味もよく分からないまま、とにかく楽しげな空気につられて陽気な拍手を送る市民との間で、ボナパルトは一人、そこだけ雨が降っているようにどんよりとした気分で馬を進めているのだった。
入城パレードが終わったのち、兵士たちは各々割り当てられた宿舎へと散っていった。都には兵士たちを寝泊りさせるための兵営がいくらかは整備されており、兵士たちは久しぶりに屋根の下で眠りを満喫できることを喜んだ。ベッドは階級が高い順に占領されていき、下っ端は藁束で我慢するほかなかったが、これまで野外の草原で眠っていたことを考えれば天国も同然だった。
半分ほどの兵士はすばやく夢の世界へと旅立っていったが、半分ほどは戦場で拾った装備品を従軍してきた商人たちに売り払った金や、この世界でも通用する硬貨で支払われた給料を握りしめて酒場や娼館などを求めて市街地へと繰り出していった。
ヴィゴとジャックも他の仲間たちと一緒に兵営に入って重たい荷物を降ろした。
「ヴィゴさん、俺たちも市街にいきませんか」
「行くなら一人でいけ。俺は寝たい」
「寝るのはいつでもできますよ。俺、外国の街に繰り出すの初めてなんでついてきてくださいよ!」
ジャックはめんどくさそうに藁束に寝転がるヴィゴの腕を引っ張った。
ヴィゴは少しの間、嫌そうな顔をしていたが、結局ついていくことにした。
「やれやれ……お前みたいに舞い上がった新兵が街で給金を搾り取られちまうんだ。
お前が無一文になるのは勝手だが、住人とトラブルを起こすなよ」
「分かってますって。行きましょう!」
兵士たちがつかの間の休息を満喫している頃、ボナパルトは都の中心部にあるオーロー宮と呼ばれる宮殿に入った。立派な噴水や彫刻で飾られており、もともとはクルーミルの父にしてこの世界の統一王グルバスの離宮として造られたもので、在りし日の統一王の力がどれほど強力だったかを物語っていた。
「ナポレオン、大丈夫ですか?」
諸侯が待つ、謁見の間に入る前、クルーミルがボナパルトから教わったフランス語で尋ねた。
「大丈夫よ」
ボナパルトは胸を張って答えた。
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