第十一話 炎の破城槌
「あれが城か。半日もあれば落とせる」
『剣造りの市』を出発したクルーミルとボナパルトの『草長の国』の軍は順調に街道を進み
クルーミルの兵とボナパルトのフランス軍の砲兵部隊は道中にある城を攻撃していた。
「お姫様が住んでいるようにはみえませんな」
背の高いミュラがボナパルトに言う。
個人としても、指揮官としても超一流の騎兵であるミュラは
どこかロマンティストなところがあった。彼にとっては戦いは冒険である。
「実戦的な作りです。石造りの塔が二つ、城門はたぶん鉄で補強されているでしょう。
クルーミル殿の話では、投石機の類は無いようです」
参謀長のベルティエが言う。
ロマンチストなミュラと違ってベルティエにとって戦いとは科学と数学の問題である。
「さっき近づいてみたんですが、防壁の高さは義父上5人分はありそうでした。
よじ登るのは不可能ではありませんが、大変そうです」
ボナパルトの妻、ジョゼフィーヌの連れ子、ボナパルトにとって義理の息子である
ウジェーヌが補足した。まだ成人してもいないウジェーヌにとって、ボナパルトに
ついて回って世界を見て回るのは人生の修行のようなものだった。
「大砲の配置は終わったか?」
ボナパルトはぶっきらぼうに答えた。
「完了しました。城攻め用の24ポンド砲が7門」
「よし。では砲撃しろ。それほど撃つ必要があるとも思えんが、手を抜くなよ」
ボナパルトにとって戦いは呼吸するのと似たような意味があった。
城まで800mに接近していたフランス軍の砲兵が合図を受け砲撃を開始した。雷に似た轟音が響き、数秒して石造りの塔に鉄球が叩き込まていく。
粉砕された石片と居合わせた不幸な兵士の肉片があたり一面にぶちまけられまず直撃を受けた石が、少しの間をおいてバランスを崩したレンガや石がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
城の防御を任された指揮官と兵士たちはその光景を目の当たりにして言葉を無くした。たった一撃で石造りの塔が破壊されるなど想定の範囲外だった。
続いて砲弾が次々と城壁を乱打した。敵がハシゴをかけて登ってこられないように高くそりたつように作られた石壁は大砲の前に無力に等しく、あっという間に数か所が崩されて無残な姿をさらした。鉄で補強された城門も大砲の破壊力にかなわない。
城の兵士たちは守るべき持ち場を捨てて砲弾とそれがまき散らす破壊から身を守ろうと地下の貯蔵倉に逃げ込んだ。
「あれが大砲か! 草長のクルーミルめ。悪霊と手を結んだな!」
城の防御指揮官はクルーミルを罵った。
彼にとって城壁をあっという間に瓦礫に変えてしまうなど
悪霊の仕業としか思えなかった。
そうでなければ鉄球をこれほどの威力で飛ばせるだろうか?
「これでは援軍の到着まで持ちません。奴らが崩れた城壁の隙間から入ってきたらとても勝てません!」
部下の一人が悲痛に訴えた。城の守備についているのは二百人にも満たない。城壁を挟んで戦えばこそ、数の不利も補えて持ちこたえられる。そうでなくても敵に一矢報いて相応の犠牲を出させることもできるはずだった。
「……くそっ!」
「砲撃を止めろ。これ以上撃っても瓦礫を細かい瓦礫にするだけだ」
城壁をいくつか崩したのを確認したボナパルトは砲撃をやめさせた。
フランス軍の砲兵が自分たちの仕事を誇るように雄たけびを上げたがクルーミルの兵士たちは激しい音と、目の前の破壊に驚いて不気味なほど静かだった。
「相変わらず恐ろしい音です」
クルーミルの横に控えるアビドードが言う。彼は歴戦の騎士であり、数千の敵に突撃することさえ躊躇わない勇気の持ち主だったが、そんな彼をしても砲兵が響かせる音は恐ろしかった。
「ええ。本当に」
クルーミルは短く答えた。
「彼らが持ち込んだ武器は戦いを全く別のものに変えてしまうでしょう。騎士の突撃は退けられ、城や砦は価値を失うでしょう。これが戦場だけならともかく国のあり方や、世界の形すら変えてしまうかもしれません」
「そうかもしれません。それは楽しみな事ではありませんか?」
「私には恐ろしく思えるのです。ボナパルトのあの眼差しが……」
「昔から心配性なところがありますね。あなたは」
「姫様が大胆過ぎるのです」
「姫様、という呼び方は久しぶりに聞きました」
クルーミルはいたずらが上手く行った子供のように笑った。
「あれは……」
クルーミルは城壁の一角に、棒に括りつけられた兜が高く掲げられているのを見た。
「どうやら降伏するようです」
「ボナパルトに攻撃をやめさせるように伝えなくては!」
クルーミルはボナパルトの元へ馬を走らせた。
「降伏? それはいい。人も弾も無駄にすることが無い」
ボナパルトはそう言って降伏を受け入れた。
破壊された城壁の割れ目や、打ち破られた城門からぞろぞろと兵士たちが出てきた。
彼らの表情には一様に恐怖が広がっている。指揮官は『川辺の都』を占領するまで
クルーミルの軍に捕らえられることになったが、残りの兵士たちは城にある食料と装備を全て置いていくことを条件に解放された。彼らは各々自由に街や村へと散っていく。
「このまま行かせていいんですか? 彼らはまた武器をとって僕たちに向かってくるかもしれませんよ」
ウジェーヌがボナパルトに尋ねた。
「だからといって、全員捕らえておくわけにもいかないじゃない」
「殺すとか……?」
「必要があればそうするかもね。今は必要ない。捕まえたやつらを全員殺してたら誰も降伏しなくなる。
そうなったら戦いがやりにくい。敵にはなるべくすぐに逃げたり降伏したりしてほしいもの。それになにより、後味が悪い。夢に出てきたら嫌だもの」
「僕もそう思います。義父上は案外優しいんですね?」
「そう。私は優しくて寛大よ。そういられる時はね」
日暮れまでにフランス軍とクルーミルの軍は隊列を整え直し、百人ほどの兵士を城の守りに残すと
先に進んで野営の準備をしているはずの部隊に合流するために街道を進み始めた。
「日が落ちた。今日は戦った、それなのにまだ休めないのか? まだ歩くのか?」
クルーミルの騎士の一人が通訳を通してフランスの指揮官に問いかけた。
「そうだ。将軍は我々を歩かせる。我々はずっと歩く。歩いて戦うんだ。心配するな、夜中には着く。
日の出までは休ませてもらえるはずだ。日が昇ったらまた歩く」
騎士は開いた口がふさがらなかった。