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異世界大陸軍戦記-鷲と女王-  作者: 長靴熊毛帽子
第一章 鷲と女王
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第十話 進軍


「ただちに進軍し、敵が都市に入る前に撃破するべきです」


ボナパルトは力強く言った。


「それは危険ではありませんかな」


アビドードがそれに反発し、ただでさえ険しい表情をさらにしかめた。


「ここから『川辺の都』までは15日の距離。しかも途中には城もある。間に合わないでしょう」


「その城の規模は? どのような役割を果たしている?」


「街道沿いの盗賊を追い払ったり、敵の侵入を監視するための城で規模は小さく常駐しているのは三百人ほどでしょう。ですが武勇に長けた騎士と従者です。無視して進めば背後で動き回られ、補給馬車などを襲われるかもしれませんし、兵を割いて包囲すればただでさえ足りない兵をさらに分割することになります」


「ここに滞在している間に君たちの街の館や家の作りを調べた。君たちの城や城壁は私の大砲を防ぎきることはできないだろう。半日もあれば城壁はがれきの山になり、守備隊は降伏するか、全滅するかしかなくなる。問題ではない」


「あなた方の大砲の威力は存じています。あるいは、可能かもしれませんな……しかし、移動はどうされるおつもりか?」


「ここから15日の距離というのは君らの軍隊の行軍速度で、という話だ。君たちの行軍は遅い。頻繁に小休止を取り、日の高いうちから野営の準備を始めて歩みが遅い。私の兵隊は一日30㎞は歩ける。必要とあれば50㎞移動する。不慣れな土地を進むという点を差し引いても私の部下の報告によれば7日で『川辺の都』に到達できる」


「ボナパルト、30㎞とはどれぐらいの距離なのですか?」


ボナパルトが早口でまくし立て、一息つくとクルーミルがそっと尋ねた。


ボナパルトは戦いの事になると途端に悪くなる目つきをさらに細めてその予想外の質問に答えるために少しの間を置き、うまく説明できないと判断するとそばに控えているベルティエを呼び、クルーミルたちから手を放し、他の参加者にわからないように話した。


「ベルティエ、ここの連中にどうやってメートルを教える?30㎞をどう理解させる?」


「彼らが使っている距離の単位がメトエというらしく、1メトエが約0.75mのようです。ですので4万メトエかと……」


ベルティエは苦も無く答えた。


「さすがはベルティエ。……まったく不便な話だ」


ボナパルトはクルーミルのほうに向きなおるとベルティエから伝えられた距離を説明した。


「そんなに移動できるのですか!」


クルーミルは赤い瞳を大きく見開いて驚きを表した。ほかの参加者たちもクルーミルほどではないがやはり驚いた。彼らにとってそれは常識外の移動速度だった。


「我々の度量衡を君たちにもわかるように手引書を用意させるから、今後は私たちの基準に合わせていただきたい」


ボナパルトは意外そうな表情をしている面々に傲慢といえるような口調で言い放った。


「それほど移動しようと思えば、兵士を一日中歩かせなければならないでしょう。兵士がついてこられますかな……」


アビドードはなおも不審を抱いているようだった。

それに追随するように他の参加者たちからも不満の声が上がった。


「あなたの懸念はわかる。よそ者連中の軍隊の行動に自らと主君の命運を委ねるとなれば慎重になるのは当然の事。だが我々を信じていただきたい。私と私の兵士たちにはそれができる」


ボナパルトはいちいち説明して納得を得る事があまり好きなタイプではなかったが、今後の協力を得るためにもなるべく丁寧な態度を心がけてみせた。


「アビドード、あなたの忠誠心は貴重です。が、我が友ボナパルトは私たちに勝利をもたらしてくれました。彼女を信じましょう」


「我が君がそうおっしゃるなら」


クルーミルの説得をうけてアビドードはしぶしぶ、という態度で引き下がった。

他の面々(も)完全に納得したとは言えないが女王の意と、ボナパルトが持っている兵力の多さとを考えると

それ以上不満を唱えることはできなかった。


「ではただちに進軍の準備を整えていただきたい。明日の日の出と共に進軍しましょう」


「急ですな……」


参加者の一人、クルーミルの家臣の一人がそう言い、ボナパルトは危うく怒鳴りつけそうになった。フランス軍だけなら今日のうちに出発したいのが本当のところで、彼らに配慮して明日の出発を提案したつもりだったからである。一刻を争うのになんと悠長なことか。


「ボナパルトの言う通りにしましょう。各々出陣の支度をしてください」


クルーミルがそう締めくくり、この場は解散となった。




参加した諸将が部屋を出ていき、ボナパルトも部屋を出ようとしたところをクルーミルが呼び止めた。


「ボナパルト、いえナポレオン。少しよろしいですか?」


「……なに?」


「怒っておられますか?」


「別に。私の世界とここでは勝手が違う事が多いから慣れないだけ。クルーミル、貴女の家臣たちは私の事をあんまり好きではないようね。好き嫌いは別にいいけど、戦場では私の言うことを聞くようにさせて頂戴。敵と戦うのには自信があるけど、後ろから槍だの剣だのを突き出されたら困るわ」


「貴女の事を頼りにしています。家臣は私がなんとかします」


クルーミルは柔らかに微笑んで見せた。


「頼むわ」


その微笑みを見てボナパルトの心に燻っていた怒りは水をかけられたように静まった。

不思議な力を持った微笑で彼女の顔をじっと見ているとまるで心を吸い取られてしまいそうだ。と

思いながらボナパルトはクルーミルから手を放して踵を返した。


「行くわよベルティエ。旅団長以上の人間を私の館に呼ぶように、各部隊は明日の日の出と共に出立できるように準備。銃と靴の手入れをさせなさい」





翌日、夜明けとともにフランス軍一万は軍用テントを畳み、東にある『川辺の都』に通じる大街道を進み始めた。索敵と警戒を行う軽騎兵たちは夜中のうちに既に出発している。砂利道を兵士たちが隊伍を組んで行進し、その後ろを大砲を引いた馬たちが続く。そしてそのあとを軍需品を積んだ馬車が、それに軍隊に物を売ろうと続く商人たちの一団が続いて長い列を作った。ボナパルトは全体の中ほどにいて、その周りを

イタリア遠征の時に組織した五百人の護衛隊が固めている。クルーミルと騎士たちはその一団の少し後ろから続いている。「馬に乗るといつもよりも大きく見える」それが馬上のボナパルトを見るクルーミルの感想だった。







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