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異世界大陸軍戦記-鷲と女王-  作者: 長靴熊毛帽子
第一章 鷲と女王
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第九話 進軍準備

『剣造りの市』にきて数日、ボナパルトは休むことなく活動している。

朝は兵士たちの状態をチェックして回り、慣れない地で不安がる兵士たちを閲兵して士気が衰えないように努め、昼はクルーミルの招きに応じて街の有力者たちと面会し、フランス軍が必要とする物資をどうやって調達するか交渉したり、次なる戦いに向けた会議にも出席した。夜も有力者たちの社交会に顔を出して人脈づくりに奔走したり、そうでなければベルティエが持ち込む大量の報告書に目を通して細かな部分まで指示を与えて夜更かしし、護衛に仕えるウジェーヌが疲労で顔を青くさせるのを叱責しながら働き続けた。


 ボナパルトにとって最も頭を悩ませるものは火薬と武器である。これがフランス軍、ひいてはボナパルトの権力の源であり、これ無しでは活動することができない。そしてそれを用いる武器、マスケット銃や大砲の類も調達する必要があった。銃も砲も使えばいずれ消耗する。

ある日ボナパルトは自分の屋敷に『剣造りの市』の刀剣組合(ギルド)と鎧組合、クロスボウ組合からナイフ組合まで多種多様な職業組合の男たちを集めてマスケット銃(シャルル・ヴィル)と大砲を見学させこれと同じものを製造することができるかどうか尋ねた。

 普段、この世界の人間と会話するときはクルーミルが通訳を行うのだが流石に常に女王が通訳として侍るのは無理があったのでボナパルトにはクルーミル同様、触れることで会話することができる能力を持った者たちが派遣されていた。


「仕掛けはクロスボウに似ています。金属の筒は製造が難しい。ですが作れない事はないでしょう」

「週に何丁作ることができる?」

「一か月に二丁か三丁作れれば良いほうでしょう。なにぶん初めて作る武器ですから。まずどの組合でこれを作り、あなた方に納めるか決めて、それから職人を育成して作りますあなたがたが命をかける武器、一丁一丁丁寧に作らせていただきますよ。」


「話にならない。パリでは一日百丁は作るぞ。我々が求めているのは工芸品じゃない。大量生産される兵器だ。均質な道具だ。大量の!」


ボナパルトは組合の男たちに注文をつけ、通訳の交信者の手を握りしめた。通訳の若い青年はその力の強さに顔をしかめながら組合の男たちにボナパルトの言葉を伝える。


「それは無茶な相談です。我々は自分の仕事に誇りがある。戦士の神聖な戦いに用いられる武器には職人の魂が込められていなければならない。それに工作機械もない。皿を作るのとはワケが違うんですから」



大砲についても似たような調子で、しかも銃よりも見通しは暗かった。



「今すぐ作れないとはどういう事だ!」


「我々は大砲の作り方も鉄砲の作り方も知っています。しかし、道具が無いことには。加えて人手が無い事にはどうにもなりません」


ボナパルトに呼び出されたフランス人の学者、コンテはにこやかな笑みを浮かべながら答えた。


「フランスからいくらか工具を運び込んでいるだろう。ここの連中にも釣鐘は作れるだろうし、連中の板金鎧を見ただろう? 大砲を作る技術ぐらいあるはずだ」


「閣下、大砲を作るのはそう簡単な話ではないのです。わが軍の砲はグリボーバルによって規格が統一され均質で軽く、精度の高い砲です。その要が鋳型に青銅を流し込んで砲腔を形成する方式からドリルで掘削して形成する方式を採用したことです」


「ではそうしたまえ」


「ところが、この世界には青銅を穿って掘削するドリルが未発達なのか、あるいはこの街には無いのか。存在しません。工作機械を作るには多額の資金と、優れた技術者を集める必要があります。道具を作るには順序というものがあるのです。地図に線を引けば勝手に軍隊が動くわけではないでしょう。それと同じです」


「むぐぐぐ……では作れないのか?」


ボナパルトは歯ぎしりして悔しがった。大砲がなんとしても必要だった。


 大砲を作るのに必要な職人たちの経験も工作機械も何もかもがこの世界には不足していた。この世界はボナパルトが望む大量生産、大量消費の戦争を支えるにたる技術も、制度も十分にはないことが明らかになりつつあった。


「まあ、任せてください。道具が無いなら作ればいいわけです。私が作りますよ。時間はかかりますが」


コンテは笑みを浮かべていた。



唯一、火薬だけは目途が立ちそうだった。黒色火薬に必要な原料のうち、入手に問題があるのは硝酸カリウムである。これは主に硝石から精製でき、硝石を自然の洞窟や鉱山から調達するか、あるいは人工的に作り出す必要がある。フランスでは硝石の大部分を輸入に頼っていたが、フランス革命戦争で輸入路がイギリス海軍に封鎖されると大量に人工的に作り出す必要に迫られ家畜小屋や人家の地下にある土を掘りだして糞尿と混ぜて硝酸化合物を得る「硝石丘法」が普及した。一年ほどの時間を要するが安定して火薬を得ることができる。

 ボナパルトは当初この方法で硝石を得ることを考えていたが『剣造りの市』にやってくる商人たちの話によれば、西のほうに硝石を産出する土地がありそこから輸入することができるという事だった。


「対価さえ支払っていただけるなら我々はなんでも運んできますよ」


別の日にボナパルトに呼び出された、頬の痩せた、ひょろりと背の長い商人は愛想のよい笑顔を浮かべてボナパルトにそう告げた。ボナパルトの手元にはフランスから積んできた軍資金がある。これらはスイスやマルタ島から調達してきたものである。当面はこれで軍を維持することができる。しかし金は使えば減るものであり、金を得る方法もまたボナパルトの悩みの種の一つになった。クルーミルが協力の見返りにいくらか金を提供してくれてはいるが、三万を超える兵士を養い、この世界では珍しい装備を調達し、生産するには焼け石に水だった。問題が一つ片付くたびに別の問題が噴出するのである。



夜に行われる社交会もボナパルトには難題だった。

クルーミルの館には毎晩、女王に影響力を持とうとする地元の有力者や領地と自分の権利の保障を求める近くの小城の主たちがやってきては彼女の機嫌を伺ったり、陳情したり、あるいは脅迫まがいの交渉をしにやってくる。

 クルーミルにしても、こうした地元の有力者たちの支持を取り付け、彼らの権利を保障してやる対価として金や兵を引き出す必要があったのでこうした宴は必要不可欠だった。

 ボナパルトもクルーミルの友、そして女王を支持する強力な軍隊の主として宴に出席し、クルーミルの横に立って彼女の権威を支えることとなる。


「こちらが我が友、日の住む大河の向こう、フランスからの客人ボナパルト殿です」

クルーミルが有力者たちに紹介する都度、ボナパルトは不器用に笑顔を作って会釈した。


「ボナパルト、我慢してくださいね」

応対の合間にクルーミルがボナパルトにそっと伝える。

女王として相応しい威厳を感じさせる赤いドレスをまとい、光るように見事な金の髪を梳いて結い上げている、背の高いクルーミルと、それに負けないぐらい職人の技巧が凝らされて金の刺繍が入った青いフランス軍の、サイズの合わない将軍用の服に身を包み、濡れた捨て犬のように黒く癖のある髪をした背の低いボナパルトはなんとも対照的で、女王とボナパルトに批判的な有力者は密かに「犬と飼い主」と陰口をたたいた。


ボナパルトはこうした宴の場は不慣れで、また肌にも合わず、大して強くない胃腸に料理や酒が流し込まれるたびに「銃剣で突き刺されたほうがまだましだ」と思わずにはいられなかった。





そうして地盤を固めるのに日々を費やしながらもクルーミルとボナパルトはこの世界の統一に向けて

次なる進攻目標の会議を開いた。


会議の場に選ばれたのはクルーミルの館の二階の広い部屋で、四角く大きな机の周りをクルーミルとボナパルト、そして部下たちがぐるりと話をするために手を繋いで囲んだ。

 ボナパルトは話をするなら会話ができる呪いのかかっている食堂でやればいいのではないかと提案したがクルーミルが食堂は大事な会議に向いてないとか、部屋が狭いとか理由をつけて拒否した。


「我々は『剣造りの市』を取り戻し、さらに進軍する準備が整いました。我々が目指すのは王都の奪還、そして最終的には王国の統一です。そのための次なる一歩として、ここから軍を率いて十五日の距離にある『川辺の都』を攻めるのが良いと思います」


クルーミルが指した『川辺の都』は『剣造りの市』よりもはるかに大きく、人口も多く、従える村の数も段違いの「都」の名を冠するに相応しい規模の都市であり道中には小規模な城塞がいくつかある。


「我が君、内通者の情報によれば『川辺の都』には『斧打ちの国』の兵、二万が街に近づいているとの情報があります。率いているのはかの国の将軍の中でも屈指の武勇で知られるドルダフトン公です。おそらくツォーダフが敗れたのを知って『剣造りの市』の奪還と女王の捕縛を命じられているものと考えられます。彼らは『川辺の都』まで十日の距離にいるとのことでした」


アビドードが報告する。


「こちらの兵は私が連れて来た師団五千とドゼーの師団五千、合わせて一万。海岸から師団をもっと連れてくる必要があるな。クルーミル女王の兵は?」


「こちらは徴募した歩兵が一千、弓兵が五百、騎乗兵百に騎士五十人余りが揃いました」


クルーミルは誇らしげに宣言する。

以前に比べれば増えたとはいえ、やはり今回も主力はフランス軍となる。


ボナパルトは思案する。

二つの手がある。一つは海岸の野営地からさらに師団を呼び出し、兵を二万に増強する。

おそらく敵軍はその間に『川辺の都』に入り、こちらにむかって進軍するのでこちらに来る道中で会戦することになる。敵がでてこなければ二万の兵で都市を包囲する。

この作戦のメリットは兵数で敵と互角になれること。デメリットは敵が野戦にでてこなければ攻城戦を行う必要がある事。攻城戦となれば強襲すれば多くの損害が出る、包囲が長引けば敵は新たな増援を呼び出すだろうし、こちらの兵糧が尽きる恐れがある。そうなれば窮地に陥ることになる。


もう一つは今ある軍一万余りで強行軍し、敵が『川辺の都』に入る前にこれを撃破する。

この作戦のメリットは敵を野戦で素早く撃破できる事にある。

元々この地方一帯はクルーミルの領地であり、『斧打ちの国』の支配を快く思っていない。

軍を撃破すれば『川辺の都』はこちらを歓迎する公算は高い。

デメリットは強行軍で消耗した軍で倍の敵を破らなければならない点にある。


少数の兵で多数の兵を破る。戦争を行う者ならばそれがいかに魅力的で、危険な行為であるかを知っている。そのような試みが成功した例は数少ない。

……


「ただちに進軍し、敵が都市に入る前に撃破するべきです」


ボナパルトは本来、兵力で敵を上回って戦うという原則を守る人間だったが

常にそうしたことができるわけではないということも知っていた。

必要とあれば、少数で多数を撃破するということをしなければならなかった。







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