③
「私の“こじれ話”を聞いていただけますか?」
そうは言ったものの…どこから話せばよいのだろう…
なんだか…いつも手を付けかねていた遠い日の『図工の宿題』のようだ。
逡巡している私の気持ちに寄り添う様に…碓氷さんは悪戯っぽさを装って、二人の“会話”を寄り道させてくれた。
「うん!このセイボリーのひと品…すき焼きとコットンキャンディ…美味しいですよ。上に乗っかっていたのが…コットンキャンディかな?」
上に乗っていた“白いふわふわの綿”を刺さっていた竹墨の棒で掬い上げてパクン!と口に放り込んだ碓氷さんは少年の瞳になった。
「うん!まさしくコットンキャンディ…綿飴だ!美味しい!」
「綿飴がですか?」
私は唇の端に白キラキラの綿飴の繊維を残しているカレに思わずクスクスと笑ってしまった。
こんな失礼な私をカレは怒るどころか柔らかな微笑みに取り込んでしまう。
「僕の舌は結構お子ちゃまでね。遠くでお囃子の音を聞いたりすると綿菓子やリンゴ飴を思い浮かべてしまうんです」
私の頭の中にもお囃子が流れる…
「ああ、舌が真っ赤になるんですよね」
「そうそう! 縁日には…子供のロマンがいっぱいありました。僕は母一人、子一人なので…なおさら思い出深いですよ」
何のてらいも無く笑い掛けるこの人の口元に…私はつい、さっき自分の涙を拭ったハンカチを持って行ってしまう。
「綿飴…付いていました」
「これは失礼! やはり『お子ちゃま』ですね」とウィンクするこの人…
この人になら
話せるのかも…
私は手に持ったハンカチをキュッと握って軽く深呼吸をした。
「ひょっとしたらご存知なのかもしれませんが、私の父は代議士をしておりますが…私の目からは決して“正しい人”ではありませんでした。私は幼い頃からそれが嫌で…そのニオイを打ち消したくて…父の選挙区の隅から隅まで…父の思惑とは全く関係なく、ボランティア活動…主に街の清掃…時々はお祭りなどの行事のお手伝いに勤しんでおりました。
それを…碓氷さんが『働き者の手』とご評価いただき、なにか…報われた気がいたします」
「そしてそんな私の意地っ張りな行動を“頑張り”として掬い上げてくれた男の子が一人居ました。高校時代の同級生の桜井くん…彼は私にとって勉学のライバルと思っていたのですが…いつの間にかカレに…恋を患ってしまったのです…」
「ひょっとして…今回のご婚約で…その方と引き離されてしまったのですか?」
「いいえ!いいえ…カレ、桜井くんが好きなのは…当時一つ屋根で暮らしていた義理の妹さんで…私の完全な片想いだったのです。」
「でも、それは高校生の頃でしょう? その桜井さんは…もう社会人ですか?」
「ええ、会社勤めで…そしてその得意先の一つが『Marine Snow』…」
「ああ…」
私が口の端に載せた社名で碓氷さんは“おおよそ”を理解したようだ。
「はい、山田の会社です。そして桜井くんは、今も美咲…、もう妹ではなくなりましたが…に想いを寄せています」
「それは…難しい状況ですね…美咲さんの方も桜井くんに想いがあられるのなら…」
「それは! それは…分かりません。こう言っては何なんですが…アノ子!『合コンでお持帰り』される様な人ですから…」
私の言葉に碓氷さんは自分の額を指でパチン!とはたいた。
その仕草に…私は自分の頬をはたかれたような気がした。
私は何と浅ましいのだろう!!
「いいえ!いいえ! こんな事を口走ってしまう私の方が浅ましいのです! 分かっているんです!分かってはいるのですが…」
悲しみと恥ずかしさと情けなさが入り混じって私の涙腺から涙を絞り出そうとするのを必死でこらえ、ぎこちなく微笑んでみせたら
碓氷さんの方が目の端に光るものを溜めていた。
『冷徹な謀略家』
これが業界での彼の評価だ。
実際の彼は…
こうして話してみると
決して冷徹に固まっているだけの心の持ち主では無いと感じられたけど
この“光るもの”は…
何なのだろう?…
巧みな役者は、自由に泣く事も出来ると聞いた事がある。
そういう事なのだろうか…
うううん!
それでもいい!
元々…
ダマされたって何されたって!!
いいって思ってたじゃない!!
少しだけ
ほんの少しだけ
縋らせてもらおう
「卑しいオンナですよね!私は… オンナって…こんな風だから…碓氷さんは殿方に惹かれるのですか?」
「何をバカな事を!」
碓氷さんは悪びれもしないで自分の目尻を拭い、私の両肩をしっかり掴んだ。
「いいですか! 胸を焦がす想いを抱くのは男女関係ないし、例え浅ましい自分の感情にぶち当たったとしても、その事で自らを卑下するものではありません!!」
その言葉で…
抑え込んでいた涙がぶわっと溢れ零れて、私は両肩を碓氷さんの手に、腕に預けたまま両の手のひらで顔を覆いしゃくり上げる。
だって…これからする話に…顔なんて見せられない…
「でも…でもね、私…山田に汚されてるんです。
『これも自分の運命なんだ』って諦めていたのだけど、
私の“初めて”は全部!山田の手垢塗れ!!
彼にとっての私の価値は地縁血縁と欲望の垂れ流し場所!!
せめて寄り縋る優しさの糸が一本でもあればまだ救われるのに…
そして美咲!!
私の渇望する桜井くんの愛を平気で足蹴にして!!
私、美咲に傷付けられた桜井くんを…抱きしめてあげたかった!
抱きしめたかった!!
カレの気持ちが私に無くってもいい!!
どうせ私は欲望の上で抱かれるだけの女なんだから…
ちっとも構わなかったのに!!…
それすら“フーゾクのお姉さん”に奪われた!!
私、この二人への嫉妬に苛まれて叫んでいたんです!!
『もしも私が!カネで抱かれるオンナなら!カレの事を抱いてあげられたのに!!』って…」
私が…胸に頭を預けて慟哭してしまったものだから、碓氷さんは右手を私の背中に回し、左手で頭を撫でてくれた。
私が落ち着くまで
ただただ、撫でてくれた。
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『思いっ切り泣くとお腹が空く』
これは事実だ。
キノコ形のチーズとチョコレートのスフレケーキを制覇してケークキャラメル ラズベリークリームに取り掛かっている私に碓氷さんはダージリンサマーを注ぎ直してくれる。
けれども、彼のワイシャツの胸の辺りには私の慟哭の後がしっかりと残されていて…その沁みが私の胸に染みてチリチリ痛む。
せめてもの救いは、彼がCAN●NICOの上着やネクタイを脱いでラフでいてくれた事だ。
「あの、ワイシャツ汚してしまって…ごめんなさい。もしこれからどなたかに会われるのでしたら…」
「あなたをお呼びしたのに、後に予定を入れるような失礼な事はいたしませんよ。仕事はすべて済ませて来ました。」
「でもプライベートは?」
「その予定もございません。私も片想いの身の上ですが…よしんば“彼”に見られたとしても、どうという事はございません。そうですね…私を知る者に見られたら…『碓氷は誰かを泣かせた』と、また株が上がるかも…それこそ有り難い話です。」
「そんな…」
こんな言われ方をすると私の心は却って痛む。だってこの人は…
私の父などとは違い…
自分に纏わりつく“こんな噂”を武勇伝のようにはしない人だと思えるから…
「あなたの泣いた跡など、洗えば落ちるものです。そして、あなたが『汚れてしまった』とお感じになられる事も…あなたのこれからを、素敵にしてしまえば気に病む事では無くなります」
優しく笑うこの人…
でも、この人と縁のある女性は…
この人のお母様、ただ一人
そう考えて
どこかでホッとして
どこかで寂しく感じている私の心は…
大量に流した涙のせいで
一一時的に麻痺を起こしているのに違いない…
続きます
。。。。。。
路子さんのイラスト、
可愛らしさをUPさせたくて
描き直しました。
路子さんの事、
絶対に幸せにするぞぉ!!
(って言う私は路子さんの何?(爆))
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