②
今回は崇さん視点です。
父は、クズだが魅力的な男だったのだろう…
家政婦として来ていた母に手を付けたのだけれども
その一回こっきりで僕ができる確率は高くない。
何度かは逢瀬を重ねたと考えるほうが自然だし避妊だってできたはずだ。
マザコンの欲目かもしれないが、母は今も美しく、たまに父の話題になると乙女の瞳になる。
男が好きだと言う自分の心の奥底は自分自身、まだ見つめ切れてはいないが、その要因の一つにこの“乙女の瞳”への抗いがあるのかもしれない。
それと…男ならどんなに好きになって愛し合っても…
子を成すことは…
僕のような“結果”を世に産み出すことは…
ないのだから。
僕には父の記憶がない。
だからこそ、随分と年月が経って…父亡き後の骨肉の争いに勝利できたのかもしれない。
“父譲り”と蔑まれた冷徹な意志で謀略の限りを尽くしたから。
そんな僕を…母は心のどこかで恨んでいるだろうか…
母は身よりもない女手一つで…認知さえままならなかったこの僕を産み育ててくれた。
母は僕にとって、この世でたったひとりの大切な女性…その手は…日々の仕事に使い込まれていつもどこかしら痛んではいるのだけど、包み込む幼い僕の頬に障らないようにと丁寧にケアされていた。
実際会ってみると
路子さんの手は、やはり母の手と同じ姿をしていた。
その手を持つ彼女が
なぜ、“援交”を求めるのか?
お金の為とは考えづらい。
然るに、まだ結婚には至っていないフィアンセを敢えてこういった方法で裏切る必要があるのだろうか…
僕は女性に恋愛感情を持つ事はない。
けれどもリスペクトはしている。
なぜなら
生物学的な意味合いだけではなく
とどのつまり
世界は女性が支えていると思える瞬間とたくさん巡り合えるから
そう、例えば今、ずっと沈んでいた路子さんの顔が運ばれて来たアフタヌーンティーに『可愛い!!』と輝いた。
それはこのアフタヌーンティーを手掛けたすべての人々へのプライスレスな報酬であり世界の鼓動を支える潤滑剤なのだ。
「気に入っていただきありがとうございます。」
「ふふ、なんだかオーナーさんみたいな物言いをなさるのね」
「いえいえとんでもない! そこまで不遜ではありませんよ。僕がいいなって思った物をお気に召していただいたようですから」
「ええ、私こそありがとうございます。もう本当にどれも可愛らしくて…どこからいただこうかしら」
「そうですね…下段はセイボリーですからしょっぱい系ですね『スイート・トゥ・セイボリー』というやつです。」
僕は脇に置いてあった“おしながき”を路子さんに渡してあげた。
彼女はエスプーマに口を付けながらおしながきを手に取った。
その“手たち”を思わず目で追ってしまう。
路子さんは僕の所作に気づいて…メニューから外した視線に『?』を込めてこちらに向けた。
「失礼、手に…見とれていました。」
路子さんがクスッと笑ったので怒らせてはいないようだ…
「手、フェチなんですか?」
「ええ、働き者の手に限りますが」
「私の手、『働き者』なんですか?」
「はい、とても…その上で不躾な質問をいたします。どうしてあなたは…援交をなさろうとするのですか? あなたの今のお立場からは、それはあまりにもそぐわない」
「…どうしても理由が必要ですか?」
「そうやってお尋ねになるあなただからこそ知りたいのです」
ちょっとの間、逡巡してから路子さんは口を開こうとしたが…
僕は意地悪を言ってしまう。
「『オトコ狂いだから』とかは無しですよ。男色家だってそのくらいの機微は分かりますから」
「アハハハハ!!」
大げさに笑って見せた路子さんは目尻に滲む涙を薬指で止めた。
「『もう!どうにでもなれ!!』 そう、思ったんです」
路子さんの持つエスプーマのグラスが小刻みに震えていたので、僕はウォーマーに乗っかっているポットを手に取って中身をカップに注いだ。
ダージリンサマーのふくよかな香りが立ち込める。
「心を凍えさせてしまい申し訳ございません。どうかこちらをお試し下さい。」
カップを手渡した時に触れた彼女の指は悲しい程に冷え込んでいて僕の胸は痛む。
「ありがとうございます。そして…お気になさらないでください。そんな価値など私にはないのに…いや、だからこそ!素敵なおもてなしに…ついはしゃいでしまって…恥ずかしいです。」
路子さんは…大学院に通われていると聞いた。
本来ならこれから人生を謳歌してゆく年頃なのに、この物言いは…
悲しすぎる…
『この時計は…何かを呼び込んでしまうのだろうか…?』
こんな妄想まで頭に浮かんで来てしまう…
だから僕は頬がこわばらないよう神経を集中させて緩やかに微笑んだ。
「僕はとても嬉しいですよ。あなたにはしゃいでいただけると」
僕のこの言葉は不用意だったのだろか? 彼女の目から涙が一粒はらりと落ちて、僕は思わず胸のポケットチーフに指を掛けてしまう。
「いえ、大丈夫です。ごめんなさい。泣き虫はこうして用意がありますから」
彼女は淡い桜色のハンカチで目頭を押さえ、まるで心の詰まりを逃がすかのように小さくため息をついた。
「素敵なアフタヌーンティーにはそぐわないのですが、私の“こじれ話”を聞いていただけますか?」
僕が…『女性経験がない』故なのか…はたまた『この腕時計を持つ者』というバイアスが僕の心に魔法を掛けたのか…どうにも消せない悲しみが織り交ざった彼女の作り笑いの奥底に…僕は彼女の天性の可愛らしさを見た。それは時折、見出す度に目を反らせていた、僕の母と同質のものだった。
続きます
急がない事にしました。
例え読まれることが少なくても、丁寧に、あと悪戦苦闘して…(笑)
亀井さんをとてもとても可愛く書きたい!
と言う…黒楓らしからぬ試みをしております(^^;)
あと…王子様を書くのは…苦手じゃあああああ!!!!(爆)
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