表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
烈華 ~乱世を駆けた鬼姫~  作者: つむぎ舞
33/34

島左近

 明石全登あかしてるずみの率いる宇喜多軍の包囲網は完成した。

 しかし中央に固まり抵抗を見せる一団の存在で、未だ敵軍は崩れていない。

 俺自身の手で敵中央を粉砕し、決定的な一撃を加える。

 そう思い定めて一人駆け出した島左近しまさこんであったが、最後に手練れの邪魔が入った。

 朱槍を両断されて一時退いたが、それを成した武者は間違いなく女だった。


 味方が圧倒するはずの戦局、敵味方の旗印の揺らぎに異変を感じた。

 敵は血路を開き逃走していて、味方はそれを追い討っているはずであった。明石全登殿も違和感を感じている様で、兵を指揮しながら困惑の表情を見せている。

 

 なぜならば、敵の旗印はどんどん遠くなるのに、宇喜多勢の多くの旗印が左右に揺れて混乱の様相を呈している。

 それに加えて前線から宇喜多軍の兵士が逃げ戻って来るからだ。

「報告します。杭瀬川くいせがわの橋の手前で暴れる騎馬武者一人に手が付けられません。味方が次々に討たれております」

「何っ?」

 ただ一騎の武者と聞き、前に出て行こうとする明石全登を島左近は制した。


「明石殿はもう兵を退かれよ。貴殿等はもう十分に功を上げた。あれは我らで討ち取りましょう」

 宇喜多軍は槍を主力とする兵、騎馬武者を囲んで討つのなら弓鉄砲の備えのある我が軍の方が容易と島左近は判断したからだ。

 そしてその相手は先程自身が不覚を取った女に違いなく、島左近個人の好奇心からでもあった。

 打ち鐘を鳴らして退却する宇喜多軍に代わり、島左近は自身の手勢五百を前に進めた。


 杭瀬川の橋の手前、そこには確かに一騎が立っている。

 黒髪を靡かせ、脇に長巻ながまきを構えた黒駒に跨がる女武者。

 軍を止めて様子を見るが、どうやら向こうは我らを見ても退く気が無いらしい。


 まず島左近の両隣に控える二騎が同時に槍を構えて突進した。

 女将は動かず正面から二騎を迎え撃つ。

 馬の勢いを乗せての二騎での同時攻撃である、一方の槍を凌いでももう一方に貫かれる。


 しかしそうはならなかった。

 女武者が長巻を下段から振り上げるのと同時に彼女の乗馬が右後ろに跳び退くと、一人の槍が中央から両断され、もう一人は目の前の目標を失いそのまま女武者の横を駆け抜けていく。

 槍を斬られた武者が刀を抜こうとするが腕を打たれて刀も落とし、そのままこちらに駆け戻って来る。

 残る一騎は方向を変えてもう一度女武者に挑むが、一合目で槍を両断されて返す刃を首元に置かれた。


 女武者はその武者も殺さず刃を引くと、また橋の手前へと戻りこちらを見据える。たった一騎で我ら一軍の力量を試している様にも見えた。


「弓組を出せ」

 後方の弓組二十人を前に出し、女武者に向けて放たせる。

 彼女の乗馬が弓組に対して斜めに駆け出し、女武者が長巻を回していくつかの矢を纏めて払い飛ばしてしまう。

 島左近は目を見張った。

 飛んでくる矢を払い飛ばす者など初めてこの目で見たからである。三も数えぬ間に女武者は弓組の目の前に到達する。

 槍組を援護に向かわせたが、その前に女武者の刃が弓組を襲った。

 

 殆ど真横からの薙ぎ払いで何張りかの弓が叩き斬られた。

 そのまま彼女は長巻を返して何度か振るう。

 槍組が届くと同時に女武者は退き、少し駆けてから橋の手前へと戻って行く。

 ここでも死者は出なかったが、あの一撃でこちらの弓組は半数以上の弓を失っていた。


 次は何だと言わんばかりにじっとこちらを見つめる女武者、島左近は素直にそれを面白いと思った。

「鉄砲組、前へ」

 そう叫ぶと同時に、鉄砲組二十人の銃列の両脇にそれぞれ二十人づつの槍組を配して構えさせた。


 鉄砲を構える銃列を前に、彼女の乗馬が大きないななきを上げた。

 さすがに恐怖を感じたかと思いきや、女武者は勢いよく真っ直ぐに銃列へと向けて進み来る。鉄砲に対して通常は真横に駆け抜け弾を避けるぐらいしか方法が無いのにである。


「放て」の号令と共に一斉に吹き上げる鉄砲の黒煙。

 その号令とほぼ同時に彼女の乗馬が大きく横っ飛びして射線から外れた。自身への狙いを一手に集めておいて、その場から姿を消したのである。

 鉄砲の弱点をうまく突かれた。だが、彼女の乗馬がそこで泥濘でいねいに足を取られてしまい、すぐには動けないでいる。


「弾込め、急げ」

 今の一斉射撃を躱された事を理解出来ないと呆けている鉄砲組に、島左近は後方から檄を飛ばした。

 慌てて装填動作に入る鉄砲組。女武者が泥濘から抜け出して銃列の眼前を真横に駆け抜ける。

 方向を変え、勢いよく駆けてくる女武者。

 女武者の姿を目で追いながら、装填を急ぐ鉄砲組の兵達は明らかに浮き足立った。次々と発射される鉄砲。吹き上がる黒煙が辺りを埋め尽くした。


 鉄砲組の兵達が腰を抜かして悲鳴を上げる。

 流れていく煙の中に現れる影、女武者が鉄砲組のすぐ目の前に平然と立っていた。慌てて撃ち放った狙い定まらぬ二射目の鉄砲など、避けるにも値しないということか。


 彼女を狙い放たれる一本の矢。

 女武者は眼前でそれを顔色一つ変えずに掴み取って見せた。

 それで兵達も皆気付いてしまった。この目の前の女武者の異常さをである。

 島左近自身はそれを見て面白いと感じていたが、彼の率いる兵達はそうではなかった。


「弓も鉄砲も通じない」

「化け物が出た」

 そう口々に叫び後退りし始めると、踵を返して一斉に逃げ始めたのである。


 たった一騎に五百の兵が崩される。

 止めなければ、島左近は単騎でその女武者へ向けて突進して槍を振るった。

 自分達の主が敵将に向かった事で、兵達は何とかその場で踏み止まり、馬上で刃を振るい合う二人の戦いの様子をほぼ棒立ち状態のままで見守った。


          *          *


 島左近は最初こそ奇襲で攻撃の主導権を握ったが、女武者の使う長巻は槍よりも回転が速く手数も多い。

 上から下から繰り出される刃を防ぐ内に防御一辺倒になり、島左近自慢の膂力を込めた一撃が打てなくなっていた。

 自身の膝下と脇腹を長巻の刃でなぞられた。

 甲冑の上からでも力を込めてであればそれなりの傷を負わされていたはずだが、彼女は故意にそうしなかった。


 女武者の方から一旦距離をとって自分と向かい合う。

「名乗りがまだでしたね」

 彼女の方からそう口を開いた。

 これだけ好き放題やられて名乗りまで遅れては恥と、島左近が先に声を上げた。

「石田三成が配下、島左近である」

「中村家当主、中村一忠なかむらかずただの母せん。そして亡き織田信長公より与えられし二つ名は『美濃の鬼姫』です」

 

「少し聞きたい。なぜ我らを生かした?」

 そう、島左近を含めてこの女武者との戦でまだ誰も死んではいない。


「私はただ母として子の命を守りに来ただけ。東だ西だの戦なんぞに興味などありません。そして味方は逃げ、そちらの軍の大半も退いた。この戦はそちらの勝ちで終わりました」


「つまり、それ以降の死は無意味であると?」

 中村せんという名の女武者はうんと頷く。同感ではある。

「ではなぜあなたは一人で戦うのか?」

「後から出て来たあなた方は、我が武を量りに来ただけでしょう」


 だから俺達に『美濃の鬼姫』の武を披露しようという事らしい。それで彼女が何を得るのかは分からない。

 こちらも相手が一騎と侮り、弓鉄砲と品を変えてどう凌ぐかを見た。

 つまりあの女武者の言う通り、彼女を品定めをしようとしたのだ。それがこの有様である。


 兵の士気高揚の為の待ち伏せの奇襲、それが全くの逆効果になりつつある。

 次に戦場で中村軍の先頭を駆けるあの女武者を見た瞬間、この五百の兵は戦わずに逃げ出してしまうだろう。

 それを防ぐ手立ては唯一つ。

 俺自身が彼女と戦って見せる事で、この女武者が『無敵の化け物』ではなく『人』であると兵達に知らしめること。


 槍を短槍へと取り替えた。

 長さと振りの勢いは劣るが、その分接近時の使い勝手と速度が増す。

 あの女武者の長巻とやり合うのに丁度良い。

 もう戦場全体に気を配る必要は無い。前方の一点のみに島左近は集中した。



 本気で行く。

 島左近は全身から気勢を上げて纏った気もろとも女武者へと突進した。

 女武者も同時に馬を駆けさせる。

 互いの放つ気が戦場でぶつかり合い、馳せ違い様、島左近は女武者の放つ凄まじい気勢をその身に浴びた。

 肌がひりつく衝撃、自身の放った渾身の気が押し戻され、そして突き破られたのだ。何だこの威圧感は…。


 互いに位置を変えて刃の届く距離にまで騎馬を寄せる。先程の様な打ち合いに持ち込めれば必ず力で押し勝てる。島左近はそう目論んだ。


 主の戦いを見守る兵士達には、馬を止め槍を縦横に振るう島左近に対して、女武者の方は馬を前後に動かしてそれに挑むも跳ね返され続けている様に見えている。

 しかし、島左近自身は焦りを覚えていた。


 女武者の発する凄まじい気を浴び続けるだけでなく、こちらの繰り出す攻撃は全て空を斬り、相手の刃は自身に届いてくる。

 それを捌くので手一杯という状態だったからだ。


(先程は俺の打ち込みを全て受け止めていたのに…なぜ…。そうか、その背に守る者達がいたから無理に受け止めていたという事か…)


 そして驚くべき事に島左近は気付いた。

 彼女の乗馬が自らの意思で島左近の槍を避けているという事を、そして馬が避けきれない攻撃のみを女武者が刃を添えて受け流している。

 だから女武者は攻撃に専念出来る。

 俺は一人と一頭を相手に戦っているのだと。

 馬の動きに対する重心移動が上手い。正に人馬一体と言っても過言では無い。

 凄い。凄いぞ、驚きだ。


 劣勢にありながらも島左近は女武者と黒駒の動きから目が離せない。

 おそらく今俺は笑っている。

 我が人生最強の敵が目の前にいる。だが、届かせてみせる。

 もっと速く、鋭くだ。


 飛んでくる矢を素手で掴み取る程の者、普通に繰り出す槍など止まって見えるに違いない。

 島左近は槍の速度を更に上げていく。

 完全に空を斬っていた槍に長巻が触れる感触が確かに伝わってくる。そうだ。もっと速く、もっと鋭く。

 鍛え上げて来たはずの自身の体が悲鳴を上げる。

 気を更に穂先に込めて、この島左近最強最速の一撃で女武者の心の臓を貫く。


 島左近は咆哮上げて渾身の槍を突き出した。

 両者の動きが止まる。

 そして戦場の静けさだけが周囲を支配した。


 胸の中心の一点を狙い突き出された島左近の槍は、中村せんの長巻に下から持ち上げられて交差し、槍は中村せんの右頬に流れ彼女の黒髪だけを貫いた。

 そして中村せんの長巻の刃は、島左近の首元へと置かれ、皮一枚を斬った所で止まっていた。


 負けだ。完全に負けた。互いに刃を引き向き合った。

「島左近殿、どうか御武運を」


 中村せんを名乗った女武者は、とても晴れやかな表情でそう言い残すと、乗馬を翻して杭瀬川の橋を一人渡って駆け去って行く。


 島左近が振り返ると配下の兵達が皆、一斉に歓声を上げ自分の方へと駆け寄って来る。

「さすがは左近様じゃ」

「あの化け物を追い返してしまうとは」

 聞こえてくる賞賛の声が何とも耳に痛い。だが愉快だった。


(この島左近ともあろう者が、完敗だ)

 島左近は中村せんの背を見つめながら大声で空に向けて笑っていた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ