義絶
森せんが傷を負い、はっきりと意識を取り戻したのは四月十五日の事であった。
何度か熱にうなされ朦朧とする意識、襲ってくる傷の痛みと体の気だるさ、それらを回復させるために自然と体は眠りにつく。
それを何度か繰り返してようやくはっきりと目覚めたのだ。
誰もいない薄暗い室内。
森せんはゆっくりと立ち上がり、外の明かりが薄く差し込む障子を開けた。
風に乗り漂う強い潮風が通り過ぎていく。
立ち並ぶ旗指物の列、遠くに聞こえる足音の群れと甲冑の鳴る音。
戦場の空気を肌に感じた。
ここは城内の屋敷の一つなのだろうと森せんは思った。
自分の様子を見に来たのであろうこの城の女と目が合った。
女は慌てる様に元来た廊下を早足で駆け去って行く。
しばらくして現れたのは『飛蝶』の女達数人を伴った天野源右衛門である。
「お目覚めになられましたか」
「心配をかけた様ですね。もう大丈夫みたいです」
左肩の傷の痛みはまだ残るが、気はしっかりとしている。ここが戦場であるならば、これ以上の回復を望むのは贅沢というものだろう。
天野源右衛門も『飛蝶』の女達も武装している。自分もそれに倣い「甲冑を」と女達に告げた。着替えのために女達と室内へと戻る。
廊下にて控える天野源右衛門が、ここに至るまでの状況を説明してくれた。
天野源右衛門と『飛蝶』の生き残りは元の野営地まで何とか撤退したが、『黒雲』が運んできた森せんの手負った姿を見て美濃国への帰還を断念し、丁度岸和田城へと向けて南下中であった中村一氏殿の率いる羽柴軍へと合流した。
中村一氏殿は皆を快く岸和田城へと受け入れてくれ、そこで森せんをはじめ、生き残りの全員が傷の手当てを受ける事ができたのだという。
『飛蝶』の生き残りは森せんと天野源右衛門を除いた十一名が健在であり、後に深手を負っていて逃げられなかった者が三名発見されて岸和田城に収容された。
三人については治癒するのに時がかかるので、中村一氏殿がこのまま城で預かってくれるという。
「借りを返すつもりで来ましたが、どうやら中村一氏殿にはまた借りを作ってしまった様ですね」
「それが、家臣の方から我らは礼を言われました」
「どういう事です?」
「我らの戦った戦場を見て、我が殿は随分と変られたと」
天野源右衛門にそう伝え来たのは中村家の家臣、野一色助義という人物。
此度の雑賀衆との戦で、中村一氏は羽柴秀吉から岸和田城と共に大軍を預けられながら、特に戦らしい戦をせずどこか消極的だった。
それが『飛蝶』の戦った壮絶な戦場を見て、人が変ったかのようにかつての自分を取り戻して奮起したという。
今では雑賀衆と根来衆が築いた千石堀城を含む六つの城による防衛戦を攻めに攻め、一進一退の攻防を繰り広げているという。
「我らの戦が励みになったのであれば、幸いですね」
『飛蝶』は多くの犠牲を出した。
なつ、ゆう、かわ、そして多くの女達が戦場に散った。それが少しでも何かの役に立ったのならば、それは生き残った者達にとっても救いになる。
森せんが回復するまでの間、『飛蝶』は岸和田城の守りに就くという形でこの城に厄介になっている事も知った。
その好意に甘えて長居してしまっては返って迷惑。現に後詰めにやって来た堀家の軍は、任を果たすとすぐに北ノ庄城へと帰還している。
森せんも明日にはこの城を発つべきと皆に告げた。
『飛蝶』の生き残り全員と言葉を交わして深手を負った三人を見舞い、前線にて戦の真っ最中で城へと戻れぬ中村一氏殿には、夜の内に認めた礼状を残して去ることにした。
* *
尾張国金山城への帰路、皆一様に口数は少なかった。
それぞれ思うところのある戦だった。でも今は誰もそれを語らない。
まずは無事帰還し、その後で自分の心とそれぞれが向き合う。皆、そう心に決めていたからだ。
そんな中で一つ、森せんには腑には落ちぬ事があった。
伴惟安の手の者の姿が消えたのである。
四月十日までは、天野源右衛門の元へと手の者の繋ぎが来ていた様だが、「帰還の折りには大垣城へと立ち寄れ」との伝言を残し、それ以降は全く姿を現さなくなったという。
森家で重大な何かが起きたのかもしれない。
しかしそれを知る術を森せんは失っていた。とにかく早く金山城へと帰還するしか情報を得る方法が無かった。
池田家の居城である美濃国大垣城に入って、森せんはそれを知ることになる。
四月二十日、大垣城で森せん一行を迎えたのは弟の池田輝政だけであった。
一行はしばらくの間、この城に滞在する様にと言われ、森せんだけは弟輝政に促されて一人別室へと移動した。
その部屋にあったのは池田恒興と池田元助二人の位牌。
先の織田、徳川連合軍との戦に敗れて父と兄の二人は討ち死にし、下の弟である池田長吉も手負ったという。
二人の葬儀は既に済ませたと告げられ、その事に驚いたのを知ってか、弟輝政は何か言い出し難そうだったが、同じ戦場で森長可も討ち死にしたのだと告げたのである。
「すぐに金山城へと戻ります」
立ち上がりかけた森せんに弟輝政は怒気を含んだ声で「座れ」と命じる。
尋常ならざるその表情に、森せんは渋々ながら従った。
「姉上、あなたは森家で何をやらかしたのですか?
森家の新当主となった森長重の名であなたに渡すようにと絶縁状が当家に届いているのですよ」
「絶縁などと、なぜですか?」
「それを聞きたいのは俺の方です。両家中とも大変なこの時期に、一体あなたは何をやっているのですか」
夫長可の死を告げられたばかりで、更に森家からの絶縁。
突然の事が重なり森せんの頭は混乱した。
まずは弟から絶縁状とやらを奪い取り、それを読み進めていく。
絶縁状には森せんを、「当家の一大事に己が遊興の為に城を離れた不届き者」として糾弾し、「当家との縁はこれきり、既に他人故、今後一切金山城を訪れることを禁ずる」とまで書かれていた。
森せんにとっては心当たり無きこと。明らかに自分を森家から追い出すためにねつ造された方便であった。
少しづつ頭の中を整理していく。
まず森家の当主がなぜ弟の森長重になっているのか?
夫長可と自分との間に子が出来ぬうちに森長可に何かあった場合の森家の家督について、夫長可と直に話し合ったのは紛れもない森せん自身である。
その際の決め事は重臣の誰かに森姓を継がせて、未熟すぎる弟長重には家督は渡さぬという事になっていた。
そしてその際には森せんも離縁という形で森家を出て池田家へと戻る事を夫長可から承諾を求められていたのだ。
次に戦の最中に森家を離れたのは、夫長可と家臣達の評定の結果であり、そこに森せんの意思は介在していない。
淀城にて大阪城入城を断られ、岸和田城の後詰めを命じられた際に、羽柴家の命を拒否し、替わりに自ら後詰めに赴くとは申したが、それは形の上で筋を通したにすぎない。
何より泉北での戦を、『飛蝶』の殆どを失ったあの戦を『遊興』と述べるその一文には憤りを覚えた。
幸いにも弟輝政は、森長重側の言い分よりも姉である自分の言葉を信じてくれた。
森せんの語る森家中における森長重と母えい一派との確執、そしてこの書で糾弾されている不在の理由についてもきちんと耳を傾けてくれた。
実際、池田家も大阪城入城を断られ、岸和田城後詰めを命じられていたのだ。
どちらが嘘を語っているかなど一目瞭然だったのである。
弟輝政は「わかった」と腕を組み、溜息をつきながら森せんをその場から解放してくれた。
弟輝政との対面を終えた森せんは皆の元へと戻り、『飛蝶』の解散を告げた。
『飛蝶』の女達は当面池田家の預かりとなり、そのまま池田家に残るも去るも各自が決めるようにと申し伝え、そして一人外へと飛び出した。
そこまでが、彼女が平静を保てる限界であった。
* *
森せんは『黒雲』に跨がり大垣城を一人飛び出した。
途中城の大手門で止められたが、泣きながら何度も「開門」と叫ぶ森せんに門番の方が折れた。
東に向けひたすら駆けた。
ただただ金山城へと『黒雲』を駆けさせる。
浮かぶのは森長可の困り顔と笑い顔。それ以外の彼の顔を森せんは思い出せない。不器用だけれど、とても愛に溢れた人。
何より自分を心から愛してくれていた。中々言葉に出してくれぬ所に不満はあったが、それでも愛されていると実感できた。
織田信長公の治世が崩れ平穏な世とはいえず、何度も離ればなれになったが、この二年と半月を共に笑い、喧嘩して過ごした日々はとても楽しく、そして輝いていたのだ。
目を閉じれば彼の息づかいや肌の温もり、その匂いまでもを鮮明に感じる。
会いたい。会いたい。今すぐにでも会いたい。
そんな気持ちが溢れては、涙と共に風に流されていく。
陽が落ちかけた頃、森せんは木曽川の北岸の峰にいた。
金山城の城下町から上がる夕食の煙、その背後の山頂に構える金山城の雄姿。
様々な思い出のいっぱい詰まった場所。
とても近くてとても遠い。もう二度と戻れぬ場所。
十分すぎる程に泣き腫らしても、乾いた涙の上から再び溢れてくる。
それ程までに悲しいのだ。
「長可様、長可様~」
そう何度も叫んだ。森せんは、自分の思いの丈を込めて何度も何度も。




