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烈華 ~乱世を駆けた鬼姫~  作者: つむぎ舞
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死闘 後編

 なつとかわの二人が率いる『飛蝶』の一団は、雑賀衆の砦の奥にある鉄砲の火薬貯蔵庫を目指す。

 砦の中に作られた窪地の中央に一の柵、南端の小さな櫓の下の方に二の柵があり、貯蔵庫はその奥にあるのは間違いない。

 一の柵を抜けた所で、奥に逃げた十人程の敵の刀槍組が待ち構えていた。

 二の柵自体が貯蔵庫への入口であるらしく、その上には雨よけの屋根まである。

 奴等がそこを守っているのは見ていて分かる。

 

 生き残りの人数はどちらも十人程、斬り結んでいる間にかわと護衛の女とで二の柵へと飛び込み、中の火薬を潰してこいとなつが言う。

 かわが頷くとなつが「任せたよ」と笑い、長刀を構えて皆が駆け出した。

 かわも鉄砲を放って一人を倒し、少し遅れて彼女達を追いかける。


 突如海側の土塁の上に男達が数人現れ、こちらを認める土塁を滑り降りてきてなつ達と刃を交え始めた。

 味方が増えて意気の上がった敵の刀槍組がここぞとばかりに乱戦に加わってきた。それを横目にかわと護衛の女の二人で土塁内壁の隅っこをすり抜けていく。


 この時現れたのは根来衆の援軍。

 海沿いの村へと送られた五百名の根来衆は、雑賀孫一さいかまごいち率いる砦方面への援軍が遅れていると見て、手勢百人を割いて送り出したのである。

 これがなつとかわの二人を窮地に追いやった。


「かわ行け」

「かわ、進め」

 女達が斬り結びながら声を上げる。

 二の柵へと辿り着いたかわが、なつ達の方へと振り返ると、男達の数は数十人にも増えており、土塁上には乱戦に加われず、順番待ちをしている者までいるぐらい敵で溢れている。


『飛蝶』の女達が次々に何本もの槍に貫かれ絶命していく。

 少しでも援護になればと鉄砲の装填動作に入ったかわだったが、護衛の女に腕を引かれて半ば強引に二の柵の内側へと一人放り込まれた。

 護衛の女が二の柵を閉め、落ちていた槍をかんぬき代わりに差し込むと、その前に一人長刀を構えて陣取ったのだ。


 彼女の言わんとする事は分かる。かわに一人だけで奥へ進めと言うのだ。

 かわは急に恐ろしくなり、その場を動くことを戸惑った。

 護衛の女も男達と刃を交え始めた。

 かわは助けになればと鉄砲を装填しては男達を柵の内側から撃ち抜いていく。


 撃っても撃っても敵は減らない。きりがない。

 それに反して味方の女達はもう殆ど残っていない。

 中央で一人頑張っていたなつさんが複数の男達に組み付かれて地面に倒れ、折り重なった男達の中に見えなくなった。


 かわは声にならない叫びを上げた。

 なつの首を男の一人が掲げて立ち上がったのだ。

『二刀持ち』と皆がそう名付け、ゆうが死んだあの日何も出来なかった私を見下ろし笑っていたあいつだった。

 恐ろしさで震えていた体が、込み上げてきた怒りで一時的に止まった。

 かわは涙を流しながら、鉄砲を男に向けて放つ。

『二刀持ち』が男達の中に沈んで見えなくなった。


 一斉に向けられる男達のぎらつく殺意の籠もった視線、柵を隔ててかわを守る護衛の女が抵抗していたが、背から何本もの槍の穂先が突き出てきた。

「中にもまだ一人いるぞ。殺せ」

 男達が二の柵に殺到する。


 かわは恐ろしくなって奥へと逃げた。

 兵糧の入った袋に水の入ったかめ、馬草の束と様々なものが置かれた中に、蓋をされた大瓶が三つある。

 これが火薬に違いないと思ったが、こんな量を一人で壊して土に混ぜるなど出来るとは思えなかった。

 そんな事をしている間に殺される。


 嫌だ、死にたくない。

 かわはその場にしゃがみ込み、すぐそこに迫り来る死の恐怖にただ震えていた。

「嫌だ、嫌だ、嫌だ。私はまだあの方に自分の想いを伝えていない」

 ずっと大事に溜め込んできた想いが、胸の奥から弾けそうな程に溢れてきた。

「源右衛門様あぁ」

 かわはありったけの大声で天野源右衛門あまのげんうえもんの名を叫んでいた。


 届くはずの無い声、そして聞こえるはずの無い声。

 少し時を置き、かわははっと顔を上げた。


 聞こえた。

 確かに自分の名を呼ぶ声が聞こえた。かわと自分の名を呼んでくれる天野源右衛門の声が、まだ私は一人ぼっちじゃ無い。

『飛蝶』

 かわがそう口にする。

 かわの腕に足に力が戻る。唇を噛みしめた。

 

 馬草の束に火薬を少量まぶして火縄を近づける。

 シュっと音を立てて火が走り、乾いた馬草が一瞬で炎に包まれた。


 二の柵が破られる大きな音が聞こえる。迫る男達の足音に怒声。

 火を、もっと大きな火を。

 かわは炎を吹き下げる馬草の束を持ち、立ち上がった。


          *          *


 戦場に響く天野源右衛門の叫び声。

 根来衆との乱戦中、突然聞こえた最愛の女の名を叫ぶその声を聞き、尋常で無いなにかを感じた。

 森せんが声を上げる。

「行け、源右衛門。走れ」


 天野源右衛門が自分に一別して砦の方へと急ぎ駆け出す。

 直後、雑賀衆の砦の南端が爆散し、その勢いで南の小櫓も吹き飛んだ。

 あまりの出来事に一瞬、戦場に静寂が訪れた。


 天野源右衛門の進みが歩みに変り、そして立ち止まる。

 息づかい荒く肩を上下させながら視線定まらぬまま周囲を見渡す彼の目、その姿を見れば誰があれを成したのかは言うまでもない。

 かわに違いなかった。

 森せんにも、今の天野源右衛門にかける言葉は何一つ見つからない。

 

 成すべき事を成す。

 森せんは気持ちを切り替え、目の前で戦う『飛蝶』の女達に退却の命を下した。

 一人で殿軍を務め、愛馬『黒雲』と共に追いすがる敵を薙ぎ払う。


 天野源右衛門も女達に引きずられる様にして退いていく。

 敵との距離が大きく開いたのを確認してから、森せんは『黒雲』を砦の東側へ向け駆けさせた。


          *          *


 雑賀孫一さいかまごいちは爆散した砦の上に一人立っていた。

 眼前に見えるのは累々とした敵味方の屍、その中で動けずにいる生き残りの女達を探し出しては槍を突き込んでいる根来衆の姿。

 砦の西側に並べられた負傷者の列の中に、港から船で負傷者を運び出す板に乗せられて横たわる裏一りいちの姿もあった。


「何だこの有様は」

 大量の鉄砲を銃列の前に敵が骸を晒し、力尽き逃げていく。

 そんな一方的な都合の良い戦を頭に描いていた。

 根来寺に援軍を求めたのは、あくまで人死にを少しでも減らすためで、兵を増やして防御を固めてしまえば、敵は攻める事を躊躇ためらうと考えたからだ。


 しかし結果はどうだ。

 砦を守る雑賀衆も攻め来た敵も、殆ど相打ちの形で死に絶えている。

 これ程に凄惨な戦場をこの若き孫一は今まで見たことがなかった。


「親父はこんな光景を何度も見てきたに違いない。

 だから必要であれば『雑賀の孫一』の名に拘ることをしない。俺にはそれが出来ず、それで砦に戻るのが一日遅れた。その結果がこれか…。

 こんなに多くの者を死なせてしまったのは、紛れもない俺の未熟さだ」


 倍する我らを相手に戦ったのは、自分が今まで見たことも無い女だけで編成された軍。

 貯蔵庫までもが破壊されこの砦は陥とされたが、今はここに俺達が立っている。

 ここで負けを認められないのは孫一の若さ。

「まだ引き分けだ」と心の中で叫ぶ自分がいる。

 南から一騎で駆けてくる女将の姿を雑賀孫一は見つめた。


「北のみなと水軍二千が敗れ、羽柴軍七千が岸和田城を目指し南下を始めました。直にここにも羽柴勢が来るかと」

 北からの伝令と申す者が雑賀孫一にそう伝えて、再び馬を翻して南へと駆け去って行く。


 もうこの砦に拘る必要は無い。

 父重秀も土橋重治つちばししげはるも大阪を諦めて羽柴軍を追いながら戻ってくるだろう。

「退却の鐘を鳴らせ。羽柴軍の本隊が戻ってくる。千石堀城の防御線で守りを固め直す。岸和田城包囲の根来盛重ねごろもりしげ殿にも退がるように伝えよ」


 根来衆の男達の殆どが負傷兵達を船に乗せるべく港へと向かう。

 雑賀孫一も土塁を下り乗馬へと跨がったが、馬を皆とは反対の方角へと向けた。


          *          *


 砦の東側の空堀の所で、壊滅した敵味方の姿を馬上から一人見下ろす女将の姿があった。

 自分よりもずっと若い。

 未だ少女の顔立ちのその女将を見て、雑賀孫一はそう思った。

 乗馬を進めると、それに気付いたのか女将の方も騎馬をこちらに向ける。


 戦は終わった。

 だが彼女のその表情は明らかに一戦を辞さずというものだった。どうやらここの俺達だけがまだ、この戦に未練を残している様だ。

 鉄砲を肩に担ぎながら、雑賀孫一が言う。

「決着を我らの手でつけようか」


 手にした古めかしい武器、長巻ながまきを彼女は斜めに振り下ろして構えた。雑賀孫一は了承の意と受け取った。

「美濃の鬼姫、森せん」

「雑賀の孫一だ」

 互いに名乗りを上げた。しかしここは森せんの方が上手だった。

「若造の孫一など知らぬ」


 ふっと笑った森せんの表情、何より『若造』の言葉に雑賀孫一はかっとなり乗せられた。

「お前の方がどう見ても年下だろうが」


 鉄砲を扱う雑賀孫一に揺れる馬上は不利、にもかかわらず孫一は自分から乗馬を駆けさせた。

 馬上射撃は父重秀の十八番おはこで、お世辞にも当代の雑賀孫一は未だそれに並び立つ技量には達していない。

 だが、それが幸いした。


 照準と同時に撃つ早撃ちの癖のついていた雑賀孫一は、上下に揺れる馬の拍子に上手く合せられず、相手を狙ってすぐに引き金が引けなかった。

 横に逸れた女将の眼前をそのまま駆け抜ける。


 それで見えた。

 あの女将の乗馬が、自ら鉄砲を避ける様に横に跳び退いたのだ。

 以前も銃撃を外し、不本意な一撃を食らいかけたが、その時は単なる偶然だと思っていた。

 それが間違いだったと孫一は確信した。

 信じられない事だが、あの馬が自分で鉄砲の射線から外れるよう動いているのだ。そしてそんな馬の急激な挙動に顔色一つ変えず、さも当たり前の様に乗り続けているあの女将。


 馬の死角は真後ろだけ。

 一騎打ちで相手の背へ鉄砲を撃ち込む隙など、まず見つけられない。

 だが、からくりが分かればやり様はある。


 雑賀孫一が銃口を向けると、女将の馬は横に大きく跳び、それで真っ直ぐに走り来る勢いが一瞬止まる。

 再度駆け出す速さも中々のものだが、それで相手を誘導できる。

 それを二度試した。

 女将も気付かれたと感じたのか、表情を歪ませ小さく舌打ちした。


 これで決める。そう雑賀孫一は決意した。

 今度は馬を止め、女将が突撃してくるのを待つ。

 鉄砲を向けるとあの女将の馬は大抵左へと避けた。女将が武器を振りやすいよう、そちらに避けている。賢い奴だ。


 森せんを名乗る女将が馬に鞭を入れた。向かい来る。

 雑賀孫一は一度鉄砲を水平に構えて、すぐに馬が跳び退いた先の地点へと銃口を向け直してから引き金を引いた。

 相手の動く先を予測して射撃する父重秀より学んだ技だった。


 吹き上がる黒煙。そこに女将と馬の姿は無かった。

 凄まじい気迫でただ真っ直ぐに進み来る女将が見えた。乱暴に手綱を引いた事で雑賀孫一の乗馬が暴れて竿立ちになる。


 地面に叩きつけられた雑賀孫一の真横を女将が駆け抜けていく。

 衝撃でしばらく動けなかった。馬の蹄の音がゆっくりと近づいてくる。

 刃を眼前に突きつけられた雑賀孫一は、何だか楽しくなって笑い出した。


「刃を向けられて笑うとは、あなたは頭がおかしいのですか?」

 森せんを名乗る女将が雑賀孫一を見下ろしながら言う。

「負けた。気持ち良いほどに負けた。戦も、一騎打ちも。この雑賀の孫一がだぞ」

「人が死に過ぎました。未熟な戦だったと私は思っています」

「それは俺も同然だな。俺も未熟だった」


 スッと刃を引いた森せんに、孫一は「殺さぬのか?」と尋ねる。

「互いに兵を退いた時点で戦は終わっています。これは意地の様なものです」

 そう言い捨て、森せんを名乗った女将はその場を後にする。

 その姿を見送りながら、雑賀孫一がゆっくりと立ち上がる。体の痛みに顔を歪ませた。


 火縄の匂いがした。

 振り返り制止の声を上げたが、鉄砲は放たれた。

 背から撃たれた女将が一度仰け反り、馬上で倒れた。彼女の乗馬が慌てたように駆け出した。

 鉄砲を放ったのは根来衆の三人の男の内の一人。退却の命に従わず、死体漁りをしていたのだろう。各々が戦利品をいくつか手にしている。


「この孫一の戦を愚弄するのか」

 刀を抜き放ち「手柄じゃ」とばかりに叫び浮かれる三人を、怒りの感情のままその場で斬り伏せた。

 向き直った雑賀孫一の目に、何とも言えぬやるせなさが宿る。

 女将を乗せた馬は、もう遠く小さくなっていた。

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