死闘 中編
雑賀衆の防衛戦はどこもかしこも目も当てられぬ惨状となっていた。
大量の鉄砲を構えて敷く自慢の銃列が破られたのである。
普通あれだけの鉄砲を撃ちかければ腰が引け逃げる者が必ず出る。これまで見た敵は実際そうだった。
しかしあの女達は一点の迷い無く銃撃の中を進みきた。
仲間の屍をもろともせずにだ。信じられないものを見せられた。
周囲の男達が青ざめた顔をして狼狽える中で、裏一ただ一人だけが笑みを浮かべていた。
「面白え、やっぱりあいつら面白えぞ」
刀を抜き櫓から出て行く裏一を雑賀者の一人が引き止める。
「指揮はどうするのですか?」
「こんな乱戦で指揮もあるまい。弱い奴が死ぬ。それだけだろう」
それに雑賀孫一からここの留守は頼まれたが、軍の指揮を執れなどとは言われてない。それでも一応やることはやった。
ただ敵の方がこちらより一枚上手だっただけの事だ。
そもそも今ここに居ないあの『若造の孫一』が悪い。
根来衆から援兵を請うのに丸一日考え、昨日にはここに戻って来ているはずだったのに、未だ出かけたままなのだ。
もう言うまい。あとは俺の戦をする。誰にも邪魔はさせない。
「全員来い。北の敵に斬り込む」
裏一は刀槍組二十人を引き連れて西側の土塁上を真っ直ぐに駆けた。
敵の女達は砦中央の一の柵まで押し入らず、砦の北側入口に竹束を並べて鉄砲を放っている。そのまま押し寄せていれば、土塁の上から奇襲して潰せたが…。
視線を戻し、前方で鉄砲組を殺戮している長刀の女達を見据えた。
飛び込んでいく。女を一人、二人と斬った。
裏一が味方の鉄砲組に「退け」と叫べば、状況も分からず白兵戦を戦う雑賀者達に逃げ出せた者もいただろう。しかし裏一の頭にあったのはそういう事ではない。
(どうせ死ぬなら、俺の盾になって死ね)
「二刀持ちの奴だ」
「二刀持ちが出た」
三人目の女を斬ったところで、女達が口々に声に出すのが聞こえた。
突然女達の動きが変った。
他の雑賀者達を無視して三人の女達が自分を狙い澄まして向かい来る。囲むでは無く、一方向から三本の長刀が腕、足、腹へと同時に突き込まれる。
これは厄介だぞ。
避けきれず足を薙ぐ一撃を刀で止めたが、それで刃が根元からポキリと折れた。
地面を転げ、鉄砲組の男一人を盾にして追い討ちの長刀の刃を逃れた。
裏一は背の刀を抜いた。
これは重いが刃が厚く、長刀を受けて刃は欠けてもすぐに折れたりはしない。
更に自分を狙う女が増えた。
増えた女達は刃を向けず、地面の土を握って自分の顔に投げつけてくる。
(目潰し…、こいつらこの俺を討つ算段までしていやがったか)
卑怯だとは言えない。「戦に卑怯もクソもない」いつも自分が言っている言葉だからだ。
俺がこんな状況なのに味方の奴等は一体何をしてやがる。
裏一の視線の奥で一緒に斬り込んだはずの刀槍組の男達が、血まみれの一人の女に次々に倒されていく。
自身の死が見えた。だが全身がそれを拒絶している。
「俺の死に場所は、決してこんな所じゃねえぞ」
血まみれの女達に斬り刻まれて迎える死なんて、一体何の冗談だと。
裏一は背を見せて一人走り出した。
ただ逃げた。空堀に飛び込んで、更に走った。
後ろを振り返り、追っ手が誰もいないことを確認すると、裏一はその場に座り込んで大きく息を吐いた。
* *
「追うな。今は目の前の目的を果たせ」
なつの怒声に『二刀持ち』を追おうとした女達は立ち止まった。
本心を言えば、ゆうの仇であるあの男を決して逃がしたくは無い。だが今はまだ自分達の役目を果たしていない。
一人を討ち取るために割く人数の余裕も自分達にはもう無い。あの男の事はそれからだ。
砦の中の二つの柵で守られた先に貯蔵庫がある。
そこには間違いなくこの何百丁もの鉄砲に必要な火薬が蓄えられているはずだと天野源右衛門が言った。
なつとかわの二人が森せんより受けた命は、「それを探し出して無効化せよ」である。
主せん姫が定めたこの戦の勝利は、この砦の占拠では無く大量の鉄砲を維持する貯蔵された火薬の無効化であった。
それさえ果たせば雑賀衆の鉄砲は全て案山子になる。
仮に砦を陥とせなくても、それさえ果たせば味方の為の次の戦に繋げられるというものだった。
天野源右衛門より厳命されたのは、火薬を見つけても決して火で焼こうとはするなという事、火縄の火でさえ近づければ手足が吹き飛び、大きな火を当てれば周囲を巻き込んで粉々に爆散するぞと教えられた。
樽、壺、何であれ壊すなり倒すなりして火薬をぶちまけ、地面の土と混ぜてしまえばそれでもう鉄砲の火薬の役目は果たせなくなるという。
だが、まずはそこまで辿り着くことだ。
生き残りはそれなりにいるが、生きているだけという者もそこには含まれる。
満足に動けるのはなつを含めて十三人。
遅れて加わったかわともう一人を加えても全部で十五人というところだ。
なつ自身、血で真っ赤に染まっている。それが返り血なのか自分の流した血なのかはよく分からなくなっている。
敵の守る一の柵と味方が並べた竹束との間で、雑賀衆とかわ達の銃撃戦が繰り広げられる。
一の柵には敵の鉄砲組の何人かが逃げ込んだだけなので、鉄砲の数はこちらと殆ど変らない。
味方の鉄砲組四人の内の二人が倒れ、かわも腕に銃弾が掠ったが、敵の鉄砲は全て撃ち倒した。残るは敵の刀槍組のみ。
「押せ」
なつの号令と共に『飛蝶』の女達が一の柵へと突き進んだ。
* *
海沿いの村から火の手が上がり始めた。
奥田道利率いる堀家の軍が雑賀衆の守りを破ったのに違いなかった。
『飛蝶』の攻める砦の戦況は今のところ互角に見える。
堀家の軍の来援まで保てばこの戦の勝利をものに出来るだろう。
「敵砦の南側ががら空きの様ですな。我らでそこから攻め土塁上を押えてしまえば、それでこの戦は決まると思います」
天野源右衛門の言に森せんは頷いたが、動こうとした彼をその場に止めた。
森せんの側に手の者が走り来て告げる。
「南より敵の援兵、根来衆一千が来ます。率いる将は雑賀孫一」
「一千の軍だと」
天野源右衛門が驚きの声を上げた。
雑賀衆と根来衆には確執があり、南からの援軍は来ないはずだった。しかし雑賀孫一自らがそれを率いて現れた。
明らかに雑賀孫一自身が援軍を請うたのだろう。体裁よりも彼は実を取ったという事だ。
乱戦だが、今一時耐えれば、あの砦は陥ちる。
森せんはしばし目を閉じ、そして決断した。
「天野源右衛門、森家の戦いを敵に見せてやりましょう。我らがあの一千を攻め続ける限り、砦に援兵は届かぬ」
「森長可様の父君の武勇伝、『攻めの三左』にあやかるのですな」
「それでこその森家、私はそう思います」
亡き森長可の父、森可成と一千の兵が守る近江国宇佐山城が浅井家と朝倉家の三万の軍に攻められた際、彼は籠城せずに何度も繰り返し討って出ては敵に城攻めさせなかった。
森家の誉れ高き武勇伝として、家中の手本として語られる逸話である。
手にした長巻を掲げ、森せんは天野源右衛門と『飛蝶』三十三人を率いて南に向けて動き出した。
* *
響き渡る法螺貝の音、来援を告げ味方の士気を鼓舞する目的だろう。
南から北へと駆けてくる二つの集団があった。
すでに雑賀孫一は一千の兵を二手に分け、一隊を海沿いの村へと向かわせている。そちらは既に遠い。ならば我らが当たるのは残りの五百。
森せんの目の前で馬上の若者が更に五百の兵を二つに分け、二百を自らが率いて速度を上げる。
眼前の三百を目指して森せんは声を上げる。
「源右衛門、『飛蝶』と共にあれを攻めよ。私は孫一の率いる方を追う」
天野源右衛門はほんの一瞬だけ驚いた様見えたが、すぐに笑って「承知」と頷いた。『私らしい』とでも思ったのに違いない。
馬首を翻して、森せんは雑賀孫一の率いる二百を一人で追った。
一人では無い。私は『黒雲』と共にある。
速度を上げ、走る根来者の背を長巻で撫で斬りにしながら駆け抜ける。
四つ、五つと首が飛んだ。大きく円を描いて再び迫る。
正面の敵数人が一斉に槍を構えて突き込んでくる。
『黒雲』が横に飛ぶ勢いを借りてその槍達を右に払い、手首を返して刃を振り抜く。二人の首が飛んだ。
三度目の突入、鉄砲の装填を終えた雑賀孫一が馬上からこちらに鉄砲を向けた。
黒煙が吹き上げるのとほぼ同時に『黒雲』が真横へと飛び退く。
ぎゅっと引き締め、再び矢のように飛び出していく『黒雲』の動きが体に伝わる。雑賀孫一と馳せ違う。
すれ違い様、森せんは雑賀孫一の背に向け長巻を薙いだが、孫一も馬を前に走らせたので斬ったという感覚は手に伝わらなかった。
混乱する根来衆達。数人が逃げ始めると一気に二百の集団が崩れた。制止しようと雑賀孫一が声を上げている。
森せんは天野源右衛門と『飛蝶』の女達の方に視線を向けた。
勇戦、だが数が違いすぎて徐々に押し込まれている。
『黒雲』に鞭を入れ、檄を飛ばす。
叫び声を上げながら、次は三百の根来衆の元へと斬り込んで行った。




