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烈華 ~乱世を駆けた鬼姫~  作者: つむぎ舞
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決意

 あの雑賀衆とは戦う。それが『飛蝶』の女達の決意。

 まず一人一人に森せんが問い、皆を解散させた後でなつがもう一度、一人一人と話してその意思を確かめた結果だった。


 摂津国花隈城下で集った者が抱くのは、自分達から全てを奪った戦を憎む心である。だからこそ戦に勝ってその先を見続ける事が、それを見ずに死んでいった近親縁者達の恨みを晴らす事に繋がると考えているのだ。

 例え戦で死のうとも、それは戻らなかった近親縁者達の元へと召すという事であり、それはそれで本望であるという。


 美濃で新たに集めた鉄砲組の者は多少事情が違う。

 厳しい調練に耐え『飛蝶』に居場所を見つけた者達だ。

『飛蝶』は彼女達の家であり家族、『飛蝶』が戦うというのであれば、家族を守る為に自分が戦うのは当然と考えている。

 皆に共通しているのは、自分達が『飛蝶』であるから戦うという意思だ。


 私は彼女達を何処へと連れて行こうとしているのだろうか?

 戦の先にあるのは光ではなく、終わりのない修羅の道かもしれぬ。そして私自身が彼女達を地獄へと導く死の先導者であるのかもしれない。


 元々『飛蝶』は、戦の世で理不尽に奪われる者達を救い守る為に作り上げたものだ。森家の誉れの為に戦うのは、極論を言えば自分一人だけでいい。

『飛蝶』が力をつける程に、彼女達は戦を求める様になった。

 それに反して森せん自身は、『飛蝶』を結成当初の目的の集団に戻すべきではないかと思い始めている。


 天野源右衛門あまのげんうえもんとかわの恋愛関係、『飛蝶』の女達の中にも森家中の男達とねんごろの仲になっている者も少なからずいる。

『飛蝶』が森家の軍の不在時の領内の留守を守る為だけの軍となれば、遠い戦場へと赴く事も無くなる。

 戦い抜きその先を求めなくとも、彼女達の女の幸せというものは、既にそこに在るのかも知れないからだ。


 そして森せんは決定を下した。

 今日より三日、この場で待つと『飛蝶』の皆に伝え、戦を始める為の二つの条件を提示した。


 まず一つは、淀城へと送った手の者が援軍を連れてくること。

 そしてもう一つが、雑賀衆が現状のまま増兵していない事の二つで、その二つが満たされなければ『飛蝶』はこの場を去り、北の中村一氏なかむらかずうじ殿の軍七千に合流して、そこで新たな戦いに加わる事にするとである。


 ゆうの弔い合戦だと息巻いていたなつが不満の声を上げたが、森せんはそれを一蹴した。ゆうの無念を晴らしたい気持ちは森せんも同じ。

 それを理解するなつは、それで引き下がった。


「天野源右衛門」

「はっ」

「鉄砲組と共に雑賀衆に接近する策を集めなさい。

 鉄砲組の者もどんな些細な事でも良いから、こうされると嫌だという事を声に出すのです。それで味方の人死にを減らせます」


「なつ」

「はい、姫様」

「鉄砲を防ぎ近づくには策の他に大量の盾が必要です。『飛蝶』を連れ山に入り、竹を手に入れなさい。大量の竹束が必要になるはずです」


 今より三日で全ての準備を終えると告げ、森せんは『飛蝶』を解散させた。

 すぐになつの声が響き、女達がそこに集まっていく。


 続けて自分の側に控える伴惟安ばんこれやすの手の者にも森せんは指示を出す。

「雑賀衆の陣容、将の名、何でも良い。情報がもっと欲しい」

 彼等が消えるのを待ち、森せんは『黒雲』に跨がった。


「源右衛門、しばし『黒雲』を駆けさせます。後の事を頼みます」

 そう告げて駆け出した。

 流れる景色、風を感じる。

 溢れ出る涙が止まらなかった。ゆう、ゆうと何度も声に出した。

 

 途中、『黒雲』が何度か歩調を緩めて自分に首を向けてくるが、その都度「大丈夫」と笑って見せた。

 それでも頬を伝う涙は止まらなかった。


          *          *


 森せんが定めた期限の三日目に、淀城に送った手の者が三百の手勢を『飛蝶』の野営地へと道案内してきた。小勢ではあるが、待望の援軍である。


 来援したのは堀家の軍二千の一部を割いた支隊。

 越前国北ノ庄城に現在拠点を置いている堀秀政ほりひでまさは、此度の羽柴家と織田信雄を支援する徳川家の戦では北陸方面の佐々成政ささなりまさに対しながらも、自ら三千の兵を率いて尾張国犬山城へと参じた。


 しかし羽柴秀吉は堀家に佐々成政には兵を向けず、代わりに大阪城へと兵を入れてくれるようにと依頼したのである。

 堀秀政は北ノ庄城へと伝令を発し、留守居に父である堀秀重ほりしげひでと一千の兵を残し、家老の堀直政ほりなおまさに兵二千を率いて大阪城に入るよう命じたのである。


 他家に遅れての出立であった事、加えて大阪城留守居の黒田孝高くろだよしたかの何らかの思惑があってか、この二千は京の南の淀城に留め置かれたままになっていた。

 森せんの放った手の者が淀城に伝令として走った際、たまたま居合わせた堀直政の耳にこの事が入った。

 羽柴方の役人の制止も聞かず堀直政は即断すると、中村一氏なかむらかずうじ軍の後詰めに赴くと決め南進したのである。


「では堀家の本隊は中村一氏殿の軍の南を押える雑賀衆二千に当たり、私と貴殿とでこの港を守る雑賀衆に当たると言いう事ですね」

「そうせよと聞いておる。それにしても森家への援軍とは聞いていたが、池田せん殿が将とは思いもよりませんでした。失礼、今は森家の奥方でしたな」


 笑いながら言う堀家の武将の名は奥田道利おくだみちとし、山崎の戦の際には羽柴軍の中にあった様で、森せんに対して彼は懐かしげに話してくるが、彼の方が一方的に森せんを知っているというだけで、摂津国の兵站庫で見た薄汚い羽柴軍の姿に嫌悪感を抱いていた森せんには、当然ながら彼の記憶などあるはずがない。


 だが、どう攻めるかを決める際にも、山崎で戦った女だけの一軍の事を聞き及んでいる奥田道利は、『飛蝶』を見ても侮る様子は無く円滑に話し合いは進んだ。

 彼は森家が用意した大量の竹束を見て、海沿いの港を擁する村を掘家の軍が攻めると申したので、必然的に森せんと『飛蝶』が村の東側の砦を攻める事になった。


 ゆうの夜襲隊の攻撃でかなりの被害を出したはずだが、この三日の間で砦の雑賀衆が兵を増やした様子は無い。

 どうやら雑賀衆と根来衆との間には確執がある様で、そのあたりの事を森せんは奥田道利に尋ねてみた。


「かつて根来寺は河内国での利権に目が眩み、織田軍の雑賀侵攻時に静観を決め込みましたが、実際には織田側に付いた。雑賀衆の根来衆への恨みはそう簡単に消せるものでは無いでしょうな」

「では、戦の最中に南から根来衆の援軍が来る事は無いと?」

「そう思います。北の二千には我が本隊が当たりますので、そちらも援軍を出すどころでは無くなるでしょう」

「砦を守る敵の武将ですが、『雑賀の孫一』という名の様です」


 一揆勢の将などどうという事はあるまいと、森せんが何となく口にしたこの名に、奥田道利は目を開いて食いついた。

「雑賀第一の将の名ですぞ。それがあの小砦にいると申すのですか。何かの間違いでは」

「間違いありませんが、孫一とはそれほどの男なのですか?」

「鉄砲の名手として知られ、石山本願寺との戦の際には、あの織田信長公に手傷を負わせた程です。これは大手柄首ですぞ」


 そう興奮して言う奥田道利。しかし森せんはその事に首を傾げた。

 そんな男なら大阪の本隊を指揮しているはずではないのか?

 それに敵の砦に紛れ込んだ手の者が得て来た情報では、その孫一は年配者達から『若造の大将』などと呼ばれていたからである。


「では裏一というのは?」

「全く聞き及びませんな」

 奥田道利の言葉に森せんは肩を落とした。

 森せんとしては、孫一よりもその裏一という男を重要視していたからだ。何よりそいつはゆうの仇でもある。

『飛蝶』の中でもあの男は『二刀持ち』と呼ばれる様になっている。

「堀家の本隊が戦を始める夜明けと共に、我らも戦を始めるとしましょう。あとは互いの陣にて詰めるということで」

「承知した」


          *          *


『飛蝶』の野営地に戻った森せんは、堀家との話し合いで気になった幾つかを天野源右衛門に伝え、特に敵将雑賀孫一について尋ねた。

「代替わりしたのかも知れませぬな」

 織田家と石山本願寺との戦いで、天野源右衛門のいた明智家は壊滅の憂き目にあったという。それを指揮したのが雑賀孫一であったと。

 森せんの聞いた雑賀孫一は二十歳そこそこの年齢、石山本願寺との戦が今から八年前というから、その孫一と今の孫一は源右衛門の言う通り別人なのだろう。


『飛蝶』を集合させた。

 森せんは馬上から彼女達一人一人の顔を見る。

「明朝、全員であの砦に仕掛けます。

 敵は大量の鉄砲を持つが、我らと同じで鉄砲も槍も使いこなせる兵などそうはいません。我らが勝つには鉄砲の雨の中を進み刃の届く間合いまで迫ること。

 この三日間で我らはいくつもの知恵を出し、準備も整えました」


 刀を抜き、天に掲げた。

「一撃で決めます。これはやり直しのきかぬ戦です。それを肝に銘じなさい」


 なつが『飛蝶』と大声で叫ぶ。女達の声がそれに続いた。


  

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