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烈華 ~乱世を駆けた鬼姫~  作者: つむぎ舞
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夜襲

 森せんも『飛蝶』の女達もその夜は一睡もせずにゆう達夜襲隊の帰りを待った。

 なつは女達の間を何度も行き来しては彼女達と言葉を交わしていたが、気丈に振る舞いつつも彼女が不安を隠せないでいるのは見ていて分かる。


 夜明け前『飛蝶』達の野営地に、天野源右衛門が率いた一隊がかわ達を連れて戻って来た。

 ゆうが率いた二十二人の内、戻れたのはかわと三人だけ、その有様を見てなつが悲痛な声を上げた。


 泥だらけの鉄砲を抱きしめたまま肩を振るわせるかわ、生き残った二人の女も地に伏して泣き崩れている。

「かわ、説明しなさい。何があった?」

 すでに天野源右衛門が三人から夜襲の顛末は聞いていると言うが、森せんは皆の前であえてかわに問うた。

 かわが顔を上げ、腕で涙を拭ってきっと顔を引き締めた。

 重い空気の中、彼女が少しづつ口を開くと、女達もかわの声に耳を傾ける。


「ゆうさんが斬り込んだ所の敵は鉄砲持ちばかりで、しかもぐっすりと眠り込んでいました。私達は圧倒的だったんです」


 深夜に敵陣に接近したゆう達だったが、雑賀衆は多数の篝火を砦の周囲に広範囲に置いていた為、それを越えてそれ以上進む事が出来なかった。

 仕方なく村と砦の警備の間をすり抜け、篝火が少ない敵陣の西側、つまり海側の奥の方から斬り込みをかけた。

 残ったかわ達鉄砲組の二人は、斬り込みに合わせて退路を確保するために、篝火を倒しながら後から進んだという。


「警鐘の板が打ち鳴らされるまで、随分と殺したと思います。撤退の頃合いだと思いました。でも、あの男が現れた。ゆうさんが鉄砲組を呼ぶ声が聞こえました」

 その男が『飛蝶』の女達を一人で十人は倒したという。

 ゆうは鉄砲でそいつを討ち取るべきと考えたのだろう。


「鉄砲を走らせて先に向かわせましたが、彼女は篝火の中に身を晒してしまい銃撃を受け倒れたので、私が鉄砲を拾いゆうさんの元へと向かいました」

 そこでかわの声が止まった。


「どうしたかわ、ゆうが簡単に殺られるわけが無い。ゆうはどうなった?」

 なつがかわに詰め寄りながら問い質す。

「頼むかわ、話してくれ」

 かわの息づかいが上がる。彼女が肩を大きく上下させながら声を出した。


「ゆうさんの所に私が辿り着いた時、ゆうさんは腹を刃で貫かれながらも、その男をしっかり両手で捕まえていました。

 私の声に気付いたゆうさんが男の背をこちらに向けて撃てと叫びました」

「そこでゆうは死んだんだな。でもその男も殺したんだよな」

「弾が…出ませんでした。装填済みのこの鉄砲の引き金を何度引いても、弾が出なかったんです」

「何てこったい。使えないからくりめ。その男はどんな奴だったか教えてくれ」

「刀を持った男でした。背にも刀を背負っていました」

「二刀持ちの男だな、わかった」


 天野源右衛門がなつを押しのけかわの持つ鉄砲を奪い取る。

 泥だらけのそれをしばし眺めて、かわの頬を力一杯に張り倒した。

 地面に倒れ伏すかわを見下ろし、天野源右衛門が口を開く。

「装填した鉄砲に衝撃を与えると、火皿の火薬が飛び発火しない場合がある」


 その言葉を受け、はっとしたかわは身を起こし、差し出された鉄砲を奪い取る様に握ると、銃身から抜いたカルカを銃口へと突き込む。

 続けて火蓋を開き、中の火皿を確認して腰の火薬袋から少しだけ火皿に火薬を注ぎ込んだ。

 銃口を少し上に向けてかわが鉄砲の引き金を引くと、轟音と共に銃口から黒煙が噴き出した。

 鉄砲を撃ち終わったかわは、力が抜けたようにその場にへたり込んでしまう。

「次はしくじるな」

 天野源右衛門はそう言うと後ろへと下がった。

  

「話が途切れましたね。かわ、続けなさい」

 森せんが促したが、しばらくかわは何も喋れないでいた。

 生き残った三人の女達が見かねてか、かわの代わりに話し出した。


「退けの声が聞こえました。

 かわの声だったと思います。でもその時には村の方からも砦の中からも敵が現れてきて、それを斬り抜けながら必死に逃げたんです」

「奴等は執拗に追って来ました。私達三人を逃がすためにかわが一人敵に姿を晒し、別の方向へと敵を引きつけてくれました。それで私達は生き残れたんです」


 事の顛末は理解した。

 夜襲は見事に成功したが、敵に予想外の手練れがいた。

 そいつを討ち取る事に気を取られたゆうの退却の指示が遅れ、敵地深くへと入り込んだ夜襲隊は撤退の機を逃し多くが死んだという事だ。


「ゆうさんを私の目の前で殺してから、あの男は私の前に立ちました。そして何も出来ないでいる私を見下ろして笑ったんです」

「その男の話はもういい」

 天野源右衛門が声を上げる。

「退却の合図を出したのは私です。怖かった。私はゆうさんを見殺しにして逃げたんです」

 かわがその時の事を再び思い出したのか、声にならぬ叫びを上げる。

 もうこれ以上は無理だろう。女達を動かしてかわを下がらせた。


「最後に一つだけ、直接敵と刃を交えたお前達三人に聞きたい。『飛蝶』は雑賀衆と戦えますか?」

 唇を噛みしめ耐えていた三人の女達は、森せんの問いにきっと顔を上げ、口を揃えて「戦えます」と言った。

「刃の届く間合いであれば、私達は負けません」

 皆の手前平静を装ってはいるが、ゆうを失った事は森せんにとっても衝撃であり、心が挫けそうになるのをじっと耐えていたが、彼女達のその言葉には少なからず勇気を貰った。


 解散させた後も『飛蝶』の女達は皆一様に黙り込み、野営地はしばらくの間悲しみの静寂に包まれていた。

 鉄砲のからくりを何度も動かして装填動作を繰り返すかわのすすり泣く声と、からくりの鳴る音だけが暗闇の中から聞こえてくる。


          *          *


 並べられた遺体の列を見ながら、雑賀孫一さいかまごいちは拳を握りしめた。

 奴等は村と砦の間に出来た僅かな暗がりを抜けて、よりにもよって鉄砲組しか配していない場所へと斬り込んできた。

 実に鉄砲組の四十人が死に刀槍組の二十人以上が腕や足を斬り飛ばされて後送せざるを得なくなった。

「してやられたな。裏一りいち、お前が俺の制止を無視して出なければもっと被害が出ていただろう」

「ああ、気にするな」


 深く入り込んだ敵の半数近くを裏一が一人で倒し、遅れて駆けつけた刀槍組が残りを討ち取ったが、それでも何人かは取り逃がしたという。

 しかも重い鉄砲を抱えて逃げた女を何人もで追ったらしいが、誰一人その女の健脚に追いつけず、結局は取り逃がしてしまったという。

 そして裏一も無傷では無い。顔面に打撃を受け、顔を大きく腫らしている。

「しかし、見事なまでに全員が女か」


 敵兵の遺体の全てが女。

 その武力といい、重い鉄砲を抱えて逃げる健脚、女如きがそれを成すとは…、何か悪い夢でも俺は見ているのか?

「確かに女だが、一人一人が中々に使う。それに間合いの長い長刀も厄介だ。俺でも一度に複数人を相手にするのは厳しい」

 必死に逃げる敵を追い討つときに激しい抵抗を受け、刀槍組の被害も大きい。

 信じがたい事だが、裏一の言は正しいのだろう。


「昨夜の襲撃が瀬踏みではなく、全力であったならこの砦は陥ちていたな」

 夕刻の戦で敵を完膚なきまでに叩き潰走させた。

 その敵がすぐに体勢を立て直し夜襲に転じるなど考えられなかった。否、俺だけは考えるべきだった。

 明らかに自分の油断、そして俺達は勝利に浮かれ慢心していた。 

 

「今回、俺達は幸運に助けられたが、受けた損害をこのまま放置という訳にもいくまい。とりあえず大阪の本隊に増援の要請を出す。増援を出せぬなら、気は進まぬが総大将土橋重治を通じて根来衆への口利きを頼むしか無い。

 当面の間は夜間の見張りの増員と見回りの強化で対応する。全員に気を引き締めさせろ」


 援兵を頼むに七千の羽柴軍の南を押さえるみなと水軍の二千を動かすのは得策では無い。それに最も近くにいる岸和田城包囲の三千は根来盛重ねごろもりしげ率いる根来衆である。

 この戦では雑賀衆と根来衆は協力関係にあるが、それぞれが勝手に戦をやっているというのが実際だ。


 かつて織田信長の雑賀侵攻時に、河内国での利権と引き換えに根来寺は静観を決め込んだばかりか、織田軍の根来寺領内の通過まで許可した。

 それで北で雑賀衆の主力が織田軍を防いでいる間に、裏道から雑賀ノ庄にまで織田軍が到達した。

 その時は事前に動きを察知し、雑賀ノ庄の民の総動員で防塁を築いて何とか対抗したが、気付けなければその一撃で雑賀は滅んでいた。

 雑賀衆はその時の事を未だに許してはいない。

 当然自分にも、その気持ちはある。だから根来衆が援兵を寄越しても、ここの兵との間ですぐにいさかいが起こるだろう。

 唯一雑賀ノ庄の土橋家だけが根来寺とは優良な関係を築いており、土橋家の人間が間に入れば何とか根来衆ともやっていけるかもしれぬが、互いの関係修復にはまだ時が必要だ。

 ともかく無いものばかりを欲しがっても無駄だと、雑賀孫一はその事を考えるのを止めた。


 しかしその二日後、本隊からもたらされた父である鈴木重秀すずきしげひでの返答は『孫一』の名を出し根来衆から援兵を請えというものだった。

 土橋重治の口利きの書簡は添えてあるが、『雑賀孫一』として根来衆に俺自身が頭を下げて来いと言っているのだ。

「またこれか…」


 俺は『雑賀の孫一』の名声を軽いものだとは考えていない。

 だが父重秀は、自分の目の前で何度か『孫一』として頭を下げた事がある。それで俺と何度か口論になった。

 なぜ頭を下げるのだとの俺の問いに、「若造が、自分で考えろ」と言い捨てるのが父重秀のいつもの答えだった。


 この非常時にも俺に説教か…、しかも今回は『雑賀の孫一』の名声に拘る俺の心と、配下の兵の命を天秤にかけて決断しろと言ってきている。

「そんな馬鹿なことが出来るか」

 雑賀孫一は大声で叫びながら、何度も地面を蹴った。

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