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烈華 ~乱世を駆けた鬼姫~  作者: つむぎ舞
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会敵

「囮を出せ」

 南端の櫓から雑賀孫一さいかまごいちが声を上げると、砦の北側から三十人程の雑賀者が飛び出て行き、盾を前面に並べて鉄砲を構える。

 東から向かい来る敵の軍列はまだ遠い。

 しかし鉄砲を構えた十人は構わず鉄砲を発射してはゆっくりと装填する動作を繰り返す。

 

 敵の数は五百、背の旗印は備前蝶。

 最初はこちらの鉄砲を警戒して何度か立ち止まってはいたが、鉄砲の再装填に手間取っていると見るや、次の発射に合せて距離を詰めようと一気に駆け出す。

「よし、食いついた」

 横に立つ裏一りいちが自分より先に興奮した声を上げる。

 三十人の雑賀者がそのまま元来た砦の中へと逃げ込むと、少し遅れてそれを追った敵勢が砦の中へと駆け込んでくる。


 この砦の丘に見えた場所は実は凹型になっており、北側を入口にした枡形に盛り土で壁が作られた形になっている。

 砦の穴は中央で柵によって仕切られており、最奥となる櫓の真下は火薬の保管庫になっている。

 柵の中で待ち構えていた二十丁の鉄砲が一斉に火を噴く。

 これを合図に東西の空堀の中に百人づつ潜ませていた鉄砲持ちの者が土塁を駆け上がり、その左右の高見から砦の穴の中に誘い込まれた敵軍へと向け鉄砲を撃ち下ろしたのである。

 

 二百丁の鉄砲による左右から撃ち下ろされる一斉射撃。

 最初に突入した者の大半がそれで絶命し、生き残った者も後ろから押しかけてくる味方に押されて逃げる事も出来ない。

 雑賀衆達は装填を終え、次からは左右二十人程度が鉄砲を発射すると、すぐに装填済みの鉄砲を受け取り絶え間なく鉄砲を撃ち続ける。


 雑賀孫一の目に砦の入口付近で立ち往生している敵将の姿が目に入る。

 乗馬を撃たれて地面に落ち、未だ味方の兵に囲まれ無事なようだが、退却の合図も鳴り響く銃声にかき消され、更には後ろから追いついてきた味方に押されて退けないでいる。

「丁度五十間というところか…」


 雑賀孫一は自身の鉄砲を構え敵将を狙うと、小さく数を口で刻みながら銃口を少し上に向けた。

 火蓋を切り引き金を引く。

 ドンという音と共に吹き上がる黒煙。

 敵将が無機質な棒の様にその場に崩れ、敵兵の中に沈んで消えた。

 隣の裏一がひゅうと口笛を鳴らす。


 正面と左右の三方向から一方的に浴びせられる銃撃に狂乱する敵勢。

「今刀槍を出して背後も囲めば皆殺しに出来るぜ」

 東側の空堀には鉄砲組だけでなく刀槍組百も一緒に隠してある。裏一はそれも出して敵の退路を断てと言う。

「ならぬ。それではこちらにもいらぬ被害が出る。戦はまだ始まったばかりだ」

「けっ、面白くねえ」

 そうは言ったが裏一も遠くで動かぬ敵の一軍にチラリと目をやり、眼前の戦場に目を戻す。


 敵にはもう一つ軍がある。

 味方を助けようと出てくれば、雑賀孫一は隠してある刀槍組で奇襲をかける腹づもりでいた。

 だが、敵勢は散り散りになって潰走し始め、その背に向けて今は鉄砲が発射されている。

「撃ち方止め」

 雑賀孫一が全軍に号令を下す。


 時間も資材も無い急造の砦だったが、何とか策が嵌まって敵勢の半数以上は討ち取れた。十分な戦果だったと言えるだろう。

「だが、見られたな」

 初見限りの小細工。

 裏一の言葉に雑賀孫一は小さく頷いた。


          *          *


 潰走してくる池田家の兵達。

 なつとゆうが逃げていく兵に止まる様声を掛けてはいるが、その声に誰も耳を貸さない。

 天野源右衛門が兵の一人の腕を強引に掴んで引き止め、少しでも敵砦の情報を掴もうと尋ねるが、男は手を放せと暴れ叫ぶだけだった。

「侍は皆やられちまった。あれは駄目だ。とんでもねえ」


 源右衛門が男を張り倒して近づき水を与える。それで男は少し落ち着きを取り戻したが、目を見開き膝を抱えたまま震えている。

 天野源右衛門がその男とゆっくり話し始めるのを見届けると、森せんは視線を『飛蝶』の女達に戻した。

 皆、先程の光景が信じられないという表情をして立ち尽くしているが、そんな中でかわだけが指を折りながら何やら数えている。


「かわ、何をしているのです」

「あんな鉄砲の使い方が出来るなんて、雑賀衆とは凄いのですね。数えただけでも二百丁はありました。おそらく実際にはもっと多い」

「かわ、聞かせなさい。あなたは今の戦を見て何を思いましたか?」


「最初は怖いと思いました。

 確かに鉄砲は強い。けれども弱点も多いのです。

 雑賀衆は鉄砲をとても上手く使ったと思います。でもあれは一度きりです。

 鉄砲組の居場所を知った相手はその正面から当たる事を避けるか、何らかの対策を講じます。

 私達はそれを知ることが出来たのですよ。これは大きい」


 かわは鉄砲はその存在や射手の居場所を知られることそれ事態が致命的なのだという。鉄砲組の組長らしい言葉だと思った。

 天野源右衛門が先程の男から情報を引き出し戻って来た。

「一度我らも退きましょう。池田家の軍の潰走に釣られて逃げ出したと見せかけるのが良いと思います」

 森せんは天野源右衛門の注進を採用して『飛蝶』に後退の命を下した。


          *          *


 一里(約四キロメートル)退がった所で陽が落ちたので野営した。

 結局、池田家の軍で残った者はだれもおらず、荷駄人足と生き残った者達とで残りの兵糧を分配して勝手に何処かへと消えていく。

 後に残されたのは、池田家の備前蝶の家紋が描かれた陣幕の布と支柱の木材に、篝火用の松ヤニの入った壺ぐらいで、他に使えそうなものは特に無かった。

 池田家の軍は戦果らしいものは一つも挙げた様子は無く、これで『飛蝶』は倍以上の敵と相対する事になる。


 今後の方針を、森せんと天野源右衛門、そして三人の組長達と話し合った。

 池田家の軍が戦った事で、敵と槍を合せるという目的は果たしたとする事も出来る。だがその場合、戦いに敗れたという汚名を受け入れねばならない。

 

 天野源右衛門は中村一氏殿の軍に合流すべしと慎重論を唱えるが、なつとゆうの二人はそれに納得がいかない様子で、かわの方は天野源右衛門に心情的には味方したいが、あえて語らず成り行きに任せているという感じだ。

 森せん自身、森家の武名を落とす道を甘んじて選ぶつもりは無い。

 しかしそれに拘って『飛蝶』の女達を無駄に死なせるつもりも無いのである。


「姫様、夜襲をさせて下さい。

 ただ相手を恐れるのではなく、相手の力量を見極めるべきです。夜ならば鉄砲もまともには使えないでしょう。

 私達の刃でどの程度戦えるのかを知り、それで到底敵わぬのならば私は退いても構わないと思う」


 そのゆうの提案になつが乗る。

『飛蝶』の女達は決して弱くは無い。

 その自負が確かにここにいる全員の心にはある。


「かわ、夜襲について意見はありますか?」

「敵が見えなければ、そもそも鉄砲は当てる事が出来ません。夜の闇も鉄砲の弱点でしょう。ついでに雨でも降ってくれればよいのですが」

「源右衛門は?」

「夜戦となれば『飛蝶』にも不利に働きます。彼女達の長刀は突くよりもその刃を広範囲に振り回すことで圧倒的な力を生みます。闇の中では互いに味方を巻き込みかねない」

「二人ともゆうの言に反対という訳ではないのですね」

 

 森せんはしばし思案して決断した。

「ゆう、自分の組から二十人を選び今夜敵陣へ夜襲を仕掛けなさい。

 決して深入りせず、無理ならば引き返しなさい。討ち入る際には十分に距離を空け、同士討ちを避けること。

 必ず生きて戻るのですよ」


「姫様、ありがとう御座います」

「ゆう、調子に乗るんじゃ無いよ」

「ああ、任せときな」

 一人その場を駆け去るゆう。女達の方で声が上がり始めた。


 天野源右衛門がしばし思案して、鉄砲組から一人ゆうの夜襲組に付けるべきと進言してきた。

 直接の戦いには参加せず後方に潜み、戦いの見極め役にするだけでなく、もし敵将がいれば討ち取る機会が得られるかもしれないというものである。

「私が行きます」

「かわ、お前は鉄砲を持っておらぬではないか」


 天野源右衛門はすぐにかわが行くのを否定したが、戦の見極め役にかわは適任だと森せんにも思えた。

「かわ、鉄砲組から一名を選び、二人でゆうの夜襲隊に加わりなさい」

「姫様、それは…」

「源右衛門、かわが心配ならお前も途中までついて行きなさい」

 夜襲を終えて帰ってくる味方を途中で迎える役目の者も必要である。

 追っ手が掛かっていれば、それを奇襲で撃退する。


 天野源右衛門もかわも互いをチラリと見ては顔を赤くしている。

 すでに『飛蝶』で二人の恋仲を知らぬ者は誰一人いないというのに、何とも面はゆい。

 なつが肩をすくめながら、自分を見てきた。

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