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烈華 ~乱世を駆けた鬼姫~  作者: つむぎ舞
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三代目雑賀孫一

 際和田城の北、泉北の港の東側に構築中の小さな盛り土の砦にて、若き三代目の雑賀孫一さいかまごいちは一人ぶつぶつと悪態をついていた。

 河内国と和泉国の二国内は羽柴秀吉と根来寺との間で領有権の係争中であり、この陣のそばの村は根来寺の息のかかった村である事から、建物を壊して砦の資材にする事が出来ないでいたからだ。

 切り出した木材を南から運搬するように言っても、兵糧を送るのが何よりも優先だと荷駄隊の組頭も孫一の声に耳を傾けようともしない。

 結果、地面を掘り土を小山のように盛る事で急造の砦の形に何とか造りあげているわけだが、砦と言うには何とも不格好で防御面も未だ心許ない。

 

 雑賀衆とは紀州国にある十ヶ郷、雑賀ノ庄、宮郷、中郷、南郷の雑賀五郷の合議によって国事が運営される共同体である。

『雑賀孫一』の名は、他国者からは紀州国にある雑賀五郷の頭領が冠する名と言われているが、実の所、雑賀五郷を率いているのは雑賀ノ庄を取り仕切る土橋つちばし家であり、『孫一』の名は十ヶ郷の鈴木家の頭領が冠するものである。

 その為、正確には鈴木孫一すずきまごいちと呼ぶのが正しいのであるが、二代目孫一である鈴木重秀すずきしげひでが織田信長との戦で大きな功名を上げたことで『孫一』と聞けば『雑賀孫一』と世間では呼ばれる様になってしまったのである。


 鈴木家頭領の資質には鉄砲巧者である事も定められており、三年前に父重秀が戦場で手負い指一つを失い鉄砲を握れなくなった事で、三代目孫一の名をこの若者が継ぐことになった。

 それまでこの若者は鈴木孫六すずきまごろくと名乗っていたが、『孫一』の名との語呂が悪く、それを機に名も鈴木重朝すずきしげともと改めたのである。


 自分が『孫一』を継いでも鈴木家の頭領は未だ父鈴木重秀である。

 若造は若造だと、父鈴木重秀や雑賀ノ庄の頭領である土橋重治つちばししげはるは雑賀衆の主力軍を率いて大阪で戦の最中であるのに、自分は貝塚の千石堀城から送られてくる兵糧を海路にて大阪へと送る港の守りに僅かの兵と共に留め置かれたままなのだ。


          *          *


 此度の羽柴秀吉との戦は、徳川家康の要請に応えるという形での出陣であり、雑賀衆と根来衆に長宗我部家の軍を加えた総数三万にも届く大規模なものであり、長宗我部と雑賀水軍は海路から、陸路からは鈴木重秀と土橋重治が率いる八千の軍が貝塚の千石堀城にて四千の根来衆と合流した。

 更に千石堀城を要として川沿いに計六つの城を築き、羽柴軍が根来寺や雑賀の地に攻め入れぬように備える防衛戦を構築中である。


 羽柴方もこれに対して岸和田城に八千の軍を置き備えた為、ここでの戦になると思っていたが、軍評定の席で鈴木重秀が一計を立てた。

「こんな南で戦っては羽柴秀吉の肝は冷えぬ。大阪へと出るぞ」

 雑賀衆は夜陰に乗じて岸和田城の羽柴軍八千を無視してそのまま大阪城を目指して北進したのである。


 これに慌てたのが岸和田城将である中村一氏なかむらかずうじである。

 彼は急ぎ与力の松浦宗清まつうらむねきよと兵一千を城に残し、七千の兵を率いて雑賀衆を追いかけ北上したのである。


 守りの手薄になった岸和田城を千石堀城を発した根来衆三千が包囲し、これと同時に泉北の港から雑賀水軍二千が上陸して羽柴軍の尻を追いかけ、中村一氏の軍を堺付近で南北から挟み撃ちにする形を作り上げて身動き出来ない状態にしてしまったのである。


 間に羽柴軍七千の軍を挟んでの対峙であるため、吉野の地から千石堀城まで送られてくる兵糧を、泉北の港から水上輸送で大阪の雑賀衆本隊へと送る糧道が作られ、その要となる港を守る為に、鈴木重朝と兵五百が配された。

 ここまでは見事に鈴木重秀の思惑通りの形に進んだのである。


          *          *


 この地が糧道の要だというのは理解出来る。

 しかし戦と意気込んで出て、敵の姿すら見ることが出来ぬ後方地の守りを任されたのである。

「秀吉との大戦じゃ」

 そう目の前で、浮かれた声を上げていた父重秀と土橋重治の二人の姿を思い出す度に、若き雑賀孫一が苦々しく思うのも、当然の事だった。


「まったく、大将もひでえぜ。『孫一』殿のお守りに俺を置いて行くとはなあ」

 そしてもう一人、不機嫌な雑賀孫一の目の前で、彼に更に輪を掛けたように荒れ、周りの物に当たり散らしている男がいる。


 名前を裏一りいちといい、鉄砲を主力武器とする雑賀衆の中にあって、鉄砲には見向きもせず刀への拘りを強く持ち、腰と背に二本の刀という風変わりな出で立ちをしている。

 腕利き揃いの鈴木重秀直属の配下の中でも過激な性格で知られ、脅せば収まる様な事でも相手を斬り捨ててしまう様な男である。

「斬ってしまえば二度と争う事も無くなるからだ」

 そう悪びれずに言い捨てる。


 今回の戦の主役はあくまで羽柴家と徳川家である。

 雑賀衆の役目は後方地での攪乱が役目であるから、血の気の多いこの男を父重秀が置いて行った理由も理解出来る。

 裏一がついには周囲の兵達にも不満をぶつけ始めたので、さすがに雑賀孫一も口を挟んだ。

「諦めろ裏一、どうせ大阪へ向かった年寄り連中も、秀吉の大阪城を肴に酒盛りして騒いで終わるだけだ。こことそう変わりはせん」


「秀吉自ら兵を率いて出て、今大阪城はもぬけの空らしい。俺なら城を攻め取って城内の羽柴の身内を皆殺しにするがな」

「そんなことをすれば、復讐に駆られた羽柴秀吉が全軍で返して来て血みどろの戦いになる」

「そこまでやって初めて陽動と言えるだろう。秀吉が丹精込めて造りあげた大阪城に俺達が籠り秀吉と戦う。面白いじゃねえか」

 目をぎらつかせて言う裏一の物言いに、雑賀孫一は溜息をついた。

「それで雑賀に何の利がある?」


 我々が目指すのはこの織田家中での争いで織田信雄と徳川家康を勝たせ、織田家中にて織田信雄が力をつけて羽柴秀吉の勢力を削ぐ存在とする手助けをする事。

 それが出兵前に雑賀五郷の長達が決めた方針、雑賀衆が羽柴秀吉相手に全面戦争をする事ではない。


 この裏一という男は「面白いから」そうすると言う。

 危険な奴だと鈴木重朝は思った。

 雑賀孫一の返した言葉を覆す言葉が見つからなかったのか「この若造めが…」と裏一が腰の刀を抜き刃を孫一に突きつける。

「俺に逆らうか裏一」

 互いに譲らぬという姿勢で二人その場で睨み合った。


 鈴木重秀の配下達には掟が二つある。

 一つは『孫一』の命に従う。

 そしてもう一つが己が死に場所は自分で選べるである。

 今の『孫一』は紛れもなくこの自分、鈴木重朝である。


 裏一はふっと笑って刀を納め、言うだけ言ってそれなりに気が晴れたのか、陣の端の方へ歩いて行くと、気合いを入れて一人刀の素振りを黙々と始める。

 気を取り直し、雑賀孫一は砦の構築に励む雑賀者達に声を上げる。

「敵がおらぬからと気を抜くな。穴を掘って土を盛れ。これが今の俺達の戦だぞ」


 兵の士気を維持するのに作事は有効である。

 しかしそれが理由で即席の砦を築いている訳では無い。

 雑賀衆全体で二千丁の鉄砲を用意した内の三百丁もの鉄砲を自分は預けられている。小細工程度かもしれないが万が一に備える為にも、鉄砲が活かせる砦をと考えての事である。


 働かず刀の素振りに興じる裏一に目をやったが、「あいつはあれでいい」と苦笑いしながら作事の指揮に雑賀孫一は意識を戻した。


          *          *


 二日後、雑賀孫一の守る砦に接近する約一千の軍の存在が確認された。

「面白くなってきやがったぜ」

 声を上げる裏一の横で、孫一は浮かぬ顔で一人腕を組んで考えていた。

 

 ここが雑賀衆全体の兵站の要と見抜いての羽柴軍の攻撃にしては、動きが速すぎるしその数も少なすぎる。

 そもそも雑賀衆が戦端を開き、大阪へと攻め入ってからまだ十日も経っていない。港を利用しての味方への兵糧輸送を始めたのもつい昨日からだ。

 それにも関わらず、事実ここだけに絞って一軍が攻め寄せて来ている。

 これは一体どういうことなのだと。 


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