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烈華 ~乱世を駆けた鬼姫~  作者: つむぎ舞
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鉄砲組誕生 後編

 鉄砲組の成果を見せたいと天野源右衛門が言うので、三度目の射撃調練に森せんは遠乗りついでと『黒雲』と共に姿を現した。

 場所は城下の空き地、盛り土の手前に並べられた三つの竹束に向かい、九人の鉄砲組女達が三人づつ三列に

並び、一人がその横に控えるという隊形の様だ。


 天野源右衛門のかけ声で、全装填状態の九丁の鉄砲が三人づつ入れ替わりながら三回火を噴く。

 撃ち終えた者から次弾装填を行うが、三列目が終わってもまだ最初の列の装填が完了していない。

「一番、放て」

 天野源右衛門の声が響き、控えていた一人が鉄砲を発射する。

 それで鉄砲組全員が拍子を取り戻したのかの様に三、三、三、一と鳴る銃声がその後三度続いた。


 十人の射手が三回づつ撃って竹束に命中したのは三発だけ、その内の二発を命中させたのが「一番」と呼ばれた女であった。

「あの一番の者が源右衛門、お前のお気に入りですか?」

「かわと言います。教えられた事をただ繰り返す他の者と違い、あの者はどうすれば上手く出来るのかを自分で考えて動きます。今は他との差は殆どありませんが、ある時期から一気に抜きん出た力をつけると見ています」


「そうですか、ならば良く目をかけてやりなさい。

 そうですね、その技に対して少し過剰な褒美を与えても良いでしょう。そうすれば他の女達もそれが欲しくてより励むと思います」

「そういうものですか」


「そういうものですよ。ですが気を付けなさい。

 情で行う贔屓ひいきを女はすぐに見破る。そうなるとやる気を失い、そのかわも皆に除け者にされて潰される」

「わかりました。肝に銘じておきまする」


 それからしばらく、森せんは『黒雲』の馬上で女達が思い思いに的に向けて繰り返す銃撃の様子を眺め続けた。

 的を外し悔しがる者。当たった驚きでしばし呆然とする者と様々だ。

 ふいに『黒雲』が普段聞き慣れぬ唸りに似た声を上げ、体を大きく震わせた。そしてその体の震えは、女達の鉄砲が火を噴くのに合わせて森せんの体にも伝わってくる。

「鉄砲が、わかるのですか?」

 森せんはついそう口に出したが、当然返事は返ってこない。

 しかし森せんは確信した。この子が鉄砲を危険なものだと認識したことを。

「源右衛門、鉄砲を私に向けてみて下さい」

 突然の事に戸惑う天野源右衛門に、もう一度繰り返し言う。


 撃ち終えたばかりの、未装填の鉄砲を天野源右衛門がこちらに向け構えると、『黒雲』が大きく横に飛び跳ねて銃口の前から逃げた。

「源右衛門、もう一度お願いします」

 言われて天野源右衛門がもう一度銃口を森せんの方に向け構えると、再び『黒雲』は横へと飛び退いたのである。


 しかしこの反応は刃を向けられた時とは明らかに違い、馬上の森せんの体にまで伝わってくる『黒雲』の震えは明らかな恐怖であった。

『黒雲』のこの特殊性を知るのは自分と夫長可、なつとゆうの四人だけである。

 何が何だか分からぬと言った表情の天野源右衛門に「よく励め」の言葉を残し、森せんは『黒雲』を落ち着かせるためにしばし駆けさせた。

「もっと鉄砲を教えてやる。それでお前はその恐怖を乗り越えられる」

 森せんは馬上で『黒雲』に、そう語りかけていた。


          *          *


 事件はその数日後に起きた。

 報告を受け、森せんは『飛蝶』に城内の馬場への参集を命じた。

『飛蝶』が整列する前に一人の女が縄を打たれている。

 鉄砲組で一番と呼ばれていた、かわという名の女だった。

 その罪状は鉄砲の紛失。

 かわは何も言わずにただそこで下される罰を待っているが、朝一番で登城した際には、泣きながら天野源右衛門に何が起きたのかを訴えていた。


 事のあらましはこうである。

 かわには共に暮らす男がいた。

 鉄砲組に選ばれ高価な武具を受け取り彼女は浮かれ、その男に自慢げにそれを見せびらかした。

 そして日々学んだ鉄砲技術を男に問われるまま得意げに教えたのである。

 かわが寝込むのを待って起き出し、男が鉄砲を手に取っているのを彼女は知っていたが、物珍しさに興味を持つのは当然とだとそれを放置していた。

 そして今朝目覚めると、大切な鉄砲と共に男の姿が消えていたという顛末だ。


 鉄砲はただ売ってもそれなりの金になる。

 しかし男はそれをせず鉄砲の扱いに興味を持った。

 尾張国や美濃国だけでなく近隣の国々では戦の気配が漂い、あちこちで募兵が行われている。

 そこへ鉄砲を持って参じれば高い禄で召し抱えられ、鉄砲であれば兜武者を討ち取る事も可能であり、そうなれば侍として召し抱えられるかも知れない。

 そんな夢を男は見たのに違いなかった。


 報告を受けすぐに天野源右衛門が男を手配する触れは出している。

 平時ならば織田領内全てにその手配は届くが、今の織田の混乱ぶりではその効果は薄い。

(しかし、困った事になりましたね)

 先だって森せんは鉄砲の紛失は死罪とそう申し述べている。

 かわの方にも油断はあっただろうが、鉄砲を盗んだ男が悪いのは明白で、死罪にするのは本来その男の方でなければならない。

 しかし紛失してお咎め無しでは同じ事が再び起こるかも知れない。

 女達に気の緩みが現れぬ為にも、不本意ながらかわには死んで貰わねばならぬだろうと、森せんは半ば心の中で決めていた。


『飛蝶』の女達もすでに事情は知っている様で、かわに対して同情の視線が投げかけられているのを感じる。

 意を決した森せんが刀を抜くと、整列した女達の気持ちが一気に引くのを更に感じた。

「約定通り、鉄砲の紛失は死罪。覚悟しなさい」

 目の前のかわは体を震わせながらも、じっとその場でその時を待っている。

 本当にこれでよいのか?

 心の半分がそう問いかけるが、ここまで来てはもう止まれぬと、森せんは刀を静かに振り上げた。


「待った。姫様」

 突然、そばのゆうが声を上げた。

 彼女はそう言って森せんの動きを止めたにも関わらず、何か迷っている様にも見えた。

「ゆう、何ですか?」

「何というか、私にはよく分からぬのですよ。かわは鉄砲を盗まれたと聞きます。ならば悪いのは盗んだ者の方でしょう。それに…」


 ゆうの物言いに驚き、なつが慌てて制止に入る。

「聞いてみたい。ゆう、続けなさい」

「はい。盗まれたと分かった時点でかわは逃げればよかったのですよ。でもそうせず死罪と知りつつ罰を受けようと城に来たのでしょう?」

「源右衛門、この者はお前に事を伝える際に、命乞いをしましたか?」

「いえ、大切な預かり物を無くした罪、死んで詫びると」

「それでゆうは、私にどうせよと言うのですか?」


「何というか、私にもどうすべきか。でも死ぬ覚悟を決めている者に死を与える。それは罰になっておらぬのではないかと…」

 ゆうの言葉にきょとんとしたのは、なつだけでなく森せん自身もだった。

「お前、すごいな」

 ゆうの物言いに、なつがなる程と頷く。

 周囲の女達も一様にざわめき始めた。

 この場にかわが死ねば良いと考えている者など誰一人いはしないのだ。

「姫様、私は何かおかしな事を申しましたか?」

「いえ、良いのです。ゆうの言には聞くべき所があると私も思います」


 少し緩んだ表情を改め、森せんは再び厳しい視線をその場の全員に向けた。

「死罪は取り消す。源右衛門、その者をお前に預けます。適正な罰を下し私に報告して下さい」

「承知しました」

「皆に申し渡す。次は無い。その事を心せよ。よろしいですね」

 背筋を伸ばした女達が一斉にその声に答える。


 刀を一度ひゅんと鳴らして納刀し、きびすを返してその場を立ち去る森せんの後ろ姿を見つめる女達の顔は一様に引きつっていた。

 背に響くなつの「解散」の号令。

 女達がかわの所へわっと集まっていく。

 背に恐怖を振りまきながら歩く森せんの顔が、実は満面の笑顔であった事に気付く者はこの時一人もいなかった。


          *          *


 結局、かわと申す女の処遇は『不寝番』という事に決まった。

 今回の事を恐れて、鉄砲組の女達九人が鉄砲を持ち帰らず城に預けると天野源右衛門に嘆願してきたのが事の発端、城の鉄砲倉へと毎日出入りさせる事は出来ぬので、城内に仮小屋を設け、そこで鉄砲を保管する事にし、その番をかわがにさせる事にしたのである。


 不寝番は二日続けて行い、一日だけは別な者が代わる。それを繰り返すと聞けば案外楽な様にも聞こえるが、彼女は朝からの調練にも参加する。

 普段の鉄砲組調練では棒で突かれた者がその数だけ走るが、鉄砲の無いかわは全て走る事になる。

 そして日が暮れて、皆が家に帰った後からが不寝番の始まり。

 これは中々にきつい。


 それから一ヶ月、状況を伝えに来た天野源右衛門の説明によれば、鉄砲を失ってもやるべき事は沢山あり、射撃調練の日には女達が撃ち終え罰の分を走っている間に、かわには竹束や盛り土に食い込んだ鉛弾を回収させ、その後でかわは十往復一人で走るのである。


 今は天野源右衛門指導の下、鉄砲の整備点検も学ばさせており、後々はかわ一人でそれが出来る様にしたいという。

 他人には任せられぬからと、それを一人でやっていた源右衛門のそう言わしめるとは、と驚いたが、彼は更に信じ難い事を森せんに言い出したのである。

「かわを鉄砲組の頭にしたいと?」


「はい、あの者の持つ使命感。そして毎日の厳しい務めにも折れぬ芯の強さ、何よりあの笑顔が良い」

「ん?」

 源右衛門の最後の言葉が妙に引っかかった。

 森せんの前で天野源右衛門が言葉を濁すのを見て、すぐに察した。

「かわに惚れたのですか、源右衛門」


 はあと、申し訳なさそうに小さく答える天野源右衛門。

 明智者の生き残りとしての負い目か、金山城に来てから常に自分を律する様な生き方をしてきた男が、森せんに初めて見せた人間らしさだった。

「お前がそれ程に言う者ならば間違いは無いでしょう。鉄砲組の頭の件は了承しました。もう一つ、そうういう事ならかわをすぐに妻に娶りなさい」

「それが…」

 歯切れの悪い返事が返って来る。

 

 こんな面白そうな話をこれで終わらせてなるものかと森せんも気張った。

 別な話で逃げようとする天野源右衛門を更に問い質す。

 この男、すでにその申し出をしたのだが、当のかわの方が「自分は罰を受ける身であるから、すぐに返事は出来ぬ」と断られたというのである。

 罰を下してすでに一ヶ月が過ぎている。ならばと森せんが罰を解くと申せばそれで済むかと思いきや、そうもいかぬらしい。

「つまり『飛蝶』としてかわ自身が皆と共に一戦を終えるまで、お前はその返事を貰えぬというのですね」

「はい、そういう事になりました」


 話が一段落終え、そのまま帰ろうとする天野源右衛門を森せんはしばし待てと引き留め、自室の奥から残しておいた甘味を取り出し、それを包んで彼に与えた。


「気丈に明るく振る舞ってはいても、女とは案外脆い所があるもの。

 弦を張りっぱなしの弓が使えなくなるのと同じで、時には気を緩める事も必要なのです。たまにはしっかりと労っておやりなさい」


「返事を待て」というかわの言葉が、既に了承の返事だと言うことにこの鈍い男はまだ気付いていない様である。

 立ち去る天野源右衛門の早足な足音が遠ざかる。

 森せんはその場でやれやれと、一人肩をすくめて笑い出した。

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