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烈華 ~乱世を駆けた鬼姫~  作者: つむぎ舞
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模擬戦

 天正十年(一五八二年)十月九日、明智光秀との争乱に際して安土城から甲賀の里へと逃れていた母えいと弟の長重が伊勢にて迎えに出した者と合流し、無事金山城への帰還を果たした。


 この頃には森家からも戦の気配は消え、金山城内も平静を取り戻しつつあった。

 そんな中にあって城内での鍛錬を欠かさずにいるのが森せん率いる『飛蝶』の女達である。

 先の山崎の戦での犠牲の大きさ、幸いにも米田城攻めでの彼女達の被害は無きに等しかったが、敵の一軍を相手に正面から相対して戦う戦ともなれば、今の『飛蝶』では太刀打ち出来ない事を森せんは痛感していた。


 彼女達は恐れ知らずで勇猛果敢に敵に立ち向かう。それが長所である反面、引くことが出来ぬ柔軟性の無さが大きな欠点でもあるのだ。

 優勢に戦が運ぶときはいい。しかし覆せぬほどの劣勢に陥った際、『飛蝶』に待っているのは全員討ち死にの全滅のみである。

 そして『飛蝶』のもう一つの欠点が将である自分自身にあると天野源右衛門に指摘された。


 まず森せん自身の指揮能力、特に指揮範囲が狭いと言われた。

 戦場では真っ先に自分が斬り込むために、己の戦いに手一杯になり全体を常に見ている事が出来ない。それで指揮が遅れて攻防の機を逃すのだと。

 ただ、天野源右衛門はこうも言う。

 それはそれで『飛蝶』の持ち味にもなるとである。

 

 これらの指摘を受けて森せんは自身の目が届く範囲の人数として、『飛蝶』の人員を二百名までと定めて増員は行わぬ事にし、せん自身が一人動く際にも指揮が途切れぬ様に、なつとゆうそれぞれに百名を与えて指揮させる事にしたのである。


 なつとゆう、二人の武力が相当なものだというのは、森せんだけでなく天野源右衛門も認める所である。

 これは野盗の類いから村を守るために二人して鍛錬し合った努力の結果であるのだが、当初二人は槍では全く天野源右衛門に歯が立たなかったのである。

 槍は力に任せるのでは無く、その力を手元から穂先に伝えることで更に力を発揮する。用法も多様であり、天野源右衛門は槍は二人に不向きと判断した。


 そこで彼が二人の為にと選んだのが長刀なぎなたである。

 刃に力が乗せやすいそれを手にしてからというもの、なつとゆうの動きが見違えるほどに変ったのである。

 これに倣い『飛蝶』の女達の武器も全て長刀に揃えてみると、『飛蝶』全体の武力の向上も見られた。


 しかし、金山城下の野原で『飛蝶』を二つに割って行った模擬戦で、その弱点がはっきりと見えた。

 なつとゆうの二人がまず中央で組み合い先頭がぶつかり合うと、後続が進めず互いに横に広がっていく。

 結果、横一線でそれぞれが打ち合う形になってしまうのだ。

 

 三度試したが状況は変らず、互いに譲らぬ良い勝負だったと女達はそれぞれ今の状況に満足してしまっている。

 森せんは二人に「これではだめだ」と説明するが、なつもゆうも何が悪いのか全く分からぬといった表情、全員に日を改めここに集合するようにと伝えた。


          *          *


 二日後、野原に森せんの相談に面白そうだと、自ら模擬戦を買って出た家老の各務元正と森家の兵百人が並んでいた。

 それにまず対するのはなつの率いる『飛蝶』の百人である。

「男共を蹴散らしてやれ」

 見守るゆう達百人から声援が上がる。


 森せんと各務元正が指揮の為に互いの隊の後方に立つため、開始の合図は天野源右衛門が行う。

「なつの思う様にやりなさい」

 隊の指揮は任せるとの森せんの言葉に、なつは自身満々に答えて見せた。


 開始の合図で両軍がぶつかると、見物していたゆう達の声が一瞬で消えた。

 それもそのはず、殆ど打ち合う事も出来ずになつの隊は一方的に各務元正の隊に蹂躙されたのである。

 交代の合図でゆうの隊が今度は野原に並んだが、彼女達の顔にはもう余裕が無かった。


 各務元正が率いるのは弓隊四十人と長槍隊六十人である。

 互いの武器は怪我を減らすために棒の先に何枚もの布を巻いた作りになっており、矢も同じ仕様である。

 開始の合図でまず木盾を並べた弓隊がゆうの隊に矢を射かける。

 盾を持たない女達はそのまま前に駆け出すが、この時点で先頭のゆうと二十人近くが何本かの矢を体に受けている。


 互いの距離が縮まると弓隊と長槍隊が入れ替わり、密集したまま槍を突き出し突撃してゆうの隊に槍衾やりぶすまを浴びせると、織田家が用いる三軒半の長槍に何も出来ずに女達は押しつぶされていく。

 それに加えて左右に散開した弓隊からも矢を浴びせられたのである


 ゆう隊もなつ隊同様に一方的な敗北となった。

「こっちの手が届く前にやられちまう。あんなのにどうやって勝つんだい」

 そう愚痴をこぼすなつとゆうの二人。

「各務、もう一戦お願い出来ますか?」

「よろしいでしょう」

「では源右衛門、お前がなつの率いた隊を指揮して下さい。出来ますね」

 天野源右衛門は頷くと木盾を十二枚だけ要求し、野原の真ん中で百人の女達と何やら相談し始めた。


 なつ隊の女達が立ち上がるのを待って、森せんが開始の合図を出す。

 隊形は双方変わらずだが、開幕の弓隊の攻撃に対して今度は盾を前面に構えながら女達が突撃する。

 距離が詰まり、弓隊と長槍隊が入れ替わる機を狙い、十二枚の盾持ちは左右二手に分かれ、それぞれが六人を後ろに引き連れて前進を続ける。


 各務は弓隊を二手に分けてそれらに当て、先程と同じく長槍隊をそのまま突撃させた。

「逃げろ」

 なつ隊はそれに正面から当たらず、今度は声を出して左側に大きく一丸となって走り出したのである。

「だめだ、逃げるな。立ち向かえ」

 向きを変えて逃げる女達の動きに、見ていたなつが思わず声を上げた。

 見守るゆうとゆう隊の女達もその声に乗り、なつ隊に向けて罵声とも取れる言葉を浴びせる。


 しかし各務の長槍隊は真横へと逃げ込んだなつの隊を追い切れない。

 隊伍を組んだ長槍隊が方向転回するには、一旦停止して槍を上に掲げ、端の者を起点に回転しなければならないからだ。

 そうこうしている間に、盾を持って弓隊に向かった二十四人は殆ど倍の数の敵を圧倒して蹴散らし、今度は長槍隊の後ろから襲いかかったのである。

 長槍隊の後方が襲われ混乱している隙に、なつ隊の本隊がそれに襲いかかると勝敗は一気に決した。

 個々の武力では『飛蝶』の女達の方が勝る。

 それも相まって今度は『飛蝶』側の一方的な勝利となったのである。


「なぜだか分かりますか?」

 あっけにとられ立ち尽くしているなつとゆうに森せんが問うと、「逃げたから」と二人揃えて声に出した。

 厳密に言えばそれは違うが、「敵に向けてひたすら突っ込めば良い」と考えていた二人にとって先程の光景はかなり衝撃的だったようだ。

 闇雲に突っ込みただ打ち合うだけでは駄目で、敵によって戦い方に工夫を凝らさねばならぬ事をこの日、『飛蝶』の女達は学んだのである。


 それからというもの、森家の家臣達が調練を行っているのを見かければ、その様子を女達はよく見学しに行く様になった。

 何かを学び取ろうとの意図で始められたそれは、女達に良いところを見せようとする男達の頑張りを助長し、森家の調練は図らずも熱を帯びる結果となり、そしていつしか仲睦まじく会話する男女の姿もあちこちで見られる様にもなったのである


          *          *


 なつとゆうの二人が改まった表情で『飛蝶』の事でお願いがあると森せんに申してきたのは、調練で『飛蝶』が打ちのめされてから十日後の事だった。

 敵を崩すのに矢弾を扱える者が欲しいと、そう二人は言うのである。


 あれから数回、森家の兵との対戦を繰り返したが、勇戦はするがどれも惨敗という結末であった。

 実際、森家家臣団の兵の練度はかなり高く、織田家中でも夫長可と共に一目置かれる存在。そんな軍にただ闇雲に突っ込む『飛蝶』の女達がそうそう勝てる訳がないのである。


『飛蝶』の女達も勝てぬ悔しさに耐え、己を更に鍛えながらもどうすれば勝てるかを考えに考えていたのである。

 矢弾を浴びせられ、何度も隊列を崩されるのを経験した。

 それを自分達が出来る様になれば、対する相手にも同じ思いをさせられるという結論に達したという訳だった。


 弓の習熟には長い時がかかる。

 的に当てる正確さに敵を貫く威力を得るための体作りは一朝一夕で成せるものではない。

 いつ戦が起こってもおかしくない今、すぐにでも矢弾を撃てる兵を必要とする『飛蝶』には鉄砲が相応しい事は森せんにもすぐに理解できた。

 ただ、今の『飛蝶』の中から新たに作る鉄砲組に行きたがる者はいない。そこは新たに増員する必要がありそうだった。


 少し時が必要だと二人に言い、その日から森せんは夫長可に鉄砲のおねだりを始めるのであるが、大抵の願い事は笑って二つ返事の夫長可も、こと鉄砲となると良い顔をしてくれない。

 鉄砲は維持に金がかかるというのが建前だが、夫長可が『飛蝶』が軍としての形を成していく事に否定的だという事を森せんは知っている。

 それは自分の妻が危険な戦場に身を置く事が嫌だという、そんな単純な理由からであった。

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