天野源右衛門
六月十四日の夕刻、総大将織田信孝の名で一つの通達が池田家の陣へと届き、池田恒興とその家臣達の顔を青ざめさせた。
これまで池田家の管理していた摂津国の兵站庫の管理を羽柴秀吉に一任するという内容である。
具体的な兵站庫の総指揮に石田三也、荷駄の警護に山内一豊が充てられ、その全てを羽柴秀吉が差配するというものであった。
山内一豊の名は織田信長公に目をかけられていた一人として池田恒興にも聞き覚えがあるが、石田三也とは一体何者ぞ、という事で家中の評定は荒れた。
総大将の命であれば従わざるを得ない。しかしこれは明らかに羽柴秀吉の画策である事をその場の誰もが感じていた。
池田家は摂津の兵站庫を奪われた事で、この陣営に於ける存在価値が著しく低下したのである。
* *
六月十五日の早朝、逃走した明智光秀が大津の南で討ち取られ、その首が京にて晒されたと伝えられると、森せんは美濃国金山城への帰還を決意した。
ここでの戦は終わった。
次に自分が考えるべきは夫長可不在の森家の領地の事である。
それに捕えてある明智者の事が露見してはまずい。この場から早急に離れる必要が森せん達にはあった。
先の山崎の戦で森せんが捕えた明智者は『飛蝶』に匿われる形で生存している。
明智家の宿老斉藤利三の家臣で安田国継であると彼は森せんに名乗った。
六月二日、彼は明智光秀の命を受け、騎馬の一隊を率いて京周辺の封鎖を担当し、その後は本能寺の警備に就いた為、京での戦闘そのものには直接参加はしていないという。
自分を助けたのが森家のせん姫であると知ると、彼は本能寺での遺体検分に立ち合った際に聞き及んだ森家の三兄弟の死について語ってくれた。
三人の弟達の勇猛果敢な最期を知り、森せんは安田国継の語りを聞きながらしばし涙ぐんだ。
森家に仕えよとの森せんの誘いを当初は固辞していた彼だが、主家である明智家が滅んだ事を聞くと遂には折れ、森せんと共に美濃金山城へと向かうことを了承したのだった。
六月十五日、近江国へと向け発した羽柴秀長の軍を遅れて負う形で、森せんは『飛蝶』と共に一路美濃国金山城を目指して出立した。
兵站庫に残した鉄砲組二百と山崎の戦での負傷者の事を父池田恒興に託し、森せんが率いたのは生き残りの二百名の長柄持ちの女達。
森せんが追従を許したのは美濃行きの希望者のみであったのだが、結局『飛蝶』の全員がそれを希望した。
そして名を改め天野源右衛門となった安田国継の姿もそこにはあった。
京の市中には入らず、街の外縁を迂回する形で行軍した彼女達は、夕刻、街道上にて馬上で縛られた明智者と思われる将を護送する五十名程の隊列と出会うと、互いの素性を名乗りそのまますれ違う。
森せんに『黒雲』の轡取りを命じられていた天野源右衛門の足が不意に止まり、それ以上動かなくなった。
羽柴秀吉旗下の黄母衣衆に護送される程の明智の武将とは?
もしやと思い、森せんは『飛蝶』を停止させるとなつとゆうの両名を走らせ、護送している武将の名を尋ねさせた。
「明智家宿老、斉藤利三殿とのことです」
「そうですか。源右衛門、私について参れ」
馬首を返して森せんは、護送隊に向け『黒雲』を早足で歩ませる。
「山崎の戦で戦った者として、斉藤利三殿と少し話してみたいのですが」
対応に出た黄母衣衆の男は名乗りもせずに高圧的な口調でそれを拒んで見せる。
織田家中の家格で言えば、羽柴家よりも森家の方が上位である。
彼が森せんの姿を侮ったのであろう事は明白であった。
「森家の奥方にその物言いは無礼であろう」
そう口添えをしてくれたのは護送隊の最後尾を行く一人の将であった。
その彼に黄母衣衆達は何も言えないでいる。
彼は森せんに堀秀政と名乗った。
確か明智の拠点、近江国坂本城攻めの主将と記憶していたが、彼は織田信孝の補佐として京の混乱の収拾に向かうという。
山崎の戦での天王山奪取の軍功、近江大津での明智秀満の撃破とこれまでの彼の手柄は大きい。
これは織田信孝の補佐を名目に、必勝が確定した坂本城攻めの功を奪う羽柴秀吉の策略であろう事は森せんにも容易に想像出来る。
しばしの時を得て、森せんは『黒雲』を斉藤利三の馬に並べた。
「山崎での戦、明智の見事な戦いぶりに大いに感銘を受けました。戦は我らの勝利に終わりましたが、紙一重の勝ちであったと私は思います」
「そう言って頂き、少し肩の荷が下りた気が致します」
斉藤利三は、森せんにそう静かに言う。
そして何かに気付いたのか、彼の面前で目を伏せたままの轡取りの男をじっと見つめる。
「そうですか」
森せんに視線を戻し、斉藤利三は少し微笑んで見せた。
「後のこと、よろしくお願い致します」
そう一言だけ告げると、斉藤利三は護送隊に進むように言う。
しばらくその隊列をそのまま見送り、森せんは『飛蝶』に出発の合図を送った。
なつとゆうの号令で歩き出す軍列。
森せんの目の前を歩く天野源右衛門の背中は、まだ震えていた。
* *
六月十八日、森せん一行は美濃国金山城へと到着したが、その道程も中々に苦労の連続であった。
羽柴秀吉の武将である蜂須賀正勝の手勢が入城している安土城まではお味方の勢力圏であったが、それ以北の佐和山城、長浜城は未だ明智の勢力圏であった為、甲賀の里にて母えいと弟長重に合流しようとも考えた。
しかし旗色を明確にせず安土城を目指す北畠重意(のちの織田信雄)の軍が確認された事で、余計な面倒ごとを避ける為に北から美濃国へと入る道を選んだ。
明智勢力圏下の佐和山城下を無事に通り過ぎると関ヶ原を抜け、まず大垣城を南下した。
美濃国岐阜城を目指さずに尾張国の清洲城に向かったのには理由がある。
美濃国内は地侍に扇動された一揆が各地で起こり、この混乱に乗じて勢力拡大を狙う者達が不穏な動きを見せていたからである。
その中には森家領内に侵入し敵対行動を取る者もいた。
米田城の肥田忠政がその一人であり、岐阜城城代を現在務める斉藤利尭とは懇意の仲である。
この事を伴惟安の手の者から伝えられた森せんは、織田信忠様の嫡男である三法師様(のちの織田秀信)を匿う清洲城へとまず至り、尾張国内を通過する方が森家にとっては安全と思われたからである。
* *
金山城にて森せんの帰還を出迎えたのは、新領主となるはずであった森蘭丸の補佐役として、一足先に信濃から帰還していた家老の各務元正である。
森蘭丸が城主となる事が決まり、家臣を新規登用するつもりであった為、現在金山城には人がいない。
有する兵力も二百ほどで、現在その半数の者を率いて林通安が城下町の警備に赴いているという。
森せんと各務元正の二人だけでは何ともならず、なつとゆう、それに天野源右衛門を呼び出し当面の事を決める評定を開いた。
「大方、秋の収穫を妨害して我らの力を削ぐ腹づもりでしょうが、肥田忠政は我が領内の村二つを何故焼き討ちしたと申しているのですか?」
「各地の一揆に呼応する動きがそれらの村で見られたので、それに気付かぬ我らに代わり、わざわざ兵を出しそれを未然に防いだのだと」
「図々しい事ですね各務。
今後、彼等は潰した二つの村の田畑も自領に取り込む腹づもりでしょうね。気になるのはその村人達が城に助けを求めなかった事です。
彼等は何処へと消えてしまったのか。皆殺しにされた訳ではないのでしょう?」
「その事、儂には分かりませぬ」
各務元正はそう答えて黙り込んでしまった。
侍である天野源右衛門はともかく、なつとゆうの評定の同席には露骨に嫌な顔をして見せた彼には悪いが、森せんが彼女達を呼んだのには理由がある。
こういう領民の心情は、元々村の出であるこの二人の方が私達よりも遙かに詳しいからだ。
「なつ、ゆう。村の者達がどこへ消えたか分かりますか?」
「はい、これは戦ではありませんから城へ行っても助けては貰えません。
ですから近くの裕福な村へ向かったと思います。そこでは余所者として冷遇されこき使われますが、何とか食にはありつけます。
村の者と認められるまで、その生活に耐えねばなりませんが…」
「つまり領民の多くが肥田領の村へと流れた事になりますね。これをこのまま放置する事は出来ません」
「奥方様はどうなさるおつもりですか?」
各務元正はそんな事は放っておけと言わんばかりの表情である。
それもそのはず、武士は領民から税を取るだけの散在。
その税収を守るために他からの脅威に武力で立ち向かうだけで、領民のために何かするという事は無いからだ。
村が焼かれようが田畑が潰れようが何もせず、彼等が独自にそれを復興させるのを見ているだけであり、その状態でも容赦なく税を課すのを当たり前としてやって来た。
それはここ森家でも例外では無い。
戦乱から長く離れてきた尾張国と美濃国は、他国に比べて裕福な村が多い。
だから今何もせねば領民は焼かれた村を復興しようともせず、そのまま他の村へと流れたままとなる。
「村にすぐ人を呼び戻さねばなりません。高札を掲げて村の補填を我ら森家が行うと告げましょう」
「奥方様、城には殆ど金がありませんが」
「では他から集めるしかないですね。
まずは城下の商人達、清洲城下、名古屋城下、犬山城下にも使いを出し商人達から金を借りましょう。
そうですね、伊勢の北畠重意ならば援助してくれるかも知れません」
「商人達ならともかく、北畠家がなぜ我らに金を貸してくれるのです?」
「織田家の跡目争いに森家が味方する。そう申せば何とかなるでしょう。借りた金は、後々肥田家にでも負わせれば良いのです」
「肥田家にですか?」
「当然です。肥田忠政の此度の行いには、刃で応えるのが森家のやり方でしょう。肥田家にはこの報いを受けさせ、その上で金を搾り取ってやります」
森せんのもの言いに、それまで沈んでいた各務元正の顔にも笑みが戻る。
「肥田家と戦ですな。
森家の面目のためにというのは儂にも分かりますが、奥方様は領民の為にも動こうとされている。そこが私には分かりかねます」
確かにこれまでの自分なら、村が焼かれたとて賊を討ち取ることばかりに気が行き、村の復興にはあまり関心は示さなかったに違いない。
花隈城で過ごしたこの半年間、長柄を筆に持ち替えて奮闘し、領内を少しでも豊かにしようと動いたことで見えてきたものがある。
「我ら武家が最も欲する銭と兵士は、土から雑草の如く生えてくる訳では無く、全て人の営みが生み出すものですよ。
各務、金山城から発した長可様の軍の規模はどれ程でしたか?」
「荷駄人足を除けばおおよそ二千名です」
「我が家臣団が二百ほど、残りが領民からの徴集兵ですね。
長可様は信濃川中島四郡を捨てての帰還と聞きます。
長可様ならば、家臣達が欠ける事無くお戻りになると思いますが、徴収兵はどのくらい殿と共に戻ると思いますか?」
「百名戻れば上々かと、あとは自力で戻る者もいるでしょうが…」
「それだけですか、酷い有様ですね」
「負け戦とはそういうもので御座います」
「なつ、ゆう。お前達の意見が聞きたい。その有様を見て、我が領民達は森家をどう思うでしょうか?」
「領民達も仕方なき事と耐えるとは思います。ですが心の内では森家に失望し恨みを抱く者も多くいるでしょう」
「そうです。だからこそ領民達に対して此度善政を施し、森家は領民からの信用を得ねばなりません。それで長可様帰還で起こる領民の反感を相殺させる」
「そこまでやらねばならぬものでしょうか?」
「今後、跡目争いで織田家中はどうなるか分かりません。
そんな時こそ兵数は全てに勝る力。にも関わらず領民からの信頼無くば兵は集まらぬのです。
明智との戦で池田家は、膨大な兵糧と軍需物資を持ちながら兵数を全く集められず、結果として羽柴秀吉如きの風下の立たされました。
私は長可様にその様な思いは絶対にさせたくは無いのです」
「分かりました。すぐに林通安と話し、村の補償についての触れを出すと同時に、主立った城下の商人達と伊勢国北畠家に人を走らせます」
「姫様、補償に釣られて村人と偽って集まる者もいると思いますが」
「構いません。どうせ人は足りなくなるのです。今の内に集めておくに越した事はないでしょう。
伴惟安の手の者を近隣の領にも走らせ、補償について触れ回せば、他領の次男や三男といった者達も囲い込めるかもしれませんね」
「姫様、悪いお顔になっていますよ」
「ふふ、まだまだですよ。これから肥田家の者達をとっちめてやらねばならぬのですからね」
森せんは、そう言いながら不敵な笑みを見せた。




